ニチアサ系世界に転生したTS魔法少女は悪の幹部をやりたくない 作:なはた
『……貴方の自己研鑽修行、今日だけじゃなくこれからも付き合う』
辛そうに顔を曇らせる古江さんを見て俺は純粋に彼女の力になりたいと思い、そう約束を交わしてから約1週間が経過した……全てを事細かに話すと長くなってしまうので軽く説明させてもらうとしよう。俺はあれからほぼ毎日と言わんばかりに、学校終わりの放課後で制服姿の彼女に様々な場所へ連れ回されていた。美術館、書道教室で1日限りの習字体験、果ては電車で数駅揺られた先にある文化センターホールでオーケストラ鑑賞―――古江さん曰くこのどれもが己を研ぎ澄まし美しく気高い心へと導く為の自己研鑽らしい。俺は前世含めてこういった場所へ足を運んだ経験など、勿論全く無いので一つ一つを通していくうちに「な~んかオレ、スゲぇ頭良くなってきた気がするぜ!!」と某デンノコさんの台詞を脳内で引用しながら内心ホクホクしていたのだが……肝心の古江さんはというと。
「業……業を七つも抱えてしまいました、つまり私は実質七つの大罪をこの身に体現する女となってしまったのですね。傲慢強欲嫉妬憤怒色欲暴食怠惰……」
俺とは対照的に自らを恥じるように、その肩をガックリと落としながら早口で罪源を呟くのであった。よくそんな咄嗟に全部言えますね?もしかして貴方はジョン・ドウなのですか……?
まあセブンな話はさておき、古江さんの業カウントは恋焦がれ片思い中の『例の彼女』がいるにも関わらず俺に対して何かの拍子に一瞬でもときめきを感じてしまうたびに増えていくものらしい。初めて彼女と出会った日の喫茶店ではカウント1だったのだが、どうやら関わりを持って一緒に行動するようになり1週間でもう7に達してしまったみたいで……ここまで来ると流石に疑問が沸いてくる。古江さんは恍惚とした表情で彼女の良い所を1000個は語れると豪語していたぐらいだ、よく分からないがつまりそれほどまでに魅力的なのだろう。俺も……自分で言うのはアレだがめちゃくちゃ可愛い、しかしそんな「貴方以外何も見えない」とまで熱を上げる存在と張り合えるのも変な話だと感じる。
色々と思考を巡らせる俺だったが、何故かこれ以上の詮索は危険だと言わんばかりに本能による警報が頭に鳴り響き仕方なく中断した。古江さんの力になりたいのは紛れもない本音なのだけれど、この自己研鑽修行は効果をもたらすどころか逆に悪くなっていく一方なような……最もそんな事口には出せないが……そして今日は日曜日。引き続き自己研鑽修行との話なのだが、今回の場所はまさかの。
「……デカい」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう……だがそれも無理はない、何故なら俺の目の前にそびえ立つのは高い白壁に囲まれたお屋敷と呼ぶにふさわしい純和風の大邸宅―――そう、ここは古江家である。所々発言に多少の(???)問題はあるが、品のある言葉遣いと所作からしてもしかしてとは思っていたが……驚きを隠せない中、門が開き着物姿の凛とした佇まいの女性が現れた。恐らく使用人の方だろうか?彼女は俺を見るなり深々と頭を下げて。
「―――お待ちしておりました、橘翔子様。お嬢様よりお話は伺っております、さあ中へどうぞ」
「……ええ」
偽名とはいえ、フルネームをわざわざ使用人に名前を呼ばれて出迎えられるなんて漫画でしか見た事がないシーンだ。前世はただの一般市民男子DT高校生だったから緊張感が……いやDTは関係ありませんでしたねごめんなさい、俺は表情こそいつもと変わらないがバクバクと鳴る心臓の鼓動音を感じながら案内された場所へ入ると。
「―――橘さん、本日は我が家へ来ていただき本当にありがとうございます」
「ううん、私の方こそ家に呼んでくれて嬉しかった。ありがと、千代」
「ふふっ、橘さんは大切な友達ですからね。大歓迎ですよ」
古江さんは広々とした和室の中で正座をしながら、川のせせらぎを彷彿とさせる穏やかな声色と微笑みで俺を出迎えてくれた……ここ1週間で彼女と接し多少なりとも理解してきたつもりだが、今目の当たりにしている姿は俺の中のどの記憶にも当てはまらないまさに大和撫子そのものであった。
