ポケモンロード バイオレット・レクイエム 作:とり。@pktorisky
「これが…ぼくの身に起きたこと…全てだよ…はあ…はあ…」
「ハルト!!」
気を失いそうになるハルトを咄嗟にボタンは支える。
「フィ…フィ…」
一方でハルトの精神を和らげていたボタンのニンフィアも苦しそうな様子であった。
「もう…大丈夫だよ…ニンフィアも…辛い思いをさせちゃって…ごめんね…ボタン…ニンフィアを休ませてあげて…」
「…ありがとう、ニンフィア」
ボタンはニンフィアをボールに戻した。
「ハルト…オマエはユートピアの目的も最初から知ってたんだな…」
「…うん…本当はもっと早くみんなに教えなきゃいけないと分かってはいたんだ…でも…思い出すだけで蘇るんだ…未来の世界で味わった…飢えや苦しみ…死が迫りくる恐怖…テラスタル結晶に身体を蝕まれる得体の知れない絶望…永遠に続く痛み…はあ…はあ…」
「ハルト!もう大丈夫!無理に話さなくて大丈夫だから…!」
「はあ…はあ…自分が情けないよ…ぼくは未来からこの世界に帰ってきた…もうあの恐怖に怯える必要は無いのに…未だにテラスタルの絶望に囚われている…みんなはぼくを物語の主人公のように思い描いているのに…本当のぼくはとっても弱いんだ…」
「ハルト…ごめんね。あなたの苦しみを理解していなくて…」
「そしてありがとね。あなたのことを打ち明けてくれて」
「オレたちを信じてくれて…オマエのダチである事をオレは誇りに思うぜ」
「…うん」
ネモとボタンとペパーはハルトに想いを告げたのであった。
「ハルト。今は少し休もう?」
「悪いネモ。ハルトを休める所に連れていくから…」
「うん。また今度ね」
ペパーとボタンは苦しむハルトを介抱しながら病室を出ていった。
「わたしは…ハルトの苦しみを分かち合いたかった。その言葉を信じてハルトは苦しみながら全てを語ってくれた…」
「でもハルトが味わった絶望は…わたしの想像よりもずっとずっと大きなものだった…わたしは…本当にハルトの心の闇を受け止められるの…?」
ポケモンロード バイオレット・レクイエム
第16話 ネモの葛藤
テーブルシティのとある小さなホテルにやってきたペパーとボタン。クラベルは二人を会議室に案内する。
「ありがとうございますクラベル校長」
「わざわざうちらが泊まるところまで用意してくれるなんて」
「私にできることはこれくらいですからね。それにここならすぐにネモさんのお見舞いにも行けます。親交の深い皆さんの顔を見られる方がネモさんも安心できますからね。それよりもハルトさんは大丈夫でしょうか…?」
「今は部屋で休んでる…オレたちはアイツに無理をさせ過ぎちまった」
「だからもう少し休ませてあげてくれませんか?」
「もちろんです。生徒の心と身体が一番大事ですからね」
会議室にやってきた三人を待っていたのはフリード。そして…
「まいど!チリちゃんやで!」
「チリさん」
各地方のポケモントレーナーを統括する協会ポケモンリーグ。チリはパルデアのポケモンリーグの中でも凄腕のトレーナーである四天王の一人。そしてパルデアポケモンリーグのトップチャンピオンで理事長を務めるオモダカの右腕でもある女性だ。
「これだけ大事になったらポケモンリーグも黙ってられへんからな。今回のミーティングはチリちゃんも参加させてもらうで」
「でも今日は理事長はいないんですね。大体チリさんっていつも理事長と一緒にいる印象ですけど…」
「スーパー総大将なら修行中や」
「修行?こんな時に?」
「こんな時だからこそや。ま、トップが修行してる理由はそのうち分かると思うで?楽しみにしといてや」
「勿体ぶりますね…」
「フリード博士、今日はアメジオはいないのか?」
「それにジニア先生もいないんですね」
「今エクシード社はアカデミーと合同で各地のテラスタルエネルギーを調査している」
「ジニア先生はエクシード社の研究チームと共に調査を、アメジオさんにはその護衛をして頂いています。またいつユートピアが襲ってくるか分かりませんからね」
「なるほど…そして今日は代わりに校長がいると」
「ネモさんの意識が戻りましたからね。ようやく私も話し合いに参加できます」
「さて、事情は聞いてるぜ。まずはハルトが話してくれた事をオレたちにも説明してくれないか?」
