君の神様になりたい   作:香椎

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物語も佳境へと差し掛かって参りました。


0006

 

 それから、たくさんのことがあった。

 あの場所を飛び出してから、私はたくさんの場所を巡り、たくさんの人達と関わった。その度に人を好きになっては、必ず訪れる別れを惜しんだ。

 

 それでも、もう泣くことはない。

 あの日、カナタが教えてくれたから。

 私は何度だって歌を歌って、笑顔で多くの人を見送った。

 

「痛々しいな」

 

 亡骸のそばで歌う私を、そう言ったのは誰だったか。もう顔も思い出せないけれど、その人もまた同じように見送った。今際の際、彼が最期にみせた表情は哀しみに満ちたものだったことだけは、確かに覚えている。

 

「……カナタみたいに、上手くいかないや」

 

 そんな弱音を吐き捨てては、月を見上げ彼を想う。

 

 技術は発展した。戦争が終わればまた戦争が始まり、その度に人々は新しい知識を生み出していく。私はその流れに身を任せながら、血が世界を覆い尽くす、その傍で。ずっと夢を追い続けていた。

 誰かの帰る場所を作る。カナタが、いつか帰ってこられる場所を。それだけを胸に抱いて。

 

 何度も失敗したし、何度も諦めそうになった。

 それでも止まってしまえば、今度こそ本当にカナタを見失ってしまう気がしたから。

 

 そうして時代が追いついて、かつての世界の基盤が作られたとき。私は私のやりたいことに、一歩近づいたのだと実感する。

 

「もうちょっとだよ、二人とも」

 

 電子音の響く部屋で、小さな呟きが闇に呑まれる。

 

 カナタと一緒にいた時間と比べたら短いはずの千年間。でも、私にとってはカナタと過ごした時間よりも、ずっとずっと長い千年間だった。

 

 その間に、忘れたことがいくつもある。何を忘れたのかさえ、思い出せないことも。

 けれど、私は私の夢が形になるにつれて、過去の記憶が徐々に彩を取り戻しているのを感じていた。

 どんな世界にしよう、どんな名前にしよう。そう考えるたびに、思い浮かぶ情景がやけに鮮明で……私はようやく、気づいたんだ。

 

 そっか──私が、ヤチヨだったんだ。

 

 この世界はきっと、何度もそれを繰り返していて。だから彩葉と再会することは決まっているんだ。

 それがわかったとき、私は喜びと、それ以上の恐怖に震えた。

 

 ──カナタは?

 

 私は、あの頃にカナタと出会った記憶がない。彩葉と一緒に、かぐやとして過ごしていた頃。ヤチヨが、カナタの名を口にしているのも聞いたことがない。

 

 ──もし、もしも。私だけが特別で。私だけが、カナタと出会っていたのなら。

 この先の世界でカナタと再会できる保証なんて、どこにもない。

 

 心臓が急速に脈を打つ。視界が薄らと滲み出して、私は不安に押しつぶされそうだった。

 

 私はもう、昔みたいに何でもできるなんて思えない。

 できないこと、救えないもの。ここに至るまでに、苦い現実を知ってしまったから。

 

 彩葉に会いたいという思いは変わっていない。再会できるのだと確信して、さらに強くなった。

 けれど、その先にカナタがいないのなら──私は、何を目指して頑張ればいいの?

 

 途方もない長い時間を、私はカナタがいたから笑って過ごせた。確かに泣いたり、辛いこともたくさんあったけど。でもそれ以上の幸せを、カナタがくれたから。

 

 別れてから彼を想う時間が増えた。

 会えない時間が、愛を増した。

 彼を想うたびに心が揺れた。

 

 なのに、なのになんで。

 今まで必死に堪えていたものが、溢れそうになる。

 

 彩葉。

 彩葉なら、どうする?

