セラフィーナは仰向けに倒れて浅い呼吸を繰り返すクィレルに近付き、風穴の空いた腹部を踏み付ける。
「グッ……!?」
「……ギリギリ、だったな」
荒い呼吸。霞む視界と震える手足を何とか堪えながら、苦痛に呻くクィレルに杖を向ける。
「安心しろ……私は、相手を痛め付ける趣味は無い……今すぐ楽にしてやろう」
呼吸が中々整わない。言葉が途切れ、弱々しい声量だ。
「駄目だアウレリウス!もう終わっただろ!?」
ハリーが叫ぶ。だがセラフィーナは振り返らない。
「……終わっていない。いいか、ポッター……これは、喧嘩や決闘とは違う」
ゆっくりと、何とか呼吸を整えながら言葉を続ける。
「殺し合いだ。私達が負けていたら、この男が私達を生かしたと思うか……?」
「そ、それは……」
ハリーは言葉に詰まる。確かにクィレルはヴォルデモートに従い、賢者の石を狙い自分達を殺そうとした。
しかし──
「でも、それでも殺しちゃ駄目だ!それに悪いのはヴォルデモートだ!そうだろ!?」
ハリーは引き下がらない。同じ歳の女の子が敵とは言え教師を、それも既に動けなくなっている重傷者を殺すところなど見たくないのだ。
「そのヴォルデモートは消えた。そもそも、己の肉体が滅んでも生き延び他者に寄生するような輩だ。今日この場で滅ぼせるなどと最初から思っていない」
ようやく呼吸が安定したのか、セラフィーナの声に少しだけ力が戻る。しかし顔は未だに青白く、身体は震えている。
「ならどうして!?確かに先生は悪いことをしたけど、でも!」
「違うぞポッター」
「え?」
「クィレルの行いの善悪など、私にとってはどうでもいい。そんなものは裁判官や魔法省が法に基づいて裁けばいいことだ」
ハリーは目を見開く。
「私がクィレルを殺す理由はな、これが殺し合いだからだ。喧嘩や決闘なら、失神や大怪我で続行不能となれば勝敗が決まるだろう」
リオラは静かに目を伏せる。幼い頃から使用人として教えられてきたアウレリウス家の思想だ。
「だが殺し合いは別だ。行動不能になろうが何だろうが、生きている限りは終わっていない。どちらか一方が死なねば殺し合いは終わらないんだ」
「そんなの間違ってる!」
ハリーが再び叫ぶ。
「先生はもう動けないじゃないか!」
「そうだな。殺すための絶好のチャンスだ」
その時、セラフィーナの足の下でクィレルが僅かに動く。
「た、助けてくれ……」
「断る」
セラフィーナは、魔力枯渇と疲労で震える手を無慈悲に振り上げる。
「アウレリウス!」
ハリーが駆け出す。
だが間に合う距離ではない。
セラフィーナが呪文を唱えようとしたその時。
「そこまでじゃ」
聞き慣れた老人の声がした。
ハリーとリオラが振り返る。
開かれた扉からダンブルドアを先頭に、マクゴナガルとスネイプの三名が部屋に飛び込んできた。
「ダンブルドア先生!」
ハリーの表情が明るくなる。
「こ、これは一体……」
マクゴナガルの顔色が変わる。
焼け焦げた石床と亀裂の入った壁。そして多量の血を流しながら倒れているクィレルと、彼を踏み付けて杖を振り上げたままのセラフィーナ。
「ミス・アウレリウス!杖を下ろしなさい!」
その一方、スネイプの黒い瞳は倒れたクィレルへと向いていた。
「……ほう。随分と派手にやったものだな」
しかしこの状況を最も早く理解したのは、やはりダンブルドアだった。
「……遅かったようじゃの」
小さな呟き。そこには後悔と確信があった。この場所で何があったか、セラフィーナ達は何と戦ったのか……その全てを理解していた。
「セラフィーナ」
いつも通りの穏やかな声。しかし、強い意志が込められた声でもある。
「その杖を下ろしてくれんかの」
「お断りします。あと一撃で私は勝利する……杖を下ろす理由がありません」
部屋が静まり返る。ハリーは息を呑み、マクゴナガルの目が見開かれる。スネイプの表情は動かないが、僅かに眉が動く。
「勝利、か」
穏やかな声。その声には怒りも焦りもなく、ただ包み込むような優しさがあった。
「心配せんでも、君達はもう勝っておる。ヴォルデモートは去り、賢者の石は守られた。そしてクィレルももう戦えん……これを勝利と呼ばず何と呼ぶ?」
「確かに賢者の石争奪戦として見れば既に勝利しているでしょう。しかし、私とクィレルの殺し合いとしてはまだ決着が付いていません」
その言葉を聞き、マクゴナガルが静かに杖を構える。
「ミス・アウレリウス。杖を下ろしてその男から離れなさい」
厳しい声。そしてダンブルドアとは違い、その声には焦りが見える。
「これは命令です」
スネイプは倒れたクィレルを見下ろし、そしてセラフィーナを見る。
「我輩としては、今更その男の生死に興味は無い」
ハリーが目を見開く。しかしスネイプは構わず続ける。
「だが、ホグワーツの生徒が敵とは言え無抵抗の人間にトドメを刺す。これは看過できん」
「無抵抗?」
セラフィーナは小さく笑う。
「無抵抗だろうが何だろうが、これは殺し合いです」
「それは戦場の理屈だ。ホグワーツは戦場ではない」
「今日この時に限り、この場所は間違いなく戦場だったと認識していますが?」
「ミス・アウレリウス!」
マクゴナガルが叫ぶ。しかし、ダンブルドアが手で制する。
「なるほどのう。セラフィーナ、確かに君の言葉にも一理ある」
「アルバス!?」
マクゴナガルが信じられないと言いたげに叫び、スネイプですら僅かに目を見開く。
「君達は命懸けでヴォルデモートから賢者の石を守った。確かにこれは戦争に匹敵することかもしれん」
ゆっくりと自らの長い髭を撫でる。
「じゃがのう、それでもクィリナスを殺すことは許可できん」
「……何故です?」
「過ちを犯したとは言え、クィリナスはホグワーツの教師じゃ。ならば裁くべきは生徒である君ではなく、教師の任命権を持つ校長であるワシが裁くべきじゃとは思わんかね?」
ダンブルドアの言葉に、セラフィーナは小さく息を吐く。
そして、吐き捨てるように笑った。
「はっ……大人しく聞いていれば『殺すことは許可はできん』だの『裁く』だのと勘違いも甚だしい」
セラフィーナの雰囲気が変わる。未だにクィレルを踏み付けて杖を向けているため顔は見えないが、その表情を見るまでもなく声には怒気が滲んでいた。
「ほう……勘違いとな?」
「えぇ、勘違いですよ校長。殺し合いの決着を付けるのは当事者だけです。第三者が口を挟む権利などありません」
徐々に語気が強くなっていく。そしてセラフィーナの怒りに呼応するように、オーロラが低く唸り、全身の毛を逆立たせる。
「それに私はクィレルの罪など知ったことではない。一度始まった殺し合いを終わらせるために殺す……ただそれだけです」
部屋を支配していたのは、先程までの戦闘とは全く別種の緊張だった。