銀盤に踊る銀(しろがね)   作:ブリザード

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閑話02話 天使さまはお疲れ

二学期がはじまってからどんどん季節は秋めいて、一学期のころよりもずっと落ち着いた空気になっていた。

夏場、窓辺にずらりと並んでいた朝顔の鉢は片づけられて、校庭の木もいつのまにか葉っぱを赤く染めはじめている。

入学したばかりの頃はそわそわしていたクラスのみんなも、いまではすっかり小学生らしい顔つきになっていた。

 

そんな秋のある日のこと。

わたしはいつものように、自分の席からすこし離れたところにいる瀬理奈ちゃんのことを見ていた。

 

これはべつに、おかしな意味で見ているわけじゃない。

わたしの席からは瀬理奈ちゃんが、よく見えるというだけのことなのだ。

銀色のあの髪は教室のなかでひとりだけきらきらしていて、見ようと思わなくても勝手に目に入ってきてしまう。

だからこれはしかたのないことだった。

 

瀬理奈ちゃんは、今日もクラスの真ん中にいた。

 

休み時間になるたび、女の子たちが瀬理奈ちゃんの席にわぁっと集まってくる。

銀色の髪をさわらせてほしいとか、テレビのお話を聞かせてほしいとか、みんなおねだりをしていた。

瀬理奈ちゃんはそのひとつひとつに、いやな顔ひとつせずに、にこにこと笑って付き合ってあげている。

 

「ねえねえ、天使ちゃん。こんど、おうちにあそびに行ってもいい?」

「いいよ。でも、ママに聞いてからね」

「やったー! ねえ、わたしもわたしも!」

 

瀬理奈ちゃんのまわりは、いつだってこんなふうに、にぎやかなのだ。

クラスの女の子だけじゃなくて男の子たちまで、なにかと用事を作っては瀬理奈ちゃんの近くをうろうろしている。

ろうかには、ときどき、ほかのクラスや上の学年の子まで、こっそり瀬理奈ちゃんを見に来ているくらいだった。

 

ちょっと前に、瀬理奈ちゃんが、またテレビに出たからだった。

 

夏休みのおわりごろから、瀬理奈ちゃんは、ピアノやスケートで、たくさんすごいことをやってのけた。

それがあっというまにみんなの知るところになって、瀬理奈ちゃんはもう一度「銀の天使」と呼ばれるようになったのだ。

 

でも、そのにこにこ顔が今日はほんの少しだけ、いつもより無理をしているようにわたしには見えていた。

 

ほかのみんなはたぶん気づいていない。

銀色の髪と青いお目めの天使ちゃんが、きらきら笑っているのをただそのまま見ているだけだ。

でもわたしはお友達になってからずっと瀬理奈ちゃんを見てきたから、そういうところだけはなぜだか勝手に分かってしまうのだった。

 

──正直に言うと、わたしはちょっとだけびっくりしていた。

 

だって夏休みのまえまで、瀬理奈ちゃんはいろんなことを自分から「やる」と言う子じゃなかったから。

ピアノもスケートも上手なのにどこか力を抜いていて、わざと悪目立たないようにしているようにわたしには見えていた。

すぐ近くでずっと見てきたわたしには、それがなんとなく分かっていたのだ。

 

それが、夏休みがあけたら、まるきり別の子みたいになっていた。

 

コンクールに出ると自分から言いだして、スケートの級をとると自分から言いだして、テレビにもすすんで出るようになった。

あんなに目立つのをいやがっていた子が、急に、世界中に見つけてもらいたがっているみたいだった。

わたしはその変わりようが、うれしいような、それでいて、ほんのちょっとだけ、ふしぎでこわいような気もしていた。

 

でもその理由を、わたしは知っている。

 

スケートクラブの帰りだったか、それとも学校の帰りだったかな。

わたしとひかりちゃんと明彦くんの三人で、瀬理奈ちゃんに、どうしてそんなにがんばるのかと聞いたことがあったのだ。

そうしたら瀬理奈ちゃんは、ちょっとだけ照れたみたいに笑って、こう教えてくれた。

 

「あのね。瀬理奈は、大阪におばあちゃんがいるの」

「おおさかの、おばあちゃん?」

「うん。すごくやさしい、だいすきなおばあちゃん」

 

