銀盤に踊る銀(しろがね) 作:ブリザード
テレビの収録はバズった週の金曜日に決まった。
場所は都内のテレビ局、ちょっと小さめのスタジオだった。
父さんも付き添いとして、半日会社を抜けてくれた。
母さんはもちろん、最初から終わりまでずっと俺の隣にいた。
ディレクターさんは四十代前半の髪を後ろでひとつにくくった姉さんっぽい人だった。
名刺には『チーフディレクター 古屋』と書いてあった。
古屋さんはしゃがんで俺と目線を合わせると、できるだけ優しい声で言った。
「瀬理奈ちゃん、今日はいつもどおりにピアノを弾いてくれたら、それでいいから」
「はぁい」
「あと、お兄さんが、ちょっとお話を聞いてもいい?」
「うん」
ぺこりと頷く俺。
そして楽屋に用意された、子供用のふわふわのコートを肩から軽く羽織った。
これも衣装の一部らしい。
母さんが俺の銀色の髪を丁寧に櫛で梳いてくれた。
そしてその上から、白いリボンをふんわりと結んでくれた。
スタジオに入ると、中央にグランドピアノが一台置いてあった。
背景は白い壁とふわふわとした人工の雪のセット。
カメラが三台、俺を囲むように配置されていた。
ライトの光は思っていたよりも、ずっと強かった。
四歳児の目には、ちょっと眩しすぎる。
俺はちょっとだけ、目をしょぼしょぼとさせた。
「瀬理奈ちゃん、まぶしい?」
「うん、ちょっと」
「ごめんね、すぐ慣れるから」
古屋さんはてきぱきとスタッフに指示を出して、ライトの強さをほんの少し落としてくれた。
それから台本通りに収録は始まった。
司会のお兄さんは、テレビでよく見る人気の芸人さんらしかった。
正直に言おう、俺は知らなかった。
転生前の俺はテレビをあまり見ない人間だったので、誰が誰だかわからなかったのだ。
「本日のゲストは、いまネットで話題沸騰中の銀の天使、橘瀬理奈ちゃんです!」
お兄さんの声が、スタジオに響き渡る。
用意された子供用の椅子に、俺はちょこんと座っていた。
カメラの赤いランプがちかちかと点滅していた。
「瀬理奈ちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
「いやー、見れば見るほど可愛いね。お名前と年齢を教えてくれるかな?」
「たちばなせりな、よんさいです」
「四歳! よんさいであんなにピアノが弾けちゃうんだもんね、すごいねぇ」
お兄さんはちょっと大げさぶって、目を丸くしてみせた。
俺は、ぺこりと、頭を下げた。
うん、これはテレビ用のちょっと過剰なリアクションなんだな、とわかった。
「瀬理奈ちゃん。ピアノはいつから始めたの?」
「ことしのはる、です」
「半年前! 半年前から始めてたのに、もうジングルベルを、ぜんぶ弾けちゃうの?」
「うん。ゆあさせんせいが、おしえてくれた」
「先生のおかげなんだね、瀬理奈ちゃん、偉いねぇ」
お兄さんは台本どおりに、流暢に質問を進めていった。
俺はできるだけ、四歳児らしく答えた。
あんまりぺらぺらとしゃべりすぎないように、ちょっとだけ抑えた。
「じゃあ、さっそく瀬理奈ちゃんのピアノを、聞かせてもらおうかな」
「はぁい」
俺は椅子からぺたりと降りる。
そしてぺたぺたと、グランドピアノの前まで歩いていった。
スタジオのグランドピアノは、湯浅先生のところのよりもずっと大きかった。
椅子は子供用に一段低くしてあった。
その上によじ登って、俺は鍵盤に両手をのせた。
うん、やはり緊張するな。
俺は緊張をほぐそうと、ちょっと深呼吸をする。
ジングルベル ジングルベル すずがなる。
そして、家で母さんに撮られたときとおなじように弾き始めた。
楽譜はなかった。
