II:アイドル系魔法少女:IIと神バズリデザイナー   作:時雨 あさひ

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R-15。残酷な描写



3rd Magic 怪物の片鱗

 

 

「ただいま、沙苗(さなえ)ちゃん」

「つむぎお帰りー。帰り遅くなるなら先言えなー?」

「ごめーん。ちょっと急な用事があって……」

 

 アパートに帰宅したのは午後7時を超えた頃。

 

 沙苗ちゃんはもう晩ごはんを食べ終わっていたみたいで、キュッキュと洗い物も済ませていた。

 わたしの分はテーブルの上でラップを敷いてある。この手間をかけさせてしまったのが申し訳なく思う。

 

 我が家の役割分担は、料理・水回り掃除が沙苗ちゃん。洗濯・リビングの掃除がわたし。ゴミ出しはローテで、買い物は2人で。そういうことになっている。

 

「自信作だから。はよ食っとき」

「うん。いつもありがとう」

 

 紙(・)袋(・)を自分の部屋に置き、部屋着に着替えたわたしはリビングに戻ってきた。

 

 それほど広くはない家だが、不便もない。もとより大学生活の四年間のためだけに契約したのだから、当然といえば当然なのだけれど。

 

 沙苗ちゃんはふかふかのソファーに座り、両腕を伸ばす悪役みたいなポーズをしていた。

 

「テレビジョン、オン」

 

 沙苗ちゃんの音声に反応したAIが、言われた通りにテレビをつける。

『グロリアスコスモス』という事務所のアイドルの番組だった。

 なにやら無人島で物作りをしているのを見て、ふと、前に沙苗ちゃんが言っていたことを思い出す。

 アイドルがやるとは思えない体当たりな内容が面白い。それが、とある件をきっかけに注目を浴びた。……のだという。あまり詳しい話は知らない。

 

 今の時代、どこに行っても何を見てもアイドルがいる。興味の無いわたしのような者には、全て同じみたいに見える彼ら彼女ら。

 

 こういった番組はどれも特別に見えなかったが、きっとファン中には毎週待ち望んで、それが生きがいになってる人も少なくないんだろうなと思った。

 

 

 誰にだって、そういうものがある。

 

 

 今まで服のことしか考えてなかったわたしが、ようやく特別だと思えたのがおんぷちゃんだ。

 笑顔が素敵で、めちゃくちゃ良い匂いして、他人思いで、赤ちゃんで、待ってやり直しさせて。邪念が混じった。

 

 とにかく、その人の一挙一動が特別になることを、世間では『推し』と呼ぶのだろう。

 

 世界は、煌めきで満ち溢れている。

 

 誰かを好きっていう気持ちが、視ている世界を輝かせる。

 アイドル系魔法少女香純おんぷが、そう気づかせてくれた。

 

 けれど。

 

『七星つむぎさん。あなたにーーー

 ーーーわたしの衣装を作って欲しいの』

 

 言葉を思い出す。

 

 あのまま了承するわけにはいかない。

 なによりわたし自身が許せない。

 だから、わたしはーーー

 

 ぎゅ、と握りこぶしをつくる。

 

「沙苗……ちゃん」

 

 きちんと話すべきと判断し、声をかけた。

 ソファーに座ったままの沙苗ちゃんが、背もたれに体を任せて顔だけわたしの方に向ける。

 

「どした? そんな難しい顔して」

「ちょっと、4日……ううん、3日ぐらい大学に行けないかも」

「3日ぁ⁉︎」

 

 沙苗ちゃんは体勢を変え、こちらを見据えた。

 

「衣装を、作らなきゃいけなくて」

 

 勢いよく頭を下げる。

 

「どうしてもなの! それが終わったら、ちゃんと出席するから!」

 

 大学1年生の4月に、こんな無謀なことをするのがどれほど馬鹿かは分かってる。

 でも、こうしないと次(・)の(・)ラ(・)イ(・)ブ(・)ま(・)で(・)に(・)間(・)に(・)合(・)わ(・)な(・)い(・)。

 今のわたしなら3日で作るのは造作もないはず。

 

 命を燃やしてでも、必ず完成させる。

 

 全身全霊をかけて、今までの自分を超えた衣装を作らなければ。

 

 妥協したままじゃいけない。停滞してもいけない。

 

 ただ作ればいいってものじゃない。思いをぶちまければいいってものじゃない。

 

 祈りを込めるように、

 

    夢を描くように、

 

      憧れるように、

 

       ーーー魔法を、かけるように。

 

 

 

 わたしは今から、1つの服を作るんだ。

 

