夜の《モンマルト》は静かだった。
営業終了後。
片付けも終わり。
客はいない。
……はずだった。
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「いやー、マジでやるんだな」
店の隅。
ヴァン・アークライドがコーヒーを飲みながら呟く。
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アッシュ・クロードは、
緊張で死にそうだった。
手が震える。
心臓がうるさい。
逃げたい。
ヴァンさんがいるのも今にも逃げ出しそうな
自分も抑えてもらうためだ情けない
でも逃げたくない。
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今日。
決めたのだ。
ちゃんと伝えると。
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厨房奥。
ビクトルさんが煙草を咥えながら睨んでいる。
「……情けねぇ顔してんな」
「す、すみません」
「謝んな」
即座に怒鳴られる。
条件反射だった。
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ヴァンさんが苦笑する。
「まぁ気持ちは分かるけどな」
「アッシュ、こういうの慣れてなさそうだし」
アッシュが静かに頷く。
慣れてる訳がない。
人生で。
誰かへ“愛してる”なんて伝えた事、
一度も無かった。
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その時。
奥から足音。
ポーレットが降りてきた。
「お待たせしました――って」
店内を見て固まる。
「なんでヴァンさんがいるんですか?」
ヴァンさんは視線を逸らす。
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「いや、たまたま?」
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アッシュは完全に限界だった。
顔が真っ赤。
呼吸も怪しい。
ヴァンが小声で呟く。
「死ぬ直前みたいな顔してんな」
「やめてください……」
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すると。
ユメちゃんが二階から降りてきた。
「なにしてるの?」
空気が止まる。
ヴァンさんが吹き出しそうになる。
「最悪のタイミングだな」
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ポーレットさんは困惑していた。
だが。
アッシュの様子を見て、
少しだけ察する。
「……アッシュさん?」
その瞬間。
逃げられなくなった。
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アッシュは深呼吸する。
震える。
怖い。
断られたらどうしよう。
店へ居づらくなるかもしれない。
今の関係が壊れるかもしれない。
でも。
それでも。
伝えたかった。
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「……俺」
声が掠れる。
ヴァンさんが「頑張れー」と小声で言う。
ビクトルさんに蹴られた。
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「最初は……」
アッシュはゆっくり言葉を探す。
「本当に駄目な理由でここ来ました」
「ポーレットさん綺麗で」
「一目惚れして」
「それで近づきたくて」
ポーレットさんが少し目を丸くする。
ポーレット何と無くは知っていた。
でも。
本人の口から聞くと、
少し照れる。
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「でも」
アッシュは《モンマルト》を見る。
「働いて」
「料理覚えて」
「客さんと話して」
「ユメちゃんと笑って」
「ビクトルさんに怒鳴られて」
ビクトルさんが鼻を鳴らす。
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「気づいたんです」
「俺、この店が好きなんです」
「ここにいる時間が好きで」
「ここが……居場所になってました」
声が震える。
でも。
止まらない。
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「だから」
アッシュはポーレットさんを見る。
真っ直ぐ。
逃げずに。
「ポーレットさんが好きです」
店内が静まり返る。
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「俺、まだ全然頼りないです」
「不器用だし」
「自信も無いし」
「でも」
アッシュは息を吸う。
「これから先も」
「ポーレットさんと」
「ユメちゃんと」
「ビクトルさんと」
「……家族として、一緒にいたいです」
その言葉に。
ユメちゃんの目が丸くなる。
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「俺と……結婚してください」
静寂。
誰も喋らない。
ヴァンですら黙っていた。
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ポーレットさんは、
しばらく何も言えなかった。
目が揺れている。
やがて。
少しだけ涙ぐみながら笑った。
「……はい」
アッシュの呼吸が止まる。
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「私も」
ポーレットさんは泣き笑いみたいな顔で言う。
「アッシュさんと、一緒にいたいです」
その瞬間。
静まり帰っていた店内の空気が一気に変わった
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ユメが飛び跳ねる。
「かぞく!?」
「え、あ、うん!?」
「アッシュがぱぱ!?」
アッシュの脳が停止した。
「ぱっ……」
顔が真っ赤になる。
ヴァンが腹抱えて笑っていた。
「やったぁ!!!パパ!!」
そう言ってユメちゃんはアッシュに抱きついた
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厨房奥。
ビクトルだけは腕を組んだままだった。
だが。
煙草を咥えながら。
小さく。
本当に小さく。
「……チッ」
その横顔は。
少しだけ、
嬉しそうだった。