けれども、頭の中にもう全部入っていた。
歌詞をちょっとずつ口ずさんだ。
ピアノの音と自分の声が、スタジオの天井と壁で反射して、中央あたりで混ざった。
スタジオの音響はリビングのそれとはまったく別物だった。
音が思ったよりもずっと深く響いている。
俺の耳はその響きのこまかな違いまで、勝手に拾っていた。
そうだな、これならこうした方がいいかもしれない。
脳裏に譜面をどう調整すればいいか、指に、声に、どう力を籠めるか自然と浮かぶ。
そうして俺はその違いに合わせるように、指の力の入れ方を、ちょっとずつ変えた。
ジングルベル ジングルベル すずがなる。
今日は楽しい クリスマス。
最後の音はちょっとだけ長く。
そして両手を、鍵盤から離した。
最後の音がスタジオに響き渡り、そして消えた。
スタジオが、しんとなった。
それから、ぱちぱちと、スタッフから自然に拍手が湧いていた。
お兄さんが目を瞬かせていた。
「いやぁ……もう、これは、ね」
司会のお兄さんは、台本を置いた。
そして、頬を、ちょっと、緩めて、俺の方を、見た。
「これ、四歳児の演奏じゃないよ。みなさん、これ、四歳児の演奏じゃないですよ」
「……」
「いやぁ参った。ぼくはピアノ、ぜんぜん詳しくないんだけど、これは参った」
お兄さんはなぜか自分の襟元を軽く引っ張った。
それから、ふぅ、とひとつ息を吐いた。
古屋さんも、横からこくこくと頷いていた。
「瀬理奈ちゃん、ありがとうね」
「はぁい」
「あのね瀬理奈ちゃん、ピアノのほかにも、何か習い事してるんだって?」
「うん」
「なにをしているの?」
「たいそうと、すいえいと、おえかき」
俺は指折りながら数えた。
お兄さんは、また目を丸くした。
これは台本どおりのリアクションかもしれなかった。
「いっぱい習ってるねぇ」
「うん」
「体操は、ちょっとすごい話を聞いてるんだけどね」
お兄さんは横をちらりと見た。
スタッフが手にスケッチブックを持っていた。
そこには、宮川コーチに事前に取材した内容が書いてあるはずだった。
「跳び箱は何段、跳べるの?」
「いま、ろくだん」
「六段! 四歳児で、六段!」
「うん」
「あと、後転と側転も、ぜんぶできちゃうって聞いたよ」
「はぁい」
俺は、こくりと頷いた。
お兄さんは、もう笑うしかないというふうに、ふは、と息を漏らしている。
スタジオの隅で、母さんが両手を口元に当てた。
「スイミングも、聞いたんだよ」
「うん」
「ご、メートル、潜って泳げるんだって?」
「はい」
「四歳児で、潜水、五メートル」
お兄さんは両手をぱたぱたと振った。
そして自分の額を、ちょっと押さえた。
俺はその仕草を見て、内心ですまんなぁと思っていたり。
全部中身のおかげじゃなくて、身体のおかげなんだよ、お兄さん。
そう心の中でつぶやいた。
もちろん口には出さなかった――出せるようなものではない。
「瀬理奈ちゃん、最後にひとつだけ聞いていい?」
「はぁい」
「瀬理奈ちゃんはなんで、こんなにいろんなことができちゃうの?」
ちょっと首を傾げた。
四歳児の、にっこり、と笑みでごまかすにはちょっとまじめな質問だった。
だから俺は、ぱちぱち、と瞬きをしてからこう答えた。
「えっと、せりな、あんまりわからない」
「うん、そうだよね」
「でも、ぱぱとままが、いつもたのしく、っていってくれるから」
「うん」
「だからね、せりなは、いろんなことがたのしいの」
スタジオの空気がちょっと止まった。
カメラの後ろで、誰かが息を吸う音がしている。
そして、お兄さんが瞬きをした。
「……いやー、もうこちらの負けです」
「お兄さん?」