 

 

「……。……なにかあったかは聞かない」

 

 部分を切り抜けば、突き放したとも取れる発言。

 けれど、そうではないことを知っている。

 沙苗ちゃんはすました顔を緩ませ、にっと白い歯を見せて続けた。

 

「でも、つむぎがガチになってるの見ると、けっこー自分なかで意見がまとまってる感じ? じゃん? なら止めるだけ無駄ってやつだろーし」

 

 ピシッと強くわたしを指さす。

 

「服、作るんでしょ? ドデカいのかましたれよ」

 

 親友の励ましの言葉に、うるっと涙腺が刺激される。

 持つべきものは友と誰かが言っていたが、まさしくその通りだ。

 わたしは強く目を瞑り、開き、頬に伝わるものを感じ取り、感嘆の声を上げる。

 

「沙苗ちゃん……!」

「周りの奴らには風邪ってことにしておくから」

「沙苗ちゃん……!」

「ところでーーー飯、食わないの?」

 

 豪速球で席につき、両手を合わせた。

 

「いただきます……‼︎」

 

 

 

            /

 

 

 

 翌日。

 

 ふわあ、とあくびを沙苗は噛みころす。

 人の多い駅を掻い潜り、陽の光が眩しい外に出た。

 

 こういう時、ヴィジョバは便利な物だとつくづく思い知らされる。

 どれだけ人がいても、ぶつからない渋滞に巻き込まれない最適なルートを示してくれる。なんとありがたいことか。朝から無駄な体力は使いたくはない。

 

「うぃ〜。おっはー」

 

 肩を叩かれ、振り向くと友達の虹音さくらが普段と変わらない、のほほんとした顔で挨拶してきた。

 AR機能をシャットアウトし、「よっす」と片手を上げてハイタッチする。

 

「今日さ、テレビで特集やってたんだよ〜」

 

 急にさくらが話題を振ってくる。

 腕を組み、沙苗は耳を傾けた。

 

「へぇ、どんなやつ?」

「BLTサンドが流行って話。で、わたし今まで勘違いしてたの」

「ベーコン(B)レタス(L)トマト(T)でBLTっしょ?」

「そう! わたしビーフ(B)ロースト(R)チキン(C)って思ってた〜びっくり〜!」

「1つしかスペル合って無いのに全部肉ってなに⁉︎ 大学生にもなってそんな単純な英語もできないさくらにびっくりしたわ!」

「あっ!」「今度はどうした?」

「ビーフとローストチキンだから二つしかない!」

「だッ。そもそも骨付き肉をパンに挟んでるのがおかしいってことに気づけ⁉︎」

 

 思わぬボケにずっこけた沙苗がツッコむ。

 小学生からの付き合いなので、人となりは知り尽くしているが、今日はいつにもまして天然が強い。

 大丈夫か……? と生暖かい目になる沙苗。

 

「ん〜……?」

 

 首を傾げてさくらは周りを見渡した。

 今度はどういったボケが出てくる、と身構えると、彼女が口にしたのはさほど天然でもない発言だった。

 

「そういえばつむぎちゃんって今日は……」

 

 同居していることは話していたので、真っ当な疑問だった。ダブルでごめんと内心謝り、つむぎと約束した通りの嘘を言う。

 

「風邪。香純おんぷのことが好きすぎて熱ってか? いや、流石にそれは無いか……」

 

 そうだったら一年中病院通いは間違いない。

 間が空いた。

 話を聞いたさくらの表情は固まっていた。

 バレたのかと冷や汗が出る。さくらになら言ってもいいか? 口を開こうとしたが、ためらいがそれを止める。

 すると、さくらは遅れて驚きの顔になった。

 

「えっ。……4月に? 大変だねぇ」

「広島から上京して来たばっかだし、疲れもあったみたい。ま、さくらは別に気にしなくていいよ。心配してたこと、伝えとく」

「……うん。お大事にと、お伝えくだされ」

 

 語気を強めにして、両手を合わせるさくら。

 これは、もしかしたら風邪ではないと察しているのかもしれない。

 そうと仮定し、誠意を受け取った沙苗は頷く。

 

「任されました。……んで、今日の3限目ってさぁーーーん?」

 

 沙苗はさくらの目の下に隈があるのを見つけた。

 というか、珍しくすっぴんだったことに気づく。

 

 さくらは身なりを気にする方で、新作のコスメは彼女経由で知ることが多い。沙苗が使用してるファンデもその内の1つだ。

 小学生の時からメイクをかかさなかったと自称するさくらが、今日してこないのは不思議に感じる。

 

