空から舞い落ちる雪の結晶が、辺り一面を白く染め上げる。吐き出した息すらも真っ白で、少しでも気を抜いてしまえば大切な物を見失いそうなほど、純白に覆われていた。
この町に来て、初めての冬が訪れた。
庭先にあった苗木は体を雪の中に埋めていて、土の色はどこにも見当たらない。
「ばあっ!」
それほど降り積もった雪の中から、見知ったウミウシが顔を覗かせる。朝っぱらから今まで庭を駆け回っていたかぐやだった。
「寒くないか」
僕はそれを縁側で眺めながら、外套に身を包んでいた。不死身といえど、寒さは堪えるもので、平然と雪の中に埋もれるかぐやを見て、大きく身振るいをする。
「寒くないよ、だって」
と、言葉を切って。かぐやは僕の方まで駆け寄ってくると、大きく飛び跳ねた。
「おっ、と」
僕はそれを慌てて抱きとめる。危ないだろう、と彼女を見るも、かぐやは僕が受け止めるとわかっていたように、笑って続けた。
「カナタがあっためてくれるでしょ?」
擦り寄ってくる小さな体に、僕は少し戸惑って、壊れないようにそっと手で包む。
返す言葉はひとつも見当たらない。ただ、寒空の下。僕の頬は不思議と熱を帯びていた。
陽が雲の隙間から差し込み出した頃。
僕らは町に出かけた。いつもの通り。野に咲く花も、水面に映る景色も。全てが違って見えて、新鮮だった。
思えば、僕らは雪降る日に外に出ることはあまりなかった。豪雪だったり、雪崩の起きやすい場所だったりで、こうして歩けるほど舗装された道などなかった。
だからだろうか。
「わぁ……」
かぐやは見るもの全てに目を奪われていた。
木々の枝先に積もった雪も、屋根から垂れる氷柱も、凍り付いた池さえも。いつも移動の際は僕の肩に乗るかぐやだったが、今日は自分の足で雪を楽しんでいた。
「ねぇこれは?」
振り返って訊いてくるかぐやの前には、薄く氷の張った水溜りがあった。
「水溜りが凍ったんだよ」
「へぇ〜」
恐る恐る這い寄って、かぐやは触れる。ぱきり、と音が鳴った。
「〜〜……っ!」
声にならない声で、かぐやは目を燦々と輝かせていた。水溜まりに張った氷というのは、子供達にとって自然のおもちゃだ。それを初めて割ったのだから、感動する気持ちはわかる。
それからかぐやは道すがらに、何度も何度も氷を割っては遊んでいた。楽しそうなかぐやの姿に、僕の頬は自然と緩む。
そうして、いつもより時間をかけて町に到着したのだが、雪のせいか人っこ一人と見当たらなかった。
「誰もいないね」
「そうだね」
まぁこの大雪じゃ、外に出ようにも出られないのだろう。
「帰ろうか」
「いいの?帰っても」
「特に目的があって来たわけじゃないから。少し、散歩したかっただけだよ」
それで、かぐやが楽しんでくれたのなら、僕としては満足だ。
「よーし、じゃあ帰ろ!」
今度は、いつもの通りかぐやを肩に乗せて、僕らは来た道を辿っていった。
家に着く頃にはすっかりと陽は落ちていて、室内だというのに変わらず冷えている。
僕は雪で濡れた履物と外套を干し、同じく濡れたかぐやを布で包んだ。撫でるように、布で水気を拭っていく。
「きゃーっ!」
かぐやはこそばゆそうに目を細めて、為されるがままにきゃっきゃっと楽しんでいた。
一頻りかぐやを拭いた後、今度は自分の体を拭いて、一息つきながら胡座をかいた。そんな僕の膝の上に、さも当然のようにかぐやは座って体を丸めた。
こうして見ると猫みたいだな、とか。でも、日中は犬みたいに庭を駆け回っていたなとか。そんなくだらないことを考えながら、そっと彼女の体に触れた。
「カナタ?」
怪訝そうに身を捻るかぐやに、なんでもないと言いながら撫で続ける。
蔀戸を隔てて、風の音が聞こえる。今夜はおそらく猛吹雪になるだろう。暖房なんてない。せいぜい囲炉裏にくべた薪が灰の中で熱を生み出すくらい。寒さを凌ぐには、少しばかり心許ない。
「今日は一緒に寝ようか」
気がつけば、そんなことを言っていた。
どんなに寒い夜も、身を寄せ合えば。あったかいはずだと、そう思っての発言だったのだが、かぐやは目をぱちくりとさせていた。
変なことを言ってしまったかな、なんて思っていると。
「いつも一緒に寝てるじゃん」
「……そうだったね」
そういえばそうだった。
思えば、当たり前になって忘れていたが、寝るときはかぐやと一緒に床についていた。……と言っても、かぐやがいつも勝手に入って来ているだけで、僕の意思ではなかったが。
「でも、そっか。カナタも、一緒に寝たかったんだねぇ」
だからこそ、僕の発言にかぐやは口許をこれでもかと緩める。遅れて気恥ずかしさがやって来て、僕は堪らずそっぽを向いた。
「照れてるー?」
「照れてない」
「照れてるじゃん」
なんて、嬉しそうに笑うかぐやに、釣られて笑みが溢れてしまった。
そんなやりとりもほどほどに、囲炉裏に薪を焚べる。夕飯は……いらないか。僕は一度かぐやを離して、寝具を用意する。と言っても、布団を敷くくらいなので数分で用意できた。
「わーい」
綺麗に整えていた布団の上で、かぐやが跳ねる。その度に皺ができては、形を崩していった。
「……今日は元気だな」
「ずーっと元気だよ?」
ぽふ、と着地を決めたかぐやが首を傾げる。そう言うことを言いたかったわけじゃないのだが、まぁいいか。
「そうだな」
そう短く返して。布団の上に張り付いたかぐやを引っ剥がして、布団の中に身を捩じ込んだ。部屋の冷気を吸った布団はまだ冷たくて、包まってもあったかくなるまで時間がかかりそうだ。
冷えるな、と。息を吐いた先に、かぐやと目が合った。
「ねぇ、カナタ」
「ん?」
「あったかいね」
その言葉に、少し逡巡して。僕が言葉を返す間もなく、かぐやは寝息を立てていた。本当に、言いたいことだけ言って、
だから、独り言のように呟いた。
「ああ。あったかいな」
外は風が吹き荒れていて、予想通り吹雪いている。明日はまた雪が積もっているだろう。
けれど、もう寒くはなかったから。僕はそっと目を閉じた。
嵐の前って、静かだなぁって。