次の瞬間、黒い蔦がゆっくりとハリーの足首へ絡み付いた。
「うわっ!?」
ハリーが慌てて足を引く。しかし蔦は離れず、まるで獲物を逃がすまいとする蛇のように更に強く巻き付く。
「ハリー!」
ハーマイオニーが駆け寄ろうとした瞬間、彼女の足にも蔦が絡み付いた。それを皮切りに、周囲の植物が一斉に蠢き始めた。セラフィーナとリオラも例外なく黒い蔦に絡み付かれ、身動きが取れなくなっていく。
「お嬢様、これは……」
「ふむ。何かの本で読んだ覚えがあるが……」
「呑気に言ってる場合かよ!?」
ロンが絶叫する。彼は既に半分ほどパニックになっており、蔦を振り解こうと暴れる度により多くの蔦が絡み付いていく。
そんな中、オーロラだけは迫りくる蔦を全て回避していた。
「見ろ、流石だなオーラは」
「言っている場合ですか、お嬢様」
リオラが呆れたように言う。その間にも蔦は容赦なく締め付けを強めていた。
「待てよ……思い出したぞ」
「本当ですか!?」
「確か──」
そこまで言いかけた時だった。
「悪魔の罠よ!」
ハーマイオニーが叫ぶ。
「そうだ、それだ。確か暗闇と湿気を好み、生物に巻き付いて絞め殺す植物だ」
「そうよ!動けば動くほど締め付けが強くなるの!魔法植物学の本で読んだことがあるわ!」
「ならどうすればいいんだ!?」
既に胸元近くまで蔦に覆われているロンが叫ぶ。
「落ち着くのよ!悪魔の罠は抵抗する獲物を強く締め付けるの!」
「落ち着ける状況じゃないだろ!?」
ロンが叫んで暴れた瞬間、更に多くの蔦が身体へ巻き付く。
「だから暴れるなと言っているだろう」
セラフィーナが呆れたように溜息を吐く。
「悪魔の罠の弱点は、光と熱だ」
「そうよ!光と熱!」
セラフィーナとハーマイオニーが同時に杖を取り出す。
「「ルーモス・ソレム」」
二人の声が重なる。二つの眩い閃光が地下空間を埋め尽くした。まるで小さな太陽が二つ現れたかのような光に、黒い蔦が一斉に震える。
そして次の瞬間。悲鳴のような音を立てながら急速に後退し、身体を拘束していた蔦も全て離れる。床一面を覆っていた悪魔の罠は、光から逃げるように岩の隙間へと引っ込んでいった。
「え?」
ハリーが声を漏らす。
次の瞬間、一行の身体を支えていたものが消えた。
「うわあああっ!?」
数メートル下の地面へ全員が落下する。
ドサドサドサッ!
「いてぇっ!」
真っ先に悲鳴を上げたのはロンだった。
「情けない。この程度で転んでどうする」
オーロラは言うに及ばず、セラフィーナとリオラも落下中に身体を捻って綺麗に着地をしていた。
「鍛錬不足だな」
「うるさいな!」
ロンが顔を真っ赤にして立ち上がる。
「それだけ叫べるなら問題ないな。行くぞ」
セラフィーナを先頭に石造りの通路を進む。十数メートルほど進んだ先で、再び大きな扉が現れた。
「今度は何だ?」
セラフィーナが扉を押し開く。その先に広がっていた光景を見て、一同は思わず足を止めた。
「なんだ……ここ」
高い天井を持つ広大な部屋。部屋中を埋め尽くす羽音と、無数の鍵。そこは羽の生えた鍵が空中を飛び回っている異様な空間だった。
「見て!」
ハーマイオニーが奥を指差して叫ぶ。そこには大きな扉があり、鍵穴が付いているのが遠目にも見える。
「この中から、正しい鍵を探すんだ……」
ハリーの言葉に、リオラが静かに頷く。
「そのようですね」
リオラの言葉に、一同は天井を見上げる。鍵の数は尋常ではなく、数百どころでは済まないだろう。
「こんな中から探せってのかよ……」
ロンがげんなりした声を漏らす。
その時だった。
「待て」
セラフィーナが目を細める。
「どうしたの?」
ハーマイオニーが尋ねる。セラフィーナは無数に飛び回る鍵の一つを指差した。
「あれだ」
「え?」
「右側の羽が少し曲がっている。それに鍵本体にも傷がある」
全員がセラフィーナの指差す鍵を見つめる。確かに、その鍵だけは他の鍵と比べて少し傷んでいた。
「本当だ……」
「貴女、どれだけ目が良いのよ……」
ハーマイオニーが呆れたような声を出す。
「我がアウレリウス家では五感も鍛えるからな」
「……五感って鍛えられるものなの?」
「今気にすることではないだろう」
ハーマイオニー達はハッと我に返る。
「そ、そうだったわ!」
ハーマイオニーが慌てて首を振る。
「でも、どうやって捕まえるの?」
傷付いた鍵は他の鍵に混じりながら凄まじい速度で飛び回っている。とても手で届く位置ではない。
その時だった。
「見て!」
ハリーが部屋の隅を指差す。
一同が振り返る。壁際には年代物の箒が何本も立て掛けられていた。
「なるほど」
セラフィーナが口元を吊り上げる。
「飛んで捕まえろということか」
「そうみたいだね」
ハリーは既に箒へ歩み寄っていた。
「僕が行く」
「大丈夫なの?」
ハーマイオニーが不安そうに尋ねる。
「飛行術ならハリーが一番上手い」
ロンが即答する。
「一年生のシーカーだからな」
セラフィーナも頷く。
「ここは貴様の領分だ、ポッター」
ハリーは一本の箒を手に取った。
「よし」
小さく息を吐き、ハリーは箒に跨った。次の瞬間、箒は勢いよく宙へ舞い上がる。
「速い……」
リオラが思わず呟く。
ハリーは鍵の群れへ飛び込み、傷付いた銀色の鍵を追い始めた。
しかし鍵も必死だった。鋭く方向を変え、他の鍵の群れへ紛れ込み、ハリーの手を逃れ続ける。
「右だ、ポッター!」
セラフィーナが叫ぶ。ハリーは即座に箒を傾けた。
銀色の鍵が急上昇し、ハリーもそれを追う。天井近くまで一気に高度を上げたかと思えば、今度は急降下。その姿はまるで小さな鳥を追う猛禽のようだった。
「あと少し!」
ハーマイオニーが拳を握る。
鍵は再び方向を変えるが、今度は遅かった。ハリーは先回りするように飛び込み、空中で身体を伸ばす。
「捕まえた!」
銀色の鍵がハリーの手の中で激しく暴れた。羽をばたつかせ、逃れようともがく。それでもハリーは離さない。
歓声が上がった。
「やった!」
「流石だな」
セラフィーナが満足そうに頷く。ハリーは地面へ降り立つと、すぐに奥の扉へ駆け寄った。
「早く!」
ハーマイオニーが叫び、ハリーは鍵穴へ銀色の鍵を差し込む。
カチリ。
小気味良い音が響いた。次の瞬間、鍵は役目を終えたかのように静かに動かなくなる。そして重厚な音を立てながら、大きな扉がゆっくりと開いていった。
その先に広がっていた光景を見て、一同は思わず息を呑む。
「これは……」
セラフィーナが目を細める。
そこにあったのは、巨大な白と黒の駒が並ぶチェス盤だった。
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