II:アイドル系魔法少女:IIと神バズリデザイナー 作:時雨 あさひ
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初めての魔法は、妹にだった。
「うわぁぁぁぁっん! うああああああっ!」
家のちょっとした段差につまづいた妹が、倒れたまま泣き出した。
速い歩きだったのを覚えている。その様子を、幼稚園に入ったばかりの彼女は元気だなぁと見守り―――そして、転んだ瞬間に急いで駆けつけた。
「みゆちゃん、みゆちゃんっ」
「うぅぅううう……! ぇえええええん!」
妹を立たせると、その泣き顔が見えた。
ぎゅっとしまった顔。生えそろえたばかりの白く小さな歯をむき出しにして、大声を出している。
痛い、痛い―――悲しい気持ちが強く伝わってくる。
彼女は、母親にしてもらったように妹を抱きしめ、ぽんぽんと優しく背中を叩いた。
「いたかったね、だいじょうぶよ、だいじょうぶ」
「いっ……! いいっ! うえぇえええぇええ!」
だけども、妹が泣き止むことはなかった。
―――どうしたらいいんだろう。わたしが、お姉ちゃんなんだから、だから、やらないと!
―――わたしがみゆちゃんの泣いてるのを、笑ってるのにしないと!
責任感からの衝動と、大好きな人が泣いているのを見過ごしてはおけない、ありふれた愛が、彼女を突き動かした。
腕を離し、人差し指だけを立てて、くるくると手首を回す。
今からするのは、なんてことない魔法だ。
「ちちんぷいぷい、みゆちゃんのいたみ、わたしにうつれ~~!」
そうして、妹の体に触れる。
「ぎゃ~~~~!」
彼女は大げさに後ろでんぐり返しをして見せた。
途端、妹の声がしなくなる。鼻をすする音と、ひくひくという音。
見れば、妹の涙は止まっていた。
今度はただのでんぐり返しで、元の位置に戻る。
「んっ、ん。へへぇ……」
涙をハンカチでふいてあげると、妹は小さく笑った。
「みゆちゃん、もうへいき?」
「ん。みう、へぃき!」
「ほんと? みゆちゃんはつよい子だね~」
彼女は頭をなでる。愛おしく、ゆっくりと。
2歳差というのは近いようでとても大きい。
おもちゃを取り合うことだってあるけど、二人いっしょに歩くときはいつだって姉が妹の手をつないで先を行く。そういうものだ。
妹の柔らかい手が、彼女の頬を叩く。ちょっとだけ冷たい感覚。
「おねえちゃん、おねえちゃん」
「ん? なぁ~に~?」
口をパクパクさせて、妹は気持ちをなんとか言語化しようとしている。
それを慈愛のまなざしで見つめた。
「えとね。えと、ん。へへへへ……ありがとっ」
妹が笑う。目尻が垂れ下がった、ふにゃっとした笑顔であった。
「――――――」
目に。脳に。細胞に。魂に。その笑顔が刻み込まれる。
ありがとう、と言って妹は笑った。
笑顔にしたい、と思ってしたことが、これ以上と無い形で払われた。
たぶん、それが始まりだったのだろう。
その笑顔は、何よりも特別で、何よりも意味を持っていた。
魔法をかけた彼女の方が、魔法にかかったのだ。
それが、香純おんぷが芽生えた瞬間だった。
「もっかいして! もっかい!」
「うおおおお~! まっかい、みっかい、むっかい、めっかい、もっかい~!」
「あははははははは!」
♪
「それじゃあ美優ちゃん、お姉ちゃん行ってくるね~」
「すみません、姉さん。私が急な仕事が入ってしまったばかりに―――」
「新学期新学年で生徒会が忙しいんじゃ仕方ないよ。その分、こっちは任せて!」
「は、はい。ありがとうございます、姉さん」
「そんな心配そうな顔しなーいの。わたし一人で充分なんだから」
「そちらではなくて……その……えと……」
「ん? お姉ちゃんに言っていいよ」
「私の気のせい、だったらいいのですが」
「……?」
「無理、してないですか?」
「――――――へ?」
「ここ数日、姉さんがどこかうわの空に見えてしまって。ぽっかりと抜け落ちてしまっているような、そんな気がしたんです。
何かあったのなら、私に言ってください。妹、なんですから……」
「―――。あははは……バレちゃってたか……。実はさ―――」
「…………」
「実は訳あって一週間お昼ご飯をおごることになって懐事情が危機を迎えまして」
「それ、虐められてるって言いません……?」
「いやいや、違うって~。友達が紹介してくれた子がね? とんでもなく凄いデザイン画や制作した衣装を見せてくれて、そのお礼として……」
「それ、たかられてるって言いません……⁉︎」
「とにかく、そういうことでして。ごめんね、美優ちゃんに心配させちゃって」
「……。でしたら、いいんです」
「うん。誤解が解けたみたいで良かった良かった」
「けど、本当に何かあったら言ってくださいね? 姉さんが傷つくことが私の1番イヤなことですから」
「……ありがとね、美優ちゃん」
「いつも姉さんからは貰ってばかりですから。返せる時があったら、返させてください」
「ん。そーゆー時が来たら絶対頼むね」
―――言えるわけがない。
―――美優ちゃんには、言えない。
―――でも、わたしは。
―――わたしはいったい、いつまでこんな背伸びを続けるんだろう……?
