数日後。賢者の石を巡る事件は、生徒達の知らぬところで静かに幕を閉じていた。
クィリナス・クィレルは一命を取り留めたものの、ヴォルデモートをその身に宿した負荷とセラフィーナとの戦闘で負った傷は深く、二度と自力で立ち上がることのできない身体となっていた。魔法省側の準備が整い次第、彼の身柄はウィゼンガモット法廷へと送られる。
事件の詳細について教師達が語ることはなく、生徒達に伝えられたのは『クィレル教授が何らかの理由で暴走し、ダンブルドア達によって鎮圧された』という、ごく簡潔な説明だけだった。
当然、その説明で納得する生徒はごく少数だった。事件当夜、城中に響き渡るような爆発音や獣の咆哮のような音を耳にした生徒は大勢いた。
その結果、ホグワーツ中では様々な憶測が飛び交っていた。
「クィレル先生が闇の魔法使いだったらしい」
「ホグワーツにある何かを狙っていたって聞いたよ」
「ダンブルドア先生が一人で撃退したんだって!」
「ポッター達が巻き込まれたという話もある」
「その中にはアウレリウスもいたらしいよ」
噂は尾ひれを付けながら広がり続ける。
しかし、生徒達は誰一人として真実に辿り着かなかった。
賢者の石の存在も、ヴォルデモートの生存も、セラフィーナとクィレルが繰り広げた死闘も。その全てはダンブルドアを始めとする一部の教師達によって秘匿され、事件の真相を知る者は当事者を除けばほんの一握りしか存在しない。
「トロールの時より騒ぎが大きいな」
「完全な秘匿ではありませんからね。教師が事件を起こし、瀕死の重傷を負った事実まで隠し通すのは不可能ですから」
「それもそうだな」
広がり続ける噂など気にも留めず、二人は研究室として与えられた空き部屋にて紅茶を飲みながら寛いでいた。リオラの魔法で埃一つ残らぬ部屋を見回しながら、セラフィーナはティーカップを片手に満足そうに頷く。
「やはり母上の開発した清掃呪文は便利だな。私も覚えておきたいな」
「いいえ、使用人の仕事ですので」
「そう言うな。便利なものは覚えておいて損は無いだろう?」
「お嬢様が家事まで覚えてしまうと、私の仕事が無くなってしまいます」
リオラは少し不満そうな顔をする。
「心配するな。私が今から覚える付け焼刃の家事など、幼い頃から使用人として一流の技術を叩き込まれてきたお前の足元にも及ばんさ」
「……それもそうですね」
リオラが小さく溜め息を吐く。そんな他愛もない会話を交わしながら、二人はゆっくりと紅茶を口に運ぶ。
セラフィーナは改めて部屋を見渡す。清掃しただけの何もない部屋だが、ホグワーツの空き教室というだけあって広さは十分にある。
「夏休み明けは、コンパートメントを二つほど占領した方がいいかもしれないな」
「それはかなり迷惑では?」
「休暇中、母上に収納呪文の開発でも頼んでみるか。大量の荷物を小さく纏めるようなものを……」
「……いくら奥様でも、短期間でそんな高度な呪文の開発は厳しいと思いますが」
「なら私も研究に参加すればいい」
さも当然のように言い切る。
「高度な独自呪文の開発を手伝える一年生は、きっとお嬢様だけでしょうね」
「褒めても何も出んぞ」
セラフィーナは肩を竦めながら紅茶を飲み干した。
「まずは設備の配置を決めるとしよう。薬品棚に調合台、天秤、大釜……魔法薬だけでも必要な物が多いぞ」
「本棚も必要ですね」
「うむ。できれば壁一面に欲しいな」
そう呟くと、部屋の壁へ視線を向ける。
「こちら側を薬品棚、反対側を書架。中央に調合台を置けば動線も悪くない」
「もう配置まで考えておられるのですか」
「うむ。大量の荷物を運び込んでから考えていては効率が悪いだろう?」
「……そうですね」
リオラは小さく微笑みながら紅茶を口に運ぶ。
それから数週間。試験も終わり、生徒達は学年最後の祝宴を迎えていた。
大広間は一面が緑と銀の垂れ幕で飾られ、天井からは巨大なスリザリンの紋章が掲げられている。
