発明とは、興味深い。
ガレヲンは山の上で、そう結論づけた。
目の前には、小さな土人形が並んでいる。
丸い頭。
短い手足。
胸のあたりに、淡く光る鉱石の核。
動作は緩慢。
けれど、命じたことはおおむね実行する。
おおむね。
そこが問題だった。
「命令。(茶を淹れよ)」
ガレヲンの言葉に、土人形がぺこりと頭を下げた。
人形は小さな足でとことこと歩き、横に置かれた茶器へ向かう。
水を汲む。
茶葉を入れる。
小さな石窯に火を入れる。
湯を沸かす。
そこまでは完璧だった。
前世の知識にあった「自動化」という概念。
今世の身体が持つ、土と鉱物への深い理解。
それらを組み合わせれば、人の手を煩わせず茶を淹れる小型機構が作れるのではないか。
そう考えた。
試した。
動いた。
ゆえに、成功である。
土人形は茶を湯呑みに注いだ。
湯気が立つ。
香りが広がる。
実に良い。
ガレヲンは満足げに頷いた。
次の瞬間、湯呑みが岩になった。
茶も岩になった。
湯気だけが、申し訳程度に残った。
土人形は、誇らしげに胸を張った。
ガレヲンはしばし沈黙した。
「成功。(自動化、達成)」
土人形がぺこりと頭を下げる。
ガレヲンは岩になった茶を眺めた。
香りはある。
温度もある。
形も美しい。
ただし、飲めない。
「問題。(飲用、不可)」
土人形が首を傾げた。
ガレヲンも首を傾げた。
難しい。
自動化自体は成功している。
茶を淹れる手順も間違っていない。
問題は、最終成果物が飲料ではなく鉱物になる点である。
些細な問題ではない。
だが、致命的でもない。
改善すればよい。
問題とは、未知が形を取ったもの。
未知とは、観察すべきもの。
ゆえに。
「検証。(使用感を知る必要あり)」
ガレヲンは周囲を見た。
山。
岩。
草。
空。
土人形。
検証役がいない。
自分で飲もうにも、岩になった茶は飲めない。
そもそも、ガレヲン自身は人の子ほど繊細ではない。
六竜の感覚で「良好」と判断したものが、人の子にとって良好であるとは限らない。
事実、これまでの発明品にはいくつか課題があった。
睡眠補助石。
握ると、深く眠れる。
深く。
非常に深く。
三日ほど。
「成果。(睡眠、良好)」
しかし、町の宿屋で試してもらおうとしたところ、店主に止められた。
人の子は三日眠ると困るらしい。
疲労回復壺。
中に入ると身体が軽くなる。
疲れも抜ける。
ただし、足がしばらく地面に根を張る。
「成果。(疲労、回復)」
しかし、商人には「その場から動けないと商売にならない」と言われた。
携帯用暖炉石。
小さな石から熱を出す。
持ち運べる。
暖かい。
ただし、出力が少し高い。
山小屋ひとつを真夏にできる程度には。
「成果。(保温、十分)」
山小屋の主人には泣かれた。
自動整地箱。
でこぼこの道を均す。
非常に便利。
ただし、放っておくと町ひとつを平坦にしようとする。
「成果。(整地、完遂)」
町長に頭を抱えられた。
ガレヲンは真剣に考える。
発明品は、目的を果たしている。
しかし、人の子はなぜか困る。
つまり、問題は性能ではない。
出力。
範囲。
副作用。
人の子に適した限界値。
そこが分からない。
「難題。(人の子の適正出力、不明)」
ガレヲンは、岩になった茶を持ち上げた。
良い光沢である。
これはこれで美しい。
だが、茶としては不適切。
検証役が必要だった。
正確に怒り、正確に指摘し、正確に文句を言う者。
ただ怯えるのではなく、ただありがたがるのでもなく、何が問題なのかを言語化できる者。
