『君が遺した食卓』   作:狂った自販機

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アッシュのいないモンマルト

《モンマルト》は、

今日も営業していた。

 

客は来る。

 

料理を出す。

 

会話がある。

 

笑い声もある。

 

いつも通り。

 

……のはずだった。

 

 

「……」

 

ポーレットは、

皿を運びながら入口を見る。

 

もう何回目か分からない。

 

扉が開く度。

 

無意識に期待してしまう。

 

 

“ただいま帰りました”

 

そんな声が聞こえる気がして。

 

でも。

 

違う。

 

入ってくるのは常連客だったり、

観光客だったり。

 

アッシュじゃない。

 

 

クレイユ村爆破事件から、

数日。

 

連絡は無かった。

 

導力通信も繋がらない。

 

警察も混乱している。

 

分かっているのは。

 

アッシュが事件の日、

クレイユ村にいた事だけ。

 

 

「ポーレット」

 

厨房から、

お父さんからの声。

 

「皿」

 

「あ、はい!」

 

慌てて動く。

 

仕事は止められない。

 

止めたら。

 

余計な事を考えてしまう。

 

 

厨房は静かだった。

 

いつもなら。

 

「すみません!」

 

とか。

 

「うわっ熱っ!?」

 

とか。

 

情けない声が聞こえてくる。

 

お父さんの怒鳴り声も飛ぶ。

 

でも今は違う。

 

静か過ぎた。

 

 

お父さんは何も言わない。

 

ただ。

 

いつも通り仕事をしている。

 

煙草を咥え、

無愛想な顔で料理を作る。

 

でも。

 

時々。

 

無意識みたいに。

 

厨房の入口へ視線を向けていた。

 

 

そこには誰もいない。

 

 

「……」

 

ユメも、

どこか元気が無かった。

 

普段なら店内を走り回るのに。

 

今日は椅子へ座って、

入口ばかり見ている。

 

 

「ユメち」

 

ポーレットが優しく声を掛ける。

 

「二階で休んでてもいいんだよ?」

 

ユメは首を振った。

 

「……パパ、いつかえるの?」

 

その言葉で。

 

ポーレットの胸が痛む。

 

 

「……うん」

 

笑おうとする。

 

「帰ってくるよ…きっと…」

 

声が少し震えた。

 

ユメは小さく頷く。

 

でも。

 

不安そうだった。

 

 

夜。

 

営業終了後。

 

店内は静まり返っていた。

 

 

ポーレットは、

アッシュがよく座っていた席を見る。

 

買い出しメモ。

 

置きっぱなしの包丁。

 

練習途中だったレシピノート。

 

全部そのままだ。

 

 

“帰ってくるから”

 

誰も片付けられなかった。

 

 

厨房では。

 

お父さんが煙草を吸っていた。

 

火は短くなっている。

 

でも。

 

新しい煙草へ変えていない。

 

珍しかった。

 

 

「……お父さんさん」

 

ポーレットが小さく呼ぶ。

 

お父さんは答えない。

 

 

しばらく沈黙。

 

やがて。

 

お父さんが低く呟いた。

 

「……死ぬツラじゃなかった」

 

ポーレットが顔を上げる。

 

 

「浮かれた顔しやがって」

 

「“帰ったらもっと頑張ります”だぁ?」

 

「……馬鹿が」

 

最後の声だけ、

少し掠れていた。

 

 

ポーレットは俯く。

 

涙が零れそうになる。

 

でも。

 

まだ泣けなかった。

 

 

まだ。

 

見つかっていない。

 

まだ。

 

帰ってくるかもしれない。

 

 

《モンマルト》は、

今日も営業している。

 

まるで。

 

アッシュ・クロードが、

また当たり前みたいに扉を開けるのを待つように。

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