ハリー・ポッターと深紅の覇者   作:筋肉神

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お買い物回その2です


第3話 歴史の始まり

 オリバンダーの白銀の瞳が、静かにセラフィーナを見据えている。

 薄暗い店内。積み上げられた無数の杖箱。古木と魔力の匂いが満ちる空間の中、セラフィーナは静かにオリバンダーへと歩み寄った。その足元では、オーロラがゆっくりと尾を揺らしている。

 

「では、ミス・アウレリウス。杖腕を」

 

「オリバンダー殿、私は両利きなのですが」

 

「それは珍しい……では右で」

 

 そう言ってオリバンダーは再び慣れた手付きで採寸をスムーズに終わらせる。そして棚へ向かい、一つの箱を持って戻ってくる。

 

「まずはこれを」

 

 箱を開く。中には深紅に近い黒色の杖。

 

「黒檀。ドラゴンの心臓の琴線、十三インチ。硬い」

 

 オリバンダーの目が細まる。

 

「決闘向き。極めて攻撃的な杖です」

 

「ふむ……」

 

 セラフィーナが杖を握った瞬間──

 

 轟ッ!!

 

 店内に熱風のような魔力が走った。積み上がっていた杖箱が激しく揺れ、ランプの火が一斉に赤く変色する。

 しかし次の瞬間。

 

「駄目だなこれは」

 

 ビシッ!

 

 セラフィーナの手の中で、杖表面に細かな亀裂が走った。まるで耐えきれなかったかのように。

 オリバンダーの目が鋭く見開かれる。

 

「……!」

 

「確かに良い杖でしたオリバンダー殿。しかし、この杖は私を恐れた」

 

 数秒の沈黙の後、オリバンダーは納得したように静かに頷いた。

 

「えぇ、この杖は強力です。非常に攻撃性が高い」

 

 そっと杖を回収する。

 

「ですが、貴女の魔力を前にして『従う』事を選んだ。杖が貴女に屈服したのです……その結果、貴女の魔力に耐え切れなかった」

 

 細い指で杖の亀裂を撫で、深く息を吐く。その表情には、職人としての興奮が浮かんでいる。

 

「貴女の魔力は非常に特殊だ。まるで嵐や雷、火山などの自然災害を無理やり人の形に押し込めたように膨大で荒々しい深紅の魔力。11歳でこれとは何とも末恐ろしい」

 

 オリバンダーはセラフィーナを見つめる。

 

「貴女は杖に力を通しているのではない。杖そのものへ『格』を問うている」

 

「当然です。杖と魔法使いは相棒でなければならない。どちらが上も下も無い対等な格でなければ私の杖に相応しくはありませんよ」

 

 まるで熟練の魔法使いや魔女の言葉。普通まだホグワーツに入学すらしていない11歳の少女がこんな事を言えば笑われるだろう。背伸びをして大きな事を言いたい年頃だと言われることだろう。

 しかしセラフィーナは違う。その言葉を言うに足るだけの圧倒的な才能と、強力で膨大な魔力を持っている。そしてその大きな才能によって慢心することなく、幼い頃から両親によって叩き込まれた確かな技術と努力の積み重ねが彼女の言葉を『子供の妄言』から『説得力のある強者の言葉』に変えている。

 

「……これは難しい」

 

 オリバンダーは再び奥の棚へ向かう。今度は更に奥、鍵付きの棚だった。

 

「本来なら滅多に開けない棚です」

 

 懐から古い鍵を取り出し、静かに棚を開ける。そこは数本しか杖箱がない。オリバンダーはその中の一本を見つめ、長い沈黙の後ゆっくり取り出してセラフィーナの前まで持ってくる。

 

「古代赤杉。不死鳥の尾羽、十三インチ半。しなやか」

 

 箱を開けて赤金色の木目を持つ美しい杖を取り出す。

 

「芯に使われている不死鳥は、非常に傲慢でした」

 

「傲慢な不死鳥ですか」

 

 少し口角を上げながら杖を握る。その瞬間、店内が黄金の光に包まれた。

 天井近くまで積まれていた箱が一斉に浮き上がり、まるで嵐の中にいるかのように空気が唸る。

 

 だが──

 

 今度の杖は壊れなかった。荒れ狂う膨大な魔力を恐ろしいほど滑らかに流している。

 

「良い杖です。しかし私を恐れてはいないが従順に過ぎる。私を前に傲慢さが無くなってしまった」

 

 セラフィーナの言葉を聞いた瞬間、オリバンダーは深く目を閉じた。

 

「……なるほど」

 

 慎重に杖を回収する。

 

「この杖は誇り高い、極めて扱いの難しい杖でした。ですが今、この杖は貴女に仕える事を選んでしまった。相棒ではなく従者として」

 

 オリバンダーの声音には、職人としての驚愕が滲んでいた。

 

「不死鳥の芯がここまで容易く屈するとは……」

 

 リオラは静かにセラフィーナを見ている。まるで当然だとでも言わんばかりに。そしてオーロラもまた、つまらなそうに尾を揺らした。

 

 その時。

 

 ──ゴトン。

 

 店の奥から何か重い物が落ちる音がする。その音を聞いたオリバンダーの動きがピタリと止まる。

 オリバンダーの視線が店の更に奥、ほとんど物置のような暗闇へ向いた。

 

「まさか……」

 

 掠れた声。オリバンダーは珍しく迷うような表情を浮かべる。

 

「いや、しかし……」

 

 その時、奥の暗闇からフワフワと一本の杖箱が宙に浮きながらやってきた。

 

