躊躇いを隠して、白い手をとって。 作:Riavid
昔のようにアン、ドゥ、トロワではなくてワン、トゥ、スリー。
アラベスクやルルヴェのように背筋を伸ばしていくのではなく、今は少しだけ力を抜いて、それでも、あの時と同じように舞台上を見上げる誰かに見せつけるようにポーズの練習をする。
流れる音はクラシックじゃなくて、あたしのいつも近くのあの子の声。決して其は歌姫と呼ばれるような、高い技術に裏打ちされた歌なんかじゃない。それでも、聞く人を惹きつける"何か"を確かに持っている……隠すまでもなくて、実際に惹かれたあたしがそう思うのも、何だか変な感じだけど。
――キィーン、コーン、カーン、コーン、と音が鳴り響く。開放時間の大体30分前を知らせる代わりのチャイム音は流れていた歌声を遮って、そろそろ寮に帰る準備をしなくちゃいけないよ、ということを伝えてくれる。
「あー……思ったよりも時間になっちゃったね、リーリヤ、そろそろ用意して帰ろっか?」
数秒待っても、返事はない。変だなと思って振り向いてみると、そこにはすっかり疲れきった様子で、肩で息をしている私の一番の親友がいた。
「……大丈夫?」
リーリヤはコクコク、と首を縦に振っている。未だにすーはーと深呼吸をしているけれども、まだ呼吸は落ち着かないみたいだ。……うーん、そこまでハードな練習だったわけじゃないとは思うんだけど、昔からリーリヤは必要以上にがんばりすぎちゃうところがある。とはいっても、そんな頑張り屋というところもきっと、この子の魅力の一つだからただ上から押さえつける……っていうのもきっと多分違う。別に今日はじまったことじゃないけれども、ちょっと難しいところだ。
「ま、そろそろ帰ろっか! リーリヤ、帰る用意しよ!」
「……うん、そうしよっか。清夏ちゃんもまた後で、一緒に帰ろう」
「おっけー! それじゃ、あたし片付けとかやっちゃうから、リーリヤは先に着替えたりシャワー浴びてきたりしてていいよ~。あたしの方がまだ元気余ってるから!」
「えっ……でも、ちょっとわたしも手伝うよ? 清夏ちゃんに悪いし」
「大丈夫だいじょーぶ! 別にそんなに大して片つける量もないし。いーから早く用意してきてって!」
わ、わ、と動揺したまま、それでいて遠慮がちな友人をロッカールームまで無理やり押し込む。明らかにあたしよりもつかれてそうなあの子は、シャワーを浴びたりとか、ちゃんと先にケアをしていた方がいい。それに、元々別に機材を持ち込んだりということもなくて、ほんとに時間もそんなにかからないし。むしろこれくらいは、どちらかといえばいつもお世話をしてもらっている親友に対してできるせめてもの恩返し、ってことで。
音響、オフ。使った後の片付けで、備え付けの清掃用具で全体のモップがけ。お掃除を済ませている最中に、水の音が聞こえる。どうやらちゃんとシャワーでも浴びてくれているみたいだ。後片付けの最中に「やっぱり清夏ちゃん……」みたいな感じでひょっこり顔を出してこないかどうかだけが気がかりだったけど、その心配はいらないみたいだ。
「……へくしゅん!」
空調を切ると同時に、くしゃみが出た。確かに今日の気温は結構低いっていうのはスマホの天気予報で見てたけど、そんなに寒かったっけ? と思って空調操作の温度表示を見てみると、気温は15℃くらいに下がっていた。元々、そこまでガッツリ暖房をついて動いているときはそんなに気にならなかったけど、それは通りで寒いはずだ。両腕を抱えてそのまま摩りながら、そのまま練習室の電気も消す。思ったよりも暗い。まだ時間的にはそこまで遅くなってなかったと思うけど、こんなに暗いのは……雨でも降ってるのかな? だとしたらちょっと困るな、傘とかは持ってきてないし。リーリヤの方では折りたたみ傘とか持ってきてるのかな? もし持ってきてたら、一緒に入れてもらおっかな。そんな風に考えながら、外の天気をちょっと見てみようと思って窓の方へと近づいてみる。
「……あー」
確かに外は曇っている。けれど降っているのは、こっちに来てからはあまり見る機会もすっかり少なくなっていた白色。雪が降り始めていたせいだった。これまでもう何度見てきたかわからないくらい、それこそ見飽きたっていうか、見たらうんざりするくらいなこの雪も、何故だかあまり見ないようになってくるとちょっとこう、風情っていうのがあるような気もする。地元にいるときは綺麗だとかそんな風には思わなかったけれど、こうやって見てみると、本州の人が銀世界、だなんて憧れてしまうのもわかる気がするな。
……そういえば、初めてリーリヤと会ったあの時も、こんな風に雪が降っていた時だった。空から降ってくる雪を見上げながら、あの時のことをなんとなく思い出し始めていた。