ニチアサ系世界に転生したTS魔法少女は悪の幹部をやりたくない 作:なはた
「―――ど、どうしてここにいるんですか!?」
「いっ、家に居るのが嫌になったときは唯一例外……って前に言ってたでしょう、だから……来るならここかと思っただけ……」
「……忘れてくださいと言ったのに……」
古江さんは気まずそうに俺から視線を逸らす……呼吸は荒く、体は今すぐこの場に倒れてしまいたいと訴えてきているが……目元を真っ赤に腫らし、涙の痕を残した古江さんを前にして自分がダウンするなど出来るわけがない。俺は呼吸を必死に整え、震える膝に鞭を打ち彼女の隣へと歩み寄った。
前回と同じく時刻は夕方、沈んでいく夕日に照らされながら静かな波の音だけが俺達の間に流れる。そしてしばらくして、この静寂を打ち破ってきたのは古江さんの方であった。
「……先ほどはお見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません」
「謝る必要なんてない」
「ですが、せっかく家にまで足を運んでもらったというのに……」
「貴方にも譲れない所があったって事、それぐらいは見てたから分かる」
「…………」
古江さんはギュッと唇を噛みしめ、小さくコクリと頷いた。彼女は俺を大切な友達と言ってくれたし、自分も古江さんに対しては色々振り回されこそしたものの、友達であり何より命の恩人という認識を抱いている。断言するが良い人なのだ、だからこそ……
「……千代、さっき母親に言っていた事は本当?弓道が好きじゃないって」
―――聞かねばならない、それが何も事情を知らぬ者が踏み込んではいけない家庭の問題だとしても……俺は古江さんに苦しんでいてほしくないから。彼女は僅かな沈黙の後、ゆっくりと口を開き。
「……分かりません」
そう力なく呟いた……海風が彼女のネイビーブルーの髪を揺らし、夕日の光がその横顔を寂しげに照らし出す。
「―――ただ、これでも幼い頃は私も弓道を愛していました」
古江さんはその目に今ここではない、どこか遠くを見据えて過去の記憶を丁寧に触れるように言葉を紡ぐ。
「古江を弓道の家としたのは私の祖母です、私に最初に弓道を教えてくれたのはおばあ様でした。おばあ様が弓を放つ姿は本当に美しく、思わず見惚れるほどで……小さいながらに強い憧れを抱いたもの。おばあ様に褒められたくて、あの人のような凛とした綺麗な大人になりたくて、夢中で弓を引いていたのです……最も、私の年齢上正式に使われる本弓ではなくゴム製のものでしたがね?それでもおばあ様は私の事を何度も凄いと優しく頭を撫でてくださいました」
古江さんは自分の頭にそっと手を置き、当時の感触を思い返すように一瞬だけ目を細めていた……しかし、すぐにその表情を暗くさせ。
「ですが……私が11歳のときにおばあ様は亡くなられました、それからというもの私にとって古江の家で弓道は大好きなものから家を継ぐための義務へと変わったのです。お母様も以前は優しくおおらかな方でしたが、亡くなって以降はおばあ様の存在を埋めるように私を古江の名に恥じぬ完璧な跡取りとして育てようと、まるで別人のように厳しくなられてしまい……」
「千代……」
「自分の母親がいなくなってしまったのです、お母様の感じた痛みと喪失感は想像出来ないほどのものでしょう。私もお母様の為になりたいと思い、精一杯打ち込んできたつもりですが……段々とその重圧に押しつぶされていき、やがてあれだけ愛していた弓道に対し嫌気が指す自分が生まれてしまいました。怖かったです……おばあ様との思い出が塗り潰されてしまいそうで、でもどうしていいか分からなくて。だからもういっその事―――全てを投げうって、忘れ去ってしまいたかった……」
まるで罪を告解するように、打ち明ける古江さん。
「2年生になり私にとって心を開ける良き友達が出来て、それにその子達と一緒にまほ…………とある活動を行っているのですが、それは私にとって誰かの助けになれる素晴らしき事だと誇りに感じていますね。もちろんエリザの存在もですけど」
今何か聞き逃しちゃいけない重要な情報があったような……いや気のせいか……けれど古江さんは自嘲するような笑みを浮かべて。
「でも……いくら忘れようとしても結局出来ません、ふとした瞬間に脳裏によぎり罪悪感が沸いて出てきてしまいます。ふふ、それも当たり前ですね。何故ならそこから目を背ける事自体が間違っているのですから、忘却の道を選ぶだなんて私は本当に―――酷い人間です。私のような者が彼女を振り向かせようだなんて何ておこがましかったのでしょう、我ながら笑えてきますね」
古江さんはそう言って辛そうに俯いてしまい……あれだけ顔を赤くしながら例の彼女に対し熱すぎる気持ちを語っていたのに、もはや見る影などないまるで自分の全てを信じられなくなってしまったように思えた。
