躊躇いを隠して、白い手をとって。   作:Riavid

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 「――それにしても、ひゃっこいねぇ、ほんとに」

 「ふふ、清夏ちゃんの方言、久々に聞いたかも」 

 「えーそう? 今でもたまーに使ってるときあるけどな~。ごみ投げとかも方言なんでしょ?」

 「うん、それも初めて聞いた時はちょっとびっくりしちゃったかな。でもすぐに捨てるってことだってわかったけど」

 「北海道の方言ってさー。他に比べて、あんまり訛りとかがあるわけじゃないから、結構意識してなかったら素で出ちゃったりするんだよね。でも、そういう意味だと地元の方言とか他の子って全然出てこないよねー。手毬っちとかも確か京都だよね? あんまりそういうイメージないけど」

 「確かに、あんまり他の人たちは方言とかは聞かないかも」

 

 練習室を出て、寮までの帰り道。あたしとリーリヤはそんなお喋りをしながら二人で歩いていた。リーリヤの方でも折りたたみ傘は持ってきていなかったらしい。代わりに、というわけでもないけれど、あたしが持ってきていた赤いマフラーを二人でつけることにした。

 

「……ねぇ、清夏ちゃん。この前の話覚えてる?」

「ん、この前の話って?」

「えっとね、初雪が降ったのは今日じゃなくて、この前だったんだけど……その時にした話のことで」

「あー、リーリヤに初めて会ったときのことだっけ……うん、覚えてるよ。あの時は大変だったよね~。その時もこんな感じで、途中までは手つないで歩いてたっけ~?」

 

 二人で赤いマフラーをつけていたせいで、自然と何だか二人三脚みたいに並んで歩いていたリーリヤの手を、急に握ってみる。驚いたのかびくっとリーリヤの手が動くけど、握られたまま、手を放すことはないみたいだった。

 

「そうだね、そこから一回別れて……清夏ちゃん、実はね、ずっと話してなかったことがあるんだ」

「え?」

「わたし、あの後本当はね。清夏ちゃんの舞台、見てたんだ」

 

 適当な相槌も打つことができないまま、そのまま黙ってしまった。普通なら別に驚いてあげても、喜んであげてもいいような話の流れ。そのどちらの反応も返せないまま、その場で立ち止まってしまった。

 ……あー。あたし。思ってる以上に、ダメダメだ。これじゃ、全然隠しきれてなんかないじゃんって。声に出すことはないけれど、そう心の中でつぶやいた。

 

「! ごめんね清夏ちゃん。この話、聞かなかったことに」

「――ううん、リーリヤ。その続き、ちゃんと聞きたいな」

 

 鏡はここにはないけれど、見ないでもそう返事をしたあたしが作り笑いをしている、というのはわかる。けれども、折角あたしの一番の親友が話してくれたことを、聞かなかったことにはしたくない。だからどうかこのまま、その話を続けてほしい。そう思ってあたしは、さっきから握っていた手をもう一度だけ強く握りなおした。

 ――だって、きっと今の今まで逃げていたのはあたしの方だから。今度は逃げないで、傍にいるよって。そう伝えるために。

 

「……うん。わかった。じゃあ話すね」

 

 並んで歩いていたところから、自然とお互いに立ち止まって真っすぐに見つめ合う。それからあたしの眼を見て、リーリヤが頷く。あたしもそれに返すように、ただ黙って頷いた。

 

「あの時見た清夏ちゃんの姿は、すっごく綺麗で……他のプリマの人にも負けないくらい輝いてて、すっごくかっこよかったんだ」

「そう、だったんだ」

 

 あの時の事、どうだったっけ? 正直思い出さないようにしていたから、あんまり覚えていない。足を怪我にして、ダメになっちゃってから、あの時のことは意図的に思い出さないようにしていたから。

 

 「えっと……でも、全然そんなことないんじゃないかな? あたし、あの時のことあんまり覚えてないし、多分ただついていくだけで必死だったから」

 「そんなことないよ! だって私にとって清夏ちゃんは、あの時からずっと……ずっと、憧れだったから」

 「え……?」

 

 さっきまで握っていた手が、今度はぎゅっと強く握り返されていた。真っすぐにこっちを見つめてくるその眼は、その言葉に嘘なんて一つもないんだよってあたしに教えてくれる。

 

 「一緒にアイドルのライブを見に行った時も嬉しかったけど……本当は、あの時から私は、私の中では、清夏ちゃんが一番のお星さまみたいだったんだ」

 「あはは、そんな……でもありがと、リーリヤ」

 「ううん、違うよ清夏ちゃん。本当はね、ずっとありがとうって言わなきゃいけなかったのは、私の方だったんだ。でも、ずっと言えなかった」

 

