『君が遺した食卓』   作:狂った自販機

14 / 22
ポーレットとアッシュ

最初。

 

ポーレットとって、

アッシュ・クロードは“放っておけない人”だった。

 

危なっかしくて。

 

不器用で。

 

すぐ謝る。

 

怒鳴られると縮こまる。

 

なのに。

 

次の日にはちゃんと店へ来る。

 

少し心配になるくらい、

無理をする人だった。

 

 

だから最初は。

 

恋愛感情なんて無かった。

 

ただ。

 

気になっていた。

 

 

「すみません!!」

 

今日も厨房から悲鳴みたいな声が聞こえる。

 

「火ぃ見ろっつってんだろ!!」

 

お父さんの怒号。

 

ポーレットは苦笑しながら料理を運ぶ。

 

すると。

 

厨房からアッシュさんが出てきた。

 

髪は少し焦げている。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「た、多分……」

 

多分だった。

 

 

「座ってください」

 

ポーレットは半ば強引に椅子へ座らせる。

 

濡れタオルを渡す。

 

アッシュさんは慌てて頭を下げた。

 

「すみません!」

 

「だから謝らなくていいですって」

 

「すみません……」

 

「また謝った」

 

思わず吹き出す。

 

アッシュさんも困ったように笑った。

 

 

その頃からだった。

 

ポーレットが、

少しずつアッシュさんを見るようになったのは。

 

 

営業中。

 

アッシュは自然に動く。

 

疲れている客へ、

先に水を出す。

 

子供連れには、

熱い皿を遠ざける。

 

酔っ払いには、

少し距離を取る。

 

誰かに言われた訳じゃない。

 

ちゃんと“人”を見ていた。

 

 

ある日。

 

常連客の老人が、

財布を落とした。

 

周囲は気づいていない。

 

だが。

 

アッシュさんは見ていた。

 

「お客さん」

 

自然に拾い、

そっと渡す。

 

老人は笑う。

 

「助かったよ」

 

「いえ」

 

それだけ。

 

見返りを求めない。

 

ポーレットはその光景を見ていた。

 

 

またある日。

 

ユメが熱を出した。

 

営業中だった。

 

ポーレットは笑顔を作っていたが、

内心かなり焦っていた。

 

すると。

 

「ポーレットさん」

 

アッシュさんが静かに言った。

 

「ユメちゃん見てきてください」

 

「え?」

 

「ここ、俺やります」

 

「でも――」

 

「大丈夫です」

 

まだ厨房を完全に任せられる程ではない。

 

それでも。

 

アッシュは迷わなかった。

 

 

ポーレットは少し迷い、

上へ向かう。

 

ユメは熱で苦しそうだった。

 

看病しながらも、

下の事が気になる。

 

だが。

 

しばらくして降りると。

 

店は回っていた。

 

 

「お待たせしました」

 

アッシュさんが料理を運ぶ。

 

慣れないながらも、

必死に。

 

お父さんも文句を言いながら、

ちゃんとフォローしている。

 

常連客も空気を察して、

少し優しい。

 

《モンマルト》全体で、

店を支えていた。

 

 

営業後。

 

ポーレットは深く頭を下げた。

 

「ありがとうございました……!」

 

アッシュさんは慌てる。

 

「いやいや!当然です!」

 

「でも……」

 

ポーレットは少し目を伏せる。

 

「前は、一人で抱えなきゃって思ってたので」

 

その言葉に。

 

アッシュさんは何も言えなくなる。

 

 

少し沈黙。

 

やがて。

 

アッシュが不器用に笑った。

 

「……一人じゃない方が、いいですよ」

 

その声は、

優しかった。

 

無理に踏み込まない。

 

でも。

 

ちゃんと寄り添おうとしてくれている。

 

 

その瞬間。

 

ポーレットの胸が、

少しだけ熱くなった。

 

 

それから。

 

距離は少しずつ縮まっていく。

 

 

閉店後。

 

二人で片付けをする時間。

 

「アッシュさん、塩」

 

「あ、はい」

 

自然に息が合う。

 

 

買い出し帰り。

 

袋を全部持とうとするアッシュさんへ、

ポーレットが苦笑する。

 

「重いですよ?」

 

「男なんで」

 

「無理してません?」

 

図星だった。

 

 

またある夜。

 

アッシュさんが厨房で眠っていた。

 

仕込み途中。

 

限界だったのだろう。

 

ポーレットは少し困った顔で近づく。

 

傷だらけの手。

 

火傷跡。

 

荒れた指。

 

ここまで頑張ってくれている。

 

自分たちのために。

 

 

「……ほんと、不器用ですね」

 

小さく笑う。

 

すると。

 

眠っていたアッシュさんが、

うっすら目を開けた。

 

「……ポーレット、さん?」

 

「起こしちゃいました?」

 

「いや……」

 

ぼんやりしたまま、

アッシュは言う。

 

「ここ、好きだなぁ……」

 

寝ぼけていた。

 

完全に。

 

 

「え?」

 

「ポーレットさんも」

 

「ユメちゃんも」

 

「ビクトルさんも」

 

「店も……」

 

そこで眠気に負ける。

 

また寝た。

 

ポーレットは固まる。

 

顔が熱い。

 

 

「……ずるいです」

 

寝ている相手へ、

小さく呟く。

 

その頃にはもう。

 

ポーレットの中で。

 

アッシュさんは、

ただの“店員さん”ではなくなっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。