「ヴォルデモートの下僕だった奴が、よくもまあホグワーツの理事なんかになれるもんだぜ。どうせ金の力だろテメエ」
「口が過ぎるぞ。我々は服従の呪文で従わされていただけであり、これは魔法省も正式に認めている事実だ」
そう言うと一度周囲を見渡し、空気が凍っているのを察して溜め息を吐く。
「それと、軽々しくその名を口にするな」
「はっ、名前を言ってはいけないあの人ってか?馬鹿馬鹿しい」
「……ほう?」
「馬鹿馬鹿しいって言ったんだよ。奴が猛威を振るっていた時代ならともかく、本人が倒れた後にまで名前如きを恐れて口にしない?そんなもんヴォルデモートの『恐怖による支配』の有効性を証明してるようなもんだろうがよ」
数秒の沈黙。周囲の買い物客はもちろん、セラフィーナもドラコも、ロックハートですら容易に口を開けない緊張感が場を支配する。
「相変わらず乱暴な理屈だ。誰もが貴様のように恐怖を感じぬ蛮族だと思うな」
「怖えからって黙って震えてりゃ解決すんのかよ?」
「そうは言っていない。その極論癖、昔から全く変わっていないな」
二人は互いに一歩も譲らない。言葉を重ねるたび、店内を満たす緊張はさらに濃くなっていった。
「何が極論だ。恐怖を感じるなとは言ってねえ、恐怖に支配されるなって言ってんだよ」
「同じことだ」
「全然違うな」
店内に漂う緊張は極限まで高まり、誰一人として口を挟めない。
ロックハートは何度か口を開きかけるものの、その度に二人の視線に圧され、少し引き攣った笑みを浮かべて口を閉じるしかなかった。
「お、お客様……」
恐る恐る店員が声をかけようとするが、その言葉も最後まで続かない。
「邪魔するな」
「口を挟むな」
二人の声がほぼ同時に重なった。店員は肩を震わせ、慌てて口を噤む。
その時だった──
「ちょっと!押さないで!」
「ロン!走るんじゃないよ!」
「ハリー、こっちだ!」
店の入口から数人の子供達が賑やかに店内へ入ってくる。先頭を歩くのは、丸眼鏡を掛けた黒髪の少年――ハリー・ポッター。その後ろを赤毛の少年ロン・ウィーズリーが追い掛け、そのさらに後方から双子の兄弟、そして末娘ジニーが続く。
兄妹達をまとめるように店へ入ってきたアーサーとモリーの姿を見て、誰もがウィーズリー家の来店を察した。
「ふぅ……やっと着いたわ」
モリーは額の汗を拭いながら店内を見回す。
しかし次の瞬間、その笑みが凍り付いた。
「……アーサー」
「あぁ」
アーサーも同じものを見ていた。
店の中央。
互いに睨み合ったまま一歩も動かないレジナルド・アウレリウスとルシウス・マルフォイ。
店内を包む異様な静寂。
「これは……また随分と厄介な場面に来てしまったな」
アーサーは小さく眉をひそめる。
その視線の先で、ルシウスもまた新たな来訪者達へ目を向けていた。
灰色の瞳が、ゆっくりと細められる。
「あー……レジナルド?今どんな状況なんだい?」
アーサーが慎重に声を掛ける。
「見りゃ分かるだろ。この白蛇野郎が目障りなんだよ」
「……君はチンピラか」
呆れたように溜め息を吐くアーサーを見て、ルシウスは僅かに口角を上げる。
「珍しく意見が一致したな、アーサー」
「あん?喧嘩売ってんのかルシウス」
「先に突っ掛かってきたのは貴様の方だ」
「何言ってやがる。ヴォルデモートの下僕だった野郎が堂々と買い物なんかに来るから目障りなんだよ。被害者に頭下げながらコソコソ日陰を生きてやがれ」
ルシウスの目が見開かれ、額に青筋が浮かぶ。
「貴様、そこまでの侮辱は許さんぞ」
「あ?許さなかったら何だってんだ」
ルシウスが懐の杖を握り、レジナルドが拳を強く握り締める。
「いい加減にしろ二人とも!」
一触即発の空気の中、アーサーの怒声が響く。
「いい年した大人が書店で喧嘩なんて何を考えているんだ!特にレジナルド、さっきの発言は流石に言い過ぎだ」
「引っ込んでろアーサー」
頭に血が上ったレジナルドが一歩前に出る。
その時──
「そこまでよ」
静かな声。
その声が響いた直後だった。
「ぐおおおお!?」
突如レジナルドの全身が硬直し、まるで感電したように小刻みに震えながらその場に倒れる。
「え!?」
「な、なんだ!?」
周囲が騒然とする。ハリー達も目を丸くして驚いていた。
「母上だ」
セラフィーナが冷静に口を開く。その顔に驚きは微塵も無く、まるで日常風景でも見るかのように平然としていた。
「今日は拘束と麻痺ですか?」
「惜しいわね。今日は衰弱の呪いも重ねてみたのよ」
会話の内容さえ気にしなければ、ごく自然な母娘の日常会話のように見える光景だった。しかし周囲の人達は誰一人としてそうは見ていなかった。
「ごめんなさいね、ルシウス。折角の息子さんとの買い物を邪魔してしまって」
「……相変わらず、恐ろしい腕前だ。今のは既存の呪いではないな?」
「えぇ、この人の暴走を止める為に開発した呪いよ」
ルシウスは潰れた蛙のように床でひっくり返っているレジナルドを一瞥し、店員に視線を移す。
「二年生用の教科書を一式だ」
「あ、はい!少々お待ちを……」
店員が慌ただしく教科書を集め始める頃には、張り詰めていた空気もようやく和らぎ始めていた。
ハリーやロン達も、時折レジナルドをチラチラと見ながらも必要な教科書を集めていく。
「ぐっ……おおおおおっ!!」
五分ほどが経過した頃、レジナルドが自力で呪いを弾き飛ばしてバネ仕掛けのように跳ね起きた。
「あら、もう弾いたのね。五分……改良が必要だわ」
「ガッハッハッハッ!かなり効いたぜ!」
豪快に笑いながら肩を回すレジナルドを見て、周囲の客達は引き攣った笑みを浮かべる。あれほどの呪いを受けておきながら、笑って立ち上がれる人間など見たことがなかったのだ。
「それで、ルシウスは?」
「とっくに帰ったわよ」
「アーサー達は?」
「アーサーとルシウスも少し言葉を交わしていたけれど、もう行ってしまったわ。末の娘、ジニーの杖を買いに行くらしいわ」
「そうか」
レジナルドは頭を掻きながら苦笑する。
「せっかく久々に会ったってのに、逃がしちまったか」
「逃がしたのではなく、貴方が床で転がっていただけでしょう?」
「細けぇことは気にするな!」
夫婦のやり取りに、セラフィーナは小さく溜め息を吐く。
「父上。そろそろ帰りましょう。教科書も揃いましたし」
「おう、そうだな!」
レジナルドは大きく頷くと、買い物袋を肩へ担ぐ。
ダイアゴン横丁は、いつもと変わらぬ賑わいを取り戻していた。それぞれが新学年への期待を胸に、家路へと着いていく。
夏休みも、残りあと僅か。二年目のホグワーツでは、新たな出会いと、新たな試練が彼らを待っている。
そして誰もまだ知らない。
ホグワーツ城の奥深くで、長き眠りについた"秘密の部屋"が、静かに目を覚まそうとしていることを。