瀬理奈ちゃんは「おばあちゃん」のことを話すとき、いつもとちょっとだけちがう顔をした。

うれしいような、それでいて、なんだか泣きそうなような、ふしぎな顔だった。

わたしはその顔を見ると、どうしてだろう、胸の奥がきゅうっと痛くなった。

 

「おばあちゃんはね、瀬理奈がたのしそうにしてるのを見るのが、いちばんすきなんだって」

「たのしそうに、してるの?」

「うん。だから瀬理奈は、ピアノもスケートもいっぱいがんばって、楽しんで、おばあちゃんに見せてあげたいの」

 

ひかりちゃんが「すごーい」と、なんにも分かっていない顔で手をたたいていた。

明彦くんは「せりなおねえちゃん、やさしいね」と、まっすぐにそう言った。

でもわたしだけは、その話にすぐにはなんて返したらいいか分からなかった。

 

おばあちゃんのために、こんなにがんばる。

 

そんなふうに思える相手が瀬理奈ちゃんにいることが、わたしにはすこしだけ眩しかったのだ。

だってわたしには、ついこの前までそういう人がいなかったから。

 

施設にいたころのことを、わたしはまだときどき思い出す。

 

みんなが順番にお家に引き取られていって、そのたびにわたしは置いていかれるほうの子だった。

だいすきだった瀬理奈ちゃんでさえ、わたしを置いて先にお家に行ってしまった。

だからわたしは、長いあいだ、だれかのためにがんばるなんてこと、考えたこともなかったのだ。

 

でも、いまのわたしには、ちゃんとお母さんがいる。

 

だからわたしは、その眩しさをうらやましいと思うかわりに、瀬理奈ちゃんのおばあちゃんのことを、いいなあと思うことができた。

瀬理奈ちゃんがそんなにだいすきだというおばあちゃんなら、きっと、とびきりやさしいおばあちゃんなのだろう。

そして、その人のためにがんばる瀬理奈ちゃんを、わたしは応援してあげたいと思った。

 

そうして瀬理奈ちゃんは、その「おばあちゃん孝行」のために、つぎからつぎへとすごいことをやり始めたのだった。

 

 

 

最初のすごいことはピアノのコンクールだった。

 

九月のはじめの日曜日に、瀬理奈ちゃんは市の文化ホールというところで大きなピアノをひいたらしい。

わたしはその日、いっしょに行くことができなかった。

みんなで行って聞けるような場所ではない、特別な発表の日だったからだ。

 

ほんとうは、わたしも見に行きたかった。

瀬理奈ちゃんが大きな舞台でピアノをひくところを、いちばん前の席で見たかった。

でも、それは瀬理奈ちゃんたちのための日なのだと思って、わたしはじっとがまんしたのだ。

 

そのかわり、つぎの日のことだった。

 

学校に来た瀬理奈ちゃんが、わたしのところにまっすぐやってきて一枚の紙を見せてくれた。

それは、金色のふちで飾られた、とてもりっぱな賞状だった。

 

「佑香ちゃん、見て。瀬理奈、金賞だったの」

「きん……しょう?」

「うん。一番いい、賞状」

 

わたしはその賞状を両手でそっと持たせてもらった。

紙きれ一枚のはずなのに、思っていたよりもずっしりと重く感じた。

たくさんの大人やお友達の前で、瀬理奈ちゃんがひとりでこれをとってきたんだと思うと、わたしまで誇らしくなった。

 

すると横から明彦くんが「ぼく、いちばん前で見たんだよ」と、ちょっとだけ得意そうに言った。

わたしは、それがなんだかおもしろくなくて、つい「ふーん」と、そっけなく返してしまう。

おうちの人といっしょに見られた明彦くんが、ほんのすこしだけうらやましかったのかもしれない。

 

 

 

つぎのすごいことは、スケートだった。

 

これはわたしもちゃんと見ることができた。

スケートの級をとるためのバッジテストという試験を、瀬理奈ちゃんが受けることになったのだ。

わたしは明彦くんといっしょにいつものリンクのベンチから、じっと見ていた。

 

その日のリンクはいつもとちがってぴりっとした空気が張っていた。

こわい顔をした大人の人たちが、何人もテーブルにならんで座っている。

受ける子供たちが順番に呼ばれては、決められた技を見せていった。

 

やがて、瀬理奈ちゃんの番が来た。

 

瀬理奈ちゃんが氷の上に立つと、まわりの空気がすっと変わるのがわかった。

銀色の髪を揺らして、するすると、まるで水の上をすべるみたいに動いていく。

わたしはとなりの明彦くんといっしょに、息をするのも忘れて、それを見ていた。

 