 ああ、だからさっきあんな頭が働いてない発言をしたのか、と安心する。本気だったら恐怖の粋だった。

 

 沙苗が気づいたことにさくらが察し、顔を手で覆い隠す。某御殿の顔写真のようだった。

 

「あんま見んといて〜……」

「希少性が極めて高いのでダメ。ゲームやって寝落ちでもしたん?」

「ははは〜……。延々と動画見てたらね。美優(みゆ)ちゃんが進めてくれたのがあってさぁ」

「へぇ。妹のために全部見て、挙げ句の果てにメイクする時間も無いほどの寝坊をしたと」

「ん。そんなとこ〜」

 

 嘘だ。

 

 飄々(ひょうひょう)とした表情のさくらを見て、思う。

 口には出さないが、沙苗には確信があった。

 肌から伝わったピリッとした刺激と、喋った時のトーンや話し方が、沙苗に『嘘』だと警告していた。

 

 昨日のつむぎのように直接言うならまだしも、さくらは背伸びして体を大きく見せるタイプの人間だ。

 指摘(してき)したら精神的なショックは免れまい。

 それ故に、沙苗は黙っておくことにした。

 

「………………」

 

 腰を入れ、左足を後ろに。

 沙苗の突然の行動にさくらが足を止めるとーーー

 ーーー追い越すように沙苗が走っていった。

 

「はっ、えっ?」

 

 疾走の風がさくらの髪をなびかせる。

 目を見開いた彼女が、遅れて視線を移動させた。

 そう遠くない距離にある沙苗は首を向けて言う。

 

「んじゃ、早めに大学行ってパウダールームの確保が先決っしょ!」

「男子中学生みたいなことしだした〜!」

「2着が自販機のジュース1本おごりね!」

「なにぃ〜⁉︎ 先に走った方がルールを提示するなんて横暴を許すものか成敗いたす〜っ!」

 

 さくらもそれに続いて走り出す。

 

 体幹の強い、素早い足の運びはまるでブレが無く、スピードはみるみる上がっていく。

 あっという間に並び抜いたのを見て沙苗はギョッとした。

 

「え⁉︎ さくらってそんな足速かったっけ⁉︎」

 

 しかも膝の位置が高く姿勢も正しい綺麗なフォーム。中高と運動部だった沙苗は負けまいと口角を上げる。

 最後にクラスが同じだったのは中学3年生の時。そこから今日に至るまで、さくらはどんなことをしてきたのか。

 それが嘘と関係ある気もするが、ひとまずはさくらの調子が戻って安堵する。

 

 多少強引な手だったが、沙苗自身も深く考えたら彼女の印象が悪くなりそうだったので一石二鳥と言える。

 

「まぁ、色々とあってね……っ‼︎」

 

 そう言って、ついにさくらは沙苗を追い越した。

 

 

 

          /

 

 

 

 集中してミシンを動かす。

 レバーを切り替えて折り伏せ縫いに。

 

 体を動かしてると同時にアクセサリーのイメージ図を脳内で執筆。

 パターン32を採用。まだ棚の中に材料が残っていたはず。

 

 息を吸うタイミング。息を吐くタイミング。

 切り替え。両袖が完成する。

 

 次はフリルの部分。難易度自体はそうでもないが、目の疲れが深刻だ。

 わ(・)た(・)し(・)は(・)デスクから離れ、震える手で目薬をさす。

 じわり……と目に沁み、奥まで届き、ゴツリとした痛みが引いていく。

 

 進行は順調。だが油断はいけない。人間である以上、眠気や吐き気が出る時もある。

 特に眠さは大敵だ。まばたきのために目を閉じると中々開けない。下手すれば意識を持っていかれる。

 そうしないためにも、直ぐに作業に取りかかる。

 

 重大な仕事を前にして緊張も疲れも普段より大きい状態にいるわたしは、おそらく何かの拍子に壊れてしまいそうなほどの精神状態にあった。

 

 最初こそ空想にふけるようにデザインを作り上げたが、時間が経つにつれ焦燥感と疲れがわたしを蝕んでいった。

 

 なので自分を1つの人形と思い込み、動きの1つ1つを俯瞰して動かすイメージで作っている。

 そうすれば、かろうじて作ることが出来たから。

 

 こんなことは初めてだった。

 誰かのために衣装を作るということが。

 大切な服を大好きな人に着せることが。

 そのために身を削って作ってることが。

 なにもかもが初体験で、それが恐ろしく怖い。

 