「―――行ってらっしゃい、さくら姉さん」
作った笑顔を見せて、扉を、閉めた。
♪
「初めまして♪ わたしの名前は香純おんぷ! アイドル系魔法少女をしている者です! 今日は、ここにいるみんなに! そしてそこのあなたも! ちょっと遠くにいるあなたにも! 歩いているそこの人たちにも! みーんなが笑顔になる魔法をかけちゃうね♪」
「はーいみんな! わたしはアイドル系魔法少女、香純おんぷ♪ 今日わたしのこと初めて見たって人ーーーああみんなそうなんだ! じゃあ、出会った記念日にしちゃえるような時間を届けちゃうから! 見逃さないでねー♪」
「笑顔の魔法をみんなにも♪ アイドル系魔法少女香純おんぷっ! いっくよーーーーーっ♪」
歌っていた。
踊っていた。
みんなに笑顔を届けていた。
何もかもが好きだった。何もかもが輝いていた。
心にポウと灯った暖かな光が道しるべ。
誰かに魔法がかかれば、魔法はわたしにもかかる。
嬉しかった。
楽しかった。
それはまるで夢物語。
夢を見せて、夢を見ていた。
そう、していたはずなのに。
『わたしは、おんぷちゃんの言うことは聞けない』
笑顔を消してしまった。
あったはずの好きを汚してしまった。
香純おんぷは、してはいけないことをしてしまった。
『わたしは、おんぷちゃんの言うことは聞けない』
鋭い目つきに強張った表情。
触れたら痛むような刺々しい雰囲気。
その口から発せられた、明らかな拒絶の声色。
自分勝手なことを口走った罪と罰が、そこにはあった。
『わたしは、おんぷちゃんの言うことは聞けない』
ずっとずっと悔いている。
ずっとずっと思い浮かぶ。
呪いみたいに、心にシンと入ってくる。
これは運命と、つむぎのノートを見た時に感じた。
本を広げながら衣装を必死に作っていたある日、SNSで見つけたあの衣装。
それが、あのノートにデザイン画として残っていたからだ。
絵本に出てくるようなそれを見て、絵本作家になりたいと夢見る虹音さくらの側面。こういうのを着たいと羨望の眼差しで見る香純おんぷの側面があった。
憧れた。これを目指したいと強く思った。
結局は拙い物しか作れなかったが、それでも、あの時に憧れたおかげで良い物は作れたと、心から思っている。
そんな衣装を作った人が、目の前にいる。
それも、香純おんぷのファンだと言っている。
すぐに行動に出た。浮き足立っていた。
回収棚に行ったのを見計らって手紙を仕込んだ。
急いでロッカーからバッグを取り、私服姿の香純おんぷに変身した。
そして、言われた。
『わたしは、おんぷちゃんの言うことは聞けない』
言われて当然だ。自分は彼女の好意を利用したのだから。
自分だけでは届かない。だからあなたの衣装が欲しい。
まだしたいことがあった。もっと多くの人に笑顔を届けたかった。
―――でもそれって、本当におんぷは思ってるの?
