ホグワーツの医務室は、いつものように白く清潔だった。ただし、今この部屋の空気は重く淀んでいた。
ベッドに腰掛けたセラフィーナは、血塗れのローブを脱がされ白い患者服に着替えさせられた後だった。マダム・ポンフリーが慌ただしく傷口を塞ぎ、骨を整え、消毒の魔法をかけていく。
「まったく、なんて子なの……!11歳の娘さんがトロールを素手で?信じられない!」
ポンフリーはぶつぶつと文句を言いながらも、手際は素早かった。セラフィーナの身体に刻まれた決して浅くはない裂傷、打撲痕がみるみる内に消えていく。
「完全に素手という訳ではないのですがね。身体強化魔法を使っていましたので」
「そういう問題じゃないの!」
ポンフリーの叫びをよそに、セラフィーナは先程の戦闘を思い返す。彼女に加虐趣味は無い。しかし、戦闘という行為そのものを心底楽しむ性質がある。本人に自覚は無いが、彼女の紅い瞳の危険な光は未だに消えていなかった。
「ミス・アウレリウス」
厳しく張りつめた声が、彼女の高揚を断ち切った。
入り口に立っていたのはマクゴナガル。後ろにはフリットウィックとスネイプ。そして少し離れた位置で肩を震わせるクィレルの姿まであった。
「説明してもらいましょうか。一体なぜ、貴女はたった一人でトロールと戦おうなどと思ったのですか?」
セラフィーナはゆっくりと顔を上げ、紅い瞳をマクゴナガルに向けた。
「クィレル教授が大広間でトロールの侵入を告げた後、オーラがもう一匹の臭いを嗅ぎ取ったので向かったのです」
「では何故、それをすぐに我々教師に報告しなかったのですか」
「トロール一匹であの騒ぎです。二匹も侵入したとなれば、更に大きな混乱は避けられません。報告している間に、他の生徒が襲われる可能性もありました」
マクゴナガルは眉間を押さえた。
「だからといって、貴女一人で立ち向かう理由にはなりません」
「ですが、事実として被害は最小限で済みました」
即答。感情の揺らぎすらない、淡々とした声だった。
スネイプが、冷たい嘲りを帯びた声で口を挟んだ。
「ほう……自分が死ぬ可能性など、微塵も考えなかったのかね?」
セラフィーナは不思議そうに首を傾げる。
「勿論考えていましたよ。戦闘において絶対などありませんから」
スネイプの眉が僅かに動く
「ならば何故、戦った?」
「相手は山トロール。知能は低く、動きも鈍重。加えて、戦闘場所は狭い廊下でした」
また即答。まるで授業で問題を解説するような口調だ。
「巨体故に動きは制限されますし、棍棒も十分に振り回せない。間合いを誤らなければ、私一人で対処可能だと判断しました」
マクゴナガルが目を閉じ、手で顔を覆う。
「それとも、自分が死ぬ可能性が万に一つもなく、安全な環境でのみ戦えと教授は仰るのですか?」
空気が凍る。スネイプは明らかに不機嫌そうに眉間に深いしわを刻み、マクゴナガルはゆっくりと目を開く。
「……ミス・アウレリウス」
その声には、先程までの怒気とは別の重さがあった。
「貴女は、自分が11歳だということを忘れているのです」
セラフィーナが僅かに眉を動かす。
「年齢が、何か問題に?」
「大問題です!」
マクゴナガルの声が鋭くなる。
「確かに、貴女の理屈は間違ってはいません。しかしそれは戦場の理屈です!貴女はまだ子供なのですよ!?命を懸けて当然のように戦うなど、そんなものは正常ではありません!」
数秒の沈黙。そしてセラフィーナは、本当に理解ができないという表情で首を傾げた。
「ですが、アウレリウス家では幼少期から実戦訓練を行いますが……」
さらりと返された言葉に、フリットウィックが目を丸くする。
「実戦……訓練?」
「えぇ。使用人との軽い模擬戦から始まり、魔法決闘、体術による組手、危険生物の討伐まで様々な訓練を行います」
それは、あまりにも自然な口調だった。
「死ぬ可能性がある状況など、珍しくもありません」
静寂が落ちた。フリットウィックは困惑したように瞬きを繰り返し、クィレルは青褪めたまま何も言えない。
「……レジナルドですら、ここまで苛烈ではなかった」
低い呟き。それに同調するようにマクゴナガルも口を開く。
「そうです!レジナルド、貴女のお父様も確かに武闘派で問題児でしたが、それでもそんな訓練をしていたなどと言っていませんでしたよ!」
「あぁ、それは単純です。アウレリウス家本来の訓練では物足りなかったので、私が訓練内容の先取りを願い出たのです」
マクゴナガルは、本日何度目かになる驚愕で目を見開いた。
「……先取り、と言いましたか?」
「はい。本来、アウレリウス家の訓練において危険生物との実戦訓練は15歳から行うものですが、私の我が儘で反対する父を押し切り、8歳から危険生物との実戦訓練を始めました」
マクゴナガルは深く、深く息を吐いた。
頭痛が悪化していく。目の前の少女は間違いなく優秀だ、それは間違いない。歴代でも類を見ない才能を持っている。
だが同時に、危険極まりない。
「……よく分かりました。ミス・アウレリウス、単独でトロールを討伐した功績を称えて点を与えたいところですが、避難の指示に従わず独断で動いた規則違反の罰則も与えなくてはいけません」
セラフィーナは静かに頷きながら話を聞いている。
「よって、今回は功績と罰を相殺とします。十分な休息を取った後、寮に戻りなさい」
それだけ言うと、マクゴナガルをはじめとする教授陣は医務室を去っていった。
「ふむ……」
セラフィーナは静かに息を吐き、首を傾げた。結局、彼女は自分が何故 責されたのかを最後まで理解できていなかった。
この夜を境に、ホグワーツの教師達は理解した。
セラフィーナ・ヴァレリア・アウレリウスという少女は、並みの問題児などではない。
この少女は──危険だと。
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