 体中に鳥肌が立つぐらいに寒くて、ミシンの静かな音すら怖くなって、完成できるのかが怖くて、見て嬉しくなってくれるのか分からなくなって、そんな自分がいることが1番怖くってーーー

 

「だめ、だ」

 

 頭をはらい、気を紛らす。

 強い孤独感を覚える寸前で助かった。

 そんな状態で、おんぷちゃんの衣装を作ることなど到底不可能だ。

 

 スマホをタップすると、光る画面に時刻が表示される。作業開始から36時間が経っていた。

 つまり、今のわたしだと寝ずに最低36時間は作業することが可能ということ。

 

 短いのか、長いのか。わ(・)た(・)し(・)は(・)息を吐く。

 

 ピクピクと目がけいれんし(・)た(・)。

 

 

「ーーーーーーーーーーーー」

 

 

 わ(・)た(・)し(・)は(・)動きを止める。

 

 

 なんで?

 

 

 なんで今動いた? 動けとわたしが命じたか? お前は黙ってわたしの視界の役割をしてればいいんだ最高の衣装を作るためにお前が必要なのになのにお前は嫌がるのか嫌がったのか魔法をかけてもらったくせにあの笑顔を見たくせにまさかおんぷちゃんのことが好きじゃないのか? そんなのはわたしじゃない。衣装を作らないわたしなんてわたしじゃないおんぷちゃんのことが好きじゃないわたしなんてわたしじゃないだとしたらお前は誰だいつの間にわたしの目になった穢らわしいその目でおんぷちゃんの姿を見たことに腹が立つ。返せよ。返せ返せ返せかえせかえせカエセかえせ返せカエセカエセカエセカエセ返せーーー‼︎

 

 

 わ(・)た(・)し(・)は(・)目に手を当てる。わ(・)た(・)し(・)は(・)グッと力を入れてわ(・)た(・)し(・)は(・)目を取り出そうとする。

 

 そうだ。それでいい。

 わたしはわたしを取り戻すんだ。

 

 返せ、(痛い)返せ、(痛い)返せ、(痛い)返せ、(痛い)返せ、(痛い)痛い、(返せ)返せ、(痛い)返せ、(痛い)痛い、(かえせ)痛い、(痛い)痛い、(痛い)痛い(痛い)ーーー‼︎

 

 偽物の目のくせに痛みが出る。まるでわたしの目と言い訳しているようで余計に腹が立つ。いつまでお前はそうしているんだ。

 あ、もう少しで剥がせる! 待っててね、もうすぐで、もうすぐでーーー!

 

 

 

 

 突如白い光が、わ(・)た(・)し(・)の(・)目(・)に映った。

 

 

 

 

『ほんと⁉︎ 嬉しい!』

 

『はじめまして。来てくれてありがとうっ。わたし、あなたに笑顔を届けられた?』

 

「ーーーーーーーーーーーぁ」

 

 

 光を見た。

 

 なによりも尊い、光を見たのだ。

 

 わたしは、わたしの目で、この目で、おんぷちゃんと出会った。

 ひとときの迷いとはいえ、疑ったことを強く悔やむ。噛んだ唇に、血が滲む。

 

 ポタリ、ポタリ、桃色のカーペットに場違いな紅色が点を作る。

 ポタリ、ポタリ、透明な液体がカーペットを濡らす。

 

 涙だった。わ(・)た(・)し(・)の(・)目(・)か(・)ら(・)涙が、流れていた。

 わたしは、その場に崩れ落ちる。

 

「とどけて、もらった……のに」

 

 か細い声は孤独な部屋にも届かない。

 

 今の顔はなんだ。

 鏡(わたし)を見てみろ。なんて醜い。

 隈がひどくて、毛穴が開いて、パッサパサの唇で、しかも血が出て、涙と鼻水でぐしゃぐしゃで。

 こんな顔で、まだ好きって言えるの?

 言えるわけないじゃん。

 

 鏡に映ったわたしが自我を持って喋り出す。

 手を引いて、諦めさせようとしてくる。

 

 そんな感情で作っても、良い物なんて絶対に作れっこないって!

 怒りのまま、マグマみたいな激情のままに作った衣装がアイドル系魔法少女香純おんぷに相応しいと思ってるの?

 馬鹿すぎて笑う。

 もう無理無理! 早く止めちゃえ!

