出発の日。
空は綺麗に晴れていた。
朝の《モンマルト》には、
仕込み前の静かな空気が流れている。
店の前で、
アッシュ・クロードは小さな荷物を抱えていた。
数日分の着替え。
と両親への手土産
それくらいだ。
ただ故郷へ帰るだけ。
なのに。
妙に緊張していた。
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「ほんとに大丈夫ですか?」
ポーレットさんが少し心配そうに尋ねる。
アッシュは苦笑した。
「だ、大丈夫です」
「そんな緊張した顔してますか?俺」
「ちょっとしてます」
即答だった。
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アッシュは頭を掻く。
「……いや、その」
「ずっと実家に連絡してなかったんで」
「今更“結婚します”って言うの緊張するっていうか……」
情けなく笑う。
ポーレットはそんなアッシュを見て、
優しく微笑んだ。
「きっと喜んでくれますよ」
その言葉だけで、
少し救われる。
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すると。
「パパー!」
ユメちゃんが飛びついてきた。
アッシュが慌てて受け止める。
「うおっ!?」
「どこいくの!」
「クレイユ村」
「いつかえる!?」
「数日くらいかな」
「やだ」
即答だった。
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アッシュは苦笑する。
「すぐ帰ってくるよ」
「お土産も買ってくる」
「ほんと?」
「ほんと」
ユメちゃんは少しだけ安心したように頷いた。
でも。
服は掴んだままだった。
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厨房奥から、
ビクトルさんが出てくる。
煙草を咥えたまま、
相変わらず仏頂面。
「……バス乗り遅れんなよ」
「はい」
「山道だから酔うなよ」
「子供じゃないんですから」
「顔色悪ぃぞ」
図星だった。
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ビクトルさんは少し黙る。
それから。
ぶっきらぼうに言った。
「……ちゃんと話してこい」
アッシュが顔を上げる。
「お前が選んだ将来の事だ」
「逃げんな」
短い言葉。
でも。
十分だった。
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「……はい」
アッシュは少しだけ背筋を伸ばす。
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やがて。
遠くからバスのエンジン音が聞こえてくる。
地方行きの長距離バス。
クレイユ村方面へ向かう便だ。
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アッシュは最後に、
《モンマルト》を見る。
ここへ来た頃。
自分には何も無かった。
仕事も。
自信も。
居場所も。
でも今は違う。
帰ってくる場所がある。
待ってくれる人がいる。
それが嬉しかった。
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「じゃあ……行ってきます」
そう言って笑う。
ポーレットさんも柔らかく微笑む。
「いってらっしゃい」
ユメちゃんが大きく手を振る。
「いってらっしゃーい!」
ビクトルさんは煙草を咥えたまま、
軽く手を振った。
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アッシュは歩き出す。
バスへ乗り込む直前。
何度も振り返る。
ポーレットさん
ユメちゃん
ヴィクトルさん
三人とも、
店の前で見送ってくれていた。
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アッシュは思う。
帰ってきたら。
もっと頑張ろう。
料理も。
店も。
家族も。
ちゃんと守れるようになろう。
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バスの扉が閉まる。
エンジン音。
ゆっくり動き出す景色。
窓越しに、
小さくなっていく《モンマルト》。
アッシュはその景色を、
最後まで見つめていた。
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その時は。
誰も知らなかった。
これが。
アッシュ・クロードと、
ポーレットたちの。
永遠の別れになる事を。