希少である。
極めて希少。
その時、地脈がわずかに震えた。
遠く。
山の腹の向こう。
鉱脈の走る島の一角で、妙な刺激があった。
魔力。
術式。
変換。
定着。
人の子が、理に手を伸ばそうとしている。
星晶獣ではない。
魔物でもない。
だが、ただの魔法とも違う。
土の奥にあるものを、別の形へ組み替えようとする意思。
不完全で、危うく、無謀。
けれど、鋭い。
ガレヲンは立ち上がった。
「観察。(人の子、地に触れようとしている)」
土人形たちが、ぺこりと頭を下げた。
ガレヲンは、岩になった茶と発明品をいくつか抱える。
「興味。(確認を推奨)」
そして、山を下り始めた。
その島は、鉱脈の多い山岳島だった。
空から見ると、浮島の中央に大きな山があり、その麓に小さな研究集落が広がっている。
鉱石の採掘場。
薬草畑。
煙突の並ぶ工房。
小さな宿。
そして、島の奥にひときわ奇妙な工房があった。
石造り。
金属の補強。
壁のあちこちに修復跡。
煙突は三本あるが、そのうち一本は斜めに曲がっている。
窓の一部は板で塞がれていた。
扉には、何度も吹き飛んだ痕跡がある。
ガレヲンが近づくと、集落の老人がこちらを見た。
「おや、旅の人かい。そっちに行くなら気をつけなされ」
「疑問。(危険か)」
「ああ。先生の工房だからな」
「先生」
「カリオストロ先生さ」
カリオストロ。
その名は、ガレヲンの知識の地層に深く刻まれていた。
錬金術の開祖。
不老不死を追い求める者。
身体を取り換え、時代を超えて在り続ける者。
そして、いずれ長き封印に沈む者。
今はまだ、その前。
この時代の空に、カリオストロはいる。
ガレヲンは工房を見た。
地脈がちりちりとくすぐったい。
人の子が、世界の仕組みへ指をかけている感覚。
不快ではない。
少し、面白い。
「理解。(日常的危険地帯)」
「まあ、慣れりゃ音で分かる。小さい爆発なら放っといていい。大きい爆発なら逃げる」
「学習。(爆発、規模で判断)」
「そうそう」
老人は、慣れた様子で笑った。
その直後だった。
工房の中から、低い音がした。
どん、と腹に響くような音。
次に、鋭い破裂音。
窓から紫がかった煙が噴き出した。
扉が吹き飛んだ。
ガレヲンの前を、扉が横切る。
彼女は指先を少しだけ動かし、扉の軌道を柔らかく曲げた。
扉は道端の土に刺さる。
老人は煙の大きさを見た。
「小さいな」
「判定。(小規模)」
「ああ。茶でも飲んで待っときな」
老人は普通に去っていった。
人の子の慣れとは、やはり興味深い。
煙の中から、人影が出てきた。
煤にまみれている。
髪にも、服にも、黒い汚れがついている。
だが、その目だけは異様に冴えていた。
爆発の直後とは思えない。
むしろ、何かを掴みかけた者の目だ。
「今の反応、悪くねぇな……だが安定化が甘い。媒介の固定式を組み替えりゃ――」
ぶつぶつと呟きながら、歩いてくる。
そして、ガレヲンに気づいた。
その目が、細くなる。
警戒。
観察。
計測。
一瞬で、そのすべてが走った。
普通の人の子なら、ガレヲンを見て美しい女と思う。
あるいは、不思議な旅人と思う。
だが、その人物は違った。
見た目の向こう側を見ようとしている。
人の形の奥。
土の匂い。
鉱脈の重さ。
星晶獣とも、人間とも、魔物とも違う気配。
それを感じ取っている。
「……誰だ、てめぇ」
声は荒い。
だが、恐怖ではない。
強い警戒と、強い興味。
ガレヲンは頷いた。
「名乗り。(我、ガレヲン)」