「瀬理奈ちゃん。ぼくね、四歳児に負けたって、テレビではじめて言ったよ」
お兄さんは、ふふふと笑いだした。
それは台本にはない、たぶん本心の笑いだったんだろう。
俺はそれをちゃんと聞き取った。
うん。
このお兄さん、とてもいい人だ。
内心でそう思った。
収録はそれから十分ほどで終わった。
最後にお兄さんと一緒に写真を撮らせてもらった。
お兄さんは俺の横に並ぶとちょっとだけしゃがんで、ピースサインをしてくれた。
俺もまねして、ぴょこんとピースをしてみせた。
「瀬理奈ちゃん、お疲れさま」
「おつかれさま、です」
「これ、おみやげね」
お兄さんは楽屋まで来て、俺にぬいぐるみをひとつくれた。
両手のひらにちょこんと収まる、小さな白いうさぎだった。
入園のカバンに母さんが入れてくれた、うさぎとよく似ていた。
「うわぁ、かわいい」
「うん、瀬理奈ちゃんに似合うと思って」
「ありがとう、おにいさん」
「うん。これからも無理しないでね、瀬理奈ちゃん」
お兄さんは最後にちょっとだけ声を低くして、そう言った。
俺もこくりと頷いた。
ちょっとだけ、おじさん同士でわかりあえたような気がした。
番組は翌週の月曜日、夕方に放送された。
俺の出演部分は全部で十五分くらい。
ピアノの演奏と跳び箱、潜水の別撮りの映像も、ちょっとだけ流れていた。
それから俺の四歳児のにっこり笑顔のドアップが、何度も何度も映っていた。
放送が終わったあとのSNSは、なんというか、もう止まらなくなった。
『銀の天使』、『リトルピアニスト』、『四歳のスーパー幼児』。
いろんな呼び方が、画面の中をぐるぐると流れている。
発端の動画の再生回数は、放送から二日経つと一千万回を超えた。
「お父さん、これね、もう」
「うん」
「ちょっと、ね」
「うん、そうだな」
母さんと父さんは、リビングのソファでノートパソコンを覗き込みながら、何度も頷きあっていた。
俺は自分の部屋の天井を、ぼんやりと見上げていた。
四歳児の身体は、こんなにも世間から見られるものになってしまった。
幼稚園でも、しばらくはちょっとした騒ぎになった。
園の庭で遊んでいると、ほかのクラスの先生方がちょっとずつこちらを覗きに来た。
それから近所の子供たちのお母さんたちが、母さんに何度も声をかけてきた。
いつもどおり俺は、笑顔でぺこりと頭を下げる。
けど明彦は、こういうときではいちばん変わらなかった。
園庭のすべり台のところで、俺の銀色の頭をいつもどおり待っている。
そして俺が来ると、ぱっと顔をほころばせた。
「せりなおねえちゃん」
「あきひこくん」
「おねえちゃんのテレビ、見たよ」
「うん」
「すごく上手だった」
「ありがとう」
「ぼくね、せりなおねえちゃんが、ジングルベル、弾いてるとこ、おうちでままと、にこにこ、見てた」
明彦は四歳児の舌足らずな声で、そう報告してくれた。
その声には嫉妬や距離感とか、そういうものはまったく混じっていなかった。
純粋に自分の知ってるお姉ちゃんがテレビに出ていたことを、嬉しく思っている声に見えた。
明彦の前で、ちょっと俺は目頭が熱くなった。
銀の天使なんて呼ばれて、一番こそばゆかったのはこういうところだった。
ちゃんと俺を俺として、瀬理奈として知ってくれている人の前では、銀の天使も何も関係なかった。
「あきひこくん」
「うん?」
「せりなね、テレビはちょっとつかれた」
「うん、そーだよね」
「だから、あきひこくんとすべりだいするほうがたのしい」
俺はにこりと笑ってみせた。
明彦はちょっと嬉しそうに頬を赤らめたように見えた。
そしてすべり台の階段を、ちょこちょこと登っていった。
うん。
これでいい。
