II:アイドル系魔法少女:IIと神バズリデザイナー 作:時雨 あさひ
更新ド遅れました。1ヶ月以上て。
一万字超えてるので、ご自分のペースでお読みいただければ。
よく考えてみればおかしかったので、一話の講義云々はオリエンテーションになりました。
そんなわけで、自然な流れでわたしはおんぷちゃんの隣に座ることに成功したのである。
厳密に言えば、おんぷちゃんが先に座って、「つむぎお姉ちゃんこっちね!」とソファー席をぱんぱん叩いたからだ。
時間も時間だからか、ファミレスには人が多い。家族連れもいたりして、ドリンクバーに並んだ時には微笑ましく思ってしまった。
「改めまして、ご紹介いただきましたっ。アイドル系魔法少女、香純おんぷです♪」
おんぷちゃん、片目ウインクの横ピース。伊達メガネが仕草の愛らしさを強調させていた。
今日着ているのはパステルグリーンのワンピースだ。長いピンクの髪はポニテに。
チークの塗りが良いのか、普段よりも肌が綺麗でその分表情もイキイキとしている。
「普段は色んなところでライブやってるの。詳しくは公式ウェブサイトをチェック!」
「おぉ〜……凄い省略の仕方だ……」
感心したようにさくらちゃんは頷く。
「PVを増やすのも活動の1つなのです。このアイドルパラダイス時代、知ってもらうだけでも大変なので……!」
「切実だぁ……。アイドルだけじゃなくて、娯楽も多いから、見つけてもらうっていうのは難しい話だよね〜……」
「そう! そうなの! だからわたし、見に来てくれたお客さん達の顔を全部覚えてくるんだけど、たまにそうじゃない新しい人が来てくれるの、すっごく嬉しくて♪ あ、もちろん見知った顔の人が来てくれるのも嬉しいんだけど、それとはちょっと方向性の違った? のがぐわわわ〜って湧くみたいに!」
おんぷちゃんの大きいリアクションとジェスチャーはまるで小さい子のようで、わたしは小さく微笑む。うちの弟もこんぐらい可愛げがあったらなぁと思った。撤回。それキモい。
しかし、全員覚えているのは流石と言う他ない。あまり覚えられない身としては、ただただ感心するばかりだった。
おんぷちゃんの話にさくらちゃんは共感したらしく、句読点のたびにこくこく相槌を打っていた。
そしてオレンジジュースで喉を潤すと、しみじみとつぶやく。
「分かる〜……。あと、頑張ったことを褒められると、次へのやる気が爆上がりだよねぇ」
それでようやく、ああ、と納得する。
想像するに、さくらちゃんは作った作品をSNSでも度々掲載しているのだろう。それが、2人の共通点。
認知から中身を見てもらうまでの道のりは、わたしが予想するより遥かに難しいみたいだ。
これに関しては、何故か神バズリしてた立場のわたしが口を挟むわけにはいくまい。
だが、さくらちゃんの言葉にはわたしも共感せずにはいられなかった。
「うんうん。おかげでわたし、次の衣装はもっと力入れて作れるよ、おんぷちゃん……」
わたしは瞳を閉じて頷く。
作った衣装を、わたしは他者に見せたりはあまりしてこなかった。両手で数えるほどしかいない。
だから、褒められたりする機会は限りなく少なかったわけだ。多くの場合、弟の『へぇ。いーんじゃね?』ぐらいである。
見知った相手の言葉はそこまで原動力にはならずに作ってきたのが、ここ最近ではさくらちゃんとおんぷちゃんのおかげで、やる気が爆上げ状態なのだった。
「え⁉︎ あれ以上の物って作れるの⁉︎」
「作れるよ。わたしだって、まだまだ未熟者だし。着てる人の意見も取り入れて、既存の衣装を改善して更に良い物にしなきゃだしね。それにアイドル衣装を作るのは初めてだったから、今後の質は保証する」
「……はじめて? はじめてで、あんなに可愛い服が作れるものなの?」
目をパチクリさせるおんぷちゃん。
わたしよりちょっとだけ背が低いので上目づかいになり、はやる鼓動をウッと堪える。
「元々、おんぷちゃんに似合うのはこんな感じかな〜って頭の中で思い描いてたからだよ。四六時中ずっとおんぷちゃんのこと考えてた」
「愛だね〜……」
「もう構想ノート4冊分も描いちゃった」
「愛の熱量がエグすぎだねぇ……? つむぎちゃんがおんぷちゃんに会ったのっていつの日……?」
「2週間前だよ。上京して来た日に会ったの」