「名前を聞いたんじゃねぇ。種族を聞いてんだよ」
「回答。(通行人)」
「通行人がそんな気配してたまるか」
「補足。(観光客でもある)」
「なお悪いわ」
カリオストロは、ガレヲンの足元を見た。
石畳の一部が、わずかに鳴っている。
ガレヲンの重さではない。
存在そのものに、大地が反応している。
それを見逃さない。
ガレヲンは、少し満足した。
この人の子は、見る。
表面だけではなく、理の縁を見る。
希少。
「確認。(汝、カリオストロ)」
「ああ。だったら何だ」
「依頼。(検証役を求む)」
「帰れ」
即答だった。
だが、カリオストロの視線はガレヲンの手元に向いていた。
小さな土人形。
岩になった茶。
鉱石の核。
地脈に接続するような、奇妙な構造。
カリオストロの眉が動く。
「……それ、なんだ」
「発明。(利便性の追求)」
「見せろ」
「歓喜。(検証役、確保)」
「まだやるとは言ってねぇ!」
そう言いながらも、カリオストロの手は伸びていた。
人の子は、言葉と行動が一致しないことがある。
興味深い。
工房の中は、混沌としていた。
棚。
瓶。
鉱石。
紙束。
術式の書かれた板。
見たことのない器具。
煤。
焦げ跡。
爆発に慣れた配置。
ガレヲンは一歩踏み入れ、少しだけ感心した。
「観察。(混沌、されど秩序あり)」
「勝手に評価すんな。で、そいつを置け」
カリオストロは作業台を空け、土人形を置かせた。
すぐに調べ始める。
指先で核を弾く。
表面を削る。
術式を照らす。
魔力を流す。
眉間の皺が深くなる。
「……なんだこれ」
「自動給茶土人形」
「名前は聞いてねぇ。構造が意味分かんねぇって言ってんだ」
「説明。(茶を自動で淹れる)」
「そこは見りゃ分かるんだよ。問題は、なんで茶を淹れるだけの人形が地脈に接続してんだ」
「回答。(安定供給のため)」
「出力の規模がおかしいんだよ!」
カリオストロが机を叩いた。
土人形がぺこりと頭を下げる。
「こいつ、下手すりゃ茶どころか家ごと鉱物化するぞ」
「否定。(家は未検証)」
「未検証なら安全みたいな顔すんな!」
カリオストロは岩になった茶を手に取った。
匂いを嗅ぐ。
叩く。
削る。
砕こうとして、やめる。
「茶葉の成分が残ってる。熱も残留してる。なのに構造はほぼ鉱物……馬鹿みてぇな変換精度だな」
「称賛。(感謝)」
「褒めてねぇ」
「疑問。(違うのか)」
「違う!」
カリオストロは額を押さえた。
それから、もう一度土人形を見る。
苛立っている。
だが、目は輝いている。
「……腹立つくらいデタラメだが、理屈の筋は通ってやがる。変換対象の境界設定が甘い。器と中身を分けられてねぇんだ。あと、出力制御。安全機構。人間が使う前提が何一つねぇ」
「理解。(人の子、脆い)」
「言い方ァ!」
「修正。(人の子、繊細)」
「それも違ぇ!」
ガレヲンは頷いた。
やはり、この人の子は良い。
文句が具体的である。
「評価。(検証役として優秀)」
「勝手に採点すんな!」
カリオストロは工具を取り出し、土人形の核に小さな術式を刻み始めた。
「いいか、まず地脈からの供給を絞る。次に、対象指定を茶葉と水の反応に限定する。器にまで変換が走らねぇよう、境界を固定する。あと、湯の温度を人間が飲める範囲に落とす」
「疑問。(高温の方が殺菌に有効)」
「飲む前に口が焼けるんだよ!」
「学習。(人の子、口腔も繊細)」
「全部繊細なんだよ、人間は!」
カリオストロの手は速かった。
怒りながら、文句を言いながら、それでも迷いがない。