むずかしいことは、わたしにはよく分からない。

それでも、瀬理奈ちゃんのすべるすがたが、絵本のお手本みたいにきれいなことだけは分かった。

くるりとまわってぴたりと止まる。

たったそれだけで、こわい顔をした大人たちがほうっと息をついていた。

 

最後のポーズが決まったしゅんかん、手すりのところから大きな声がひびいた。

 

「瀬理奈ちゃーん、ごうかくー!」

 

ひかりちゃんだった。

瀬理奈ちゃんとおなじスケートクラブの子で、いつもいちばん元気に瀬理奈ちゃんを応援している。

わたしと明彦くんも、ベンチからぱちぱちといっしょうけんめい手をたたいた。

 

「すごいね、瀬理奈ちゃん! 佑香、ちゃんと見てたよ!」

「ぼくも見てたもん。ぼくのほうが、ずっと近くで見てたもん」

「もう、明彦くんは、いっつもそういうこと言う!」

 

わたしと明彦くんは瀬理奈ちゃんのこととなると、すぐにこうなってしまう。

どっちが先に応援しただの、どっちが近くで見ただの、いつもくだらないことばかりだ。

それでも瀬理奈ちゃんがリンクから上がってくると、わたしたちはぴたりとけんかをやめて、二人そろってそのまわりに駆け寄るのだった。

 

 

 

そして、いちばん大きなすごいことが、テレビだった。

 

十月になって、瀬理奈ちゃんは、二年ぶりにテレビに出ることになった。

こんどはピアノだけじゃなくて、氷の上を滑る姿まで、テレビにうつるらしい。

わたしは放送の日、おうちでお母さんと二人で、どきどきしながらそれを見ていた。

 

ちいさな画面のなかに、瀬理奈ちゃんがいた。

 

つやつやの黒いピアノの前にちょこんと座って、いつものあの曲をひいている。

画面が変わると、こんどは氷の上をすべる瀬理奈ちゃんがうつった。

うちのテレビで見ているだけなのに、瀬理奈ちゃんは、いつもよりずっとずっと、きらきらして見えた。

 

「瀬理奈ちゃん、ほんとうにすごいわねぇ」

「うん。佑香のいちばんのお友達なんだから」

「ふふ。佑香には、自慢のお友達ね」

 

つぎの日の学校は、また、ちょっとしたさわぎになっていた。

 

知らない上級生まで、ろうかでこそこそと、瀬理奈ちゃんを指さしている。

「銀の天使」「銀の天使」と、あちこちでその名前がささやかれていた。

わたしはその声を聞くたびに、なんだかむずむずとした気もちになる。

 

うれしいような、でも、ちょっとだけ、おもしろくないような。

瀬理奈ちゃんがみんなにすごいと言われるのは、わたしだってすごくうれしい。

でも、みんなが「天使ちゃん」と呼ぶたびに、瀬理奈ちゃんがどんどん遠くの人になっていくみたいで、ほんのちょっとだけこわかったのだ。

 

──でも、それはちがった。

 

瀬理奈ちゃんは休み時間になると、ちゃんとわたしのところにも来てくれる。

「佑香ちゃん、いっしょにおべんとう食べよ」と、いつものように笑いかけてくれる。

テレビに出ても、有名になっても、瀬理奈ちゃんはちゃんとわたしの瀬理奈ちゃんのままだった。

 

 

 

それにもうひとつ。

わたしはちょっとだけ自慢に思っていることがあった。

 

瀬理奈ちゃんのお仕事の「窓口」を、わたしのお母さんが引き受けることになったのだ。

わたしのお母さんは、わたしを引き取ってくれる前まで、芸能事務所というところでお仕事をしていたらしい。

だから、テレビとか、けいやくとか、むずかしいことがぜんぶ分かるのだという。

 

「うちの佑香を、お友達にしてくれたお礼です」

 

お母さんは、瀬理奈ちゃんのおうちの人にそう言って笑っていた。

 

それを聞いたとき、わたしは、なんだか、ふしぎな気もちになった。

施設に置いていかれてずっと一人で待っていたわたしを、お母さんが引き取ってくれて。

そのお母さんが、こんどはわたしを置いていったはずの瀬理奈ちゃんを、助けている。

置いていかれた場所からはじまったいろんなことが、ぐるりと回って、いまはみんなつながっているみたいだった。

 

