ハロウィンの夜。
大広間は無数の蝙蝠と巨大なジャック・オー・ランタンで華やかに飾られ、長テーブルには豪華な料理が所狭しと並び、生徒達は祭りの空気に浮かれていた。
「すっげえ……」
ロンが感嘆の声を上げ、ハリーも思わず天井を見上げる。一方、スリザリンのテーブルではセラフィーナが上機嫌だった。
「やはりハロウィンは素晴らしいな。普段は食べられないものがテーブルに並ぶ」
彼女の前には既に空になった皿が山積みになっていた。オーロラも机の上で骨付き肉を豪快に齧っており、周囲の生徒達が若干引いた視線を送っている。
「お嬢様、こちらのローストビーフも絶品ですよ」
「ほう。後で食べるとしよう」
セラフィーナは骨付き肉を片手で持ちながら、満足気に笑う。
その時──
大広間の扉が勢い良く開かれた。ターバンを歪めたクィレルが、青白い顔で息を切らしながら駆け込んでくる。
「ト、トロールが……地下室に……お知らせ、しなくてはと……」
そのまま気を失うように倒れ込み、大広間に悲鳴が響き渡った。
ダンブルドアが杖を一振りし、強烈な音を響かせて広間を静めた。そして監督生たちに指示を飛ばし、生徒達を寮へ戻すよう命じる。
その瞬間、オーロラが低く唸った。
「グルルル……」
セラフィーナの紅い瞳が、鋭く細められる。
「……そうか、オーラ。分かった」
「お嬢様?」
リオラが怪訝そうに声をかける。セラフィーナはゆっくりと立ち上がり、唇の端を吊り上げた。それは11歳の少女とは思えぬほど、好戦的な笑みだった。
「臭いが二つあるらしい。しかも一体は……地下ではないようだ」
紅い瞳が獰猛に輝いた。
「面白い……」
同じ頃。
「ハーマイオニー!」
ハリーが叫んだ。
「まだトイレにいるんだ!」
「しまった……!」
ロンの顔色が変わり、二人は監督生の目を盗んで慌てて女子トイレに向かって走り出した。
一方、スリザリン生達が地下へ向かう列から、セラフィーナ達は静かに外れていた。
「お嬢様、本当に行くのですか?」
「当然だ」
セラフィーナは杖を軽く回しながら、楽しげに笑った。
「久しぶりの実戦だぞ?入学してから実戦が無くて退屈していたところだ」
人気の消えた石廊下を、オーロラが先導するように駆けていく。監督生達が誘導する声も、既に遠い。
そして数分後。
ズシン──
重く鈍い振動音が廊下を揺らした。
ズシン。ズシン。
まるで巨大な何かが石床を踏み鳴らしているような音。
次の瞬間、曲がり角の向こうから、巨大な影が姿を現した。腐臭、灰色の皮膚。四メートルはあろうかという巨体、そして右手に持つ巨大な棍棒。
「山トロール……」
リオラが素早く杖を取り出して構える。しかし、セラフィーナがそれを手で制する。
「私の獲物だ」
「……分かりました」
ため息を吐いて杖を懐にしまい、オーロラを抱き上げて一歩下がる。セラフィーナは満足そうに笑い、トロールと正面から対峙して杖を振り上げる。
「フェルムス・コルプス」
アウレリウス家に伝わる独自の魔法。全身の筋肉と骨格を一時的に強化する補助魔法である。
「クックックッ……征くぞ!」
セラフィーナの姿が消える。石床が陥没し、物体が高速移動したとき特有の突風が吹き抜ける。彼女は長い深紅の髪を激しくなびかせながら一瞬でトロールとの間合いを詰め、木の幹ほどに太い脚に強烈な蹴りを叩き込む。
バチィ!