ああ、と息を漏らす。
好きを利用して、自分のものにしようとしたこと。
勝手に香純おんぷの代弁をしたと思い込んだこと。
アイドル系魔法少女がかけた魔法を消してしまったこと。
それらが今、彼女の心をぐちゃぐちゃにしている要因だった。
つまりそれは―――
「香純おんぷがしてはいけないことを、してしまった」
結局は自分のせいなのだ。
自分がしでかしたことを、被害者ぶって嘆いてるだけなのだ。
勝手に行動して、勝手に提案して、勝手に傷ついているだけなのだ。
それを嘘をついて誤魔化して、かわい子ぶってる。
そこで、虹音さくらはハッと顔を上げた。
スマホのアラームが鳴ったからだ。開演20分前。勇気付けの思い出のアニメの曲に、さくらは反応した。
ここは原宿の歩行者天国こと通称『ホコ天』。
だいぶ昔に一度は廃止されたが、25年前に再開。今ではストリートアイドルが場所を取り合う人気スポットになっていた。
アイドルを囲むような集合体が作られ、それが複数個あった。スマホで撮影している人や、手作りのグッズで応援している人、なんか1番後ろの方で感慨深そうに頷いてる変な人がいたりしていた。
アイドルの歌声がスピーカーで大きくなり、それを応援する声。が、複数もあり、且つ他のところと干渉していないため、まさしくコロニーと表現するに相応しい現場であった。
そのステージ裏に、『香純おんぷ』になる前のさくらが佇んでいた。
「はははぁー、いけないいけない。ちゃんとしないと~。もうちょっとで始まるんだからー。せっかくの原宿凱旋なんだもん。もっともっと沢山の人を笑顔にするんだから、ネガってる暇なんて無いって〜」
空虚な独り言を呟く。
それも背伸びだということは分かっている。
だが、今の感情を吐露してしまえばその時点で魔法は溶けてしまう。
「そもそも、そういうのってわたしのキャラでも無いしね〜。もぉ〜、頑張れ頑張れわたし〜。やるぞ〜!」
香純おんぷは、弱みを見せてはいけないのだ。
「あ、れ……?」
しかし。
それにはーーー心が耐えられない。
「あれ、なんだ、あれぇ? へん、変だよ。わたし」
さくらの目には涙が浮かんでいた。
涙なんて、小学生以来流したことがない。
それ故に、さくらは自分にどれだけヒビが入っているかを自覚出来なかった。
背伸びで出来た靴擦れが、取り返しのつかない傷へと変貌していく。
虹音さくらという入れ物が、決壊しようとしている。
「香純おんぷは、泣かないんだ。泣いちゃ、だめ、なの」
そう言って虚勢を張るのも無駄だった。
むしろ勢いは増して、香純おんぷが剝がれていく。
これ以上涙を流せば、虹音さくらとしての心が勝ってしまえば、魔法は2度とかからない。
「ま、って。それだけは、は、だめ。やめて、まって―――!」
止まらないし待ちもしない。
必死に涙をぬぐい、さくらは香純おんぷに縋りつく。
しかしそれがメイクを崩し、もはや誰でもない者へと変えていく。
劣等感が、心を体を黒に染めていく。
虹音さくらは、香純おんぷに依存していたのだ。
自分には何もなくて、だからおんぷになるしかなくて。だからもっと良くなろうと、七星つむぎの手を借りようとした。もっと『香純おんぷ』に近づきたかった。
その結果がこれだ。見るに堪えない、愚者が1人。
自分のことしか考えていない、道化以下。
ああ、なんて―――
「―――なんて、無様」
こんなのは『香純おんぷ』じゃない。
こんなのは『アイドル系魔法少女』じゃない。
「こんな、のは―――」
魔法が解ける、その寸前。
ありえない、声が聞こえてきた。
「おんぷちゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっっっ!!!!!!!!!!!!」
ありえないというのは、その声の大きさだった。
もう、今までのシリアスな雰囲気なんざ知ったことかというぐらいの、常識的にありえない大きさの声が虹音さくらの耳に聞こえてきた。
「え…………」
そんなはずはない。彼女のはずがない。
だって、ごめんって、聞けないって言った。
都合よく扱われるって知って、怒ったはずだ。
だからこれはきっと幻聴―――
「おんぷちゃあああああああああああああっっっん!!!!!」
いや絶対違うこれだって近づいてきてる。
でもなんで? なんで? なんで?
