『君が遺した食卓』   作:狂った自販機

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―とある男の手記ー

 

―アッシュ・クロードの手記ー

 

 

 

今日も終電だった。

 

導力端末には未読が山ほど溜まっている。

 

『資料修正』

『至急』

『確認不足』

『社員番号E-2017』

 

……名前じゃない。

 

番号。

 

俺はこの会社で、

人間じゃなくて部品なんだと思う。

 

窓ガラスに映る自分の顔が、

笑えるくらい死んでいた。

 

街は明るい。

 

恋人同士。

 

楽しそうな学生。

 

酔っ払い。

 

みんな別世界の人間みたいだ。

 

俺だけ、

ずっと灰色の中にいる。

 

「代わりはいくらでもいる」

 

今日も上司に言われた。

 

多分その通りなんだろう。

 

俺じゃなくてもいい。

 

俺がいなくなっても、

誰も困らない。

 

……疲れた。

 

本当に。

 

 

 

雨が降っていた。

 

帰る気力も無くて、

適当に歩いていた時。

 

小さな飲食店を見つけた。

 

《モンマルト》。

 

なんとなく入った。

 

本当に、

なんとなくだった。

 

「いらっしゃいませ♪」

 

その瞬間。

 

心臓が止まった気がした。

 

笑顔。

 

柔らかい声。

 

暖かな店の灯り。

 

エプロン姿の女性。

 

 

……綺麗だった。

 

いや。

 

それだけじゃない。

 

この人、

ちゃんと人の目を見て笑うんだ。

 

俺に。

 

社員番号じゃなく。

 

“客”として。

 

それだけなのに。

 

なんでだろう。

 

泣きそうになった。

 

 

 

終わった。

 

完全に終わった。

 

「ママー!」

 

小さい女の子が走ってきた。

 

ポーレットさんが自然に抱き上げる。

 

娘。

 

つまり既婚者。

 

俺の初恋終了。

 

閉廷。

 

解散。

 

……と思った。

 

でも。

 

隣の常連客の会話が聞こえた。

 

「ポーレットちゃんも苦労してるよなぁ」

 

「女手一つでユメちゃん育ててるし」

 

「元旦那、全然帰ってこねぇらしいし」

 

…………え?

 

シングルマザー?

 

つまり。

 

つまり。

 

まだ可能性ある?

 

いや待て落ち着け俺。

 

怖い。

 

自分が怖い。

 

でも。

 

久しぶりに、

生きたいって思った。

 

 

 

会社辞めた。

 

勢いで。

 

いや、

半分正気じゃなかったと思う。

 

でも後悔はしてない。

 

というか。

 

辞表出した時より、

《モンマルト》の面接の方が緊張した。

 

「どうしてうちで働きたいんですか?」

 

終わった。

 

本音言えない。

 

『あなたと結婚したいからです』

 

なんて言える訳ない。

 

「り、料理好きで……」

 

嘘です。

 

全然好きじゃないです。

 

でも。

 

ここにいたかった。

 

それだけは本当だった。

 

 

 

ユメちゃんに警戒されてる。

 

めちゃくちゃ。

 

ポーレットさんの後ろから、

じーっと見てくる。

 

怖い。

 

いや俺の方が怖い。

 

なんだあの視線。

 

小さいのに圧がすごい。

 

今日なんか、

ポーレットさんと話してたら間へ入ってきた。

 

「ママ、だっこ」

 

完全に牽制だった。

 

……でも。

 

ちょっと可愛いと思ってしまった。

 

 

 

店主…ビクトルさん怖すぎる。

 

 

 

初日から怒鳴られた。

 

「皿洗い遅ぇ!!」

 

「はいぃ!?」

 

「包丁の持ち方なってねぇ!!」

 

「すみません!!」

 

怖い。

 

本当に怖い。

 

でも。

 

不思議だった。

 

会社と違う。

 

怒鳴られてるのに。

 

ここには理不尽だけじゃなく、

ちゃんと理由がある。

 

客に美味いもの食わせたい。

 

店を良くしたい。

 

それが伝わる。

 

だから逃げたくならなかった。

 

 

 

今日。

 

初めて客に言われた。

 

「うまかったよ」

 

たったそれだけ。

 

でも。

 

頭真っ白になった。

 

今までの仕事って、

誰かを笑顔にしてたんだろうか。

 

分からない。

 

でも。

 

この店では違う。

 

料理を出す。

 

客が笑う。

 

「ありがとう」って言う。

 

……嬉しかった。

 

泣きそうなくらい。

 

 

 

閉店後。

 

ポーレットさんと二人で片付けしてた。

 

静かな厨房。

 

皿を洗う音だけ。

 

「アッシュさん、包丁上手くなりましたね」

 

笑いながら言われた。

 

なんか。

 

胸が熱くなった。

 

認められた気がした。

 

会社では、

何やっても怒られるだけだったから。

 

それに。

 

この人といる時間、

すごく落ち着く。

 

 

 

ポーレットさん、

少し熱あるのに働こうとしてた。

 

だから言った。

 

「今日は座っててください」

 

「でも……」

 

「俺やりますから」

 

結果。

 

めちゃくちゃだった。

 

厨房ぐちゃぐちゃ。

 

ビクトルさんには怒鳴られる。

 

でも。

 

ポーレットさんが笑った。

 

「ありがとうございます」

 

その一言で、

全部報われた気がした。

 

単純だな俺。

 

 

 

ユメちゃんが転んだ。

 

ポーレットさんは厨房。

 

俺しかいない。

 

めちゃくちゃ焦った。

 

「だ、大丈夫!?」

 

膝擦りむいてる。

 

ばんそうこうどこ!?

