君の神様になりたい   作:香椎

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0008 彩を伝えて、確かめて。

 

「──なんて、言うと思ったの?」

「え……」

 

 話が綺麗にまとまった。そう思ってた私を、彩葉はバッサリと切り捨てた。

 

「違うよ、ヤチヨ」

 

 かぐやから再びヤチヨ呼びに戻ったことに胸の奥が痛むけれど、それ以上の困惑に、私は開いた口が塞がらない。

 呆気に取られている私を置いて、彩葉は続ける。

 

「ヤチヨの望みは、神様になることじゃないでしょ」

 

 言い放った彩葉の瞳に、自分の影が揺れている。

 

 ……ああ、そっか。彩葉には、バレてるんだった。

 私が本当に欲しかったもの。鍵をかけていた想いすらも。全部、体験してきたから。

 

「ヤチヨのエンドロールに、カナタがいないなんて認めないから」

 

 私が諦めていたそれを、彩葉が口にする。

 

「彩葉……」

「ヤチヨの本当の気持ち、聞かせてよ」

 

 問われて、口籠る。

 逃げたかった。自分の気持ちと向き合うことからじゃない。それを口にしてしまうのが、私はどうしようもなく怖かった。

 鍵はとっくに壊れている。想いは何度も吐露してしまった。けれど、それでも。改めて言葉にしてしまえば、その瞬間に全てが消えてしまいそうだったから。だから、無理にでも飲み込んでいたのに。

 きっと彩葉は、それを許してはくれない。

 私の弱さを、弱いままの私を、きっと今だけは許してくれないから。

 

 私の、本当の気持ち。

 

「……あのね、彩葉。私、彩葉のことが大切で……大好きで。でも、それとは別に──カナタのことが、痛いくらいに好きなの」

「うん」

 

 薄氷に覆われていた本音が、じわじわと溶けていく。

 

「もう一度……カナタに、会いたいよ……」

 

 言っちゃった。言ってしまった。

 溢れ出した想いは、涙となって流れ落ちる。ダメだ、笑顔でいなきゃ。じゃないと、私は、私の弱さが、またカナタを傷つけるのに……。

 

 震える私を、柔らかな感触が包んだ。

 

「彩葉……」

「無理させちゃってごめん。でも私は、それがハッピーエンドなんて思えないから」

 

 私の涙を救う細い指先が、そのまま頬を伝って、私の視線を固定した。

 

「本当に、会うだけでいいの?」

 

 その瞳の中に吸い込まれるように、私は目が離せない。……ああ、やっぱり彩葉には敵わないや。

 

「……ううん、伝えたい……ずっと、伝えたかったことがあるんだ」

「よく言えました。花丸は……全部、終わってからだね」

 

 彩葉はいつかの時みたいに笑って、私の手を引いた。

 立ち上がれば、世界は元のツクヨミの景色に戻っていて、月を背に彩葉は語り始める。

 

「かぐやの記憶を見てカナタを知った時から、ずっと不思議だった。……どうしてカナタは、八千年前の地球にいたの?どうして、かぐやを見つけられたの?」

 

 それは、カナタの存在に対する疑念。

 私は考えたこともなかったけれど、確かにわからない。普通に生きていた人間が、過去の地球で、似たような境遇の私と出会うことを。偶然と片付けるには、些か出来すぎたことだった。

 

「ヤチヨは、自分だけが特別なんじゃないかって思ったんだよね」

 

 その言葉に、戸惑いながらも首肯する。

 もしかしたら、ってだけだったけど。けれど、そのもしかしたらを彩葉は拾う。可能性の全てを追って、私一人じゃたどり着けない場所へと導いてくれる。彩葉は、ずっとそうだ。

 

「そう、特別なんだ。きっとカナタの存在が、この輪廻を壊してくれる」

「いろ、は?」

 

 その目が、あまりにも綺麗で。同時に、悲しげだったから。私は不安になって、彼女の名を呼ぶ。それを眩しそうに目を細めて、彼女は告げた。

 

「……これは夢。ヤチヨは今、夢を見ているの」

 

 言い聞かせるように、彩葉は断言する。何を言っているのか、わからなかった。

 これが、夢?夢って……あの夢?私は今、夢を見ているの?

