『君が遺した食卓』   作:狂った自販機

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ポーレットとアッシュ2

夜の《モンマルト》は静かだった。

 

営業終了後。

 

片付けも終わり。

 

客はいない。

 

……はずだった。

 

 

「いやー、マジでやるんだな」

 

店の隅。

 

ヴァン・アークライドがコーヒーを飲みながら呟く。

 

 

アッシュ・クロードは、

緊張で死にそうだった。

 

手が震える。

 

心臓がうるさい。

 

逃げたい。

 

ヴァンさんがいるのも今にも逃げ出しそうな

自分も抑えてもらうためだ情けない

 

でも逃げたくない。

 

 

今日。

 

決めたのだ。

 

ちゃんと伝えると。

 

 

厨房奥。

 

ビクトルさんが煙草を咥えながら睨んでいる。

 

「……情けねぇ顔してんな」

 

「す、すみません」

 

「謝んな」

 

即座に怒鳴られる。

 

条件反射だった。

 

 

ヴァンさんが苦笑する。

 

「まぁ気持ちは分かるけどな」

 

「アッシュ、こういうの慣れてなさそうだし」

 

アッシュが静かに頷く。

 

慣れてる訳がない。

 

人生で。

 

誰かへ“愛してる”なんて伝えた事、

一度も無かった。

 

 

その時。

 

奥から足音。

 

ポーレットが降りてきた。

 

「お待たせしました――って」

 

店内を見て固まる。

 

「なんでヴァンさんがいるんですか?」

 

ヴァンさんは視線を逸らす。

 

 

「いや、たまたま?」

 

 

アッシュは完全に限界だった。

 

顔が真っ赤。

 

呼吸も怪しい。

 

ヴァンが小声で呟く。

 

「死ぬ直前みたいな顔してんな」

 

「やめてください……」

 

 

すると。

 

ユメちゃんが二階から降りてきた。

 

「なにしてるの?」

 

空気が止まる。

 

ヴァンさんが吹き出しそうになる。

 

「最悪のタイミングだな」

 

 

ポーレットさんは困惑していた。

 

だが。

 

アッシュの様子を見て、

少しだけ察する。

 

「……アッシュさん?」

 

その瞬間。

 

逃げられなくなった。

 

 

アッシュは深呼吸する。

 

震える。

 

怖い。

 

断られたらどうしよう。

 

店へ居づらくなるかもしれない。

 

今の関係が壊れるかもしれない。

 

でも。

 

それでも。

 

伝えたかった。

 

 

「……俺」

 

声が掠れる。

 

ヴァンさんが「頑張れー」と小声で言う。

 

ビクトルさんに蹴られた。

 

 

「最初は……」

 

アッシュはゆっくり言葉を探す。

 

「本当に駄目な理由でここ来ました」

 

「ポーレットさん綺麗で」

 

「一目惚れして」

 

「それで近づきたくて」

 

ポーレットさんが少し目を丸くする。

 

ポーレット何と無くは知っていた。

 

でも。

 

本人の口から聞くと、

少し照れる。

 

 

「でも」

 

アッシュは《モンマルト》を見る。

 

「働いて」

 

「料理覚えて」

 

「客さんと話して」

 

「ユメちゃんと笑って」

 

「ビクトルさんに怒鳴られて」

 

ビクトルさんが鼻を鳴らす。

 

 

「気づいたんです」

 

「俺、この店が好きなんです」

 

「ここにいる時間が好きで」

 

「ここが……居場所になってました」

 

声が震える。

 

でも。

 

止まらない。

 

 

「だから」

 

アッシュはポーレットさんを見る。

 

真っ直ぐ。

 

逃げずに。

 

「ポーレットさんが好きです」

 

店内が静まり返る。

 

 

「俺、まだ全然頼りないです」

 

「不器用だし」

 

「自信も無いし」

 

「でも」

 

アッシュは息を吸う。

 

「これから先も」

 

「ポーレットさんと」

 

「ユメちゃんと」

 

「ビクトルさんと」

 

「……家族として、一緒にいたいです」

 

その言葉に。

 

ユメちゃんの目が丸くなる。

 

 

「俺と……結婚してください」

 

静寂。

 

誰も喋らない。

 

ヴァンですら黙っていた。

 

 

ポーレットさんは、

しばらく何も言えなかった。

 

目が揺れている。

 

やがて。

 

少しだけ涙ぐみながら笑った。

 

「……はい」

 

アッシュの呼吸が止まる。

 

 

「私も」

 

ポーレットさんは泣き笑いみたいな顔で言う。

 

「アッシュさんと、一緒にいたいです」

 

その瞬間。

 

静まり帰っていた店内の空気が一気に変わった

 

 

 

 

ユメが飛び跳ねる。

 

「かぞく!?」

 

「え、あ、うん!?」

 

「アッシュがぱぱ!?」

 

アッシュの脳が停止した。

 

「ぱっ……」

 

顔が真っ赤になる。

 

ヴァンが腹抱えて笑っていた。

 

「やったぁ!!!パパ!!」

 

そう言ってユメちゃんはアッシュに抱きついた

 

厨房奥。

 

ビクトルだけは腕を組んだままだった。

 

だが。

 

煙草を咥えながら。

 

小さく。

 

本当に小さく。

 

「……チッ」

 

その横顔は。

 

少しだけ、

嬉しそうだった。

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