 

頭真っ白。

 

でも。

 

ユメちゃん、

ちょっとだけ笑ってた。

 

「へんなの」

 

……なんだろう。

 

少しだけ。

 

距離が縮まった気がした。

 

 

 

今日。

 

ユメちゃんが眠そうだった。

 

だから自然に抱き上げた。

 

そしたら。

 

小さい頭が胸に寄りかかってきた。

 

びっくりした。

 

重くない。

 

むしろ。

 

温かかった。

 

安心した顔して寝てる。

 

その時。

 

ふと思った。

 

……守りたいな。

 

この子も。

 

ポーレットさんも。

 

 

 

ビクトルさんに言われた。

 

「ユメの父親知ってるか」

 

マクシム ルーガン

 

有名レーサー。

 

スター。

 

共和国でも有名人。

 

対して俺は、

ただの元社畜。

 

勝てる訳ない。

 

そう思った。

 

そしたら。

 

胸ぐら掴まれた。

 

「んなモン関係あるか!!」

 

怒鳴られた。

 

「あいつを泣かせた男がそんなに偉いのか!?」

 

言葉が出なかった。

 

ヴィクトルさんは最後、

背中向けたまま言った。

 

「……息子は、一人しかいねぇなぁ」

 

頭が真っ白になった。

 

俺。

 

あの人に、

認めてもらえてたんだ。

 

 

 

最近。

 

厨房を任されることが増えた。

 

まだ怒鳴られる。

 

でも。

 

ビクトルさん、

前より口出さなくなった。

 

今日なんか、

常連客に言われた。

 

「最近アッシュの料理目当てで来てる」

 

心臓止まるかと思った。

 

俺の料理で、

来てくれる人がいる。

 

そんな日が来るなんて。

 

昔の俺に言っても、

絶対信じない。

 

 

 

《モンマルト》の取材が入った。

 

記者のディンゴさん。

 

話しやすい人だった。

 

俺。

 

調子乗って故郷の話しちゃった。

 

クレイユ村。

 

祭りの時の夜間が綺麗なんですって。

 

今思うと。

 

あの日、

少し浮かれてたんだと思う。

 

家族みたいな時間が、

幸せすぎて。

 

 

 

その後ディンゴさんに頼んで

 

家族写真撮ってもらった

 

俺なんかが。

 

家族写真。

 

ポーレットさん。

 

ユメちゃん。

 

ビクトルさん。

 

俺。

 

並んで。

 

笑って。

 

夢みたいだった。

 

……いや。

 

夢だったのかもしれない。

 

 

 

プロポーズした。

 

手、

震えすぎて死ぬかと思った。

 

「結婚してください」

 

言えた。

 

ちゃんと言えた。

 

ポーレットさん、

泣きながら笑ってくれた。

 

そしたら。

 

ユメちゃんが飛びついてきて。

 

「パパ!!」

 

って。

 

呼ばれた。

 

時間が止まった。

 

……嬉しかった。

 

本当に。

 

嬉しかった。

 

 

 

クレイユ村へ向かうバスの中

 

窓の外を見ながら考える。

 

帰ったら忙しくなる。

 

結婚式。

 

店。

 

家族。

 

俺。

ポーレットさんユメちゃんビクトルさん

 

ちゃんと幸せになっていいんだろうか。

 

まだ少し怖い。

 

でも。

 

帰りたい場所がある。

 

待ってくれてる人がいる。

 

それが嬉しかった。

 

 

 

爆発。

 

悲鳴。

 

熱。

 

何が起きたか分からなかった。

 

逃げる人。

 

崩れる建物。

 

その時。

 

子供を見つけた。

 

震えてた。

 

動けなくなってた。

 

……逃げれば助かったかもしれない。

 

俺だけなら。

 

でも。

 

無理だった。

 

放っていけなかった。

 

「大丈夫」

 

声が震える。

 

情けないくらい。

 

本当は俺も怖い。

 

死にたくない。

 

でも。

 

この子の方がもっと怖い。

 

だから。

 

抱き締めた。

 

「もうすぐ助け来るから」

 

嘘でも。

 

言わなきゃいけなかった。

 

熱風。

 

爆音。

 

崩れる瓦礫。

 

咄嗟に覆い被さる。

 

痛い。

 

熱い。

 

苦しい。

 

でも。

 

この子だけは。

 

守らないと。

 

……ポーレットさん。

 

ユメちゃん。

 

ビクトルさん。

 

ごめんなさい。

 

帰れそうにないです。

 

 

その後。

 

アッシュ・クロードの手記が、

更新されることは無かった。

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