君の神様になりたい   作:香椎

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 かぐやと共に村で暮らすことになってからは、毎日が賑やかなものだった。

 今まで彼らと真剣に向き合ったことのなかった僕は、かぐやに言われるがままに彼らとの交流を深めていった。

 

 ある時は、狩りに出掛けた彼らについていき、石器なんて扱えない僕は罠を作って獲物を狩ってみせたり。

 

 ある時は、子供たちと共に遊んで、僕に悪戯をしかけた子の親が血相を変えて謝るのを宥めたり。

 

 その傍らには、いつだってかぐやがいて。百年前では考えられないほど、充実した毎日だった。

 

 そんな日々の狭間に、変わらず季節は巡っていく。この村で迎える何度目かの、雪降る日のことだった。

 

「どーしよぉ、かなたぁ……」

 

 ぐったりとした様子で寝込む村人達に、かぐやは泣きそうな声で縋ってくる。

 

 昨日までの日常は、いとも容易く崩れ去る。

 村に蔓延した病が、彼らの身体を蝕んで。僕とかぐやを除いて、皆が床に伏していた。

 

 いつか終わりが来るものだと、僕は知っている。知っていて、見ないようにしてきたツケが、ここで訪れた。

 

「助けてよ、カナタ……」

 

 酷く弱々しい声に、僕は爪が食い込むほど拳を強く握る。

 

 かぐやのおかげで昔より打ち解けて、彼らの僕に対する畏怖は消えた。今までよりずっと、彼らの存在に深く根ざした。感謝している。かぐやと出会うまでの僕を、繋いでくれた彼らに。

 

 だが、救いたいという思いと、救えるかどうかは別物だ。

 

 かぐやだってわかっているはずだ。永遠を生きる僕らとは違って、彼らには終わりがあることを。ただ、それを、彼女は受け入れることができないんだ。

 

 ウミウシの体の少女にはどうすることもできない。

 人の体を持つ化け物にも、どうすることもできない。

 

「……無理だ」

 

 彼女の一縷の望みを断つように。僕はまっすぐに彼女を見つめて短く告げた。

 

「無理って……なんでっ!カナタだってお世話になったじゃん!かぐやよりもずっと、ずっと一緒にいたんでしょ!?なんで、なんでなの!」

 

 幼子のような慟哭に、僕は躊躇して言い淀む。正論を言うのは簡単だ。だがそれを今の彼女に言って何になる。僕は彼女を悲しませたくない。だが、巡る輪廻を止めることはできない。

 

 彼女は僕と出会う前まで、あまりにも長く独りだった。それが、幸か不幸か当たり前に訪れる結末を、彼女の中から奪っていった。

 

 ──人はいつか死ぬ。

 

 彼女は目の前で消えゆく命を、受け入れられないのだ。

 

「……かぐや。僕らと違って彼らには、死がある。終わりがあるんだ」

「でも、でも!」

 

 認めたくないから、何度も「でも」を繰り返す。

 彼女は死を、それも自分のではない、誰かの死を恐れている。自分が置いていかれることを恐れている。

 僕はその痛みに慣れていた。けれど、彼女はそうではない。そんなこと、百も承知だ。

 

「っ、かな、た……」

 

 その小さな体を僕は両手で掬ってみせる。期待の眼差しに、罪悪感が芽生えた。

 ほんの気休めにしかならない。意味なんてない。これは、僕の自己満足。

 

「────」

 

 今の彼女に言葉が届かないのなら。今の僕にできることが限られているのなら。ならばできる一つのことを。

 

 音が伝播する。

 どうか、彼らの魂が安らかであれますようにと。祈りを込めて歌を歌う。それが僕にできる、唯一の手向けだから。

 

 そうして、音が止んだ頃。

 苦しんでいた村人達は、みな表情を和らげて、深い眠りについた。

 

「っ……」

 

 初めての別れを前に、彼女はぐっと堪える。それを、僕はできるだけ優しい声色で、自分にも言い聞かせるように諭した。

 

「……ひとりじゃない。ひとりじゃ、ないから」

 

 その小さな背中に触れながら、僕はまた歌を歌った。頬を伝う雫を止める暇も惜しんで、今度は、彼女のためだけに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕らはお世話になった村に別れを告げて、また当てもない旅に出た。あの日のような、絶望に満ちた旅じゃない。隣に君がいるだけで、僕は不思議と苦ではなかった。

 

 季節は巡り、芽吹いた命がやがて枯れて、また新たな命を生み出して。そうして、少しずつ時代が流れていった。

 

 言葉が変わる。服が変わる。人々の暮らしが変わる。僕らはそれを、傍目に眺めていた。交わることはあっても、深く入れ込むことはない。それが彼女にとって、毒だと知っていたから。

 

 ある村では、かぐやが子供達に歌を教えた。──数年後、彼らは争いに巻き込まれて死んだ。

 

 ある町では、日銭を稼ぐために二人して踊った。──その街は、すぐに戦場へと変わった。

 

 ある夜は、雨宿りをしながら他愛もない話をした。──僕らだけが、何も変わらなかった。

 

「ねぇ、カナタ」

 

 降り頻る雨に打たれて濡れてしまった彼女の体を優しく拭ってると、彼女はぽつりと言葉を溢した。

 

「なんで……みんな、死んじゃうのかな」

 

 たくさんの出会いがあった。けれど、その分だけの別れがあった。天寿を全うした者。戦火に身を投じた者。自ら命を絶った者。人の数だけ死に様があって、僕らはそれを眺めるだけ。あの日から、何ひとつ変わっていない。

 

「なんで、こんなに血だらけなの?」

 

