八月下旬。ロンドンの裏路地に存在する魔法使い達の市場、ダイアゴン横丁は新学期を前に大混雑していた。
黒ローブ姿の親子連れ、大量の教科書を抱えた新入生と思われる少女。大声で客引きをする店員にふくろうの鳴き声。薬草と羊皮紙、魔法薬の匂い。
そんな喧噪の中──異様に静かな空間があった。鮮血のような深紅の長髪を風になびかせる美少女とその隣を歩く美しい金白色の獣。そして一歩後ろを歩く銀灰色の髪をもつ背の高い美少女を見た人々は、皆無意識に道を空けていた。
「なんだあの猫……」
「いや、猫なのか?」
「なにあの子綺麗…貴族かしら?」
人々は口々にこの目立つ2人と一匹の話をしている。
「ダイアゴン横丁に来るのも久しぶりだなリオラ」
「そうですねお嬢様。相変わらず人目を集めてしまいますが…」
「構わんよ。優れた者はただ歩いているだけで民衆の視線を奪ってしまうものだ」
傲慢な物言いではあるが決して自惚れではない。事実セラフィーナは容姿に恵まれている。しかも単なる美形ではなく、神が作った美術品の如く整った顔立ちをしているのだ。
「まあ、私だけではなくリオラもオーラも視線を集めている要因ではあるのだがな」
「私もですか?」
「当然だ。系統の違う美しい少女が2人と見たこともない美しい魔法生物。これで見るなというのは酷な話だ」
セラフィーナ達が歩けば道が開き、通り過ぎる横で民衆からひそひそとした声が漏れる。
「あの赤髪……まさかアウレリウス家か?」
「アウレリウス家ってあの決闘貴族の?」
「レジナルドの娘か。俺アイツと同世代だから覚えてるぞあの問題児を……」
様々な声が聞こえてくるがアウレリウス家の話になると途端に良い話が聞こえてこなくなる。決闘貴族、脳筋名家など散々な言われようにも関わらずセラフィーナはまるで気にした様子は無い。
「へぇ……随分と目立つ人がいると思ったら」
人混みを押し分けるようにセラフィーナ達の背後から現れたのは金髪で色白の少年。その後ろには痩身で少年と同じ金髪の男──ルシウス・マルフォイの姿もあった。
少年、ドラコ・マルフォイはセラフィーナへ視線を向けて値踏みするように目を細めた。
「その燃えるような赤髪……君、アウレリウス家の人間だろ?」
「あぁ、確かに私はアウレリウス家の人間だが」
セラフィーナはゆっくりと振り向く。その瞬間、周囲の空気が僅かに止まった。ドラコは一瞬言葉を失ったが、すぐに取り繕うように口角を上げる。
「やっぱりそうか。僕はドラコ・マルフォイ」
僅かに胸を張る
「父上から聞いたことがあるんだ。アウレリウス家は古い名家だってね」
その後ろで、ルシウス・マルフォイの瞳が静かに細められた。彼はセラフィーナを見た後、オーロラへ視線を移し──一瞬だけ表情が僅かに強張った。
「……」
「父上?」
だがすぐに貴族的な微笑へ戻る。
「初めましてお嬢さん。ところで、アウレリウス家はダイアゴン横丁に子供だけで行かせるのかな?」
声色は柔らかい。しかしその目は鋭くセラフィーナを観察している。
「初めましてルシウス殿。我が家では11歳にもなったら親の同行なんぞ要らんという考えなものでして」
「なるほど……レジナルドらしい教育方針だ。行くぞドラコ、どうやらこのお嬢さん達は先を急ぐようだ」
ルシウスは踵を返してスタスタと歩き出す。ドラコはチラチラと二度振り返りながらも慌てて父親の背を追って駆け出す。
「何だったんだ?」
「オーラを見て何か思うところがあったのでしょう。明らかに間がありました」
「まあマルフォイ家ほどの名家ならレガリア・アウルムを知っていても不思議ではないか」
特にそれ以上マルフォイ達には言及せず、セラフィーナ達は目的の店に向かって移動を再開する。
暫く歩くと杖店「オリバンダーの店」の古びた看板が見えてくる。
──『紀元前三八二年創業 オリバンダー 杖は良き魔法使いを選ぶ』
「此処だな」
「はいお嬢様」
リオラが扉を開ける。店の中からは、古い木材と魔法の気配。そして長い年月を感じさせる独特の空気が流れていた。
扉の奥では、何千何万という杖箱が天井まで積み上がっているのが見える。そして薄暗い店の奥から静かな声が聞こえる。
「アウレリウス家のご令嬢ですかな?」
「えぇ……レジナルドの娘、セラフィーナ・ヴァレリア・アウレリウスです」
「やはり……見た目といい魔力の質といい、本当にご両親によく似ておられる。お待ちしておりました」
ふとオリバンダーの視線がオーロラに移る。その瞬間、流石のオリバンダーも目を細めた。