 だって。

 お前は結局、自分の感情を押し付けてるだけなんだからーーー‼︎

 

 

 けれど。光が見える。

 見えるんだよ、わたしは、どんな時でも。

 

 

『つむぎお姉ちゃんって、本当にわたしのこと大好きなんだね』

 

 

 彼女の笑う顔は光そのものだった。

 色鮮やかに咲く花みたいな可憐な笑顔が。

 わたしを、引き戻した。

 

 

「ーーーーーーーーーーーる」

 

「ぇ、る」

 

「せかいで、いっちばん好きだって……言える……!」

 

『ほんと? あなたの1番になれて嬉しいなっ』

 

 

 地獄に堕とされようが、その笑顔は忘れない。

 

 最初の光景を、その次の光景を、違う光景でも、私服の時の光景でも、一緒に万歳した光景でも、どれか1つでも覚えてる限り、わたしは自分を保てる。

 芽生えた「好き」の、スタートラインに立てる。

 

 顔を両手で拭う。

 色んなものが混ざって、手のひらが変になった。

 それが今のわたしだ。

 

 見返りなんて元から望んでない。

 

 心臓のリズムが正常になる。

 息を吸って、吐いて、生きるをする。

 

 わたしはただ、おんぷちゃんに笑顔でいてほしいだけ。

 

 わたしは立ち上がる。

 ふらり、とよろめきそうなところをこらえた。

 

 それに、頑張る理由はもう1つある。

 

 

『そうだなぁ。正直に言ってくれたらーーー』

 

 

 まだわたしはーーー

 

「おんぷちゃんに、まだ、なでなでされてない……‼︎」

 

 会って、絶対にしてもらう。

 だから頑張れる。火が灯り、大きく燃え上がる。

 パンッ‼︎ と両頬を強めに叩き、痛みで眠気を覚まさせた。

 

 ジンジカ痛むが、まぁしでかそうとしたことに比べればなんて事はない。

 思い出し、正気じゃなかったの1言で片付けられなくて震える。徹夜の魔力はここまで人を狂気に貶めるのか。

 え? ていうか目の痛み引いて後遺症(こういしょう)出ないのおかしくない? 終わって寝たら眼科に行かなくちゃ。

 

 ミシンに挟まれた衣装を見る。

 今までの自分の作った衣装よりずっと凄い物を作ると意気込み、作業しているのはわたしのためでもあり、おんぷちゃんのためでもある。

 

『七星つむぎさん。あなたにーーー

 ーーーわたしの衣装を作って欲しいの』

 

 それ自体は良い。

 でも、ただそうするだけじゃだめだ。

 わたしを超えるわたしを作らなきゃだめなんだ。

 そうしなきゃ、おんぷちゃんのためにもならない。

 なによりーーー

 

「…………よし」

 

 目をパチパチと瞬きし、作業に戻るーーー

 ーーーそのために、まず。

 

 下を見る。桃色のカーペットには、わたしの血が付着したばかりで、今からでなら、綺麗な桃色に戻すことが出来る。

 

「……カーペットのシミ抜きしなきゃ」

 

 作るのは、それが終わってからだ。

 

 

 8時間後、その衣装は完成した。

 予定よりも1日早い、44時間の約2日間。

 もう目がしょぼしょぼだし腰がバッキバキで、スーパー銭湯に1日中いたい気分だった。

 

 だが、心から素晴らしいと思える衣装を作ることができた。

 これならおんぷちゃんに自信を持って見せることが出来る。

 

 早くあのかわいい衣装を着てるおんぷちゃんが見たい……いや危ない。急にまたあんな風になる可能性だってある。今は感情を抑制しなければ。

 

 わたしはドアノブを捻り、体重を向けて扉を開ける。

 ふらふらとした足取りでリビングに出ると、小さな悲鳴が聞こえた。

 

 顔を上げる。沙苗ちゃんだった。

 まるでゾンビを見るような目でわたしを見てくる。多少の自覚はあったけどそんなにひどい?

 

「お、おう……完成、したの」

 

 返事は頷きで。

 喉をゴクリと鳴らして、壁に手をつき姿勢を正す。

 

「沙苗ちゃん。前に、おんぷちゃんのライブに誘ってって言ってたよね?」

 

 ガラガラの声。

 必死こいて絞り出した声で、沙苗ちゃんに言う。

 

「明後日、行こ」

 

 





「ところで沙苗ちゃん。わたし、これからスパに行きたいんだけどいい?」
「絶対ダメ。あんた今の状態だと温泉浸かってそのまま安らかな眠りコース一直線だから行かせないから」
「い〜〜〜〜〜〜〜ん…………」
「明後日のライブ見終わったら、なら行けるけど」
「沙苗ちゃん……‼︎」
「ともかく。お疲れ様。……よく頑張った」
「沙苗ちゃん……‼︎」
「ちゃんと休めよ」
「おやすみなさい……‼︎」

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