さくらは戸惑う。どうして来てくれたの、と。
どうして―――わたしの名前を呼んでくれるの、と。
手を止める。
気づきもしない内に涙は枯れていた。
その人を待っていた気がした。
その人が来ると信じていた気がした。
ほんの、ほんの小さな思いだったが。
声の主は、好きなことに全力を注ぎ、好きな人にどこまでも一途な「好き」の怪物であることを。
笑顔の魔法は、まだかかっていたことを。
その人は―――
「お、」
その人は、香純おんぷのことが一番好きで。
「ん、」
その人は、好きの気持ちに嘘が無くて。
「ぷ、」
その人は、笑っちゃうぐらいおかしな人で。
「ちゃあああああああああああああああああああっっっっん!!!!!!!!!!」
―――たぶん、きっと。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
七星つむぎは、息を切らして香純おんぷの目の前に立つ。
おんぷはその人を見て、唖然とする。
胸が苦しくなって、頭が真っ白になる。
なんて言えばいいのか分からなかった。
「あなたを使おうとしてごめんなさい」。そう謝罪する言葉がようやく出力されるくらいに。
「おんぷ、ちゃん」
ピクリ、とおんぷの体が反応した。
まっすぐな瞳がおんぷを見つめる。
この4日間に、何をしていたのか。
どうしてここに来たのか。
その疑問は、直ぐに分かることになった。
つむぎは、肩に抱えた衣装バッグをおんぷに突きつける。
「見て、欲しい物があるの」
♪
遅れて、沙苗ちゃんがやってきた。
「つむぎ、あんなデカい声出さなくても良かったっしょ。耳ぶっ壊れるかと思ったわ」
「え!? だって周りの音が大きかったから聞こえないかと思って……」
「フツーに近づいて話せばよかったくね?」
「…………!」
「マジかよお前……」
「あ、あ~。でも、嬉しかったよ? つむぎお姉ちゃんからの愛を感じられて……」
「大丈夫? 言わされてないそれ?」
沙苗ちゃんがおんぷちゃんにかける言葉は、どこか親しげに聞こえた。まぁおんぷちゃんって平和の象徴みたいなところがあるし当然か。
それはともかくとして、この子はわたしの一番の友だちだとおんぷちゃんに話す。
「へ、へぇ。初めまして……」
どうしてか、ちょっと引きつった表情に見えた。
というより、おんぷちゃんの顔に違和感を覚える。
差し出された手を、沙苗ちゃんは握った。
「ん。……メイク、崩れちゃってるみたいだけど?」
「え? あ~……あははは……」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「今つむぎどっから声出た?」
わたしはおんぷちゃんのファンなのにメイクが崩れていることを沙苗ちゃんに先に気づかれるなんてわたしの方が先に好きになったのに愛が足りてない証拠だ1日3拝を1日10拝に変えなくてはその顔を拝んで、拝んで、お、が……。
おんぷちゃんの顔を見つめる。
目元が赤かった。不自然な痕跡があった。
つまり―――泣いていた、跡があった。
香純おんぷは、さっきまで泣いていた。
だからそれを拭おうとして、メイクが崩れたんだ。
「ーーーーーー」
どうして、泣いていたんだろうか。
どうして、平然と話しているんだろうか。
どうして、話してくれないんだろうか。
「おんぷちゃん」
その理由は分からない。
聞いたとて、おそらく無駄だろう。
わたしはゆっくりと立ち上がる。
だけど、わたしには出来ることがある。
かけてくれた笑顔の魔法を、今度はわたしがかける番だ。
「……全く、切り替えがどうなってんだか」
呆れて目を閉じた沙苗ちゃんが一歩引く。
こんなことにまで付き合わせてしまったことに罪悪感を覚える。後のスパの代金は自分が払おう、と心に決めた。
「おんぷちゃん、わたし―――衣装を作ってきたの」
「――――――」