不具合を見抜く。
構造を理解する。
修正案を組む。
未知の理に対して、逃げるどころか踏み込んでいく。
ガレヲンは、静かに見守った。
「観察。(人の子、よく伸びる)」
「あ?」
「称賛。(汝の知、鋭い)」
「……ふん。分かってんじゃねぇか」
少しだけ、カリオストロの口元が上がった。
すぐに消えた。
「動かすぞ。変な反応が出たら止めろ」
「肯定。(必要ならば地を押さえる)」
「地を押さえるってなんだよ……まあいい。いくぞ」
カリオストロが核に魔力を通す。
土人形が動き出した。
水を汲む。
茶葉を入れる。
湯を沸かす。
今度は湯呑みが岩にならない。
茶の色も保たれている。
香りもよい。
湯気がふわりと立つ。
カリオストロが、わずかに目を見開いた。
「……できた、か?」
その瞬間だった。
湯気が地脈と共鳴した。
工房の床が、ぼこりと盛り上がる。
小さな土柱が生えた。
一本。
二本。
三本。
作業台が浮く。
椅子が跳ねる。
棚が傾く。
瓶が転がる。
「止めろ! 止めろ止めろ止めろ!」
「停止。(了解)」
ガレヲンが指を動かす。
土柱はぴたりと止まった。
しかし、止まっただけで消えてはいない。
工房の中央に、妙な柱が三本生えた。
棚は斜め。
壁には穴。
天井からは煤が落ちている。
カリオストロは、ゆっくりとガレヲンを見た。
「だから出力を落とせって言ってんだろうが!」
「成功。(岩化を回避)」
「失敗だ! 工房を見ろ!」
「否定。(未知の情報を得た。ゆえに成功)」
「その理屈は研究者としては嫌いじゃねぇが、今は殴るぞ!」
「疑問。(殴打で改善するのか)」
「気分が改善するんだよ!」
カリオストロが叫ぶ。
ガレヲンは納得した。
「理解。(精神衛生)」
「妙なところで理解すんな!」
土人形は、作業台の上でぺこりと頭を下げた。
茶は、湯呑みの中にある。
岩にはなっていない。
ただし、工房は荒れている。
ガレヲンは考えた。
この状態は、人の子にとって好ましくない。
ならば、整えるべきである。
「修復。(工房、損傷あり)」
「待て。お前、何を――」
カリオストロの制止より早く、土が動いた。
穴が塞がる。
床が戻る。
棚が立つ。
散った破片が集まり、壁へ吸い込まれていく。
傾いた机が水平になる。
土柱が沈む。
工房は、見る間に整っていった。
完璧に。
滑らかに。
機能的に。
ただし、以前とまったく同じではなかった。
棚の位置が少し違う。
机の向きがわずかに違う。
瓶の並びが、なぜか大きさ順になっている。
床の傷が消えた。
壁の焦げ跡も消えた。
カリオストロの顔から表情が抜けた。
「……おい」
「完了。(機能、回復)」
「勝手に直すな!」
「疑問。(損傷を修復した)」
「棚の位置が違う! 机の角度も違う! 焦げ跡も消えてる!」
「回答。(焦げ跡、不要と判断)」
「必要なんだよ! あれは反応の記録だ!」
「学習。(人の子、焦げ跡に執着)」
「記録だって言ってんだろ!」
カリオストロは頭を抱えた。
そして、がしがしと髪を掻く。
「くそっ……くそっ、調整し直しだ。いや、でも構造の反応は見えた。地脈接続型の自律機構……錬金術式とは別系統の変換……ありえねぇが、ありえてる……」
怒りながら、もう思考は研究に戻っている。
ガレヲンは、それを見ていた。
やはり良い。
この人の子は、壊れた工房よりも、未知の理を気にしている。
もちろん工房にも怒っている。
両方に怒っている。
器用である。
「感心。(怒りながら考察可能)」
