最初。
ユメは、
アッシュの事が嫌い…というより。
怖かった。
⸻
ママの近くにいる男の人は、
大体ろくでもない。
幼いながらに、
ユメはそれを知っていた。
酔っぱらい。
しつこい客。
馴れ馴れしい男。
笑っているのに、
目が嫌な人。
ママは優しいから、
無理して笑っている時がある。
ユメはそれが嫌だった。
だから。
最近店で働き始めたアッシュにも、
警戒していた。
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でも…なんか頼りない。
怒鳴られるとすぐ縮こまる。
お皿もよく落としそうになる。
おじいちゃんに毎日怒られてる。
なのに辞めない。
変な人。
それが第一印象だった。
⸻
でも。
少しずつ。
ユメは気づき始める。
この人。
他の人とちょっと違う。
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例えば。
ユメが転びそうになった時。
アッシュは慌てて支えた。
でも。
その後すぐ手を離した。
変に触らない。
子供扱いもしない。
「大丈夫?」
ただそれだけ。
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例えば。
ユメが重い箱を運ぼうとしていた時。
アッシュは黙って持ってくれた。
「はい終わり」
恩着せがましくない。
“偉いだろ?”みたいな顔もしない。
不思議だった。
⸻
ある日。
ユメはこっそり厨房を覗いていた。
アッシュがまた怒られている。
「火ぃ強ぇ!!」
「すみません!!」
「見ろ焦げてんだろ!!」
「うぅ……」
しょんぼりしている。
ユメは思った。
(よわい)
ママはもっと強い。
おじいちゃんはもっともっと強い
でも。
アッシュは弱い。
⸻
なのに。
逃げない。
次の日もいる。
また怒られてる。
また失敗してる。
でも辞めない。
ユメにはそれが少し不思議だった。
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その理由を知ったのは、
ある日の夜だった。
閉店後。
ユメは眠れなくて、
こっそり店へ降りてきた。
すると。
厨房にアッシュがいた。
一人で掃除している。
もう仕事終わってるのに。
「……なにしてるの?」
声をかけると、
アッシュが飛び上がった。
「うわっ!?」
振り返る。
「ゆ、ユメちゃん!?寝てなかったの!?」
「おみずのむ」
「あ、そ、そっか」
慌ててコップを出してくれる。
その姿が少し面白かった。
⸻
ユメは椅子へ座り、
アッシュを見る。
黙々と掃除している。
誰も見てないのに。
手を抜かない。
「……なんでやるの?」
「え?」
「もうおわってるのに」
アッシュは少し考える。
それから。
照れ臭そうに笑った。
「ここ好きだから」
ユメは目を丸くした。
⸻
「好き?」
「うん」
アッシュは厨房を見る。
「お客さん笑ってるし」
「ポーレットさんも優しいし」
「ビクトルさん怖いけどちゃんと教えてくれるし」
「なんか……」
少し言葉を探して。
ぽつりと言った。
「ここいると、自分がちゃんと人間って思える」
ユメには難しい言葉だった。
でも。
嘘じゃないのは分かった。
⸻
その時だった。
アッシュのお腹が鳴った。
ぐぅぅぅ。
沈黙。
ユメがじっと見る。
アッシュが真っ赤になる。
「わ、忘れて」
「……たべてないの?」
「えっ」
困った顔。
図星だった。
ユメは知っている。
ママが忙しい時、
アッシュは後回しにする。
残り物で済ませる。
時々、
まかない食べ忘れてる。
おじいちゃんには怒られてる。
馬鹿だと思った。
⸻
ユメは椅子から降りる。
冷蔵庫を開ける。
「え、ユメちゃん?」
ごそごそ探して。
小さなパンを持ってきた。
「これ」
「え?」
「ママの」
「いやダメでしょ!?」
「いいの」
ぐいっと押し付ける。
アッシュは困った顔をした後。
小さく笑った。
「……ありがと」
嬉しそうだった。
その顔を見て。
ユメは少しだけ思った。
(……わるいひとじゃないかも)
⸻
それから。
少しずつ。
本当に少しずつ。
ユメはアッシュの隣へ行くようになった。
「アッシュ、それちがう」
「えっマジ?」
「おさらにくっついてる」
「あああ本当だ!」
怒られてる。
ユメはちょっと楽しかった。
⸻
またある日。
アッシュが常連客の子供へ、
笑いながらハンバーグを運んでいた。
その顔を見て。
ユメは気づく。
アッシュは、
ママにだけ優しい訳じゃない。
みんなに優しい。
だから。
少し安心した。
⸻
ある雨の日。
ユメは店の前で転んだ。
膝を擦りむく。
じわっと涙が浮かぶ。
でも。
泣く前に。
アッシュが駆け寄ってきた。
「ユメちゃん!?」
すぐしゃがむ。
慌ててハンカチを出す。
「痛い!?」
「……いたい」
「そりゃ痛いよなぁ……」
自分まで痛そうな顔をしている。
その顔が少し面白くて。
ユメは泣くのを忘れた。
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「歩ける?」
「……うん」
「偉い」
頭を撫でようとして。
でも。
アッシュの手が途中で止まる。
ユメを見る。
嫌がらないか確認している。
それが分かった。
だから。
ユメは少しだけ近づいた。
すると。
アッシュは、
本当に優しく頭を撫でた。
その手は。
怖くなかった。