そう言うと、おんぷちゃんは僅かに目を見開く。
小さな息が漏れる音。瞳に宿る意思が揺れているように感じた。
おんぷちゃんの口が開かれる。
「……どうして? あの時、言うことは聞けないって……」
確かな困惑と、本人でさえ気づいていないであろう怒りが込められていた。
わたしはまっすぐに答える。
「おんぷちゃんに、衣装を作ってって言われたとき、嬉しかった」
「うれし、かった?」
おんぷちゃんが消えいるような小ささで反復する。
その気持ちに嘘は無い。
七星つむぎが香純おんぷの衣装を作れるなんて、夢のようだ。叶うのならば是非にともその手を取ろう。
でも、だから―――
「だから、簡単にいいですよって言えなかったの」
「? それって、どういう……」
首を傾げると、少しだけおんぷちゃんの雰囲気が和らいでいく。
……そうか。
泣かせた原因は、きっとわたしにある。
自分自身に対する憤りを抑え、わたしは続けた。
「私自身の問題。ファッションデザイナーとしてのプライドが、どうしても許さなかったから」
たかがアマチュア如きが自称するには傲慢だが、それがわたしの心の正しい言い方だった。
「だっておんぷちゃんが見て好きになったのは、過去のわたしが作った衣装だから」
それじゃあ駄目なんだ。
それで妥協していいはずがない。
バズったから何だって言うんだ。それが作る権利を得た理由にはならない。
「それを超えなくっちゃ、今のわたしの衣装で惚れこませなきゃ、おんぷちゃんが本当の意味で喜ばないと思うから。何より、わたしが嫌だから」
それで惚れさせることが出来なかったら、わたしは所詮その程度の存在。過去の自分に勝てやしない人間を、どうして採用できようか。
アイドル系魔法少女香純おんぷを一番輝かすことの出来る衣装が、わたし以外に作れるのならその人に譲ろう。
だが絶対そんなことはさせない。
わたしが作る。わたしが作り上げる。わたしが、みんなに笑顔を届ける彼女の夢の手助けをする。
誰かになんて絶対させたくない。
わたしの作る衣装が何時如何なる時であっても一番と思えるようにしたい。
―――香純おんぷをもっとも輝かすことが出来るのは、わたしだ。
おんぷちゃんから貰うんじゃない。
わたしが掴み取るんだ。
「これがーーーわたしが作った、香純おんぷのための衣装」
そう言って、わたしは衣装バッグを前に出す。
この中に入っているのは、運命をかけた1着。
これが似合うと、そう信じて作ったオーダーメイド。
「香純おんぷさん」
緊張なんてひとかけらも無い。
この衣装を信じているから。
ただ、一途な恋のように彼女と向き合う。
頬を赤く染めたおんぷちゃんが、わたしの言葉を待っていた。
わたしは言う。
「わたしの衣装を、着てください」
おんぷちゃんが息を呑む。
わたしは、告げる。
「貴女の衣装を、七星つむぎに作らせてください」
それは一世一代の告白だった。
何秒、経っただろうか。
おんぷちゃんは、何度か口を開いて、言葉を紡ごうとしては止めるを繰り返す。
それを、促すことなくわたしは見つめる。
やがてーーー
「ーーーはい」
ーーー香純おんぷは、微笑んだ。
笑顔の魔法が、わたしにかかった。
更衣室から、おんぷちゃんが出てくる。
崩れたメイクを直した、天使のような顔で。
「……アイドル系、魔法少女」
隣にいる沙苗ちゃんが、ただ静かに1言呟く。
今まで、わたしの衣装を着る人はいなかった。どういう想定で動くかはデザインの状態からあるものの、実物で見たことは無い。
そもそものところ、誰かに着せたいと思って衣装作りを始めたわけではなく、服が好きだからという単純な理由でやってきたのだ。
それがーーーそれが、今。
初めて、衣装が本当の意味で生きる。
衣装の息吹を感じる。衣装がわたしの手元から離れ、完全におんぷちゃんの物に成る。
