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兵器災害で消えたクレイユ村跡地は、静かな慰霊公園になっていた。
風が吹く。
草木が揺れる。
遠くで鳥が鳴いていた。
あの日、多くの命が失われた場所。
そして。
アッシュ・クロードが死んだ場所。
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慰霊碑の前を、三人の影がゆっくり歩いていた。
少し白髪の混じった女性。
その隣を歩く、大人になった娘。
さらに、その小さな女の子
ポーレットと、ユメ。
そしてユメの娘だった。
「おばあちゃん、ここってなに?」
幼い声。
ポーレットは穏やかに微笑む。
昔よりずっと皺は増えた。
歩く速度も遅くなった。
けれど。
笑顔だけは、あの日と同じだった。
「ここはね、大事な人たちが眠ってる場所なの」
「だいじなひと?」
「ええ」
ポーレットは慰霊碑へ視線を向ける。
そこには、事故犠牲者たちの名前が刻まれていた。
その中の一つ。
――アッシュ・クロード。
ポーレットは、その名前へそっと指を触れる。
「この人がね」
優しい声。
「あなたのお爺さん」
少年が目を丸くする。
「おじいちゃん!?」
「うん」
ユメが隣で笑った。
「血は繋がってないけどね」
「でも、私のパパだった」
その言葉には、少しの迷いもなかった。
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風が吹く。
ユメは空を見上げる。
「毎年来てるよね、ここ」
「そうねぇ」
ポーレットは静かに笑う。
「あの日だけは、ちゃんと会いに来たくて」
あれから数十年。
ポーレットは再婚しなかった。
何度か言い寄る男もいた。
だが。
誰も隣には立てなかった。
彼女の左手薬指には、今も指輪がある。
あの日。
不器用な青年が震えながら渡してくれた婚約指輪。
少し傷つき。
輝きは昔より薄れている。
それでも。
一度も外したことはなかった。
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「どんな人だったの?」
孫が聞く。
ユメは少し笑った。
「不器用だった」
「でも優しかった」
ポーレットも続ける。
「自分に自信なくてね」
「すぐ慌てて」
「でも、誰より家族を大事にしてくれた」
ユメは慰霊碑を見つめる。
「私たちに大切さ、教えてくれた人」
静かな風。
空は青かった。
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ふと。
孫が首を傾げる。
「おじいちゃん、こわくなかったのかな」
ポーレットとユメは顔を見合わせる。
そして。
少しだけ困ったように笑った。
「……怖かったと思う」
ポーレットが静かに言う。
「すごく普通の人だったから」
英雄じゃない。
特別でもない。
ただ。
家族を愛した人。
だからこそ。
最後の瞬間、逃げなかった。
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「でもね」
ポーレットは空を見上げる。
どこか遠くを見るような目だった。
「きっと、“帰りたい”って思ってた」
ユメが小さく頷く。
「私たちのところに」
風が吹く。
木々が揺れる。
まるで。
誰かが優しく笑ったようだった。
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帰り道。
ポーレットは最後に一度だけ振り返る。
慰霊碑。
そこに刻まれた名前。
――アッシュ・クロード
彼女は左手の指輪へそっと触れた。
「……また来るね」
返事はない。
けれど。
あの日、自分たちを愛してくれた人は。
今も確かに、ポーレット・クロードの心の中で生き続けていた。