ガタゴトと一定のリズムで揺れるホグワーツ特急。その車内には先程までの賑やかな空気とは少し違う、旅の中盤特有の落ち着きが流れ始めていた。
窓の外では、ロンドンの街並みは既に消え去り広大な草原と森が流れていく。夕陽が車窓を赤く染め、コンパートメントの中にも柔らかな橙色の光が差し込んでいた。
その時。
「お菓子はいかが?」
ガラガラと音を立てながら、通路を小柄な魔女がカートを押してやって来る。カートの上には百味ビーンズ、蛙チョコ、爆発ボンボンなど色とりどりの菓子が大量に積まれていた。
「おぉ……」
ロンとハリーの目が一瞬で輝く。特にハリーに関しては魔法界のお菓子どころか、ダーズリー家で自由にお菓子を食べた経験すらないためその喜びようはロンよりも大きかった。
その様子を見たセラフィーナが小さく笑う。
「そんなに食べたいのか?」
「そ、そりゃ食べたいよ!でも僕あんまりお金が……」
「あぁ、ウィーズリー家だからな」
「言い方酷いな!?」
それを見たハリーはポケットから金貨の入った袋を取り出した。
「僕、こういうの初めてだから色々買ってみたい。全部ください」
「……は?」
これにはロンやハーマイオニーはもちろん、普段表情の変わらないリオラも目を見開き、セラフィーナですらポカンと口を開ける。車内販売の魔女も驚いた顔をする。
「全部?」
「うん」
コンパートメントがお菓子の山で埋まった。車内販売の魔女は複雑な表情で菓子の補充に行くために扉を閉めて来た道を引き返す。
「すっげえ……」
「皆で食べようよ」
「ハリーありがとう!」
ロンは嬉しそうにお菓子を取り、乱暴に袋を開封して中身を貪る。
「ポッター……テンションが上がるのは分かるが、田舎の成金のような金の使い方をするんだな貴様」
ハリーは少し顔を赤くし、ロンとハーマイオニーは吹き出しそうになり口を押える。
「え、そんなに変だったかな……」
「確かに、あまり品のある買い物とは言えませんね」
リオラも淡々と事実を述べる。だが微かに口角が上がっている。
「まあ、くれると言うなら断る理由も無い。私は蛙チョコレートとカボチャジュースを貰おう」
「はいお嬢様。車内販売で取り扱いがあって良かったですね」
「うむ。蛙チョコレートは私の好物の一つだからな」
リオラから蛙チョコレートとカボチャジュースを受け取り、包み紙を開封して一口齧る。
「貴族でも蛙チョコレートとか食べるんだ」
「意外か?私としては、魔法界を知らぬポッターとグレンジャーが蛙チョコレートにどんな反応をするか気になっていたのだが……あまり驚いていないな」
「魔法界よ?チョコレートが動いたって不思議じゃないわ」
「そうだね……僕もそう思う」
「じゃあこれはどう!?」
ロンがお菓子の山の中から百味ビーンズの箱を取り出す。
「百味ビーンズだよ。当たりは美味しいけど外れを引いたらひどい目に合うんだ」
「なんでお菓子にそんな要素があるの?」
「すまない、それはオーラには近付けないでやってくれ。昔ゲロ味に当たって以来見るのも嫌になったらしい」
ロンの持つ百味ビーンズが視界に入ったのか、それとも百味ビーンズという言葉を認識したのか。オーロラは不機嫌そうに低く喉を鳴らして僅かに毛を逆立てる。
「げ、ゲロ味!?」
「うわぁ……最悪の外れじゃん。同情するよ」
オーロラはセラフィーナの膝の上から起き上がり、お菓子の山に視線を移す。
「欲しいのかな?」
「腹が減ったのだろう。ちなみにオーラは人間と同じものを何でも食べるから心配しなくていいぞ」
「人間と同じものを食べるの!?それ『幻の魔法生物大全』には載っていなかったわ!」
ハーマイオニーが目を輝かせて叫ぶ。彼女にとっては百味ビーンズの衝撃を上回る情報だったようだ。
「逆にそこらの野良猫のようにゴミ箱を漁ったりネズミを食ったりはしない。下手な人間より食への拘りは強いぞこの子は」
「へぇ……本当に凄い魔法生物なんだね」
「凄いどころじゃないわよハリー!今の情報だけで魔法省や魔法生物を研究してる人達は大騒ぎよ!?」
「そ、そんなに……?」
ハリーとロンは少し引き気味にハーマイオニーを見ている。そんな3人を全く気にせず、オーロラはお菓子の山に前足を伸ばして蛙チョコレートの箱を取る。
「セラフィーナと同じものだわ。やっぱり一緒にいると好みも似るのかしら?」
「まあそうだな。確かに私とオーラの食の好みは殆ど同じだ」
オーロラは前足で器用に箱を開封し、中の包み紙も爪で綺麗に開ける。
「すっげえ……」
包み紙が開けられた直後、蛙チョコレートが袋から飛び出してきた。
その瞬間、オーロラの姿が一瞬ブレる。
飛び跳ねたはずの蛙チョコレートは綺麗に四等分に切り分けられて地面に落ちる。
「え?」
「今、何があったの……?」
「逃げようとした蛙チョコレートをオーラが爪で仕留めたんだ。食べやすいよう四等分にな」
オーロラは満足気に蛙チョコレートをポリポリと上品に食べる。
「全然見えなかった……ハリー見えた?」
「……全く。ハーマイオニーは?」
「見えるわけないじゃない!?」
オーロラは最後の欠片まで綺麗に食べ終えると、満足そうに喉を鳴らした。そして今度は深紅の瞳をハーマイオニーに向ける。
「え?」
まるで観察するように見つめられ、ハーマイオニーの背筋が僅かに伸びる。
「な、何かしら?」
「貴様の事が気になっているようだぞグレンジャー」
「え、そうなの?」
「オーラは私と同じで優秀な者、努力する者を好む。貪欲に知識を得ようとする貴様のような人間は気に入られやすい」
その言葉にハーマイオニーは少し目を丸くし、照れ臭そうに視線を逸らす。
「……そう」
コンパートメントの空気は最初の頃より随分と柔らかくなっていた。窓の外は既に夕闇が深くなり、遠くに湖らしき影が見え始めている。
ハーマイオニーが小さく息を吞む。
「もうすぐホグワーツ?」
「その様だな。さあ男共はコンパートメントの外で着替えろ。私達は中で着替える」
ロンが「えっ」と間の抜けた声を出した後、顔を真っ赤にした。
「う、うん!」
慌てて立ち上がる。ハリーも一瞬遅れて反応し、急いで荷物へ手を伸ばした。
「じゃ、じゃあ外行こうか!」
2人が外に出ると、他のコンパートメントでも似たような事が起こっているのか通路が大勢の男子生徒で溢れている。
そして数分後、扉がゆっくりと開く。
「もう入っても構わんぞ」
中では、ホグワーツの制服に着替え終えたセラフィーナとハーマイオニーが座っていた。
窓の外には、巨大な黒い湖。
その向こう──無数の灯りに照らされた巨大な城。
「……うわぁ」
ロンも思わず見惚れる。
「すっげえ……」
ハーマイオニーは既に少し緊張した顔になっている。
「いよいよね」
セラフィーナとリオラもその景色に少し圧倒されていたが、すぐにいつもの表情を取り戻す。
「あれがホグワーツか。退屈はしなさそうだな」
「はいお嬢様」
深紅の瞳が、暗闇の向こうの巨大な城を真っ直ぐ見据えている。
筆が速いのか遅いのか分からぬ。