ペパーとボタンはハルトの話を三人に伝えた。
「そうですか…ハルトさんにそんな事があったのですね…彼のような子供が何故このような目に…!」
メガネを外し目頭を抑えるクラベル。本気で心を痛めている事がペパーとボタンにも伝わってきた。
「だがユートピアは何故ラクリウムを利用してテラスタルを消滅させようとしているのか、その理由がようやく分かってきたな」
「ユートピアは未来からやってきた。そして未来の世界はテラスタルによって滅んでしまっている…」
「せやからうちらの時代に来てテラスタルを消して歴史を変えようとしてると」
「にわかに信じがたい話ですが、ハルトさんはタイムスリップをその身で味わっている」
「奴らが未来のパラドックスポケモンを大量に連れているのも、未来から来たからと考えると納得だな」
「あとレフティは機械みたいな身体だった…ユートピアの人たちもパラドックスポケモンと似たようなものなのかも…」
「それにオレ、ずっと不思議に思ってたんだ。父ちゃんがタイムマシンを作る前に、何でバイオレットブックには未来のポケモンの事が書かれてたんだろうって」
「未来の世界で作られたタイムマシンで今より昔のエリアゼロに未来のポケモンが送られてきたって考えれば辻褄は合う訳やな」
「それにユートピアはハルトの事を救世主と呼び、警戒するようにスピネルに伝えていた。未来から来たからハルトが歴史に名を残すトレーナーになる事を最初から分かっていた訳だな」
「でもテラスタルで未来の世界が滅びるって話が本当なら…うちらはユートピアを止めていいのかな…?」
「何言ってるんだよボタン!?アイツらはアカデミーを滅茶苦茶にしてんだぞ!?何よりアイツらは…ハルトやネモを殺そうとしたんだぞ…!?そんなヤツら許せないだろ!?」
「それにスピネルを利用しラクリウムを広め、この世界に大混乱を巻き起こした。その事をお前だって理解しているだろう?」
「でも…」
「…お優しいですねボタンさんは。あなたはきっとユートピアとスター団を重ねてしまったのでしょう?」
優しく問いかけるクラベルに対してボタンは頷く。
「スター団のようにユートピアにも事情があるせいで犯行に及んでいるのかもしれない。それなら尚更我々は彼らが過ちを犯す事を阻止するべきだと私は思います。ハルトさんがスターダスト大作戦でそうしたように」
「は…!」
ボタンはかつて自分が率いていたスター団にハルトが立ち向かった時の事を思い出す。
「ぼくはスター団のみんなが悪い人だとは思わない。だからこそ戦う!スター団の暴走を止めた後に話し合えばきっと分かり合える!ぼくはそう信じるよ!」
「そう…ですね。ありがとうございます、校長先生。うちの迷いが晴れました」
「…オレはやっぱりダチをあんな目に合わせたユートピアを絶対に許せない。でもオマエがアイツらとも分かりあいたいっていうならオレは止めねーよ」
「ペパーもありがとう」
ボタンとペパーを見てクラベルは微笑んだ。
「だけどボタン。オレたちには誰よりも分かりあわなきゃいけないヤツがいるだろ?」
「…ハルトのことだね」
作戦会議を終えた後、ボタンとペパーはハルトとペパーが泊まる部屋へ向かった。
「う…っ…やだ…やめ…苦し…死にたく…な…」
ベッドで眠るハルトは悪夢にうなされていた…
「ハルトはまだ寝てるみたいだけど…」
「うなされてるな…ハルトが未来で味わった絶望は夢の中でも襲ってくるのかよ…!」
「そんなのしんどすぎるし…!」
「…オレ、気づいちまったんだ。ハルト…この時代に戻ってきてオレたちと再会したってのに一度も笑ってねーんだ」
「確かに…それに今のハルトとうちらの間には…見えない心の壁みたいなものを感じるんよね…」
「ハルトの心は…この一年間で死んじまったのか…?」
「…まだ死んでないと思う。ペパーのサンドウィッチを食べた時に大泣きしてたでしょ?うちらとまた一緒になれたことに安心して流した涙。だから…」
「心はまだ生きてるってことか…!よし!何とかしてオレたちでハルトの笑顔を取り戻そうぜ!」
「…うん!」
一方でテーブルシティにある病院に入院するネモは思い悩んでいた…
「わたしは…苦しむハルトを助けたい。でも…」