「うるせぇ」
カリオストロは茶を見た。
湯呑みを持つ。
慎重に口をつける。
一口。
飲めた。
カリオストロの眉が少し動く。
「……味は悪くねぇ」
「歓喜。(飲用、成功)」
「ただし工房が壊れる」
「問題。(そこが課題)」
「課題がでけぇんだよ」
カリオストロは、湯呑みを置いた。
それから、ガレヲンを正面から見る。
「お前、何者だ」
「回答。(通行人)」
「それはもういい」
「回答。(観光客)」
「それもいい」
「回答。(ナイスバディな人外お姉さん)」
「情報が増えたようで増えてねぇ!」
カリオストロの声が工房に響く。
土人形がまたぺこりと頭を下げた。
カリオストロはそれを睨んだ。
「こいつもいちいち腹立つな」
「疑問。(礼儀正しい)」
「礼儀の問題じゃねぇ」
ガレヲンはしばし考える。
何者か。
六竜。
金。
土の理。
楔。
それを答えるのは簡単だ。
だが、今はその必要を感じなかった。
カリオストロは、名も立場も知らずとも検証できる。
ならば、十分である。
「不要。(名以上の情報、現時点で不要)」
「ああ?」
「結論。(汝は我の発明品を検証できる)」
「だから?」
「認定。(汝、検証役)」
「勝手に決めんな」
「補足。(希少な友)」
「友!?」
カリオストロが本気で目を剥いた。
その反応もまた面白い。
「肯定。(発明品を検証する者、友)」
「てめぇの友の基準どうなってんだよ!」
「簡潔。(有用)」
「友情を有用性で語るな!」
カリオストロは大きく息を吐いた。
疲れている。
けれど、追い払おうとはしない。
未知への興味が、警戒と苛立ちを押しとどめている。
ガレヲンはそれを見て、少しだけ沈黙した。
この者は、付き合ってくれるだろうか。
無理に縛るつもりはない。
空の命は、自ら歩むもの。
検証もまた、強制すべきではない。
だから、ガレヲンはふと、普通に言った。
「嫌なら、やめておく」
工房の空気が、少し止まった。
カリオストロが瞬きをする。
それまでの概念めいた言葉ではない。
短く、静かな、普通の言葉。
そのせいで、むしろ距離が近くなった。
カリオストロは一瞬、何かを見誤ったような顔をした。
だが、すぐに鼻を鳴らす。
「……誰が嫌だっつったよ」
ガレヲンは目を向ける。
「継続。(可?)」
「面白ぇもん持ってくるなら、見てやってもいい。ただし、まず出力制御を入れろ。安全機構もだ。あと人間が使う前提で作れ。便利道具の皮を被った災害を持ってくんな」
「理解。(災害ではないものを作る)」
「今までは災害だった自覚がある言い方すんな」
「努力。(次回、改善)」
「次回ってなんだよ」
「予定。(再訪)」
「約束してねぇ!」
「約束。(再訪する)」
「話を聞け!」
カリオストロが叫んだ。
けれど、その手はすでに土人形の核を取り外している。
調べる気だ。
完全に調べる気だ。
ガレヲンは満足した。
「歓喜。(友、得たり)」
「だから友じゃねぇ!」
「疑問。(違うのか)」
「……今はな」
その言葉は、小さかった。
しかし、確かに聞こえた。
ガレヲンは頷く。
「理解。(未来に期待)」
「勝手に期待すんな」
カリオストロはぶっきらぼうに言い、作業台へ向き直る。
その背中は、怒っている。
呆れている。
だが、どこか楽しそうでもあった。
夕方。
山岳島の空に、赤みが差していた。
工房の煙突から、細い煙が上がっている。
先ほど吹き飛んだ扉は、ガレヲンが直した。
ただし、カリオストロによって即座に取り外され、元の傷ついた扉へ戻された。
