君の神様になりたい   作:香椎

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間話 今は昔②

 

 空から舞い落ちる雪の結晶が、辺り一面を白く染め上げる。吐き出した息すらも真っ白で、少しでも気を抜いてしまえば大切な物を見失いそうなほど、純白に覆われていた。

 

 この町に来て、初めての冬が訪れた。

 庭先にあった苗木は体を雪の中に埋めていて、土の色はどこにも見当たらない。

 

「ばあっ!」

 

 それほど降り積もった雪の中から、見知ったウミウシが顔を覗かせる。朝っぱらから今まで庭を駆け回っていたかぐやだった。

 

「寒くないか」

 

 僕はそれを縁側で眺めながら、外套に身を包んでいた。不死身といえど、寒さは堪えるもので、平然と雪の中に埋もれるかぐやを見て、大きく身振るいをする。

 

「寒くないよ、だって」

 

 と、言葉を切って。かぐやは僕の方まで駆け寄ってくると、大きく飛び跳ねた。

 

「おっ、と」

 

 僕はそれを慌てて抱きとめる。危ないだろう、と彼女を見るも、かぐやは僕が受け止めるとわかっていたように、笑って続けた。

 

「カナタがあっためてくれるでしょ?」

 

 擦り寄ってくる小さな体に、僕は少し戸惑って、壊れないようにそっと手で包む。

 返す言葉はひとつも見当たらない。ただ、寒空の下。僕の頬は不思議と熱を帯びていた。

 

 

 

 陽が雲の隙間から差し込み出した頃。

 僕らは町に出かけた。いつもの通り。野に咲く花も、水面に映る景色も。全てが違って見えて、新鮮だった。

 

 思えば、僕らは雪降る日に外に出ることはあまりなかった。豪雪だったり、雪崩の起きやすい場所だったりで、こうして歩けるほど舗装された道などなかった。

 だからだろうか。

 

「わぁ……」

 

 かぐやは見るもの全てに目を奪われていた。

 

 木々の枝先に積もった雪も、屋根から垂れる氷柱も、凍り付いた池さえも。いつも移動の際は僕の肩に乗るかぐやだったが、今日は自分の足で雪を楽しんでいた。

 

「ねぇこれは?」

 

 振り返って訊いてくるかぐやの前には、薄く氷の張った水溜りがあった。

 

「水溜りが凍ったんだよ」

「へぇ〜」

 

 恐る恐る這い寄って、かぐやは触れる。ぱきり、と音が鳴った。

 

「〜〜……っ!」

 

 声にならない声で、かぐやは目を燦々と輝かせていた。水溜まりに張った氷というのは、子供達にとって自然のおもちゃだ。それを初めて割ったのだから、感動する気持ちはわかる。

 

 それからかぐやは道すがらに、何度も何度も氷を割っては遊んでいた。楽しそうなかぐやの姿に、僕の頬は自然と緩む。

 そうして、いつもより時間をかけて町に到着したのだが、雪のせいか人っこ一人と見当たらなかった。

 

「誰もいないね」

「そうだね」

 

 まぁこの大雪じゃ、外に出ようにも出られないのだろう。

 

「帰ろうか」

「いいの?帰っても」

「特に目的があって来たわけじゃないから。少し、散歩したかっただけだよ」

 

 それで、かぐやが楽しんでくれたのなら、僕としては満足だ。

 

「よーし、じゃあ帰ろ!」

 

 今度は、いつもの通りかぐやを肩に乗せて、僕らは来た道を辿っていった。

 

 

 

 家に着く頃にはすっかりと陽は落ちていて、室内だというのに変わらず冷えている。

 僕は雪で濡れた履物と外套を干し、同じく濡れたかぐやを布で包んだ。撫でるように、布で水気を拭っていく。

 

「きゃーっ!」

 

 かぐやはこそばゆそうに目を細めて、為されるがままにきゃっきゃっと楽しんでいた。

 

 一頻りかぐやを拭いた後、今度は自分の体を拭いて、一息つきながら胡座をかいた。そんな僕の膝の上に、さも当然のようにかぐやは座って体を丸めた。

 こうして見ると猫みたいだな、とか。でも、日中は犬みたいに庭を駆け回っていたなとか。そんなくだらないことを考えながら、そっと彼女の体に触れた。

 

「カナタ?」

 

 怪訝そうに身を捻るかぐやに、なんでもないと言いながら撫で続ける。

 蔀戸を隔てて、風の音が聞こえる。今夜はおそらく猛吹雪になるだろう。暖房なんてない。せいぜい囲炉裏にくべた薪が灰の中で熱を生み出すくらい。寒さを凌ぐには、少しばかり心許ない。

 

「今日は一緒に寝ようか」

 

 気がつけば、そんなことを言っていた。

 どんなに寒い夜も、身を寄せ合えば。あったかいはずだと、そう思っての発言だったのだが、かぐやは目をぱちくりとさせていた。

 変なことを言ってしまったかな、なんて思っていると。

 

「いつも一緒に寝てるじゃん」

「……そうだったね」

 

 そういえばそうだった。

 思えば、当たり前になって忘れていたが、寝るときはかぐやと一緒に床についていた。……と言っても、かぐやがいつも勝手に入って来ているだけで、僕の意思ではなかったが。

 

「でも、そっか。カナタも、一緒に寝たかったんだねぇ」

 

 だからこそ、僕の発言にかぐやは口許をこれでもかと緩める。遅れて気恥ずかしさがやって来て、僕は堪らずそっぽを向いた。

 

「照れてるー?」

「照れてない」

「照れてるじゃん」

 

 なんて、嬉しそうに笑うかぐやに、釣られて笑みが溢れてしまった。

 そんなやりとりもほどほどに、囲炉裏に薪を焚べる。夕飯は……いらないか。僕は一度かぐやを離して、寝具を用意する。と言っても、布団を敷くくらいなので数分で用意できた。

 

「わーい」

 

 綺麗に整えていた布団の上で、かぐやが跳ねる。その度に皺ができては、形を崩していった。

 

「……今日は元気だな」

「ずーっと元気だよ?」

 

 ぽふ、と着地を決めたかぐやが首を傾げる。そう言うことを言いたかったわけじゃないのだが、まぁいいか。

 

「そうだな」

 

 そう短く返して。布団の上に張り付いたかぐやを引っ剥がして、布団の中に身を捩じ込んだ。部屋の冷気を吸った布団はまだ冷たくて、包まってもあったかくなるまで時間がかかりそうだ。

 冷えるな、と。息を吐いた先に、かぐやと目が合った。

 

「ねぇ、カナタ」

「ん?」

「あったかいね」

 

 その言葉に、少し逡巡して。僕が言葉を返す間もなく、かぐやは寝息を立てていた。本当に、言いたいことだけ言って、

 だから、独り言のように呟いた。

 

「ああ。あったかいな」

 

 外は風が吹き荒れていて、予想通り吹雪いている。明日はまた雪が積もっているだろう。

 けれど、もう寒くはなかったから。僕はそっと目を閉じた。

 

 




嵐の前って、静かだなぁって。
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