先に動いたのはクィレルだった。
「インセンディオ!」
紅蓮の炎が蛇のように地を這う。
「プロテゴ!」
セラフィーナの前に透明な盾が展開され、炎が激しく弾けた。
「なっ!?」
「ほう」
クィレルが驚愕し、ヴォルデモートは小さく笑う。
「一年生でプロテゴを使うか」
「当然だ。戦いに身を置く者として使えて当たり前の魔法だろう」
セラフィーナの口角が吊り上がる。
「ホグワーツ最弱の教授の魔法を防ぐ程度、容易いということだ」
「この……減らず口を!ステューピファイ!」
激昂したクィレルが杖を振り下ろす。
しかし──
「遅い!」
呪文が放たれた瞬間、既にセラフィーナの姿はそこにはなかった。先程まで彼女がいた場所を、赤い閃光が通過する。
「馬鹿な!?」
「隙だらけだ。ディフィンド!」
「ぐあっ!?」
クィレルの左腕から鮮血が噴き出す。
「ふむ、心臓を狙ったのだがな」
セラフィーナは少し悔し気に舌打ちをする。
「やはり回避直後の魔法行使では、精度が酷く落ちるな」
「貴様……」
クィレルは左腕を押さえながらセラフィーナを睨み付ける。その目には怒り、焦り、屈辱が混ざっていた。
「なんだ今の動きは……」
「ふん、魔法族は魔法で戦うものという固定観念に囚われている者には理解できんだろうな」
「……なんだと?」
「我がアウレリウス家は違う。例え杖を失おうと、魔力が尽きようとも戦闘を続行できるよう訓練している」
そう言うと、セラフィーナは脱兎の如く駆け出す。そして瞬く間にクィレルとの間合いを詰め、懐に潜り込む。
「なっ!?」
クィレルは完全に虚を突かれた。まさか魔法使い同士の戦闘でこうも積極的に距離を詰められるとは思っていなかったのだ。
「ステューピ──」
「ハアッ!」
呪文が完成するよりも早く、セラフィーナの左拳が下から抉るようにクィレルの鳩尾へ突き刺さった。
「うぐっ!?」
クィレルの身体がくの字に折れ曲がる。肺の空気が一気に吐き出され、呼吸ができない。内臓が圧迫されたことによる吐き気と激痛が彼を襲う。
「まだだ!」
身体が折れ曲がったことにより下がった頭。その隙を逃さず、セラフィーナは飛び膝蹴りでクィレルの顎をかち上げる。
「ガッ!?」
クィレルの頭が跳ね上がる。蹴りの衝撃で折れた歯と血液が口から飛び出す。
「ゴホッ……ゲホッ……!」
クィレルは数メートル吹き飛ばされ、石床を転がった。
「ディフィンド!」
「ぷ、プロテゴ!」
痛みで蹲るクィレルに容赦なく追撃を放つが、間一髪で防御呪文が間に合う。
「す、凄い……」
ハリーは驚愕に目を見開いている。自分と同じ十一歳のはずの少女が、ホグワーツの教授を圧倒しているのだ。
「お嬢様の戦術です」
「……戦術?」
「はい。確かにお嬢様は天才ですし、幼少の頃から過酷な訓練もしています」
クィレルは咳き込みながら後退し、セラフィーナとの間合いを開けた。二人は再び杖を構えて向かい合う。
「ですが、流石に十一歳でホグワーツの教授と真っ向から戦って圧倒できるような化け物ではありません」
ハリーは戦っている二人に視線を戻す。
「……どう見てもアウレリウスが圧倒してるように見えるんだけど?」
「そう見せているだけです」
「え?」
「お嬢様は事あるごとにクィレルの神経を逆なでし、激昂させ精神を揺さぶっています」
「あっ……」
「加えて、クィレルは恐怖の象徴たるヴォルデモートに仕え、更に己の身体さえ主に差し出しています。一年生に煽られ、主に対する恐怖に怯えながらの戦闘で、本来の実力など発揮できるものでしょうか」
ハリーが息を吞む。
「じゃあ、クィレル先生って本当はもっと強いの?」
「当然です」
リオラは静かに答えた。
「腐ってもホグワーツの教授。しかも闇の魔術に対する防衛術を担当していた人が、天才とは言え一年生に実力で圧倒されるなんてことはあり得ません」
「そ、それじゃあ……」
「だからこそ、お嬢様は戦わせないのです」
ハリーが目を瞬かせる。
「戦わせない?」
「はい。考える時間を与えず、怒らせ、焦らせ、冷静さを奪う。格式や伝統に染まり切った決闘にばかり拘っている魔法族には、まず真似できない戦法です」
その時だった。
「このっ……小娘が!!」
クィレルが咆哮する。
「インカルセラス!」
無数の縄が蛇のようにセラフィーナへ襲い掛かった。
「プロテゴ!」
防御呪文で数本を弾く。だが全ては防げない。
「くっ……!」
縄が右足に絡み付き、セラフィーナの動きを止める。
「今だ!」
クィレルの目に歓喜が宿る。
「ステューピファイ!」
赤い閃光が一直線に迫る。
「アウレリウス!」
ハリーが叫ぶ。
しかし──
「甘い」
セラフィーナは自ら地面へ倒れるように身体を投げ出した。紅い閃光が頭上を通り過ぎた。そして、驚異的な体幹と柔軟性で倒れ切らず体勢を維持し、そのまま杖を振るう。
「ディフィンド!」
「ぐああっ!?」
クィレルの右肩が裂け、鮮血が飛び散った。
「まただと!?」
クィレルの顔が怒りに歪む。
「何故だ!?何故当たらん!」
「だから言っただろう」
セラフィーナは右足に絡み付いた縄を掴む。
「貴様は魔法使いらしく戦い過ぎる」
ミシリ、と音を立てながら縄が引き千切られる。
「な……」
クィレルの顔から血の気が引く。
「杖を持てば立って戦う。距離を取って呪文を撃ち合う。転ばない。殴らない。蹴らない」
深紅の瞳が細まる。
「そんな常識に縛られている限り、貴様は私を捉えられん」
「この……化物が!」
その時だった。
「ククク……」
後頭部のヴォルデモートが笑う。
「面白い」
赤い瞳が細くなる。
「クィレル。まだ分からぬか」
「我が君?」
「その小娘、最初から貴様を戦わせていない」
クィレルが目を見開く。
「怒らせ、焦らせ、考える時間を奪い、自分の土俵に引きずり込む……」
ヴォルデモートは不気味に口角を吊り上げた。
「クク……実にアウレリウスらしい」
ヴォルデモートが嗤う。
その瞬間、クィレルの目から迷いが消えた。主の期待に応えんとする狂信者の目だ。
そして。
深紅の瞳を持つ少女は、口元を吊り上げる。
「ようやくその気になったか」
次の瞬間。
二人の殺気が、再び激突した。
アウレリウス家って『正々堂々戦う』っていう騎士道精神が無い訳じゃないんですが、決闘と殺し合いで明確に分けて考えている感じですね。殺し合いなら何してもOK的な思考です。