 ずっと会いたい人がいて、その人のために頑張ってて──八千年待った人には会えるとわかったよ。でも、そのほとんどを一緒に居てくれた人とはまた会えるかわからないの。

 ねぇ彩葉、私は──。

 

 そこまで考えてから、私は頭を振るった。

 違う。彩葉に答えを求めるのは違う。

 

 私は目を強く瞑って、溢れかけたそれを止めた。

 どれだけ弱音を吐いたって、時の流れは止まらない。なら置いてかれないように、私も進み続けなきゃ。

 

 それに、未来は決まっていない。なら、カナタと再会できないと決まったわけじゃない。

 そうやって身を奮い立たせて、私はまた一歩ずつ未来へ歩み出した。

 

 

 

 

 

 仮想空間ツクヨミは無事に完成した。

 現代の技術じゃちょっと厳しかったから、月の技術力の結晶である『もと光る竹』と、それを取り戻すために出会った人間に協力を仰いで。

 

 ツクヨミが世界に公開された日、私はいつものように歌を歌った。ウミウシの体じゃない、記憶の中に残る彼女と同じ姿。月見ヤチヨとして、私は初めてのライブを行った。久しぶりにちゃんと歌えてる感覚。それが嬉しくって、私はその後も何度もライブを行なって、何度も歌を歌った。初めは少なかった人も、日を重ねるごとに増えていった。

 

 ただただ、楽しかった。

 カナタと別れてから久しぶりに、心の底から笑えたんだ。

 

 ねぇ、カナタ。今の私、ちゃんと笑えてるでしょ?だから、早く帰ってきてよ。私は、ここにいるから。

 

 ねぇ、彩葉。あなたにも、ちゃんと届けたいの。大切なメロディを。話したいことも、たくさんあるから。

 

 音に乗せて、言葉を紡いだ。

 声に乗せて、想いを紡いだ。

 そんな日々の中で、ついに群衆の中で彼女の姿を見つける。

 

 ──彩葉。

 

 ああ、ついにきたんだ。ようやく、ここまでこれたんだ。

 

 込み上げる万感の想いとは裏腹に、涙は流れなかった。ライブを、私は最後まで笑って歌えた。記憶の中に残る、ヤチヨと同じ。いつもにこにこして、楽しそうで……。そっか、だからヤチヨはいつも笑ってたんだ。

 

 私は曲の合間に息継ぎをして、再びステージに立つ。彩葉には届いたから、もう一人。彼のための歌を。

 

 歌い終えると、歓声が上がった。けれど人混みの中、彼の姿はどこにもない。やっぱり、今日も来なかった。でも、私は諦めないから。

 

 次も、その次の日もまた、私は歌を歌い続けた。日に日に増えていく人口の中、彼を探すのは一苦労だった。そもそも、この世界での姿なんてわからないし。……ちゃんときてくれるかも、わからないけど。

 

 でも。

 仮に、来なくたって。

 世界のどこかで彼がこの歌を聴いてくれているのなら。それで救われているのなら。それだけでいいんだって。そう思えるようになってしまったから。

 

 ──ああ、そっか。

 今更ながらに理解した。カナタも、こんな気持ちだったんだ。

 だからあの日、私に笑っていてほしいなんて言ったんだ。

 

 たとえ、そこに自分が居なくとも。

 その人が幸せでいてくれるなら。当たり前に笑える日々を送れるのなら。それだけで自分は救われるなんて、身勝手な思いを抱いてしまって。

 

「カナタ……」

 

 きっとあの日のあなたは、私の神様になりたかったんでしょう?私を救いたかったんでしょう?

 

 でも、私が欲しかったものはそうじゃない。私がほしいのは、神様なんかじゃない。

 

 どれだけ傷つき、傷つけあっても。その傷のひとつひとつを大切になぞって、笑い合えるような、そんな関係。

 ただ隣にいてほしかった。同じ景色を見て、同じ時間を生きて。笑って、喧嘩して、馬鹿な話をして。

 そんな当たり前を、私はずっと望んでいたんだ。

 

 名前の知らなかったそれを、私はようやく自覚する。

 

「……私、カナタのことが好きだったんだ」

 

 呟きは、仮想の世界に静かに溶けていく。

 積年の思いだけが、その場に飽和していた。

 

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