お母さんは、瀬理奈ちゃんに、いつもこう言っていた。

 

「瀬理奈ちゃん。お仕事はね、無理だけは、しちゃだめよ」

「うん。だいじょうぶ」

「楽しくなくなったら、いつでも言ってね。すぐ、やめさせるようにするから」

 

プロのお母さんは、瀬理奈ちゃんがやりすぎてしまわないように、いつもちゃんと見ていてくれる。

わたしはそれがとても心強くて、そして、ほんのすこしだけほっとしていた。

だって瀬理奈ちゃんは、このごろ、あんまりにもがんばりすぎていたから。

 

 

 

その日の昼休みのことだった。

 

給食を食べおわると、教室のあちこちで子供たちがめいめいに遊びはじめた。

外に駆け出していく子もいれば、教室で絵本を読んだり、おしゃべりをしたりする子もいる。

わたしも、いつものように瀬理奈ちゃんのところへ行こうとして──足を止めた。

 

瀬理奈ちゃんが、自分の席で、こっくり、こっくりと、舟をこいでいたのだ。

 

銀色の頭がゆっくりと前に傾いて、はっと持ち上がって、また傾く。

そのうち瀬理奈ちゃんは、こらえきれなくなったみたいにこてんと机に突っ伏してしまった。

小さな腕を枕にして、銀色の髪がつくえの上にふわりと広がる。

 

瀬理奈ちゃんは、ほんとうに眠ってしまっていた。

 

わたしは胸がいっぱいになった。

やっぱりつかれていたんだ。

コンクールも、スケートの級も、テレビも。

あんなにたくさんがんばって、つかれないわけがなかった。

 

朝のあのにこにこ顔が、ほんの少しだけ無理をしているように見えたのはきっと気のせいじゃなかった。

みんなが「天使ちゃん」「天使ちゃん」と寄ってくるあいだも、瀬理奈ちゃんはずっとその笑顔をやめなかった。

そうやってがんばりつづけた分の眠さが、いま、いっぺんに来てしまったのだろう。

 

ところが、そんな瀬理奈ちゃんに、さっそく気づいた子がいた。

 

クラスでいちばん背の高い、陸くんだった。

瀬理奈ちゃんが眠っているのを見つけて、にやっと笑いながらこっちへやってくる。

その手が瀬理奈ちゃんの肩を、つんつんとつつこうとした。

 

「あっ、天使ちゃん、寝てる。おーい、起きろよー」

「──だめっ」

 

気づいたときには、わたしは陸くんの前に立ちはだかっていた。

小さな身体で瀬理奈ちゃんと陸くんのあいだに、すっと割って入る。

あの校庭の日に、瀬理奈ちゃんがわたしにしてくれたのとおなじように。

 

「起こしちゃ、だめだよ」

「えー、なんでだよ」

「瀬理奈ちゃんは、つかれてるの。だから、寝かせてあげるの」

 

陸くんはちょっとびっくりした顔でわたしを見ていた。

いつもは瀬理奈ちゃんのうしろにくっついているだけのわたしが、こんなにはっきり言ったからだろう。

それでもわたしは一歩も引かずに、陸くんを見上げつづけた。

 

そこへひかりちゃんがぱたぱたと走ってきた。

 

「ねえねえ、なにしてるのー! 瀬理奈ちゃん、いっしょにあそ……」

「しーっ!」

「……っ、ふぁっ」

 

わたしがあわてて口に指を当てると、ひかりちゃんは両手で自分の口をぎゅっとふさいだ。

それからつま先立ちで、そうっと瀬理奈ちゃんの寝顔をのぞきこむ。

眠っているのに気づくと、こんどはちゃんと「ねんね、してる……」と小さな声でささやいた。

 

明彦くんもいつのまにかつくえのそばに来ていた。

 

栗色の髪のその子は、なんにも言わずに、ただ瀬理奈ちゃんのそばにそっと立った。

そしてほかの子がのぞきに来ないように、小さな背中でさりげなく瀬理奈ちゃんをかくすように立つ。

人見知りで無口な明彦くんの、それは、いちばん明彦くんらしいやり方だった。

 

いつもは瀬理奈ちゃんのことで、すぐにけんかになるわたしたち三人だった。

それなのにこのときばかりは、なんの相談もしないのにぴたりと息が合っていた。

だれが言いだすでもなく、わたしたち三人で眠る瀬理奈ちゃんをそっと囲むようにして立っていたのだ。

 