……古江さん、それは違うよ。
「そんな事ない」
「橘、さん……?」
俺は静かに、されど強い意志を込めて古江さんの言葉を否定した。彼女は驚いたように瞬きをし、こちらへ顔を向けてくる。
……俺を助けてくれたとき、凛とした立ち振る舞いと何の嘘も偽りもなく真っすぐに『困っている人を助けるのは当たり前ですよ』と言い放った人が酷い人間?そんなわけあるか。それに古江さんは。
「逃げてなんかいない、千代が弓道を嫌になってしまったのは祖母との思い出……大切な宝物を汚したくなかったからでしょう。それのどこが逃げなの?」
「……違う、のですか……?」
苦しそうにする古江さんを落ち着かせるようにその手を優しく握り、彼女を見上げる形で真っすぐに見つめる。
「うん、貴方は自分の心を守ろうとしただけ。その行動は逃げなんかじゃなく何よりも真剣に向き合っている証拠ね」
「っ……」
古江さんの瞳に動揺の色が混じる、俺はそのまま言葉を重ねた。
「……さっき、弓道場で千代が放った矢。凄く綺麗だった、ただ的に当たったからじゃない。きっとあの矢には千代が葛藤しながらも積み重ねてきた努力と、祖母を好きだった優しい気持ちが全部乗ってたから美しいと感じたんだと思う」
「わ、私の弓道はそんな立派な想いで行ってるものでは」
「自分では分からなくても私にはそう見えた、千代はやる理由を母親の為と言っていたけれど誰かの為じゃない。憧れから始まった、祖母のような人になりたいという気持ちがまだ心の奥底で眩しく灯っている。私が言える立場じゃないのは分かってる、でも言わせて。貴方は―――自分の為に弓を引いていい」
「……ぁ」
その言葉をかけられた瞬間、彼女の中で何かが決壊するように両目から涙が溢れ出した。涙が頬を流れる様は長年冷たく淀んでいた氷が解け去っていくよう。
「……昔、おばあ様からこんな事を言われました」
『千代、楽しんでやるのが一番だからね。私はそんな千代の姿を見てるのが何よりの幸せなのさ』
古江さんは己を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐くと、今まで見た事もないほど柔らかく温かな微笑みを浮かべた。目元に残る涙の痕も夕日を受け、キラキラと輝きまるで彼女の心情を表しているように感じる。
「橘さん、本当にありがとうございます。貴方のおかげで私は原点に立ち返れました、いつの間にか分からなくなってしまっていましたが……もう大丈夫です」
「……良かった」
「私、もう一度お母様と向き合ってみます!」
「私も一緒に行く」
「……いいのですか?」
「ここまで付き合っておいて、今更引くなんてあり得ないでしょう?」
古江さんは喜びに満ち溢れた表情で、「―――ええ、それもそうですね!橘さんには私の心を動かした責任を取ってもらわなければなりません!」と笑っていて……やっぱり古江さんには元気よく笑顔でいてほしい。俺も表情にこそ出さないが内心彼女と同様に嬉しさを感じた。
「……それじゃあ、行こ」
「はい!」
こうして、俺達は古江家へと戻るのであった。
「……千代、戻ったのですね」
弓道場へ足を踏み入れると、そこには古江さんが飛び出していった時のまま道着姿で微動だにせず佇んでいる静香さんの姿があった。だがしかし、その表情から先ほどの冷徹な厳しさは失われどこか弱々しく、声色は微かに震えていた。
「お母様、先ほどは取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
古江さんはその場で綺麗に背筋を伸ばしたまま深く一礼をし、そして静かに歩み寄ると床に置かれていた己の本弓を優しく拾い上げた。弓に対して謝るように、指先で優しく撫でた後、彼女は瞳に力強い意志を込め真っすぐに静香さんを見つめて。
「私は古江の家と歴史を軽んじている気はないです、ですが……お母様の期待される跡取りとして完璧に振舞うつもりはもうありません」
「千代……貴方は古江の弓道を捨てるというのですか……?」
静香さんの声が微かに……いやはっきりと震えている、古江さんは彼女の抱く気持ちを理解した上でしっかりと弓を握り直し、言葉を紡ぐ。
「捨てません、何故なら私は……弓道を愛しているからです。おばあ様が私に教え、残してくれた大切な事。それを守りたい、だからこそ……自分のために弓を引きます。お母様の為でも、家の為でもなく私自身が私であるために」
「自分の、為に……?」
「はい、そして……放課後に友達と笑い合い大切な時間を過ごす事。誰かの力になる事、それら全てが私の大切な人生であり、私の弓道を形作るかけがえのない道標です。それを否定され、奪われるというのなら―――私は何度でもお母様に抗い続けますよ」
静香さんは驚いたように目を見開き、しばらく言葉を失うように沈黙を続けたが……やがてその張り詰めていた肩からすっと力が抜けるように姿勢を崩すと、己の胸のうちを吐き出すかの如くため息を零した。