「やった!」
「七年連続優勝だ!」
スリザリンの長テーブルでは歓声が上がり、他寮の生徒達からは落胆の声が漏れる。そんな中、ダンブルドアが静かに立ち上がった。
「さて諸君、今年もまた一年が過ぎた。宴の前に寮対抗の表彰を行うとしよう」
大広間に期待と緊張が走る。
「第四位、グリフィンドール。三百点」
グリフィンドールの生徒達は肩を落とす。ドラコを始めとしたスリザリン生の多くは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「第三位、ハッフルパフ。三百五十点」
ハッフルパフの長テーブルから拍手が起こる。
「第二位、レイブンクロー。三百八十二点」
続いてレイブンクローからも拍手が起こる。
「第一位、スリザリン。五百点」
その瞬間、大広間はスリザリン生達の大歓声に包まれた。ドラコはクラッブやゴイルと肩を叩き合って喜び、他のスリザリン生達も狂喜乱舞している。
「……このまま終わるとは思えんな」
「そうですね」
セラフィーナとリオラの二人を除いては。
ダンブルドアは、生徒達の歓声が収まるのを待ってから穏やかに微笑んだ。
「よしよし、よくやったスリザリン。じゃが、最近の出来事も勘定に入れねばのう」
その一言で、大広間は静まり返る。
「まず、困難な状況において卓越した冷静さと知性を示したハーマイオニー・グレンジャーに六十点」
グリフィンドールの生徒達が歓声を上げる。
「次に、ロナルド・ウィーズリー。ホグワーツの歴史でも稀に見る、チェスの名勝負を披露してくれた。六十点」
歓声は更に大きくなる。最下位だったのが一気に二位にまで上がったのだ、その衝撃はとてつもなく大きい。
「そして、自らの危険を顧みず最後まで立ち向かった勇気を称え、ハリー・ポッターに八十点を与える」
グリフィンドールの点数がスリザリンの五百点と並ぶ。グリフィンドールのテーブルからは、爆発のような歓声が上がっていた。
「そして、敵に立ち向かうには大変な勇気が要るが、友人に立ち向かうにも同等の勇気が必要じゃ。そこで、ネビル・ロングボトムに十点を与えたい」
グリフィンドールの大歓声が大広間を揺らす。その喧騒の中、ダンブルドアはふとスリザリンの長テーブルへ視線を向けた。
そして──
誰にも気付かれぬほど僅かに、セラフィーナへ片目を閉じてみせる。
「……なるほど」
セラフィーナは小さく鼻を鳴らした。
「研究室だけで十分、ということか」
「校長らしい計らいですね」
それ以上二人は何も言わなかった。
グリフィンドールの歓声はなおも大広間に響き渡り、スリザリン生達は悔しげな表情を浮かべている。しかし、セラフィーナにとって寮杯など最初から大した問題ではなかった。
賢者の石を守り、ヴォルデモートを退け、そして自らの研究室まで手に入れた。この一年で得たものは、優勝杯一つとは比べ物にならない。
窓の外では夏を告げる柔らかな風がホグワーツの森を揺らしていた。
やがて始まる長い夏休み。
研究室へ運び込む大量の道具。新たな魔法薬の研究。独自魔法の開発。セラフィーナの頭の中は、既に次なる研究計画と、更なる力を手に入れるための鍛錬で埋め尽くされている。
「さて、忙しくなるな」
小さく漏らしたその一言にオーロラは喉を鳴らし、リオラは静かに微笑んだ。
賢者の石を巡る戦いは終わった。だが、セラフィーナ・ヴァレリア・アウレリウスの歩みは、まだ始まったばかりである。
最終回みたいな終わり方ですが、賢者の石編が終わっただけで、物語はまだまだ続きます!
とりあえず一つの大きな区切りまで書き切ることができて、今は達成感でいっぱいです。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
『ハリー・ポッターと深紅の覇者』はこれからも続いていきますので、引き続き楽しんでいただければ嬉しいです!