「ねえ、天使ちゃん、どうしたのー?」

「しーっ。瀬理奈ちゃん、ねんね中なの」

「ほんとだー。じゃあ、しずかにしなきゃね」

 

ふしぎなもので、瀬理奈ちゃんが眠っているのだと分かると、みんな自然とこそこそ声になった。

あんなに「天使ちゃん天使ちゃん」と騒いでいた子たちが、足音まで忍ばせてそっと離れていく。

そうやってクラスじゅうが、なんとなくではあるけれど、瀬理奈ちゃんのまわりだけをしずかにしてくれたのだった。

 

ようやく静かになった教室で、わたしは瀬理奈ちゃんの寝顔をそっとのぞきこんだ。

 

つくえの上で眠る瀬理奈ちゃんは、すうすうと、しずかな寝息をたてていた。

いつもはきりっとしている青いお目めは、いまはぴたりと閉じられている。

銀色の長いまつ毛が、ほっぺたの上に、ちいさな影をつくっていた。

 

おきているときの瀬理奈ちゃんは、みんなの「天使ちゃん」だ。

ピアノもスケートも上手で、テレビにも出て、いつもにこにこ笑っているすごい子。

でも、こうして眠っている瀬理奈ちゃんは、ちょっとつかれたふつうの女の子だった。

 

わたしは、ふと施設にいたころのことを思い出した。

 

あのころのわたしは、いつも瀬理奈ちゃんに手をつないでほしくて、たまらなかった。

ひとりぼっちがこわくて、瀬理奈ちゃんのそばにいたくて、でも、それをうまく言えなかった。

ずっと見てほしくて、見つけてほしくて、瀬理奈ちゃんのことばかり見ていた、あのころのわたし。

 

それなのに、いまはまるであべこべだった。

 

いま瀬理奈ちゃんのことを見ているのは、わたしのほうだ。

あんなにすごくて、みんなの天使さまの瀬理奈ちゃんを、こうしてわたしが見ていてあげている。

置いていかれてばかりだったわたしが、いまは瀬理奈ちゃんを守る側に、立っているのだった。

 

がんばったね、瀬理奈ちゃん。

 

わたしは心のなかで、そっとそう声をかけた。

おばあちゃんのために、あんなにいっぱい、がんばったんだね。

だからいまはなんにも気にしないで、ゆっくり寝ていいよ。

 

わたしはつくえの上に広がった銀色の髪を、ほんのすこしだけよけてあげた。

ほっぺたにかかった髪が、寝息でくすぐったくないように。

さらさらのその髪は、さわると、ほんとうに絹みたいだった。

 

「……ん、おばあちゃん……」

 

瀬理奈ちゃんが、小さく寝言を言った。

わたしたち三人ははっと息を止めて、顔を見合わせる。

それからわたしは、なんだか胸の奥があたたかくなった。

眠っていてもなお、瀬理奈ちゃんは大阪のおばあちゃんのことを思っているのだ。

 

「……ふふ」

「……瀬理奈ちゃんって、すごいなあ」

「うん。寝てても、天使さんだね」

 

ほっとして、わたしと明彦くんとひかりちゃんは、思わずくすりと笑い合った。

ちょっと前までだれが瀬理奈ちゃんと仲良しだのと張り合っていたのが、急にばかばかしくなる。

だってわたしたち三人とも、おなじ気もちだったのだから。

 

瀬理奈ちゃんにゆっくり休んでほしい。

ただ、それだけなのだ。

天使さまにだって、お疲れさまをしてねむる時間がいるのだから。

 

昼休みの教室に、やわらかい秋の日ざしがいっぱいに差しこんでいた。

 

その光のなかで、瀬理奈ちゃんは気もちよさそうに眠っている。

そのまわりをわたしと明彦くんとひかりちゃんが、そっと囲んで立っている。

チャイムが鳴るまでのほんのすこしのあいだ、わたしたちはわたしたちの天使さまをそっと見守っていた。

 

おやすみなさい、瀬理奈ちゃん。

 

起きたらまた、いっぱい「すごい」って言ってあげる。

だから、いまはちょっとだけわたしたちに甘えていてね。

わたしは、眠る瀬理奈ちゃんの寝息を聞きながら、心のなかでもう一度だけつぶやいた。

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