薄く伸びた影が、夜風に吹かれては揺れる。
眺めた空には、星々に紛れて一等強く輝く月があった。遠く果てに浮かぶ惑星に想いを馳せては、虫の輪唱が耳に馴染んだ。
「カナタぁ?」
ふと、背後から声がする。見やれば、かぐやが眠そうに体を引き摺りながら、僕の元へ這って来た。
「ごめん、起こしたかな」
「んーん……眠れなかったから」
なんて、あくびをしながら隣を陣取るかぐやに、僕は目を細める。普段なら膝の上にでも乗って来そうなものだが……随分と、聡い子だ。
二人、縁側に並んで。かぐやは寝ぼけ眼で空を見上げていた。その瞳に映るのは、彼女の生まれた故郷だ。
「……綺麗だね」
ぽつり、と漏れた言葉は夜に溶けていく。
今宵は満月。かぐやの瞳の中を、淡く滲んだ光が覆い尽くしている。瞬きすらも忘れて、その顔は少し哀愁が漂っていた。
雲一つもない空を見上げる彼女が、何を想っているのか僕にはわからない。知ろうとすることも憚れたから。
「ああ……」
ただ、その横顔が少し印象的で。僕はろくに月も見ずに、生返事で返した。
「……ん、なぁに〜?」
僕の視線に気づいたかぐやが、照れくさそうに問う。ぼーっとしていたせいで、言葉はすぐに出なかった。特に、何かあるわけでもなかったし。ただ、なんだろう。
「……かぐやの方が超綺麗なんだろう?」
かつて、同じように月を眺めた日に、月に張り合っていたかぐやを思い出した。
一瞬惚けたかぐやだったが、やがて思い出したのか、ほんのりと頬が色づいた。
「お、覚えてたんだぁ……忘れていーよ、恥ずかしいから」
なんて、彼女は言うけれど、簡単には忘れられそうにない。
「大切な思い出だよ、全部」
いつの間にか、風は止んでいて。虫の声も聞こえずに、僕の声だけが闇夜に響いた。
言ってから、少しだけ後悔する。
共有した時間の分だけ、思い出が増えた。本当に、両手では抱えきれないほどの幸せを彼女から貰ったと思う。それは、簡単な言葉では言い表せられないほど複雑で、不明瞭なものだから。
もし、それを君が忘れていたらと。そう考えるだけで、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「……いじわる」
けれど、かぐやは拗ねたように唇を尖らせるだけで。その様子にふっと笑みが溢れる。
「かぐやにだけだよ」
「……ずるい」
悔しそうにかぐやは口を噤んで、二人の間に静寂が流れた。
まるで世界に二人だけのように、静かで穏やかな時間。かつての孤独感はない。隣を見れば、かぐやがいたから。
そうやってかぐやを見つめていると、かぐやもまた僕を見た。視線が交差して、少しの沈黙の後。二人して短く息を吐いた。
「……いつか、楽しみにしててよね」
何が、とは言わない。彼女もまた、あの日の言葉を覚えているから。
「ああ、楽しみにしているよ」
僕は今度こそ月を眺めながら、そう答えた。
いつになるかわからないけれど、それまで楽しみに待っていよう。いつか、ちゃんと君に出会えることを。
なんて、少しだけ夢を見てしまっただけ。