まるで何かが弾けるような鋭い破裂音。その直後にトロールの耳障りな絶叫が響き渡る。
「グオオオオォォォォ!?」
絶叫。数百kgはある巨体が、片膝をつく。
「中々の強度だ!もっと楽しませろ!」
ドンッと再び石床を砕く勢いで跳躍し、その勢いのままアッパー気味にトロールの顎をカチ上げる。メギィッという嫌な粉砕音と共に、その巨体が揺らぐ。
「オオオオォォォ!」
トロールは何とか棍棒を杖のようにして体を支えて転倒を防ぐ。そして痛みと怒りに任せ、腰の入っていない手打ちの拳を振り抜く。
「ディフィンド!」
即座に杖を向けて呪文を放ち、トロールの拳を切り裂く。そして杖をリオラに向けて投げ渡し、再びトロールの懐に潜り込む。
「ハーッハッハッハッ!!」
セラフィーナの拳が、トロールの腹部に叩き込まれる。蹴りが膝を砕き、顔が下がったところへ顎に掌底。脇腹に回し蹴り、そして足の甲に踵落としを叩き込む。
巨体が揺れる。深紅の魔力が迸り、セラフィーナの攻撃はどんどん加速していく。
トロールが苦し紛れの反撃で棍棒を振るう。しかしセラフィーナは紙一重で回避し、床を蹴って跳躍して顔面に拳を叩き込む。鼻骨が潰れ、トロールの巨体が仰け反った。
だが次の瞬間。
「──ッ!」
振り抜かれた棍棒が、トロールの怪力によって無理矢理引き戻されて逆側に振り抜かれる。
轟音。
避け切れない。セラフィーナは咄嗟に両腕を交差させ、防御姿勢を取った。
ドゴォォン!!!
爆発のような衝撃音と共に、小柄な身体が廊下の壁まで吹き飛ぶ。石壁が砕け、周囲の甲冑が派手な音を立てて倒れ伏した。天井から砂塵が降り注ぎ、衝撃で燭台の炎が激しく揺れる。
「お嬢様!」
リオラが叫ぶ。トロールが勝ち誇ったように咆哮する。
だが──
「……クックックッ」
瓦礫の中から、愉快そうな笑い声が響いた。
崩れた石壁を押し退けるようにして、セラフィーナが立ち上がる。
「……ゴホッ」
口から血を吐き捨てる。
右腕の感覚が鈍く、肋骨にも嫌な痛みが走っていた。恐らく、何本かヒビが入ったのだろう。
だが──
その紅い瞳だけは、歓喜に爛々と輝いていた。
「素晴らしい……!」
袖で口元の血を乱暴に拭い、セラフィーナが笑う。
「これだ……これこそが実戦だ!」
深紅の魔力が爆発するように噴き出した。
ビキビキ、と周囲の石床に亀裂が走る。凄まじい圧力に空気が震え、トロールですら一歩後退した。
「さあ、第二ラウンドだ」
セラフィーナは笑みを消す。先程までの狂気的な昂ぶりが消え、濃密な殺気となって瞳に宿る。その深紅の瞳だけが、獲物を見据える獣のように鋭く細められる。
そして石床が爆ぜた。
轟ッ!!と突風が吹き荒れ、セラフィーナの姿が掻き消える。
「ガァッ!?」
トロールが反応した時には、既に懐へ潜り込まれていた。
「ハァッ!!」
全力疾走と跳躍の勢いを乗せた飛び膝蹴りが、トロールの腹部へ突き刺さる。
「ゴバァッ!!」
胃液と血反吐が口から噴き出した。巨体が宙に浮いて衝撃波が周囲に拡散し、背後の石壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
そのままトロールは数メートル後方まで吹き飛び、轟音と共に壁に激突する。
廊下全体が震えた。
「グ……ォ……」
それでもトロールは立ち上がろうとする。
だが、セラフィーナは既に目の前にいた。
「遅い」
深紅の魔力を纏った拳が、真横からトロールの横面に叩き込まれる。
メギャァッ!!
鈍く湿った破砕音。顔面が大きく陥没し、砕けた牙と血液が周囲へ飛び散る。巨体が横殴りに吹き飛び、石床を削りながら転がった。
セラフィーナは無言のまま歩み寄る。コツ、コツ、と靴音だけが静かな廊下に響く。トロールが恐怖するように後退った。
「ほう……流石はトロール。これでもまだ死なんか」
「ミス・アウレリウス!」
セラフィーナがトドメを刺そうと拳を構えた直後、背後から複数の足音とマクゴナガルの叫び声が響いた。
輝いてるねセラフィーナ!