理由は「勝手に綺麗にすんな」だった。
難解である。
人の子の工房には、傷すら意味を持つらしい。
ガレヲンは発明品を抱え、工房の前に立っていた。
カリオストロは腕を組み、険しい顔で見送っている。
「次持ってくるなら、まず出力制御だ。あと、人間相手に試す前に俺に見せろ。死人が出るぞ」
「否定。(殺傷目的ではない)」
「目的じゃなくて結果の話をしてんだよ!」
「学習。(結果、重要)」
「当たり前だ!」
ガレヲンは頷いた。
結果。
確かに重要である。
土を少し動かすだけで、人の子の道は変わる。
発明品も同じ。
利便性を求めて、命の足元を崩しては意味がない。
「感謝。(指摘、助かる)」
「……ふん」
「次回。(安全性を向上)」
「だから次回前提で話すな」
「不可?(再訪)」
カリオストロは口を開きかけた。
否定しようとしたのだろう。
だが、少し黙る。
工房の中には、まだ分解途中の土人形がある。
岩になった茶もある。
地脈接続型の自律機構。
錬金術とは違う理。
見逃せるはずがない。
カリオストロは舌打ちした。
「……暇な時なら見てやる」
「約束。(再訪する)」
「だから約束まではしてねぇ!」
「受領。(暇な時、可)」
「都合よく受け取るな!」
ガレヲンは満足した。
検証役を得た。
友を得た。
発明は進む。
実に、よい日である。
「送別。(また会おう、カリオストロ)」
「勝手に来るなと言いたいところだが……変なもん持ってくるなら、先に連絡しろ」
「疑問。(連絡手段)」
「……そこからかよ」
カリオストロが頭を抱える。
ガレヲンは少し考え、土で小さな石板を作った。
地脈を通して、簡単な合図を送るためのもの。
カリオストロに渡す。
「贈呈。(呼出用)」
「これまたとんでもねぇもんをさらっと……」
「機能。(我を呼べる)」
「おい待て。そんな気軽に呼べるような奴なのか、お前」
「肯定。(たぶん)」
「たぶんで渡すな!」
カリオストロは文句を言いながらも、石板を受け取った。
受け取った。
重要である。
ガレヲンは満足げに頷き、山道へ歩き出した。
その背中を、カリオストロはしばらく睨んでいた。
「……ガレヲン、ねぇ」
星晶獣ではない。
人間でもない。
魔物でもない。
ただの竜、と呼ぶにも違う。
空の世界の奥にあるものが、人の姿を取って歩いているような違和感。
あれは、何だ。
カリオストロは石板を見た。
見れば見るほど、腹立たしいほど高度な代物だった。
術式ではない。
錬金術でもない。
地脈の理そのものを、呼び鈴のように扱っている。
「……ふざけた奴だな」
そう呟いた瞬間。
作業台の上で、小さな土人形がぺこりと頭を下げた。
カリオストロは固まった。
土人形は、もう一度ぺこりと頭を下げる。
まるで「よろしくお願いします」と言うように。
カリオストロの額に、青筋が浮かんだ。
「……持って帰れよ!」
叫びが、山岳島の夕暮れに響いた。
その頃、ガレヲンは山道を下りながら、静かに満足していた。
「歓喜。(友、得たり)」
空は赤く、土は穏やかだった。
検証役を得た六竜の金は、次なる発明の構想を練りながら歩く。
自動給茶土人形。
睡眠補助石。
疲労回復壺。
携帯用暖炉石。
自動整地箱。
改善点は多い。
だが、それは悪いことではない。
未知が多いということは、楽しみが多いということだから。
「発明。(実に、興味深い)」
そして彼女は、ふと思った。
次は、飲める茶を淹れよう。
できれば、工房を壊さずに。
たぶん。