衣装がおんぷちゃんの良さを最大限に引き出し、おんぷちゃんが衣装の良さを限界以上まで引き出す。
おんぷちゃんに似合うよう髪と同じピンクをベースにし、もっとも注目を浴びるだろう胸部分には、宝石の中に封じられたト音記号が。それを守るような大きめのリボンがあしらわれている。
フリルが付いたスカートはシンプルな構造。これは動きやすさと視線誘導を重視した。かわいさは所作に現れる。動きが大きいおんぷちゃんにはこれが一番だ。
美脚、美腕を見せつけた先にあるのは、白と桃のブーツ&アーム。強度の高い靴はどんなステージでも耐えられるように、手袋は握手やマイクを持つ時のズレを生じらないよう留め具式に。
モチーフはそのまま『アイドル』『魔法少女』。まず魔法少女の良さとは何かを考えたところ、空想性であると定義。且つ、アイドル要素と上手い具合に噛み合うよう、工夫を施してある。
その内の1つが、髪のアクセサリーだ。
これはアメトリンという宝石を使用・加工した物。2つの色が共存するまさに魔法と言える代物で、石言葉は『希望』と『調和』。
付けない付けるだけで印象がガラリと違って見えるのも、まさに魔法。ショップで見つけた時は思わず声が出たものだ。
アイドル系魔法少女香純おんぷ。
その名に相応しい、衣装だった。
「つむぎお姉ちゃん」
おんぷちゃんが口を開いた。
晴々とした柔らかい表情だった。
頬が紅潮し、目はきゅるんとしている。
薄い桃色リップの唇が、言葉を紡ぐ。
「わたし、これが良いっ。この衣装でステージに立ちたいっ」
そう言って、おんぷちゃんは一歩前に進む。
わたしの手を取って、わたしの目を見つめる。その瞳は煌めいていて、まるで吸い込まれてしまうみたい。
「これ、ここ! 腕のところのさ、ボタンがすっごく可愛くって! フリル付きのスカートも、手袋の模様も、最っ高に可愛い! それとねそれとね、胸のとアクセの宝石なんてめちゃくちゃ素敵だなって!」
「見た時、なんか、もう昂っちゃって。こんなにかわいい衣装、見るのも着るのも初めてだから、変な声出ちゃって」
「全部全部、わたしのためを思って作ってくれたんだよね。本当に、本当にありがとうっ!」
手の温度が、その言葉が、わたしの心を癒す。
これ以上と無い言葉だった。ここまで嬉しがってくれると、冥利に尽きる。
「本当に、わたしでいいの?」
眉をひそませて、おんぷちゃんは変なことを聞いてくる。
わたしは即答した。
「おんぷちゃんがいいの」
「……うん。すごく、嬉しい」
噛み締めるように呟いた。
すると、おんぷちゃんの視線が下を向く。
「……あのね。謝らなきゃいけないことがあるの」
「うん。……わたしも」
「じゃあ……わたしからいくね?」
大きく息を吸って、おんぷちゃんは言った。
「あの時……どこかわたしはつむぎお姉ちゃんのことを利用しようって、思っちゃったんだと思う。だから、あんな急に言っちゃったんだって。……ごめんなさい」
「大丈夫。全然気にしてないよ。わたしの方こそ、言い方が悪かったよね。もっときちんと話すべきだった。勘違いさせて、ごめんなさい」
言うことは聞けない、なんて突き放す言葉を口走ってしまったことには猛省している。言い訳はしない。
わたしの謝罪を聞いたおんぷちゃんはきっと、心の中のわだかまりが解けたのだろう。間が空いた後、優しげな表情で「うん」と頷いた。
それはそれとして、わたしにはもう1つあった。
「あと勝手に抱きしめてごめんなさい。抑えきれませんでした。自首します」
「え⁉︎ あれ⁉︎ わ、わたしは別に気にしてないからっ」
「その、それで体の採寸をしたので……」
「あぁ、どうりでピッタリなハズだ……」
自分が今着ている衣装をおんぷちゃんは確認する。
気まずく目を逸らすわたし。
昨日その光景が夢に出てきておんぷちゃんに拒絶されていたので、これは絶対に謝らなければと思っていたのだ。