ネモの脳裏に蘇るのはユートピアのヴレイとの戦いであった…
「わたしもまだあの恐怖を振り切れられていない…」
「ハルトの味わった苦しみや絶望はわたしの何倍…いや何百倍も大きいというのに…」
「ハルトは自分のことを弱いって言ってたけど…わたしの方がよっぽど弱いよ…そんなわたしがハルトにできることなんてあるの…?」
ネモはふと机の上を見る。そこには継ぎ接ぎになったテラスタルオーブが置かれていた。ネモは前日にクラベルと話した時の事を思い出す…
「これってわたしのテラスタルオーブですよね!?ヴレイとの戦いでバラバラに壊れちゃったはずじゃ…」
「グランドでテラスタルオーブの破片を見つけたので、可能な限り修復してみました」
「すごい…ほとんどバラバラだったのにここまで綺麗に直せるんですね…」
「テラスタルオーブとして使うことはもうできませんけどね。もちろんネモさんには後日新たなテラスタルオーブを支給する予定です。ですがこのテラスタルオーブにはあなたの宝物が詰まっている。なので見た目だけでも直そうと思ったのです」
「わたしの宝物…ありがとうございます。ちなみにお一人で全部直したんですか?」
「まさか。ポケモンたちが手伝ってくれたおかげですよ。ネモさんのポケモンたちも手伝ってくださいました」
「…みんなもありがとね」
ネモはボールの中にいるポケモンたちにお礼を告げたのであった。
そしてネモがテラスタルオーブを見て思い浮かべるのはこれまでに経験した数々のポケモン勝負。ハルトとの熱い勝負はもちろん、ハルトが行方不明だった一年間のこと、そしてハルトと出会う前の勝負の事もだ。
「やっぱりわたしがハルトのためにできることはポケモン勝負だよね…!またハルトと戦ってポケモン勝負は楽しいって事を思い出して…」
そう思ったネモの脳裏に先日のハルトとの勝負が蘇る。
「わたしは…ハルトが怖くなって最後まで戦うことすらできなかった…そんなわたしがポケモン勝負の楽しさを伝えられるの…?」
さらにネモの心にヴレイとの戦いの光景が広がる。
「この前の勝負だけじゃない…目的のためなら人が傷つくこともいとわないヴレイとの勝負は全然楽しくなかった。わたしがあの戦いで感じたのは痛みと恐怖と絶望…」
そして追い打ちをかけるようにエクスプローラーズとの戦いの光景も蘇る…
「それにエクスプローラーズとの戦いも楽しくなかった。ポケモンを捨て駒にして戦うあいつらにわたしが抱いた感情は怒りと憎しみ…!」
「前はポケモン勝負の事を考えるだけでワクワクしたのに…今は勝負の事を考えれば考えるほど苦しい…しんどくて…勝負する気が失せていく…」
「…ポケモン勝負って…本当に楽しいのかな…?」
『ロトトトト!』
「うわっ!」
ネモが考え込んだ瞬間、スマホロトムの着信音が鳴り響く。予想外の着信に驚くネモであったが、慌ててスマホロトムを手に取り、発信元を確認する。
「ゼイユからだ。珍しいね…もしもし?」
『やっと繋がった!ちょっと聞いてよ!この前久しぶりにハルトが電話してくれたと思ったらあいつ、「やばい敵がキタカミにも現れるかもしれないから気を付けて」とか言ってすぐに電話切りやがったのよ!?ハルトが一年間行方不明でこのあたしがどれだけ心配したと思ってるのよ!せめて何があったか話すとか…いや!それだけじゃやっぱり足りないわ!あたしに顔見せするくらいしなさいってのよ!!』
『ねーちゃん、いきなりマシンガントークされてネモ困ってるべ…』
ゼイユとスグリはハルトが林間学校で出会った姉弟。ハルトだけでなくネモ・ペパー・ボタンの三人とも友達なのだ。
「ってあんた…その格好どうしたのよ?」
ゼイユはテレビ通話越しのネモが入院着姿なことに気がついた。
「…そのハルトのことなんだけど…」
ネモは二人に事情を説明した。
『え…えっと…つまりそのユートピアって奴らのせいでハルトは未来の世界に飛ばされて一年間も行方不明になって…』
『ネモはそいつらにボコボコにされた…ですって!?』
ネモは無言で頷く。
『わや…ハルトは俺たちに詳しく説明してくれなかったけど、そんな事なってたなんて…スケールデカすぎて頭痛くなりそう…』
『………』
『ねーちゃん?』