「…………そ、そっか〜……」
顔をひきつらせたさくらちゃんは、コップをぐいっと飲む。テーブルに置くと、軽い音と氷の音が重なり合った。
これを昨晩沙苗ちゃんにも話したが、同様の反応だった。……やっぱり、大学でとるノートよりも既に多いのは驚くだろうな、と自分でも思う。
「そっか。つむぎお姉ちゃんと会って、まだそのぐらいしか経ってなかったんだ」
ポツリ、とおんぷちゃんは呟く。実感がこもっていない抑揚だった。
「あれぇ? 思えば確かに3回しか会ってなかったね……?」
「うん。初めてと、大学でと、原宿で。今回で4回目だね」
わたしは指を折って数える。
懐かしむ、と言うには期間も機会も少なかった。
まぁこれも、顔を合わせた回数だ。わたしはSNSでアップされた動画等を、おんぷちゃんは昔のわたしの衣装を見ているので、心はそれが会った回数とカウントしていたのだろう。
「ところでーーー」
すると、前のめりになってさくらちゃんが尋ねてきたのだ。
「ーーー2人って、どういった経緯でそんなに仲良くなったの?」
♪
「それでねそれでねっ♪ つむぎお姉ちゃんがわたしに言ったの。生涯わたしの衣装を着てくださいって!」
「おぉ〜っ、堂々とした告白だー。えー? その時、グッと来ちゃったんじゃない〜?」
「そうなのー! もう心がキュンキュンしちゃって! カッコよかったよ、つむぎお姉ちゃん!」
「あっあっあっあっ、はひ。はひひ。へへっ……」
回想終了。
えらく時間がかかった気がする。10日は経ってた気がする。いや3週間はゆうに経っていた気がする。待って1ヶ月ぐらい経ってない?
さっきまで普通だったのに、何故今挙動不審になっているのか。
それは、話している最中おんぷちゃんがいつの間にか距離を詰めてきていたのと、他人から聞くわたしの話に謎の恥ずかしさを感じてしまっていたからだ。
1人分の間は拳骨2つ分の隙間に。
肌と肌との熱が感じられるほどの近さ。
髪の匂いが鼻腔をくすぐる。
まさか、遠ざかるという選択肢を取ることなど、臆病なわたしが出来るはずもなく。
ただ、気持ち悪がられないように必死で感情を堪えていた。だいぶ漏れてはいたが。
「おお、そんなカッコいい姿が見る影も無くなってる。なに、そんなにおんぷちゃんが隣にいるのが嬉しい〜?」
さくらちゃんの言葉に、わたしはビクリと肩を上げた。笑顔で聞いてきている。そんなに面白いのか、わたしの反応が。
「う、う、う、ん。す、ごっく嬉し、い。嬉し、い」
「どうしたのつむぎお姉ちゃん⁉︎ なんかレトロなロボットみたいだよ⁉︎」
「へへ。その、近く、て。へへへへ……」
「人ってこんな限界オタクになるんだねぇ……」
「そう……だ、だねっ。さくらお姉ちゃん」
「ていうかお姉ちゃんときたか……」
途中の2人の会話はよく聞こえなかったが、それも仕方なし。
わたしは明らかに使いものにならなくなっていた。
「ご、ごめんねっ? わたしが近くにいたから……だよね? 席、交換しよ?」
「いやそれだけはダメ。何があってもダメ。たとえさくらちゃんでもおんぷちゃんの隣は譲れない」
「おお、急に正気に戻った」
今ので精神が均衡を保たれた。
何があろうともここだけは譲れない。
おんぷちゃんの隣はわたしでありたい。
誰かになんて絶対させたくない。
ーーー香純おんぷの隣の席に座るのは、わたしだ。
眉をひそめ、さくらちゃんは口を開いた。
「同担拒否系の気概があるね、つむぎちゃんって」
「どーたん?」
「推し……ん〜……好きな人に、他のファンがついてほしくない、みたいな……」
人差し指を顎に添え、さくらちゃんはわたし用に言葉を噛み砕いてくれた。SNSに不慣れなのが申し訳なく思う。
数日前、沙苗ちゃんも入れた3人で話している際、こういった場面があったのを思い出す。その時もさくらちゃんが丁寧に教えてくれたのだ。
沙苗ちゃんといい、さくらちゃんといい……教えてもらってばっかりで、本当に不甲斐ない気持ちでいっぱいだ。
それはそうと、わたしは彼女の言葉に異議を申し立てた。
