君の神様になりたい   作:香椎

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「ヤチヨは、かぐやなの?」

 

 ツクヨミの世界に設けられた私の部屋で、私は彩葉と対面する。こうやって面と向かって、私を私と見られたのはどれほど久しぶりのことだろう。

 

 結局、私の知る通り。この世界でも彩葉がかぐやを連れてツクヨミに来て、私とのコラボライブを賭けた戦いをして勝利して、そのライブ中に迎えが来てかぐやは月へ帰って──。そうやって私は私の記憶をなぞったけれど、ついぞカナタは現れなかった。

 なるべく輪廻を崩さないように頑張ったけれど、その結果がこれだとしたら。私は、どうすべきだったんだろう。

 

 今はもう、正解なんてわからないよ。正解があったのかさえ、曖昧なままだ。

 

 ぐちゃぐちゃになった感情のまま、私は彩葉を見つめる。

 

「変なこと言ってるのはわかってる。でも……」

 

 ああ、彩葉は何も変わってないなぁ……。

 仕草の一つ一つに見覚えがあって。小さな癖も、不器用な優しさも、変わらない姿を見ているだけで、今の私の気持ちを落ち着かせるのに十分だった。

 

「今は昔──月に帰ってバリバリ社畜してた、えらえらかぐや姫のところに歌が届きました」

 

 だから、私はいつも通りの調子を装って、事の顛末を大まかに話した。ここに至るまでのことを。かぐやが、巡る輪廻の輪から抜け出せないことも。

 

 カナタのことは話さなかった。今話しても、混乱させちゃうだけだから。でも、それでも彩葉は首を捻って、深く考え込もうとして。私はそれをできるだけ明るく止めて、再会を祝おうと言うことしかできなかった。

 

 きっと彩葉は、自分と過ごしたかぐやのことを気にしている。だって、これから八千年間待つことになるなんて聞かされたら──誰だって、胸が苦しくなるよ。

 

 気持ちを切り替えられるように、そのまま彩葉を連れてバルコニーに出る。

 私は、ここから眺めるツクヨミの景色が好きだ。特に、ツクヨミの世界を今も照らしている月。それがたとえ仮初であっても、あの日見上げたものと同じだけの想いが篭っているから。

 

「綺麗だなぁ……」

 

 なんて、口をついて出た言葉を、彩葉は不思議そうな顔して拾って。

 

「……ねぇ、ヤチヨ」

 

 不意に名前を呼ばれて、どきりとする。

 なんだろう、何かおかしなこと言ったかな。なんて不安な私を笑うように、彩葉はふっと短く息を吐いて──。

 

「聞かせてよ。八千年間のこと。全部、全部聞かせて」

 

 そう、笑って言った。

 突然のことに戸惑う私を、彼女の視線が捕らえて逃がさない。

 

「……しかたないなぁ」

 

 なんてことない顔をして、私は彩葉に自分の歩んだ八千年を話すことにした。場所は私たち二人の、思い出の詰まった部屋で。

 私は語った。八千年の歴史を、覚えていることを一つずつ。でも悲しかったこと、苦しかったこと。カナタのことも、また内緒にして。だって、そんなの話せないよ。月へ帰ったかぐやのことだってある。今は彩葉を、不安にさせたくない。

 

 だからたくさん話した。それらを抜いても、八千年という歴史は一朝一夕で語れ尽くすものではない。

 そうして、丸二日間も話した末に──FUSHIが眠る時間を知らせてくれる。

 そっか、もうこんなに経ってたんだ。

 私は記憶を維持するために、彩葉におやすみと告げてスリープモードに入る。瞼を閉じてもその裏側に、彩葉の顔が濃く写っていた。

 次、目を覚ましたときまで──どうかまだ、夢のような時間が続いてますようにと。そう願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⭐︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ……いろ、は……?」

 

 再び私が目を覚ましたとき。目についたのは無機質な空間に横たわっている彩葉の姿だった。

 

「っ彩葉!」

 

 急いで駆け寄って、抱きかかえる。息はしている。大丈夫、生きている。けれど、悪夢に魘されているように顔色は悪い。

 

「何があったのFUSHI!」

 

 私はそばにいたFUSHIを睨みつけた。焦る私とは対照的に、FUSHIは落ち着き払っている。

 

「全部見せたんだ」

「全部、って……なにを」

「八千年間、全部。もちろん、あいつのことも」

「なんで……っ」

 

 なんでそんなことを、と。言いかけて止まる。そのまま視線を下に落として、眠る彩葉を見た。

 彩葉は気づいていたんだ。私が何か隠しているってことを。それを受け止める覚悟を決めて、私の記憶を追っているんだ。

 

「ああ、もう……なんで、そんなことしちゃうかなぁ……」

 

 八千年の記憶の追体験なんて、普通耐えられないよ。本当に昔から、無茶ばっかりして……。

 

「……ヤチ、ヨ」

「彩葉!」

 

 不意に彩葉が目を覚まして、微かな声で私を呼ぶ。

 よかった。ちゃんと目を覚ましてくれた。本当に、よかった。

 ほっと胸を撫で下ろす私を、彩葉は瞼も開き切っていないままに見て。

 

「……かぐや」

 

 私の頬を優しく触れながら、私の名を呼んでくれた。

 たったそれだけのことなのに、私の心臓は酷く高鳴って。この温もりを手放したくなくて、私は私の頬に触れる右手を、自身の左手で更に包み込んだ。

 