「……でも別に、そこまで畏まる必要はない」
友達と思ってくれているのは喜ばしい事だが、お偉いさんでもあるまいし素直に俺なんかに対しわざわざそんな対応をする必要はないと感じて伝えた所、古江さんは「……客人は礼儀を用いて迎え入れるのが我が家の決まりですからね」と困ったような笑みを浮かべていた。
「―――千代、今日は何をするの?」
俺は用意された座布団に腰を下ろし、目の前に座る古江さんに尋ねると彼女は真剣な表情で。
「本日は内面の雑念を取り払い、そして己を研ぎ澄ます為の―――瞑想を行います」
「……瞑想」
思わずそのワードを反復してしまう……てっきり休日に家へわざわざ招いてくれたから今回は何かしらの修行ではなくお茶でも飲んでゆっくりするものかとばかり思っていた。いや良いんだけど……改めて休みの日まで行うだなんて本当に古江さんは彼女を振り向かせたいんだなぁ。
「……やる、どうすればいいか教えて」
「もちろんです―――まずは正座に座り方を変えてください、背筋を伸ばして呼吸を整え、そして瞳を閉じて頭の中を空っぽにするのです。すぐに私も続くので先にお願いしますね」
「分かった」
古江さんの指示に従い、俺は座布団の上でピンと背筋を伸ばして正座の姿勢を取り、深呼吸した後そっと目をつぶった……視界が暗闇に包まれる。体育の時間で柔道を習ったときに何度か正座は経験があるけれど、あのときは嫌々仕方なくといった感じで集中も何もなかった。しかし、今は落ち着いた空間な事から本当の意味でこの行為が指す精神統一と向き合える気がする。
始めて約1分が経ち、これいいな……と翔子が真剣に瞑想に取り組んでいるそのとき。集中しているので彼女は恐らく気づかないだろうが……
(橘さん……)
実はこの瞬間、古江千代は瞑想など行っておらずバレないように音を立てずに橘翔子の目の前まで近づき、しゃがみ込むと頬を上気させながらその顔をじっと見つめていたのだ。
(騙す形で申し訳ありません、けれど私はどうしても知りたいのです……私はドチャシコうすほそ美少女エリザを心の底から深く愛しています。でも何故……何故貴方に何度も惹かれてしまうのでしょう!? きっと何か理由があるはず、確かめなければ……そう!これは謎を解明する為に何ちゃらの奥地へと向かう的なアレです!)
至近距離から翔子の顔をじーっと観察する。
(…………それにしても白く艶のある肌はまるで陶器のように美しいですね、モデルかと思わせる長いまつ毛にプクッと柔らかそうな小さく可愛らしい唇も―――とても、美味しそうです……)
無自覚のうちに更に顔を赤く染め、妖しく目を光らせながらゴクリと喉を鳴らす古江千代……部屋には2人きり。その事実が彼女の脳を強く揺さぶる、このままでは色んな意味で危ないであろうそのとき……視点を変えるが翔子にはとある問題が起きていた、それは。
(ヤ、ヤバい……もう足が……)
正座を初めてから3分程度しか経っていないにも関わらず、俺の両足には激烈な痺れが襲いかかっていた。そしてそのまま限界と言わんばかりにバランスを崩してしまい―――
「なっ……!?」
前のめりに倒れ込んでしまったのだが、何故か畳に体を打ち付ける事はなく……それに顔全体がまるでフカフカのクッションのような柔らかな感触に包まれていた。これは一体……俺は確認の為に目を開くと。
「わわっ、私の胸に橘さんが顔を埋めて!?しし、しかも良い匂いも……!業が……業がもはやカウント追い付かないレベルの凄まじい勢いで増えていきますー!?」
顔を上げると、そこにはオーバヒートと言わんばかりに目をグルグルとさせて混乱する古江さんの姿が……もうちょっと離れていたはずなのに何故と疑問がよぎるものの、ハプニングとはいえ女子の胸に顔を突っ込んでしまったという現実が頭を上手く機能させてくれない。本当にマジでDTでごめんなさ―――いやそんな事より触れてしまった事に対して謝らなきゃダメだよね!?