 真正面から見つめてきたリーリヤの瞳が潤む。そのまま一筋の涙が頬を伝って流れていった。

 

 「……リーリヤ?」

 「清夏ちゃんがずっとつらかったのも知ってたけど、でも、一緒に歩くことができなくって……ただ、どうにもできなくって」

 「や、そんなんじゃないよ、リーリヤ。だってあたしは……歩くわけじゃなくて、逃げてただけだから」

 

 そう、歩くも何も、リーリヤ以外の誰かと一緒にいたり、この子の眩しさについていけなかったのはあたしの方だ。ついていこうと思っても、思うように足は動いてくれなくて。そうしてもどかしさを覚えたままリーリヤを見つめていることに、あたしが耐え切れなかっただけの話。リーリヤの眼を見ることができなくて、自然と俯いて顔を背けた。

 

 「ううん。だって――こうして一緒に、また歩いてくれてるよ。清夏ちゃん」

 

 その一言と一緒に、リーリヤが今度は両手で私の手を、ただ握るだけじゃなくて、優しく包み込むように手を取ってくれた。

 

 ――あぁ。ほんとに。

 

 もう本当にとっくのとうにわかり切ってたことだけど、この子はあたしなんかよりもずっとずっと強い。正直、あたしが別に手を取ることがなかったとしても、きっと一人で走り出すことができるんだろう。けれども、それでもリーリヤはもう一度あたしの手を取ってくれているのだ。

 

「だからね、清夏ちゃん。私――今、とっても嬉しいし、幸せなんだって。そう伝えたかったんだ」

 

 投げかけられる言葉はもう一度走り出そうとか、激励の類の引っ張り上げるような言葉じゃなくて、嘘偽りも駆け引きの一つもない、親愛から来る喜び。

 それが一体どれだけの威力を持っているのか、それがどれだけあたしにとって救いになるかなんて、きっとこの子は少しも計算に入れてはいないのだろうから。

 

「……あはは。リーリヤにはほんっと、敵わないなー」

 

 すぐに顔を上げることができずに、ただその言葉だけをつぶやく。だって、今すぐに顔を上げてしまったら、きっと馬鹿みたいにあたしが泣き出してしまいそうだったから。ここまでずっと悩ませて、困らせて――それでも、憧れだと言ってくれたあたしにとって一番の親友に対して、そんな情けない顔を見せてしまうのは、ちょっとやっちゃいけないことのように思えた。

 

「清夏ちゃん?」

「ん、大丈夫大丈夫! ありがとね! リーリヤ!」

 

 すぅ、と一つだけ大きく息を吸い込んで、顔を上げる。殆どこっちも出かけていた涙をギリギリで堪えて、あぁでも、ダメだな。目の前が微妙にぼやけている。多分きっと、今のあたしは涙目になっているのかもしれない。

 

「……ちょっと雪が目に入っちゃってさー。直撃すると、やっぱ痛いね」

「えぇ!? だ、大丈夫?」

 

 他の子だったらすぐにバレてしまいそうな容易い嘘をついて誤魔化す。そんな誤魔化しはきっと、これまで何度もやってきた。

 だって別にあたしは、それこそこれから目指していくような"一番星"でもなんでもない。ただ同じ、アイドルを見て、それに憧れて、目指しているだけの存在なんだ。

 けれど――歩き出せなくて、それでやっと今更、歩くことができているあたしの手をとって、嬉しいって言ってくれることが。それは本当にこっちの台詞で。どれだけ嬉しいかわからないのはあたしの方だけど、それでもその喜びのままに、この手を取っていいのかはちょっとだけ悩んでしまう。

 

 飾らず、どこまでも真っ白な――降り始めた白色よりも輝くだろうこの目の前の子は。きっと誰よりも素敵なアイドルになるって、あたしは思っている。

 比べて、全然どこまでも誤魔化し続けて灰色なあたしに比べて――あぁもう、そんなのはきっとどうでもいいんだ。許されないなんて思いがないわけじゃない。躊躇いがないわけなんてない。それでもとってくれたこの手を離すことだけは、絶対にできない気がした。

 ひょっとしたら、いや間違いなく、リーリヤに誰よりも魅せられているのは、きっとあたしなんだろうと思いながら。

 

「ありがとうリーリヤ。これからもよろしくね」

 

 だから。今はただ、そんな心の中の躊躇いを隠して、目の前の白い女の子の手を取ることにした。

 今度はあたしがどうか本当の意味でこの子の助けになれるようにって、そう少しだけ握った手の中で祈りながら。

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