「……私は恐ろしかったのです」
「…………」
「母が亡くなり、母が築いた名誉を私の代で途絶えさせてはいけないと……そればかりを考えていました。千代、本当にごめんなさい。私は貴方に重圧を押し付け、貴方の本当の気持ちを何一つ見ようとしていなかった。本当に……情けない母親です」
そして静香さんは目元を少し緩め、どこか憑き物が落ちたような優しく温かな笑みを浮かべた。
「千代、貴方が体験する全てによって形成された弓道はきっととても美しく立派なものになるでしょうね」
「お母様……っ!!」
母と娘がお互いの存在を確かめ合うように強く抱きしめ合う……その光景を見守っていた俺は、安心感から胸を撫で下ろした。ああ、良かったな―――
その後、静香さんから何度も「本当にありがとうございます」と丁寧な感謝を受けこそばゆい思いをしつつ俺は門の前まで古江さんに見送られていた。日も暮れてすっかり真っ暗だ。
「橘さん、今日は本当に……何から何までありがとうございました」
丁寧に頭を下げてくる古江さん。
「母親からも礼を言われたけれど私は殆ど何もしてない、頑張ったのは貴方―――お疲れ様、千代」
「……橘さんに褒められて、とても嬉しいです」
古江さんは俺の言葉を噛みしめるように優しく微笑んでいて……そんな彼女を見て改めて無事解決したのだと認識した、そして俺は。
「……戦いは終わり」
安堵の意味を込めて、そう告げたのだが……
「なッ!????」
まるで宇宙を生み出したビッグバンかの如く感情が大爆発したかのような……いや自分でもどんな表現だよと思うが、実際そう感じるレベルの大声と仰天っぷりなのだ。そして顔を真っ赤に染め上げると、ブツブツと小声で呟き始め……えっ何なんですか??
突然の事に困惑する俺だったが、時間にして約1分が経つと古江さんは一転悟りを開き全てを理解したような全知全能を思わせる落ち着きを見せ……えっマジで何なんですか???
こうして内心混乱状態のまま、古江さんと別れるのであった……それに加え別れ際に「次の自己研鑽修行はいつ行うの?」って聞いたら目を細めながら「……その件についてはもう大丈夫ですよ、解決しましたから。これからは普通に遊びましょうね、橘さん♡」と言ってきて……弓道の件が解決し心の整理が付いた事で彼女に対する向き合い方も見つかったという事なんだろうか?それが終わっても友達として関われるのは喜ばしいが、何故だろう。
―――めちゃくちゃ嫌な予感がする。
「フフフ」
古江千代は自室に戻り、静かな和室の中で一人胸に手を当てていた。激しく波打つ心臓の鼓動。
「ああ……そうだったのですね」
瞳を光らせ、恍惚とした笑みを浮かべる理由……どうして心に決めたエリザという存在がいるにも関わらず橘翔子を見ていると胸が高鳴るのか?そんな感情を抱くたびに不貞、業と捉え己を律してきたがその行いは全く持って無意味であった。何故かって?当たり前だろう。
『……戦いは終わり』
「どうして気づかなかったのでしょう、私はお馬鹿にも程があります。まさか橘さんが―――エリザだったなんて!」
戦闘の終了時、彼女が立ち去る合図でもある言葉。何度も耳にしては、触れられなかったと震えるほど悔しい思いに駆られたあの言葉。だからこそだろう―――同じフレーズを聞いた瞬間に認識阻害の魔法を打ち破れたのは。
「これも愛の力が成しうる事ですね!毎晩就寝前にエリザの名を100回は唱えた甲斐がありました!」(※古江千代はそう言っているが、普通はあり得ません。こっわ)
振り向かせようと必死に様々な修行を行っていたが、そんな必要など無かった。何故ならエリザは自分に対して確かな矢印があったのだから。
「あの出会いが偶然かどうかは分かりませんが……どちらにしろ私に対して感心を抱いている事実には変わりませんね、何せこれだけ寄り添ってくれて手まで握ってくれましたし。うすほそ美少女の通り、小さいですがとても柔らかなおてて。最高ですね♡」
今まででさえ身を焦がすほど愛していたのに、これが己を救ってくれたとあらば……もはや。
「どうして貴方のような良い人が悪の組織に所属しているのかは謎ですけれど、恐らく何かしら理由をお持ちなのでしょう。私はちゃんと分かっていますからね、理解のある彼くんならぬ理解のある彼女ちゃんってやつです♡最もあすかと奏には内緒にしなければ―――これも最終目標である古江エリザ成就の為。きっと許してくれるはず!うすほそ万歳ですー!!!」
誰も止める事の出来ない暴走機関車状態である、古江千代……改め魔法少女マジカルソフィア。魂の叫びであった。
これから一体どうなる事やら―――それは神のみぞ知る。
これにてソフィア編、改め今回で実質第1章の終了となります!そして次回からは第2章開始です!