 彼女が見つめる景色の中は、きっと真っ赤に染まっていて、歩く場所すら見当たらないのかもしれない。

 ならば、せめて。君が道を踏み外さぬよう、隣で手を引くくらいは。なんて、考えては頭を振るう。

 彼女の求める答えはきっと違う。けれど、どれだけ考えても答えは出るはずもなかった。

 僕には、かぐやの見ている世界が。

 

「わからない」

 

 雨音に紛れるように、僕は呟いた。

 

 人は争い、奪い、傷つけ合う。

 そんなこと、この世界では当たり前みたいに繰り返していて。その度に「なんで」なんて思っては、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 

 この世界に生まれ落ちてからずっと手探りだった。生きる理由なんて見出せず、無駄を自覚して息をしていた。誰かの死も、自分の痛みも、忘れてしまえるほどに。

 

『約束、だよ?』

 

 そんな僕に、かぐやは理由をくれた。

 交わした言葉は短いけれど、それは確かに僕の生きる支柱となった。

 だから、隣を歩いてくれるだけで救われていた。それ以上、望むことはなかった。

 

「でも……」

 

 でも、かぐやは違う。

 一度、全てを諦めてしまった僕とは違う。諦めて腐って投げ出した僕なんかとは違う。

 彼女は何度傷つき、ボロボロになろうと、誰かを救いたいと願ってしまう。

 

 きっと彼女は、この血だらけの世界を、本気で救いたいと思っているんだ。

 

 もがいて、あがいて、生きて、生きた命は。正しくとも間違っていようとも、等しく死を迎える。

 僕らはそれを嫌というほど見てきた。代われるのならば代わってあげたかった。

 

「それでも……」

 

 このまま進んでしまえば、きっと彼女は壊れてしまう。……嫌だ。そんなの、嫌だ。

 だって僕は。君には。君にだけは──。

 

 

「君には、笑っていてほしい」

 

 

 残酷な世界で、笑っていてほしかった。

 

 気がつけば僕は、酷く歪んだ願いを口にしていた。ハッとして彼女を見るも、その表情からは何も読み取れない。

 

「か、かぐや。今のは、その……」

 

 誤魔化すように口を動かすが、肝心の言葉は出てこない。言わなければ、何か紡がなければ。だって、こんなの、そうしないと──。

 

「……わかんない」

 

 ぽつり、と。溢れたのは言葉か、涙だったか。

 

「わかんないよ、カナタ」

 

 ただその言葉だけを残して、かぐやの背中が遠く滲んでいく。

 追いかけるんだ。約束、したんだ。ずっと一緒にいるって、子供じみた約束を。だというのに、体が鉛のように重い。去り際の彼女の顔が、僕の胸に罅を入れて。

 

 ああ、そうか──と、僕はようやく理解する。

 

 世界がどうなろうとどうでもよかった。ただ君だけを救いたかった。

 

 僕は君の神様になりたかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⭐︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな社の縁の下で、私は小さな体を丸めていた。

 

 ──カナタには、悪いことしたかな。

 

 今でも頭の中でぐるぐると回る、彼の言葉。

 

『君には、笑っていてほしい』

 

 それが冗談なんかじゃなくって、彼の本心だと気づいたから。思わず逃げ出しちゃった。

 だって、そんなこと言われたら……好きになっちゃうじゃん。

 

 胸の奥がじんわりと熱を持つ。

 

 彩葉のいない過去の地球に不時着して、声も体も持たない私には、時間をかけてゆっくりと絶望するしかなかった。ずっと、何年も、何十年も、何百年も。私は独りのままで、死ねたらどれだけ楽なんだろうって思ってた。

 

 そんな折に、カナタと出会った。弱いだけの私に、たくさんのものをくれた。誰かとご飯を食べること。誰かと笑い合うこと。誰かと歌って汗を流すこと。嬉しいことも、楽しいことも。悲しいことも、苦しいことも全部。カナタが隣にいてくれたから、今日まで生きてこられた。

 

 君の声が、温もりが、態度が……愛が。

 嬉しかった。当たり前のように側にいてくれて……本当に、嬉しかったんだ。

 

 ──だから、怖かった。

 

『ずっと……一緒に、いてもいい?』

 

 あの日、縋るように吐き出した言葉。思い出しては頬が赤く染まる。まあ、実際には何の変化もないんだけど。

 だってあんなの、ほとんど告白じゃん。

 あの時はなんとも思ってなかったし、我ながら重いわーなんて今は思うけど。それだけ、孤独だった私を掬い上げてくれたカナタの存在は大きかったから。

 

 私が手を伸ばせば、カナタはきっと握ってくれる。

 私が好きだなんて言えば、カナタはそれに応えてくれる。

 私を守るために世界を捨てて、そんな彼に私は依存して……私の嘘も、甘えも、弱さでさえも。カナタは全部を受け入れてくれる。

 

 でも、でもね。

 

 ダメなの。カナタに依存しちゃったら、私はきっと彩葉のことを諦めちゃう。私を諦めないでくれた彩葉のことを、私が諦めてしまったら、きっと彩葉は悲しんじゃうからさ。

 

『……かぐや』

 

 今でも覚えてる、彩葉の顔。

 あんな顔で別れたままなんて、嫌だよ。

 

 カナタが私にそう願ったように。

 私も彩葉に、そうあってほしいから。

 

 だから、この想いには鍵をかけよう。

 彩葉と出会う未来まで、大切に持っていこう。

 それまでは昨日と同じように、彼の隣で笑って過ごそう。

 

 そうして、辿り着いた未来で。私の隣に彩葉とカナタがいれば、それだけで超超超ハッピーエンド。

 それが、私のわがままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なんて、遅かったみたい。

 

「カナタ……?」

 

 戻ったとき、彼は忽然と姿を消していて。

 

「なん、で……」

 

 雨はまだ、止みそうにない。

 

 

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