クィレルが深く息を吐く。左腕と右肩から血を流しながらも、その目から先程までの激情は消えていた。
静かだ。
不気味なほどに。
「認めよう、アウレリウス。私は君を侮っていた」
「ほう?」
「だが、もう同じ失敗は繰り返さない」
クィレルの杖の先から、先程とは比べ物にならない速度の赤い閃光が走る。
「っ!?」
セラフィーナは辛うじて身を躱す。だが今までのような余裕を持った回避ではなく、紙一重なギリギリの回避だ。
「これも避けるか」
「……無言呪文か」
「そうだ。如何に貴様が優れているとは言え、無言呪文は使えまい」
連続で赤い閃光が走る。セラフィーナは防御呪文と身体能力による回避の併用で何とか直撃を避けているが、そちらで手一杯で反撃に出られていない。
「どうしたアウレリウス?攻撃しなければ勝てないぞ」
「ふん、未だ私にダメージを与えられていない者がほざくな」
明確な挑発。しかし冷静さを取り戻したクィレルは、激昂することなく冷たい目でセラフィーナを見据える。
「もうその手には乗らんぞ。私は愚か者でも弱者でもない」
再び無言呪文が放たれる。今度は赤い閃光の失神呪文ではなく、見えない斬撃の呪文だ。
「ディフィンド!」
クィレルの殺気に反応したセラフィーナが、即座に呪文を放って迎撃する。二つの斬撃呪文が空中で激突し、激しく火花を散らす。
そして、セラフィーナの頬に赤い線が走った。浅いが、傷は傷。彼女はこの戦いが始まってから初めて負傷した。
「アウレリウス!」
ハリーが思わず叫ぶ。
だが──
「騒ぐなポッター」
セラフィーナは頬を伝う血を指で拭い、口角を吊り上げて笑う。
「そうだ。それでこそだ、クィレル」
「なに?」
クィレルは怪訝そうな眉をひそめる。
「先程までの貴様は実に酷かった。無能、弱者、愚者の三拍子が揃った救いようのない男だった」
杖を構え直す。
「だが、今の貴様なら楽しめそうだ」
「狂っているのか……」
セラフィーナの笑みに、クィレルの顔が僅かに歪む。
「今傷を負ったのは貴様の方だぞ」
「だからどうした?傷を負わぬ戦闘など、もはや戦闘とは呼べぬだろう」
深紅の瞳が愉快そうに細められる。
「己と互角かそれ以上の実力者と戦ってこそだ。格下を無傷で叩き潰すなど、戦闘ではなくただの作業だ。何の面白味も無い」
「……理解できんな」
クィレルが低く呟く。
「貴様の理解など必要無い」
数秒の静寂。
「ククク……」
ヴォルデモートが笑う。
「クククク……ハハハハハ!」
クィレルが目を見開く。
「我が君……?」
「面白い」
赤い瞳が不気味に細まる。
「レジナルドもそうだった。どれほど傷を負おうと笑い、どれほど追い詰められても決して退かない。親子揃って狂人か」
「我が君……」
「クィレル」
ヴォルデモートの声が冷たくなる。
「もう試さなくてよい。殺せ」
クィレルの口元がゆっくりと歪んだ。
「はっ」
「そうでなくてはな。ならば私も、面白いものを見せてやろう」
「なに?」
「ヴォルデモート、貴様には懐かしい魔法なはずだ」
深紅の瞳が輝き、杖を振り上げる。
「アウレリウス・レオニス」
その瞬間、部屋が深紅に染まった。
轟音。
まるで炉心が爆ぜたかのような熱風が吹き荒れる。
「なんだこれは!?」
クィレルが叫ぶ。ハリーも目を見開いて驚愕している。
杖先から溢れた膨大な魔力が形を持つ。
現れたのは獅子。
深紅の炎で形成された巨大な実体を持つ獅子。筋肉の躍動、巨大な爪、鋭い牙、そして黄金に輝く瞳。その全てが幻影ではなく実際に存在していた。
深紅の獅子が咆哮する。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
部屋全体が震えた。
ハリーとリオラは耳を塞ぎ、クィレルですら数歩後退する。
「まさか……」
ヴォルデモートの声色が変わる。
「レジナルドの、あの魔法か」
第一次魔法戦争。死喰い人達の間で語られた赤い悪夢。
深紅の獅子。
アウレリウス家の家名を冠する独自の魔法にして、戦場を蹂躙する為に開発された強大な攻撃魔法。
ヴォルデモートの脳裏を過るのは、五体の獅子を同時に従え死喰い人達を恐怖のどん底へ叩き落とした男の姿。
「馬鹿な……」
クィレルの顔から血の気が引く。
「こんな魔法、一年生が……!」
「違う」
ヴォルデモートの声が低く響く。
「完成度はレジナルドに遠く及ばぬ。だが、間違いなくアウレリウス家の魔法だ」
深紅の獅子が低く唸る。黄金の瞳がクィレルを捉えて離さない。
「行け」
セラフィーナが静かに命じる。
「喰い殺せ、アウレリウス・レオニス」
獅子が咆哮した。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
深紅の巨体が轟音と共に飛び出す。その速度は、クィディッチの箒や失神呪文などとは比較にならない。
「プロテゴ!」
クィレルが咄嗟に防御呪文を張る。
だが──
バリンッ!
「なっ!?」
クィレルの張ったプロテゴが、一瞬で音を立てて砕け散る。
「ぐああああっ!」
巨大な前脚がクィレルを横薙ぎに吹き飛ばした。壁に激突し、石壁に亀裂が入る。
「クィレル!」
ヴォルデモートの怒声が響く。
「グッ……」
辛うじて立ち上がるクィレル。前脚が振られる直前、破られると知りつつ再び展開した防御呪文のおかげで致命傷は免れた。胴体に刻まれた爪痕は決して浅くはなく、更に傷口からは肉の焦げる異臭がする。
「ククッ……さぞ痛いだろう。熱した刃物で斬られたようなものだからな」
荒い息を吐きながらも、セラフィーナは笑みを崩さない。
「お嬢様……」
「アウレリウスの顔色が……」
「当然です」
リオラの口調が強くなる。
「ただでさえ今までの戦闘で多数の呪文を使い、魔力を消費していました。そんな状態でこの大魔法……お嬢様の魔力は既に尽きかけています」
その言葉通り、セラフィーナの顔色は悪い。大量の発汗と手の震え……魔力が枯渇しかけている証だ。
だがそれでも、彼女は堂々と立っている。その顔は苦痛と疲労に歪むことなく、不敵に笑っているのだ。
「私の魔力が尽きるのが先か、貴様の命が尽きるのが先か──勝負といこう」