クレイユ村へ戻ってから数日。
アッシュ・クロードは、
久しぶりの故郷で静かな時間を過ごしていた。
派手な観光地でもない。
祭りも無い時期だ。
山に囲まれた小さな村。
聞こえるのは風の音と、
遠くの作業音くらい。
でも。
アッシュにとっては、
どこか落ち着く場所だった。
⸻
両親へ結婚の話もした。
気まずさはあった。
何年も連絡を入れていなかったのだ。
それでも。
母は泣きながら喜んでくれて。
父も不器用に。
「……そうか」
とだけ言った。
その言葉が、
少し嬉しかった。
⸻
帰る前日。
アッシュは村の中を歩いていた。
土産でも買おうと思ったのだ。
ユメちゃんには何がいいだろう。
お菓子か。
木彫りの玩具か。
ビクトルさんには何
かクレイユでしか取れない調味料とか
ポーレットさんには――
そこまで考えて、
少し照れ臭くなる。
――
突然の轟音。
世界が裂けた。
地面が跳ね、
炎が吹き上がり、
アッシュ・クロードは衝撃で地面へ叩きつけられる。
耳鳴り。
熱。
煙。
息が出来ない。
⸻
「……っ、ぁ……!」
喉が焼ける。
肺が痛い。
頭が真っ白だった。
何が起きたのか分からない。
だが。
続けて響く爆発音と悲鳴で、
理解だけは出来た。
ここにいたら死ぬ。
⸻
「はっ……はっ……!」
アッシュは転がるように立ち上がる。
足が震える。
怖い。
どうしようもなく怖い。
心臓が暴れている。
⸻
逃げなきゃ。
頭の中で、
それだけが何度も響く。
生きたい。
死にたくない。
帰りたい。
⸻
《モンマルト》が浮かぶ。
ポーレットさん
ユメちゃん
ビクトルさん
やっと見つけた場所だった。
まだ失いたくない。
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アッシュは必死に走る。
煙の中を。
崩れる建物の横を。
人を押し退けそうになりながら。
情けなくてもいい。
みっともなくてもいい。
生きたかった。
⸻
その時。
視界の端に、
小さな影が見えた。
⸻
子供だった。
道の真ん中でしゃがみ込み、
動けなくなっている。
泣いていた。
でも。
声すらまともに出せない。
恐怖で完全に固まっていた。
⸻
アッシュの足が止まる。
「……っ」
心臓が嫌な音を立てる。
行くな。
逃げろ。
頭の中で、
本能が叫ぶ。
⸻
今ならまだ助かる。
関わるな。
走れ。
生きろ。
⸻
でも。
子供が小さく震えていた。
その姿が。
どうしても、
頭から離れなかった。
⸻
「ぁ……ぁ……」
アッシュ自身も、
まともに息が出来ていなかった。
怖い。
近づきたくない。
自分だって助かりたい。
涙が滲む。
足が震える。
⸻
頭の中へ、
ユメちゃんの顔が浮かぶ。
もし。
あそこにいるのがユメちゃんだったら。
そう考えた瞬間。
アッシュは半泣きのまま、
駆け出していた。
⸻
「だ、大丈夫……!」
声が裏返る。
全然大丈夫じゃない。
アッシュ自身、
恐怖で今にも崩れそうだった。
⸻
子供を抱き寄せる。
小さい身体。
軽い。
震えている。
怖いのだ。
自分と同じように。
⸻
「に、逃げよう……!」
アッシュは必死に言う。
自分へ言い聞かせるみたいに。
「だ、大丈夫だから……!」
声が震える。
説得力なんて無かった。
⸻
子供が泣きながら、
アッシュへしがみつく。
その温もりで。
逆に恐怖が現実になる。
守らなきゃいけない。
でも。
怖い。
怖くてたまらない。
⸻
その時。
上から軋む音。
アッシュが顔を上げる。
崩れた建物。
瓦礫。
熱風。
落ちてくる。
⸻
「……ぁ」
終わる。
そう理解した瞬間。
全身から血の気が引いた。
⸻
嫌だ。
死にたくない。
怖い。
帰りたい。
ポーレットさんに会いたい。
ユメちゃんの声を聞きたい。
ビクトルさんにまた怒鳴られたい。
まだ。
まだ生きたい。
⸻
涙が溢れる。
呼吸が壊れる。
それでも。
アッシュは子供を抱き締めた。
⸻
「っ……ぅ……!」
怖かった。
身体が震える。
歯が鳴る。
でも。
子供だけは隠すように。
自分の身体を盾にする。
⸻
「だ、いじょうぶ……」
自分へ言い聞かせるみたいに呟く。
全然大丈夫じゃない。
怖くて仕方ない。
それでも。
一人で死ぬより。
この子を置いて逃げる方が、
もっと嫌だった。
⸻
轟音。
爆風。
熱。
身体が潰れる感覚。
視界が白く染まる。
⸻
子供は泣いていた。
怖かった。
熱かった。
苦しかった。
でも。
自分を抱き締める男も。
同じように震えながら。
泣きそうな顔で。
それでも最後まで、
離さなかった。