本当におんぷちゃんの優しさには頭が上がらなかった。
「お、おっほん。改めて……」
仕切り直しの咳払いをする。
空気はいっぺんたりとも変わらなかったが、わたし自身の気持ちの切り替えだ。
わたしは手をほどき、おんぷちゃんの手に重ねる。
もう一度だけ、聞かなければならないことがある。
それでーーー全てが変わるという予感を信じて。
「……香純おんぷさん」
「はい」
「貴女の衣装を、わたしに作らせてください」
「……はいっ」
「生涯ーーーわたしの作った衣装を、着てください」
とびっきりの笑顔で、彼女は答えた。
「ーーーはい!」
/
ここに誓いは果たされた。
アイドル系魔法少女と、その専属ファッションデザイナー。
『香純おんぷ』と七星つむぎ。
その2人の物語が、このストリートから始まる。
遠い遠い、蒼穹の彼方を目指して。
虹のふもとに一歩、踏み出した。
/
「じゃあ、つむぎお姉ちゃん! 沙苗お姉さん! わたしのライブ、ちゃーんと見ててね♪」
キラキラと輝いたおんぷちゃんが、指をさしてステージに向かっていった。
わたしはその場にへたりこむ。
体全体の力が抜け落ちていくようだった。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい可愛い可愛い可愛すぎるなにあれ本当に可愛すぎるこの世の可愛いって絶対におんぷちゃんが全部作ってるよね? そうじゃなきゃ説明がつかない待ってそうだったらこの銀河系っておんぷちゃんが生まれたから出来た? 世界おんぷちゃん前? ずっと先になるけど大学の卒論これにしよう。いやでも本当にこのドデカい気持ちを真剣な場で吐き出さずに出来た自分を褒めたい。可愛いすぎて消滅するかと思った。可愛いって言葉だけじゃおんぷちゃんを完璧に表現出来ない気がしてきた。くそ、わたしの語彙だとまるで浮かばない。なんて不甲斐ないんだ。無限大可愛いとかしか無い。
おんぷちゃんのあまりの可愛さにやられていると、急にポンと手が肩に置かれ、ビックリする。
沙苗ちゃんだった。
目元が緩んでいて、言わずともわたしの働きを評価していた。
「報われたね」
報われ、た。
確かにこの状況を示すのに相応しい言葉だった。
頭おかしくなるほどの重圧を感じながら44時間衣装作りをして、贈った相手に喜ばれて、その人がわたしの衣装を着て今からステージに立つ。
ここで終わってもいいんじゃないか、と。そう思えるくらい、清々しい気分だった。
でも、まだこれからだ。
おんぷちゃんは、まだまだ活躍する。
わたしはその手助けをする。
あの1着は、その一歩にすぎないのだから。
「つむぎ、超カッコよかったじゃん。いつもの愛の加減を知らない時とは大違いだった」
「あははは……まぁ言えてる……」
「自覚はあるんだ……。ま、嫌われないようにほどほどに、な?」
呆れた様子の沙苗ちゃんの言葉に、わたしは苦笑いで返す。
ふと、聞いてみたいことが出来た。
「沙苗ちゃんの中のわたし評価って上がった?」
「かなり。……あー、違うな」
頬をポリポリとかき、言葉を選んでいる沙苗ちゃん。
ニッと歯を見せ、こう言った。
「プレミア級に、ね」
♪
その時が、やってきた。
老若男女の、大勢の観客が期待を膨らませて待っている。
みんなのドッキュンする気持ちが、わたしにも強く伝わってくる。
なんとか最前線を取れたわたしと沙苗ちゃんは、にやける顔を隠しきれずにいた。
だって、今から始まるのは今の今まで無いステージ。
それを事前に知っている。あの子の可愛さを先に知ってる。
優越感がイタズラしてくる。プレゼントボックスを開ける手前のように、見る人みんなの反応が気になって仕方がない。
見てろ、見てろ、見てろ!
ここにいる人、いない人、地球上のあらゆる人類!
アイドル系魔法少女ーーー香純おんぷの新しい姿を!