「……なるほど。今日は実に珍しいお客様が多い日だ」
「私達以外にも珍しい客がいたのですか?」
「えぇ、つい先程まであの生き残った男の子、ハリー・ポッターに杖を売ったところです」
「ハリー・ポッターか……」
セラフィーナは少し呆れたような声色を出す。興味が全く無い訳ではないが、有名人だともてはやす気にもなれない。赤子が闇の帝王を倒せる訳はないのだから、生き残れたのは運が良かったか何か他の要因があったに決まっている。なのに闇の帝王を倒した英雄だと持ち上げられている様が、セラフィーナはあまり好きではなかったのだ。
「まあ知名度がある事は認めるがな」
「ほっほっ…アウレリウス家のご令嬢は名声には踊らされませんか」
「当然ですよオリバンダー殿。我が家の家訓は実力至上主義なのですから」
11歳の少女が何の躊躇もなく実力至上主義だと言い放つ。しかも親に教わって意味も分からぬまま言っているのとは違い、確固たる信念を持って口にしているのがその堂々たる態度から伝わってくる。
「本当に似ておられる……君の御父上も11歳の時、やはり同じ事を言っていました」
「そうですか……」
「おっと、杖を買いに来られたお客様に無駄話が過ぎましたな」
「構いません。あぁ、オリバンダー殿。まずは私の使用人、リオラの杖からお願いします。」
セラフィーナの言葉に、オリバンダーは細い眉を僅かに上げた。
「ほう……珍しいですな。貴族の方はまずご自分から選ばれる事が多い」
「私の後だとリオラの杖選びが消化試合のようになってしまいますからね」
そうなるだろうという予想ではなく、まるで確定した未来のように断言する。それが当然のことであるかのように。
「なるほど……ではお嬢さん。杖腕はどちらですかな?」
「右です」
長年の経験と技術の賜物か、オリバンダーは素早く採寸を終わらせて店内を歩き、一つの杖箱を持って戻ってくる。
「では、お嬢さん」
リオラへ箱を差し出す。
「栗の木。ドラゴンの心臓の琴線、十一インチ半。柔軟。繊細な制御と奉仕性の高い魔法に向く杖です」
リオラは静かに箱の中の杖を握る。
「さあ、振ってみてください」
「……はい」
リオラがゆっくりと杖を振る。
パチッ
杖先から銀灰色の火花が散り、積み上がっていた杖箱が一斉に揺れた。そして次の瞬間、ボンッと音を立てて近くのランプが弾け飛ぶ。
「む……違いますな。少々素直過ぎる」
オリバンダーは即座に杖を回収し、再び棚に向かう。
「ではこちら。柳、ユニコーンの尾毛。十インチ。しなやか」
リオラが杖を持つ。今度は空気が静かに沈んだ。柔らかな風が店内を流れ、散らばっていた紙片がふわりと浮いてオーロラの毛並みが揺れる。
だがオリバンダーは首を傾げた。
「惜しい……非常に惜しい」
オリバンダーの目が、リオラを観察するように細められる。
「あなたは『支える者』ですな。ですが単なる従属ではない」
また杖を回収して棚に消える。今度は高い梯子を登り、埃を被った箱をゆっくり取り出す。そして戻ってきたオリバンダーは静かな声で言った。
「銀樺。不死鳥の尾羽、十一インチ。極めて高い制御性」
ゆっくりと箱を開ける。
「滅多に人を選ばない杖です」
リオラが杖を握った瞬間、店内の空気がすっと静まった。騒がしかった魔力の流れが緩やかに整っていく。
オリバンダーの白銀の瞳が僅かに見開かれる。
「……お見事。忠誠、献身、冷静さ。そして内に秘めた芯の強さ……この杖は貴女を長く支えるでしょう」
「ほう……良い杖だなリオラ」
リオラは静かに杖を見つめた後、小さく頭を下げた。
「はい、お嬢様」
普段通り淡々としているが、その声には僅かな安堵が混じっている。リオラが静かに杖を振ると、空中に淡い銀色の軌跡が滑らかに走り近くに落ちていた紙片が自然に整列した。
オリバンダーはそれを見て満足気に頷く。
「実に美しい制御です。力そのものは突出していない……しかし無駄がない。こういう魔女は強い」
その言葉には長年杖職人をしてきた者としての確信があった。
オーロラも低く喉を鳴らし、リオラの足元へ近寄って尾を擦り寄せる。オリバンダーはその様子を見て興味深そうに目を細めた。
「なるほど……その子には分かるのですな」
そしてゆっくりと、今度はセラフィーナに視線を向ける。
「では、次は貴女ですな。ミス・アウレリウス」
思ったより長くなったのでここで一度切って別けます
お買い物回がまさかの前後編に……