『きーっ!!そのユートピアって連中!ネモだけじゃなくてハルトまでボロボロにするなんてマジで許せないわ!!そいつらがまたキタカミに現れたらボコボコのけちょんけちょんにしてやるんだから!!』
『いや、ネモですら勝てない相手に俺が勝てる訳ないし、ましてやねーちゃんが勝つのはもっと無理だべ』
『スグ!!このあたしより自分の方が強いとは言うようになったわね!!それにあたしとスグのキタカミ最強姉弟タッグで倒すってのにそんな自信でどうするのよー!!』
『いはいいはい!へーひゃん!わはっははら!!ひっはふほはへふへ!!』
「あはは…」
怒ってスグリの頬っぺたを左右から思いっきり引っ張りまわすゼイユ。そんな様子を見てネモは苦笑い。その後ゼイユが手を放すとぺちんと音を立てて頬っぺたが戻った。
『いったあ…』
「それと二人に見て欲しいものがあるんだ」
ネモがスグリたちに見せたものとは、ハルトとネモのポケモン勝負の映像であった。
『ネモの言ってた通り…ハルト…すごい気迫…』
『それに怖い…なんだか荒れてた頃のスグを思い出すわ』
『いやこの気迫は俺なんか比べ物にならないべ…すごくしんどそう…』
「ハルトは…未来の世界で生死を彷徨ってから変わってしまった。わたしは昔のハルトに戻って欲しくて…そのためには楽しいポケモン勝負をするのが一番だと思ってる。でも自信が無くて」
『自信?ハルトに勝てる自信が無いってこと?』
「それだけじゃない。ラクアでの戦いにユートピアとの戦い。そして今日のハルトとの勝負…ここ最近楽しいと思えるポケモン勝負が全然できていないんだ。ポケモン勝負って本当に楽しいのかな?わたし、分からなくなっちゃった」
『ネモ…』
「こんなんじゃハルトにボコボコにされて当然だし、ポケモン勝負は楽しいって伝えられる訳ないよね。わたしがハルトのためにできることは…もう何もないのかも…」
『そんな事ない!!』
「スグリ…?」
『ネモは俺が昔荒れてた事は知ってるよね?』
「うん。話は聞いてるけど…」
『俺は憧れだった鬼さま…オーガポンをハルトが捕まえて嫉妬して、悔しくて、見返したくて!甘さを捨てて吐くほど努力した。そしてブルーベリー学園のトレーナーに勝ちまくったけど…あの時のポケモン勝負は全然楽しくなかった。今のネモはあの時の俺と同じ…ポケモン勝負の苦しみを味わっているのかも…』
「ポケモン勝負の苦しみ…」
『その後にハルトに負けて絶望して…でもエリアゼロでの戦いでハルトと仲直りして…そして俺はネモと出会った』
「わたしがハルトたちと一緒にキタカミの里に遊びに行った時のことだね」
『俺はネモにボコボコにされたけど、あの時の勝負はすごく楽しくて…やっとポケモン勝負は楽しいものだって思い出せた。俺はハルトだけじゃなくてネモにも救われたんだ』
「わたしに救われた…」
『ポケモン勝負は人を苦しめる事もあるけど…ネモの勝負は相手を笑顔にする力がある。だから…ネモが信じるポケモン勝負にもっと自信さ持って欲しい!』
「スグリ…!」
『ふーん。たまにはいいこと言うじゃないスグ!ネモ!アンタにそんな沈んだ顔は似合わないわ!いつものやかましいくらいの笑顔を思い出してハルトにぶつけてやりなさいな!』
「ゼイユ…!ありがとう。ちょっと元気が出てきたよ」
『もし俺にできることがあれば何でも言って!』
『電話してくれてもいいよ?ハルトに言われてキタカミに戻ってきたけどやることなくて暇だし!』
「うん。また何かあったら電話するよ。じゃあね」
ネモはゼイユたちとの通話を切る。
「よし、ハルトを元気にするために特訓!といきたいところだけど…電話してたらすっかり夜になっちゃったね」
病室が真っ暗になっていた事に気づいたネモ。そしてふと窓の外に目を向ける。
「夜にしても真っ暗だなって思ったら月が見えない…今日は新月なんだ…」
「ふふふ…ハルトを元気にするための特訓ね…具体的に何をするの?」
「誰!?」
病室の隅の影から聞こえてくる少女の笑い声。ネモはとっさに声が聞こえてくる方へと振り返る!
「というか今のままでハルトに想いを伝えられると思ってるの?」
ネモに近づいてくる少女の足音。そして暗闇の中からネモの前に現れたのは…
「あなたは…わたし!?」
「ふふっ」
ネモに瓜二つな少女は不敵な笑みを浮かべる…
To be contined…
-次回「甘ったれた信念」-