ホコ天の中で、1番大きな集合体がーーー一ワッと湧き出した。
「えっ⁉︎ いつもと違う服⁉︎」「なんだあのクオリティ⁉︎」「すご、え、え? い、いいんですかこんなっ」「おんぷちゃ〜〜っん!」「きゃわたんすぎるぅぅぅぅぅうう!」「マジやっべー!」
現れたおんぷちゃんへの、賞賛の声がする。
観客の興奮はおさまらない。
高まる熱気。どよめきの声。それにつられる新たな観客。
道路の右半分いっぱいに集まった人々の注目を浴びる、アイドル系魔法少女。
ステージに立つおんぷちゃんの姿は、可愛く、カッコよく、たくましくーーーそれら全てを一身につめていた。
わたしが限界まで頬を緩ませると、気づいたおんぷちゃんがニコリと微笑む。
キィィンという、マイクのハウリングが合図だった。
息を大きく吸い、アイドル系魔法少女香純おんぷはーーーこの場の全ての人に、笑顔の魔法をかける。
「新衣装を身に纏ったアイドル系魔法少女、香純おんぷ! いっっっっっっくよーーーーーーーっ♪」
「おおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!」
止まない歓声が、おんぷちゃんに注がれた。
/
「ただいま~~~~~」
「姉さん、お帰りなさい」
「美優ちゃんも今日お疲れ様~」
「はい。……姉さん、浮かれていますね?」
「えへへへへへへぇ~~……。告白されちった」
「誰にですか!? もし姉さんの外見だけで判断した輩なら私は許しませんよ!」
「あ、違う違うっ! そういう恋人的な関係じゃなくって、パートナーとしてって意味で!」
「一段階上がってるじゃないですか! 恋人を超えて伴侶になろうとするとは……なんて傲慢な……! 名前! 名前を教えてください! 誰なんですかそいつは!」
「……七星、つむぎ」
「―――――――」
「やっぱ……驚いたよね。えっと、ね―――」
「―――な、なるほど。そういった経緯で……。すみません姉さん、早とちりしてしまって」
「よいよい。そんな美優ちゃんもかわいいよ」
「ん……。私の求めるかわいいとは違うのですが……」
「かわいいって200色あんねん。美優ちゃんはいつも違ったかわいさを出しているのだ~~~」
「む…………いつも、私はかわいいんですか?」
「ちょーかわいい。ていうかその質問がかわいい」
「そう……そうですかっ」
「ーーーごめんね。また、何も言わなくて」
「……反省してます? 次は無いと誓います?」
「ゆーびきーりげーんまーん」
「うっそつーいたーら姉さんの持ってる漫画全部ばーいきゃく」
「うわぁ〜ッ切った切った指切ったァ〜ッ‼︎」
「本気ですからね?」
「してるしてるっ反省ッ! だからそれだけは〜!」
「ふふっ……。姉さんのそんな必死な顔、久しぶりに見ました」
「そりゃ必死にもなるよぉ〜⁉︎」
「それにしても、
「あのーーー姉さんのような、瞳をした人が」
良さげな雰囲気をぶち壊しかねないのでカットしたシーン。
おんぷのライブを見るつむぎ。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!! おんぷちゃん素敵すぎるやっぱりわたしの目に狂いは無かっかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいいいいい!!!!!!! ピンクいの着てるのマジでヤバすぎるおんぷちゃんに笑顔じゃん何そのキュートなリボン⁉︎ えっえっスカートなびいてるの良すぎアッこっち向いきゃー!!!!!(中略)やばっ変な声出ちゃう! 抑えないと変質者だと思われちゃうっっっ!!!!! 人がいるのにっっっ!!!!! 脳細胞全部おんぷちゃんになっちゃう〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
ペンライトを振りながらドン引きする沙苗。
「怖」
これにて『出会い編』終了となります。
この次は、繋ぎの回を二話ほど投稿してから中盤となる『次世代ワールドアイドルフェスタ編』に移る予定です。
それまでまた少しの間、投稿できませんが、必ず面白いと言わせる話を書いてみせます。遅筆で大変申し訳ございません。
ここまで読んでくださり、ほんっっっっとうにありがとうございました!