「そんなわけないよ。むしろわたしは地球上全ての人類ううん全生命におんぷちゃんを好きになって欲しいって思ってる本当だよだっておんぷちゃんはみんなに笑顔の魔法をかけるんだもん今まであまり人に興味が無かったわたしにも届いたんだから絶対にあらゆる生命にそれは届くのそうすればきっと世界だって平和になるよだって笑顔が届いたんだもんこの気持ちに幸せに気づいたなら分かち合う喜びや慈しみが心に訴えかけて世界は良い方向に向かうはずなんだからファンが増えるのはわたしにとっても世界にとっても良いことなんだよ」
「いや〜それ1言で言ったの正直怖いよ〜?」
かなり引いた表情のさくらちゃん。
「んー。あんま意味は分かんなかったけど、つむぎお姉ちゃんがわたしのこと大大大好きなのは伝わったよ!」
と、おんぷちゃんは親指を立てる。混じり気のない純粋さに満ち溢れていた。やっぱりおんぷちゃんってこの世に君臨した天使なのかもしれない。いや、天使どころではない。というよりおんぷちゃんを何かに例えるなどあってはならない。香純おんぷは『香純おんぷ』という存在なのだから。神様、天使、悪魔、人間、香純おんぷである。
「あ、そうだ♪ さくらお姉ちゃんの話、聞きたいなっ」
「え……わたし……?」
意表を突かれた、と口をぽかんと開けるさくらちゃん。
「だって、初めましてでしょ? だからわたし、さくらお姉ちゃんのこと知りたいの♪」
「わたし、そんな面白い話とかないよ〜……?」
「面白くなくてもいーの! 聞かせて聞かせて?」
おんぷちゃんは前のめりになって、握りこぶしをさくらちゃんに向ける。マイクのつもりなのだろう。
さくらちゃんは少し考えた後、エアマイクを手に取った。
「え、えー……虹音さくら。大学1年生で、夢は絵本作家。かわいい妹が1人いて、わたしはその子のことを溺愛しています」
「えー⁉︎ 絵本描いてるの⁉︎ どんな感じのやつ⁉︎」
「ど、どんな感じって言われても〜……さ、最近描いたのは、荷物を届けるために各地を回る汽車の話……です」
「さくらちゃん、ちょっと緊張してる?」
「じ、自分のことを話すのに慣れてなくて〜……っ」
恥ずかしそうに頬をかいたさくらちゃんは、顔がすでに真っ赤に染まっていた。端的に言うと意外だった。
普段はあれだけのびのびとしている彼女からは、想像も出来ない反応にわたしは思わずキュンとしてしまう。
これがSNSで言うところのギャップ萌え、というやつなのだろうか。
「お姉ちゃんかわいい〜♪ それでそれで〜?」
両手を頬に添えたおんぷちゃんは、楽しそうに話を促した。
「えーっと……」
口をかたく結んで、目を逸らしたさくらちゃんは、自信が無さそうにぽつぽつと話しだす。
「昔から、誰かを喜ばせたいって思いがあって。絵本を作りたいって思ったのも、そこからで。幼稚園の時……かな……? クレヨン持って画用紙に絵を書いて、自分だけの絵本を書いたことがあったんだ」
「うんうん」
「それでね、妹……美優ちゃんって言うんだけど、その子に見せたら、すっごく喜んでくれて。もっと見せてって、描いてって言うから、めちゃくちゃ張り切って描いて……ってなって」
段々と、さくらちゃんの声色が生気を増していく。
懐かしんでいる。そして、もう1度見つめ直すかのように、その思い出を噛み締めていた。
「わたしが小学生に上がった時には、もう年に30とか作ってて。楽しかったな〜……頭の中にどんどんイメージが湧いて、もう1人わたしが欲しくなっちゃうぐらい絵本を描くのに夢中になってたんだ」
「……」
「ちょっとそこらで色々あって、描きたくないなぁって思うことがあったんだけど、美優ちゃんだけは、わたしの作った絵本を喜んでくれて。面白いって、言ってくれたんだ……。あの笑顔が忘れられなくって、今もわたしは絵本を描いているわけです。はい、終わり。終わりっ!」
パン! と手を叩くさくらちゃん。
耳元まで赤くなっていて、相当なまでに羞恥にかられているようだった。最後はだいぶ駆け足だったし。
しかし、クールな今の美優ちゃんと、幼少期の美優ちゃんのイメージはかけ離れているが……そんな時もあったのだと思うと、1人の人間なんだとホッコリする。
「……まだ、覚えててくれていたんですね」
「へ?」
何かおんぷちゃんが呟いた気がして、わたしは首を向ける。
「ううん、なんでもない。それよりさくらお姉ちゃん、本当にお話下手だったね」
ド直球な言葉に思わず耳と目を疑う。
ここまで言わせるほどでは無かったと思うが……?