 頭の中、ハテナが埋め尽くす。本当に、何を言っているのかわからない。夢なんかじゃない。この胸の痛みが、何度も現実だって教えてくれたから。

 

「気づいているんでしょ?自分が、何をすべきか」

 

 景色が変わる。

 過去を反映するプロジェクターのように、世界に映し出されたのはかぐやの卒業ライブの日。迎えに来た月人と共に、光る雲の上に乗って月へと帰っていくかぐや。私はそれを、苦虫を噛み潰したような表情で見届けていた。

 

「カナタなら呼べば来るって、わかってるでしょ」

 

 また、景色が変わる。

 今度はもっと前。私がウミウシだった頃。カナタと離れ離れになった、あの日。あの時は背を向けていてわからなかったカナタの表情が、今度はちゃんと見えた。

 

「そんなの……わかんないよ」

 

 カナタに、こんな苦しそうな顔をさせて。今更どんな顔で彼を呼べばいいのか、私にはわからない。

 本当に、夢ならば良かった。でも、もう全てが遅い。どれだけ過去を振り返っても、私には選択を間違えたことしかわからない。

 

「なら、わかって」

「っ……!」

 

 今度は、私とカナタが初めて出会った日。

 必死に這いつくばっていたちっぽけな体が、波の狭間で歌う彼の元へ辿り着く。あの時は自分に必死で気がつかなかったし、冗談とも思っていたけれど。

 

「カナタ……」

 

 私は堪らずに口を抑えた。

 カナタがこんな顔してたんだって、知らなかった。こんな迷子の子どもみたいに、涙を堪えていたなんて知らなかったんだ。

 

『強くなんかないよ。……君に出会った時、本当は泣きそうだったんだ』

 

 あの日の言葉が嘘じゃなかったんだって、今ならわかる。

 なんで、私は気づかなかったんだろう。そばにいながら、ずっと自分のことばっかりで。私を救ってくれた人が、ずっと救いを求めていたのに気がつかなかったんだ。

 でも、それも今更で。

 

「──ごめんね、彩葉。それでも、私はもう、カナタを傷つけたくないよ」

 

 今まで、どれだけ辛い思いをさせていたのか、自覚してしまったから。そんなカナタを一度、諦めようとしてしまったから。

 だから私にはもう、会わせる顔がないんだって。

 そう泣きじゃくるように弱音を吐く私を、また陽だまりのようなぬくもりが包み込んだ。

 

「変に大人になっちゃって……そんなになるくらいなら、子どものままでいなさい」

 

 言い訳みたいにできないを繰り返す私を、子どもを叱る母親のような諭す声色で彩葉は制した。その言葉の真意が掴めずに、私は目を瞬かせるばかり。

 

「もっと素直になれってこと」

 

 そんな私の様子に彩葉は呆れたように苦笑して、抱きついていた腕をそっと離した。

 

「翁から、かぐや姫に伝える最後の伝言だから」

「それって、どういう──」

 

 聞き終える前に、彩葉は私の背を強く押した。

 

「っ……!」

 

 その瞬間、体が強く引っ張っぱられる感覚がする。

 私はもがくように必死に手を伸ばすけれど、彩葉からどんどんと遠ざかっていって──深い海の底に沈んでいくように、輝きが遠く離れていくのを、私は見ているだけ。

 

 ──待って、彩葉。お願い、待って。

 

 声にならない声を絞り出しては、泡となって消えていく。

 

 ──嫌だ。彩葉ともお別れなんて。そんなの、嫌だよ。

 

 声も手も届かずに、やがて視界が滲んでいく。黒く染まる寸前、聞こえたのはそう。

 

「ちゃんと、ハッピーエンドを見つけてね」

 

 彩葉の、そんな言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もっと衝動的な音で──』

 

「大丈夫か!?」

 

「乃依援護を!」

 

『もっと感情的な歌で──』

 

「うへぇ……」

 

「キリないね」

 

「くっ、そぉ……!」

 

「ここはいい!走れ、彩葉!」

 

 

 

 

 

 響き渡る怒号と、歓声と。

 先ほどまでの静けさは、嘘のように消え失せていて。

 

「……え」

 

 気がつけば私は、かぐやの迎えが来たあの日へと戻っていた。

 




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