「彩葉……」

「かぐやは……どうしたいの」

 

 優しい声色で、彩葉は問いかけてくる。その問いかけに、きゅっ、と心臓を掴まれた気がした。

 

「な、なにを?」

「誤魔化さないで。ちゃんと、全部見たんだから」

 

 まっすぐな視線が私を射抜く。久しぶりに見た彩葉の真剣な顔を、こんな時でもカッコいいな、なんて思っちゃって。

 

「カナタのこと、どうするの」

 

 茹だる私の頭を冷やすように、私の深いところを、彩葉は容赦なく抉った。

 

「……どうするって、どうしようもないよ」

 

 聞かれた私は、力なく笑うしかなかった。

 

 待ったよ。千年間。ずっと、待ってた。

 でも、やっぱりダメみたい。私の声は、私の歌は、彼には届かなかった。これ以上待っても、きっとカナタは来ない。

 正解なんてなかったよ。それでも、私はきっと間違えていたんだ。結局、輪廻の輪に捕らわれたまま。その未来を、私は選んでしまった。

 

 彩葉は少し黙って、考え込むように目を瞑ったあと、言葉を吐いた。

 

「やりたいことがあるんじゃないの?」

 

 厳しそうで、それでいて優しい声色は、まるで子どもを叱る母親のようだ。

 

「やりたい、こと……」

 

 声に出して、逡巡する。

 

 はじめは、孤独だった。

 遠い遠い、遥か昔の地球で。私はずっと、ひとりだった。

 終わりたかった。誰かに見つけてほしかった。声も体もない私は、そんな叶わない願いを抱いて、ひたすらに月が沈み日が昇るのを見届けた。

 声が届くなら、歌でも良かった。温もりがあるなら、嘘でもよかった。だから──。

 

「──誰か、助けてって。そう思ってた時に、カナタと出会ってさ」

 

 思い出の足跡を、一つ一つ辿っていく。

 彩葉は私の記憶を追って知っているからか、頷きながら静かに聞いてくれている。

 

「辛いこともあったよ。苦しかったことだって。でも、それ以上に楽しかった。彩葉を待っていた八千年のうちの七千年を、私は楽しく過ごせたんだ」

 

 言わなくても、彩葉には伝わっている。それが全部、カナタのおかげだってことは、彩葉もきっと知ってくれている。

 

「ねぇ、彩葉。お願いがあるの」

 

 気がつけば私は、そんなことを口にしていた。

 彩葉は何も言わずにいてくれて、その様子をありがたく思いながら、私は言葉を続けた。

 

「カナタを、助けてあげて」

「それは……どうやって?」

 

 少し呆気に取られたように、目をぱちくりとさせたあと、彩葉は首を傾げる。

 私は、一つの可能性として思い至ったことを話す。

 

「……私は、カナタを助けられなかった。私じゃ、カナタの神様になれなかった。でも、きっと今なら──今を生きるカナタなら、まだ間に合う」

 

 いつか、カナタから聞いたこと。カナタは死んで過去の地球に来る前に、この時代に普通に暮らしていたらしい。だから、私とかぐやが同時に存在しているのなら。カナタもまた、二人いるはずだから。

 そんな私の考えを、きっと彩葉は理解できている。理解できているからこそ、疑問を口にした。

 

「……かぐやは、輪廻は巡るって言ってたよね」

「うん」

「それって、今のカナタを助けたら……八千年間一緒にいたカナタは、どうなるの」

 

 尤もな疑問だった。

 私も考えたけれど、正確な答えは持ち合わせていない。そんなこと、試したこともないし。だから、これもまた可能性での話になる。

 

「たぶん、消えちゃうと思う」

 

 私の言葉に、彩葉が勢いよく立ち上がった。

 

「そんなの!……そんなの、カナタの気持ちはどうなるの?……それに、かぐやの記憶も全部嘘になって、八千年間の孤独だけが残るんじゃないの?」

 

 その目は淡く滲んでいる。

 直接聞いたわけじゃない。これは、あくまで憶測。今から話すことは全部、憶測でしかない。

 

「カナタはきっと、今も苦しんでる。彩葉と再会できた私と違って、カナタと出会えた私と違って──カナタの求めるものはきっと、もっと深いところだから」

 

 カナタが死ぬ前どう過ごしていたのか、どうやって死んだのか、それらは聞いていた。だからこそ、この選択はカナタにとっても救いになると信じている。

 

「……」

 

 彩葉も私と同じ考えに至っていたのか、口を噤んでいる。その隙に、私は矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

 

「私はもう、これ以上を望まない。だから、カナタを助けてあげて。──これが私の、最後のわがままだから」

 

 できる限りの笑顔で、私は言った。

 

 彩葉は黙ったままだった。それだけ、真剣に考えてくれていた。一分、二分……と。時計なんてないのに、秒針の進む音が聞こえてきそうなほど、静かな時間だった。

 

「……それがかぐやの、願いなんだね」

 

 ようやく口を開いた彩葉が、確かめるようにそう口にする。

 

「うん。これが私の、ハッピーエンド」

「わかった」

 

 私の言葉に、彩葉は短く頷いて答えてくれた。

 我ながらズルい言葉だったかな。でも、彩葉はいつも、私のわがままを聞いてくれる。

 

 それに甘えちゃってる自分が、今は少しだけ嫌いだった。

 




次回、最終話です。
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