「……自ら来た」

 

「ほう?」

 

 店内が静まり返る。宙に浮かぶ箱は、まるで呼吸するかのように微かに脈動していた。

 オリバンダーは数秒間それを見つめ──ゆっくりと両手で受け取った。その動作には、今までにはない慎重さが滲んでいる。

 

「……記憶違いでなければ、これを最後に出したのは数十年前に一度だけ。しかも出しただけで人の手に渡った事はまだ一度もありません」

 

 ゆっくりと箱を机の上に置く。古い、だが先程までの杖とは違う。

 『危険』というより『生きている』ような存在感があった。

 

「その子、レガリア・アウルムを見た時から何か胸騒ぎがしていました」

 

 そう言いながらオリバンダーは静かに蓋を開く。そこに収められていたのは、深紅と黒、それと金が混じり合った杖。木目は炎のように揺らめき、中心には黄金の筋が走っている。

 店内の空気が、僅かに熱を帯びた。

 

「黒紅樹。極めて古い木です……現在ではほぼ入手不可能」

 

 オリバンダーが低く告げる

 

「芯は──」

 

 そこで一瞬言葉を切る。

 

「古代種レガリア・アウルムの心臓の琴線。十三インチ七分、極めて硬い」

 

「レガリア・アウルムの古代種?」

 

「そうです」

 

「オリバンダー殿、レガリア・アウルムとはそもそもが大昔から存在する魔法生物であり、このオーラも通常種とは違い原種と呼ばれる古い血統です。原種と古代種は違うのですか?」

 

「全く違います」

 

 即答。その言葉に老人の弱弱しさはなく、力強い返答であった。

 

「古代種……始祖種と言い換えてもいいかもしれません。遥か昔、それこそこの店が開業した紀元前382年よりも昔から存在していました」

 

「『存在していた』ということは……」

 

「はい。古代種は既に絶滅しています……そしてこの店の記録では、レガリア・アウルムの古代種を素材とした杖はこの世にこれただ一つ」

 

 初めてオーロラが明確に反応する。深紅の瞳が細まり、杖をじっと見つめる。

 

「お前も気になるかオーラ」

 

 オーロラは低く喉を鳴らし、杖から視線を外そうとしない。

 

「面白い。私はこういう杖を望んでいた」

 

 セラフィーナの指が杖に触れた瞬間──

 

 轟音。

 

 だがそれは破壊ではなかった。店内全ての杖が一斉に震えた。積み上がった箱が鳴動し、天井のランプが深紅に染まる。

 まるで何千本もの杖が『何か』へ跪くのを拒むように唸っている。

 

 そして中心。

 

 セラフィーナの手の中の杖だけが、真正面から魔力へ応えた。

 

 深紅、漆黒、黄金。

 

 三色の光が螺旋を描き、店内を暴風のような魔力が吹き抜ける。しかし杖は折れない、屈しない、逃げない。寧ろ笑っているようですらあった。

 オリバンダーの白銀の瞳が大きく見開かれる。

 

「……素晴らしい。競い合っている」

 

 声が震える。

 

「支配でも従属でもない……」

 

 積み上がった杖箱の震えが徐々に止まり、荒れ狂っていた魔力がゆっくりと穏やかに収束していく。そして最後に、杖先から深紅の火花が小さく散った。

 そして完全な静寂。オリバンダーは数秒沈黙し、やがて深く息を吐いた。

 

「……決まりですな」

 

 その表情には、職人としての歓喜が浮かんでいた。

 

「ミス・アウレリウス。その杖は、貴女を主人とは認めないでしょう。ですが、貴女と共に頂点を目指す」

 

「それで良い。そうでなくては私の相棒は務まりませんよ」

 

 オリバンダーはしばらく何も言わなかった。ただ静かに、セラフィーナと杖を見つめている。だがやがて深く、ゆっくりと頷いた。

 

「……えぇ。まさしくその通りです」

 

 店内に積まれた無数の杖箱を見まわし、細い指で机を軽く撫でる。

 

「多くの魔法使いは、杖を道具として扱う。多くは杖に頼り、あるいは支配しようとする」

 

 そして再びセラフィーナを見る。

 

「ですが稀にいるのです。『共に歩く』者が」

 

 オリバンダーの口元に、微かな笑みが浮かんだ。

 

「そういう魔法使いは大成する。でしがここまでの共鳴は初めてです」

 

 その言葉を聞き、セラフィーナは口角を上げて笑う。

 

「オリバンダー殿。私は必ず歴史に名を遺す魔女になる。これがその始まりだ」

 

 オリバンダーは、静かにセラフィーナを見つめた。11歳の少女。だがその声音には、子供特有の誇張も虚勢も無い。ただ当然の未来を語っているだけだった。

 

「えぇ、そうなるでしょうね」

 

 ゆっくりと頷く。

 

「私は長く杖を取り扱ってきました。偉大な魔法使いも、愚かな魔法使いも、闇へ堕ちた者も見てきた」

 

 そして再びセラフィーナを見る。

 

「ですが貴女のような子は本当に珍しい。野心があり、才能があり、努力を疑わない」

 

「えぇ、それが私です」

 

 オリバンダーは優しく微笑み、最後に穏やかな声で言う。

 

「では、ミス・アウレリウス。貴女とその杖に、良き運命がありますように」

 

 店の外に出ると、ダイアゴン横丁の喧噪が戻ってきた。

 

 ホグワーツ入学まであと僅か。




うん、やっぱり前後編に別けて良かった。
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