『君が遺した食卓』   作:狂った自販機

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ターニングポイント

昼営業後。

 

客足も落ち着き、

《モンマルト》にはゆったりした空気が流れていた。

 

ディンゴ・ブラッドは、

コーヒー片手に資料を眺めていた。

 

 

「次は地方特集ですか?」

 

ポーレットが尋ねる。

 

「ああ。小さい村の記事だな」

 

ディンゴは資料をめくる。

 

「クレイユ村ってとこ」

 

その名前に。

 

厨房で仕込みをしていたアッシュの手が止まった。

 

 

「……クレイユ村?」

 

ディンゴが視線を向ける。

 

「知ってるのか?」

 

「俺、そこ出身です」

 

少し驚いたように、

ディンゴが目を細めた。

 

「へぇ……そうなのか」

 

 

アッシュは少し懐かしそうに笑う。

 

「何も無い村ですよ」

 

「景色くらいしか取り柄ないです」

 

「でも、静かで良い場所です」

 

その口調は、

普段より柔らかかった。

 

ディンゴはそれを見ながら、

資料へ視線を落とす。

 

「観光目的じゃないからな」

 

「村の生活感が撮れれば十分なんだが……」

 

そう呟きながら、

スケジュールを確認する。

 

 

すると。

 

アッシュが「あ」と声を漏らした。

 

「どうした?」

 

「いや……」

 

少し考えてから言う。

 

「その日だと、多分もう祭り終わってますね」

 

「祭り?」

 

「あそこ、時期になると収穫祭みたいなのやるんです」

 

「小さい祭りですけど」

 

「最近あったはずなんで……取材日だと片付け終わって静かな頃かも」

 

ディンゴは少し考える。

 

記者として、

絵になるかどうかを計算していた。

 

 

「次の祭りは?」

 

「確か、少し後なら灯祭りあります」

 

「夜になると灯り並べるんですよ」

 

「その時期の方が、人もいますし雰囲気はあるかもしれません」

 

ディンゴは資料を閉じた。

 

「……なるほどな」

 

落ち着いた声だった。

 

 

しばらく考えた後、

小さく肩を竦める。

 

「だったら今回は見送るか」

 

「え?」

 

アッシュが目を丸くする。

 

「無理に静かな時期行っても記事が弱い」

 

「他にも優先あるしな」

 

淡々とした判断だった。

 

 

「まぁ、祭りの時期に余裕あったら改めて考える」

 

ディンゴはコーヒーを飲む。

 

「その方が写真も撮りやすいだろ」

 

「……そうですね」

 

アッシュは少し嬉しそうだった。

 

自分の故郷を、

良い形で見てもらえる気がしたから。

 

 

ディンゴはそんなアッシュを横目で見る。

 

「随分好きなんだな、故郷」

 

「え?」

 

「顔見りゃ分かる」

 

アッシュは少し困ったように笑った。

 

「……まあ、色々ありましたけど」

 

「嫌いにはなれないです」

 

ディンゴは小さく頷く。

 

それ以上は聞かない。

 

踏み込み過ぎない。

 

そういう距離感だった。

 

 

知る由もない。

 

その時、

ディンゴが何気なく下した“見送り”の判断が。

 

本来ならクレイユ村へ向かっていたはずの日から、

彼を遠ざけ。

 

運命を変える事になるなんて。

 

まだ誰も知らなかった。

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