今の
ユメにとって、
アッシュは“変な人”だった。
頼りない。
すぐ怒られる。
ちょっと鈍臭い。
でも。
毎日いる。
雨の日も。
忙しい日も。
怒鳴られた次の日も。
辞めない。
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「アッシュ、おさらにくっついてる」
「えっ、うわ本当だ!?」
「またじぃじにおこられる」
「やめて怖い事言わないで」
そんな会話が、
少しずつ増えていった。
⸻
最初は。
ユメも自分から近づく気はなかった。
でも。
気づくと、
アッシュの近くへ行ってしまう。
理由はよく分からない。
なんか。
放っておけなかった。
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ある日。
営業前。
アッシュは厨房で、
真剣な顔で野菜を切っていた。
「……」
ユメは後ろからじっと見る。
ぎこちない。
遅い。
危なっかしい。
でも。
前よりちょっと上手い。
無意識にアッシュに気づく。
「うわっ!?」
「あ、ごめん…びっくりした?」
「ユメちゃん心臓に悪い!」
ユメは少し笑った。
アッシュが固まる。
「……今笑った?」
「わらってない」
「いや笑った!」
「わらってない」
ちょっと嬉しそうだった。
⸻
ある日
アッシュは盛大に指を切った。
「いっっっ!?」
「アッシュ!?」
ユメが飛び跳ねる。
おじいちゃんが怒鳴る。
「何やってんだ馬鹿!!」
「す、すみません!!」
指から血。
アッシュは慌てて止血する。
ユメは不安そうに見ていた。
⸻
閉店後。
ユメはこっそり厨房へ行く。
アッシュは一人で洗い物をしていた。
「……いたい?」
アッシュが振り返る。
「あー、ちょっとね」
笑っている。
でも。
少し痛そう。
ユメは少し迷ってから、
ポケットをごそごそした。
小さな絆創膏。
うさぎ柄。
「これ」
「え?」
「ママがくれた」
アッシュが目を丸くする。
「……俺に?」
ユメは小さく頷く。
アッシュはしばらく固まった後、
ふっと笑った。
「……ありがと」
なんだか。
すごく嬉しそうだった。
⸻
ユメは少しずつ、
アッシュへ話しかけるようになった。
「アッシュまたまちがえてる」
「えっどこ!?」
「しお」
「あっぶな……ありがとう……」
「どじ」
「否定できない」
⸻
営業中。
ユメは店の隅で絵本を読んでいた。
だが。
客が増えてくると、
少し寂しくなる。
ママは忙しい。
おじいちゃんも怖い顔してる。
そんな時。
アッシュがこっそり来る。
「ほら」
「?」
小皿。
少しだけ切った果物。
「内緒な」
ユメは目を丸くした。
「……いいの?」
「ビクトルさんにはバレないように」
「ばれたら?」
「死ぬ」
真顔だった。
ユメは吹き出した。
⸻
またある日。
ユメが眠そうにしていると。
アッシュが気づく。
「眠い?」
「……ねむくない」
完全に眠そうだった。
アッシュは苦笑する。
「ほら」
しゃがむ。
「背中乗る?」
ユメは少し迷う。
でも。
そっと背中へ乗った。
温かかった。
広かった。
ゆっくり歩くアッシュの背中は、
不思議と安心した。
⸻
「軽いな〜」
「ユメちいさくないもん」
「女の子は軽いって言われると嬉しいいもんだよ」
「ほんと?」
「ほんと」
即答だった。
そんな何気ない会話が
なんだか嬉しかった。
⸻
その頃には。
ユメの中で、
アッシュはもう“怖い人”ではなくなっていた。
ただ。
まだ少しだけ。
不安はあった。
いつかいなくなるんじゃないか。
ママを泣かせるんじゃないか。
そう思っていた。
⸻
だから。
ある雨の日。
ユメは聞いた。
閉店後。
二人で店番していた時だった。
「……アッシュ」
「ん?」
「どっかいく?」
アッシュがきょとんとする。
「え?」
「いなくなる?」
小さな声だった。
不安そうだった。
アッシュは少し黙る。
そして。
ユメの目線までしゃがんだ。
「行かないよ」
「……ほんと?」
「うん」
アッシュは笑う。
少し照れ臭そうに。
でも。
真剣に。
「俺、ここ好きだから」
「ユメちゃんも」
ユメは目を丸くした。
胸が少し熱くなる。
なんだか恥ずかしくて。
でも。
嫌じゃなかった。
⸻
「……じゃあ」
ユメは小さく、
アッシュの服を掴む。
「アッシュも、かぞく?」
その瞬間。
アッシュの呼吸が止まった。
厨房奥で。
皿を洗っていたビクトルの手も、
ほんの少しだけ止まっていた。