俺の世界の大事なところは、ちゃんと変わらないままだった。
そしてひと月も経つと、SNSの熱はふっと嘘みたいに収まった。
世の中というのは移り変わりがほんとうに早い。
新しい話題が毎日ひっきりなしに流れてくる。
銀の天使なんてワードは、検索しても新しい記事は出てこなくなった。
ふう。
「ぱぱ、しずかになったね」
「うん。しずかになったね」
「よかった」
「うん。よかった」
ある日の夕食のあと、父さんと俺はリビングのソファで、そんな会話をぽつぽつと交わした。
父さんの会社の方も、特にそれ以上の依頼は来なかった。
専務さんからも、丁寧なお礼の連絡が入っただけだった。
「瀬理奈、無理させて、ごめんな」
「ううん、せりな、たのしかった」
「ふふ、それは、ちょっと、強がりかな?」
「……ちょっとだけ」
俺はちょっと笑った。
父さんも笑った。
ふたりでソファの上で、しばらく笑いあった。
橘家の生活は、年末の騒ぎが嘘だったみたいにいつもどおりに戻った。
ピアノは、月曜の夕方、湯浅先生のところへ。
体操は、水曜の夕方、宮川コーチのところへ。
スイミングは、土曜の午前、宇野コーチのところへ。
俺の習い事の予定も、もとに戻った。
明彦もいつもどおりに、ピアノと体操とスイミングを、俺と一緒に楽しんでいた。
ジングルベルの動画はまだ世界のどこかで再生され続けていたのだろうけれど、その存在はもう俺たちの生活の外側だった。
ただ、ひとつだけ。
一か月のから騒ぎの後、ひとつだけ橘家には、ちょっと違う種類の連絡が入っていた。
放送から一月半ほど経った、ある土曜日の午後だった。
スイミングの帰り道、自宅の玄関の前に見慣れない男の人が立っていた。
歳のころは三十代の半ばくらいか。
紺色のダウンジャケットに、黒い毛糸の帽子。
「あの、橘さんですか?」
男の人は、母さんの方に頭を下げてそう訊いた。
母さんはちょっと警戒した顔で、俺の手をぎゅっと握った。
母さんの足元から、その男の人の顔を俺はちょっと見上げた。
大丈夫だよ母さん、害意はない。
「……どちらさまでしょうか」
「あ、すみません、突然」
そう聞かれて、男の人は慌ててポケットから名刺を取り出した。
そしてそれを両手で恭しく母さんに差し出した。
『区民スケートクラブ アシスタントコーチ 永田 雄一』
「あ、すみません。私は近くでフィギュアスケートの、子供のクラブをやっておりまして」
「フィギュアスケート」
母さんがぽつりと繰り返した。
その単語に、ちょっと肩を跳ねさせかけて、なんとかこらえた。
フィギュアスケート。
なんだ、そのまったく予想していないところから来たお話は。
「ピアノのテレビ、見させていただきました」
「ああ、はい」
「それから跳び箱と潜水の別撮りも、見ていまして」
「はい」
「あと、たまたま、私はこちらの近所に住んでまして」
「えっ」
「いえ! いえ、ストーカーとかではないんです!!」
永田さんはちょっと慌てて両手を振った。
笑いそうになるのをこらえる。
この人はちょっと抜けてるけど、悪い人じゃなさそうだ。
母さんもちょっと笑い、そして肩の力を抜いた。
「あの、瀬理奈ちゃんですよね」
「うん」
「うちのクラブでなんですけれど」
「はい」
「もしよろしければ、ですね」
「はい」
「フィギュアスケートを体験してみませんか?」
永田さんの声は緊張のせいでちょっと上ずっていた。
それでもその目はまっすぐに母さんと俺を見ている、ふざけ半分でも興味本位でもない目だった。
「……フィギュアスケート、ですか」
「はい」
「ふぃぎゅあ、すけーと」
「はい。瀬理奈ちゃんのジャンプの感覚、跳び箱を見てちょっとこれは、と思いまして」
