最初。
ポーレットとって、
アッシュ・クロードは“放っておけない人”だった。
危なっかしくて。
不器用で。
すぐ謝る。
怒鳴られると縮こまる。
なのに。
次の日にはちゃんと店へ来る。
少し心配になるくらい、
無理をする人だった。
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だから最初は。
恋愛感情なんて無かった。
ただ。
気になっていた。
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「すみません!!」
今日も厨房から悲鳴みたいな声が聞こえる。
「火ぃ見ろっつってんだろ!!」
お父さんの怒号。
ポーレットは苦笑しながら料理を運ぶ。
すると。
厨房からアッシュさんが出てきた。
髪は少し焦げている。
「……大丈夫ですか?」
「た、多分……」
多分だった。
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「座ってください」
ポーレットは半ば強引に椅子へ座らせる。
濡れタオルを渡す。
アッシュさんは慌てて頭を下げた。
「すみません!」
「だから謝らなくていいですって」
「すみません……」
「また謝った」
思わず吹き出す。
アッシュさんも困ったように笑った。
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その頃からだった。
ポーレットが、
少しずつアッシュさんを見るようになったのは。
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営業中。
アッシュは自然に動く。
疲れている客へ、
先に水を出す。
子供連れには、
熱い皿を遠ざける。
酔っ払いには、
少し距離を取る。
誰かに言われた訳じゃない。
ちゃんと“人”を見ていた。
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ある日。
常連客の老人が、
財布を落とした。
周囲は気づいていない。
だが。
アッシュさんは見ていた。
「お客さん」
自然に拾い、
そっと渡す。
老人は笑う。
「助かったよ」
「いえ」
それだけ。
見返りを求めない。
ポーレットはその光景を見ていた。
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またある日。
ユメが熱を出した。
営業中だった。
ポーレットは笑顔を作っていたが、
内心かなり焦っていた。
すると。
「ポーレットさん」
アッシュさんが静かに言った。
「ユメちゃん見てきてください」
「え?」
「ここ、俺やります」
「でも――」
「大丈夫です」
まだ厨房を完全に任せられる程ではない。
それでも。
アッシュは迷わなかった。
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ポーレットは少し迷い、
上へ向かう。
ユメは熱で苦しそうだった。
看病しながらも、
下の事が気になる。
だが。
しばらくして降りると。
店は回っていた。
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「お待たせしました」
アッシュさんが料理を運ぶ。
慣れないながらも、
必死に。
お父さんも文句を言いながら、
ちゃんとフォローしている。
常連客も空気を察して、
少し優しい。
《モンマルト》全体で、
店を支えていた。
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営業後。
ポーレットは深く頭を下げた。
「ありがとうございました……!」
アッシュさんは慌てる。
「いやいや!当然です!」
「でも……」
ポーレットは少し目を伏せる。
「前は、一人で抱えなきゃって思ってたので」
その言葉に。
アッシュさんは何も言えなくなる。
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少し沈黙。
やがて。
アッシュが不器用に笑った。
「……一人じゃない方が、いいですよ」
その声は、
優しかった。
無理に踏み込まない。
でも。
ちゃんと寄り添おうとしてくれている。
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その瞬間。
ポーレットの胸が、
少しだけ熱くなった。
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それから。
距離は少しずつ縮まっていく。
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閉店後。
二人で片付けをする時間。
「アッシュさん、塩」
「あ、はい」
自然に息が合う。
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買い出し帰り。
袋を全部持とうとするアッシュさんへ、
ポーレットが苦笑する。
「重いですよ?」
「男なんで」
「無理してません?」
図星だった。
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またある夜。
アッシュさんが厨房で眠っていた。
仕込み途中。
限界だったのだろう。
ポーレットは少し困った顔で近づく。
傷だらけの手。
火傷跡。
荒れた指。
ここまで頑張ってくれている。
自分たちのために。
⸻
「……ほんと、不器用ですね」
小さく笑う。
すると。
眠っていたアッシュさんが、
うっすら目を開けた。
「……ポーレット、さん?」
「起こしちゃいました?」
「いや……」
ぼんやりしたまま、
アッシュは言う。
「ここ、好きだなぁ……」
寝ぼけていた。
完全に。
⸻
「え?」
「ポーレットさんも」
「ユメちゃんも」
「ビクトルさんも」
「店も……」
そこで眠気に負ける。
また寝た。
ポーレットは固まる。
顔が熱い。
⸻
「……ずるいです」
寝ている相手へ、
小さく呟く。
その頃にはもう。
ポーレットの中で。
アッシュさんは、
ただの“店員さん”ではなくなっていた。