場が混乱の渦に陥る中、最悪のタイミングで襖が開き。
「失礼いたしま……あら?」
俺を部屋まで案内してくれた使用人の女性が、俺達が密着する光景に対して一瞬だけ目を見開き、だが次の瞬間にはまるで極上の百合を目撃したかのようなニチャリとした深い笑みを浮かべて。
「しょうちよ、尊いでございますね―――ごゆっくり「か、勘違いしないでください!? これはただの事故ですよ!橘さんが足を滑らせてしまい、その……後は様々な偶然が重なってしまっただけです!」
「お嬢様、私は分かっておりますよ。言い訳は不要です」
「全然分かっていないではありませんか!!」
古江さんが声を大きくして叫び俺から体を離す……とりあえず良かった……そして使用人の女性は十分摂取して満足したと言わんばかりに、すっと表情を仕事のソレに切り替えて言った。
「お嬢様、静香様がお呼びです。客人を連れて弓道場へ来なさい、と」
「……お母様が?」
呼ばれていると聞いた瞬間、古江さんの表情が一転し憂鬱なものとなってしまった……先ほどまでの騒ぎっぷりが嘘かのように冷え切っている。
「……分かりました、すぐに行きます」
古江さんは重々しく答えると、俺の方へ振り向き申し訳なさそうに。
「橘さん……少し付き合っていただけますか?」
「……別に構わない、でも……千代、大丈夫?」
「……ええ、問題ありませんよ」
「…………」
口ではそう言っているが、明らかに……俺は無言で彼女の隣を歩き、和風の回廊を渡ると立派な弓道場へと出てきた。そして、中心に一人の女性がこの空間と一体化するように静かに佇んでいる。ネイビーブルーの髪を後ろで綺麗に結って、道着に身を包んだその姿は見る者全てを引き込むような美しさを放っていた。
……この人が古江さんのお母さん、静香さんか……彼女は機械の如くブレない重心で弓を引き、放たれた矢は見事遠く離れた的のど真ん中を射抜いた。
「お母様、千代です。お呼びと聞き橘さんをお連れしました」
古江さんが声をかけると、静香さんはゆっくりとこちらへ振り返った……その鋭い、まるで全てを見透かすような冷たい瞳に体が震える。
「千代、お友達を連れてきたそうね……歓迎の意味を込めて貴方の弓を見せてあげなさい」
「……はい」
古江さんは変わらず暗い表情のまま、小さく頷くと弓道場の端に置かれた弓を取りに行き……そして射位へと立つ。
―――その瞬間、古江さんの雰囲気がガラリと一変した。小さく息を吸い込みゆっくりと弓を引いていく、一連の美しい所作と立ち姿を見たとき……俺の脳裏にとある人物が重なった。
『―――ソフィア・コールドアロー!』
そう、あの変態青色魔法少女ことマジカルソフィアである。
「……いや、気のせいに決まってる」
うん、マジでそうに違いないって……必死に言い聞かせている中、鋭い音が響き古江さんの放った矢は静香さんと同様に的のど真ん中を寸分の狂いもなく射貫いていた。凄い腕前だ、俺は賞賛の言葉を送りたくなったが……静香さんは。
「よくやりました、千代……ですが、少し手の内の締まりが甘いですね。集中力が散漫になっている証拠です」
「……っ」
静香さんは鋭い視線を古江さんへ向け、無表情のまま淡々と言葉を重ねる。
「2年生になってから、特にここ最近は毎日のように放課後の練習をサボり色々と歩き回っているようですが……お友達とのお付き合いも結構です。しかし、貴方にはそれよりも優先すべき弓道があるはず」
「お母様……それは」
「祖母から私と継がれてきた古江の弓道を背負う存在として、常に完璧であり続ける事。千代も分かっているでしょう?それに何よりも―――貴方も祖母が愛した弓道を愛しているはず」
「私は……私は……」
「祖母」というワードに強く反応するように古江さんは力強く拳を握りしめ、母親を睨むように見つめると。
「……私は、弓道なんて好きじゃない―――そんなもの継ぎたくありません!!」
「千代っ……!?」
溢れる涙と共に、激しい叫び声が弓道場に響き渡ると古江さんは持っていた弓をバサリと床に置きそのまま弓道場を飛び出して行ってしまった……古江さん……!
泣きながら走り去った彼女を放っておけるはずもなく、俺は急いでその後を追いかけた。
「千代……」
残された弓道場で唖然としつつも、どこか悲しそうで寂しげな表情を浮かべて立ち尽くす母親。古江静香の姿だけが1人残されていた。
「じっ、自分の弱さが憎い……」
運動神経の良い古江さんとは違い、体力ザコなよわよわの俺は追い付く事が出来ず彼女を見失ってしまった。恐らくスマホでかけても応じてはくれないだろう、でも……
「どこへ行ったかの見当はつく……!」
それは古江さんお気に入りの絶景スポットで、何より『―――家に居るのが嫌になったときは唯一例外でしょうか』と言っていた海沿いの臨海公園だ。俺は必死に体を奮い立たせて走り、そして20分ほどすると辿り着いた。あのときと同じく時刻は夕方、俺は海側のテラスへと真っすぐ足を進めると。
「―――見つけた」
「橘、さん……!?」
そこには沈む夕日に照らされながらも、俺の姿を見て驚きの声を上げる古江さんの姿があった。
もはや全身が悲鳴を上げているが―――本番はここからだ。
次回はソフィア編ラストとなります!