「はぁ」
「あと潜水の、五メートルも」
「はい」
「あれだけ息が続く子なら、ステップの長いプログラムも、たぶんいけると」
「……うん」
「そして、その音楽の感覚、稀有なものかと」
永田さんはふだんから考えていたことを、うちの玄関先でぽつぽつと吐き出した。
四歳児にフィギュアスケートの才能を見抜く、というのはなかなかできない芸当だ。
たぶんこの人はちゃんとした目を持っている人なんだろうな、と俺は思った。
「あの」
「はい」
「うちの瀬理奈、まだ、四歳、ですけど」
「だいじょうぶです。うちのクラブのいちばん下のジュニアコースは、四歳から受け入れていますので」
「あら、まぁ」
「それでもしよろしければ、見学だけでも」
永田さんは両手で一枚パンフレットを母さんに差し出した。
母さんはちょっとためらっていたが、それを受け取りながら俺の方を見ている。
俺も母さんの視線を見上げ返した。
スケート。
転生前の俺、橘隆志はスケートなんて人生で二回くらいしかやったことがなかった。
小学生の頃に家族で行った近所のスケートリンクで、転んで尻もちをついた覚えがあるだけ。
それでも。
四歳児の足がちょっとだけ、ぴくりと動いた。
気がついたら、口が勝手に動いていた。
「まま、せりな、けんがくいきたい」
「あら、瀬理奈いいの?」
「うん。いっかいみてみたい」
自分でもちょっと驚いた。
反射的に興味を示してしまった、というのが近かった。
でも、これまでの習い事の中でこんなに自分から行ってみたいと思ったことはなかった。
なんでだろう。
ちょっとだけ頭の中で考える。
ピアノは明彦のためにも自分から行きたいと言った、ちょっと悪い目論見があったのは否定しない。
体操やスイミングは、両親が用意してくれたパンフレットを見せてもらって、いいよと答えた。
でもフィギュアスケートは、
フィギュアスケートだけは、なんだかはじめて――
俺自身が自分の身体の性能のことを自覚した上で、向き合ってみたいと思った。
跳び箱の、ぴたり、と決まる着地。
潜水の、ずっと深いところまで肺が続いていく感覚。
そういうものをぜんぶ、ぜんぶ使ってみたいと感じた。
母さんは、そんな俺の顔をしばらく見ていた。
そして笑った。
「永田さん」
「はい」
「ありがとうございます。よろしければ来週の土曜日にでも、見学に伺ってもよろしいですか」
「ぜひ! ぜひお待ちしております」
永田さんは頭を下げた。
俺もつられて、ぺこりと頭を下げた。
永田さんはもう一度頭を下げ返してから、玄関先をぱたぱたと立ち去っていった。
その背中を見送りながら、母さんはしゃがんで俺の顔をちょっと覗き込んだ。
「瀬理奈、ほんとに行ってみたい?」
「うん」
「銀の天使さんは、いっぱい習い事していて、もうお疲れなんじゃない?」
「だいじょうぶ。ぎんのてんしさんは、げんき」
ちょっとおどけて、そう答えた。
母さんは、ふふ、と笑うと、俺の手をぎゅっと握って玄関の鍵を開けた。
家の中に入るとリビングはいつもの夕方、あたたかい匂いに満ちていた。
やがてキッチンの方から、母さんのお味噌汁の出汁の匂いが流れてきた。
その匂いを感じながら、コートをハンガーにかけた俺はぺたんと座り込んだ。
二〇一二年。
冬の終わり。
母さんと、おばあちゃんのスマートフォンから始まった、銀の天使と呼ばれた四歳児の冬。
ひと月にも満たない世間の騒ぎが過ぎ去ったあとに置いていかれた案内状。
その案内状のいちばん最後の行には、フィギュアスケートと書いてあった。
第一章 了
別視点からのお話をあと一話投稿して、第一章は終わりとなります。