「ウッ。だ、だから、自分の話するの無理なんだよ〜……。わたし、そんなに良いところ無いし特出したところも無いし〜……!」
「え〜? じゃあね、わたしが言ったげるね? まずね、めっちゃ美人。肌がそんなに透き通ってるのって、普段から意識してるからなんじゃない? それと……メイクが上手、なのかな。目が綺麗で、まつ毛が印象良くしててー、なんていうか、オシャレな人! って感じ!」
「そッッッ……い、いや……あ、ありがとう」
モジモジしながら、さくらちゃんは小さく呟く。
褒められるのに慣れていない、といった様子。
そこでわたしは「あ、これはさくらちゃんを弄っていい流れだ」と気づいた。
なら遠慮はしない。先の返しである。茹で蛸になるまで言わせてもらうことにした。
「そういえば、沙苗ちゃんも言ってたよ? さくらちゃんは、コスメのことで色々お世話になってるって。あんなに詳しい人、他にいないって」
「さ、さなえにも、ずっと前から言われてはいるけど……!」
「そうだよ、詳しいってだけで凄いんだよ⁉︎ わたしなんてメイク分かんなくて家だとお姉ちゃんが勧めてくれたの使ってるんだから!」
「ブッ⁉︎」
「さくらちゃん⁉︎」
「どうしたのお姉ちゃん⁉︎」
何故かさくらちゃんは吹き出し、咳き込んだ。
何かが気管に入ってしまったんだろうか。
立ち上がりフォローしようとすると、さくらちゃんは大丈夫のジェスチャーをわたしに送った。
何回か咳をして、痰を吐き出すとさくらちゃんは長く息を吐く。
「ごめんね〜……心配させちゃって……」
そう言って苦笑した。
「もう大丈夫になったから。それで……何の話だっけ?」
「えっと、さくらちゃんがコスメに詳しいのを、さなえちゃんが褒めてたの。おんぷちゃんも凄いって言っててーーー」
「ああ、そうそう〜。おんぷちゃんってストリート系だから自分でメイクしてて詳しそうなのになんか意外〜って思って、思わず吹き出しちゃったんだわたし〜」
「ーーーーーー」
早口でまくし立てるさくらちゃん。
そうか。だからさっきむせてしまったのか。
すると、おんぷちゃんが口を開いた。
「ーーー実を言うとね? メイクは魔法で呼んだ妖精さんがしてくれてるの! だから、自分じゃあんま分かんないんだ」
「妖精が⁉︎」
「すご〜!」
わたしとさくらちゃんが驚くと、おんぷちゃんの表情は喜びに満ちた。
「でしょ〜♪ メイクの妖精さんってね、4人いるんだけどね、どの子もすーっごく手際が良くってあっという間に終わっちゃうの!」
「え〜、いいな〜! わたしもその妖精さんにメイクされてみたい〜!」
「さくらお姉ちゃんが魔法を覚えることが出来たら、きっと叶えられるよ♪」
そう言って、片目ウインクをするおんぷちゃん。
妖精がメイクしている、なんて情報は公式ウェブサイトにも載っていなかったので、後で秘蔵のノートに書き留めておこう。
魔法少女であるおんぷちゃんが、私生活にも魔法を使っているのは、想像に難くない。SNSで言うところの解釈一致、というのが当てはまる。
部屋の掃除とか、うっかり割ってしまった食器を直したりとか。
そんな姿がありありと目に浮かぶようだ。
「さーて、それじゃあさくらお姉ちゃんを褒めるタイムの続き続き♪」
え⁉︎ と完全に意識の外だったのだろう、さくらちゃんは大声を出して驚いた。2回目であった。
「ま、まだあるの〜⁉︎」
「もー。まず、って言ったでしょ〜? えっとね、次はーーー」
おんぷちゃんが、次なる言葉を口にしようとした寸前。
自然とわたしは声が出た。
「一緒にいると、心がぽかぽかするとこ、かな」
多分、さくらちゃんは自己肯定感、及び自己評価が低いのだ。
自分には何も無い。そう思っているのが言葉や声から察せられた。
それが何故か、は知るよしもない。だが、そうとなれば自信が付くまで良いところを言おう。
わたしからすれば、さくらちゃんはとても魅力に満ち溢れている人間だ。
好きな人に、好きなところを伝える。
それに関しては、わたしの専売特許と言っても過言ではない。
「出会って日は浅いから、説得力には欠けるけど」
言って、苦笑する。
「でも、そんなわたしでも分かるくらい、さくらちゃんは明るくて笑顔が素敵で。ノリが良いから、こっちまで明るい気持ちになれる人だよ」
隣にいてくれる人が、さくらちゃんだったらどんなにいいことか。
きっと、将来お付き合いする人は幸せものだ。
「わたし、そんなさくらちゃんのことが大好き」
「あ、ありがとう……。つむぎちゃんがそう言ってくれて、凄くーーー」
「それに優しいよね。わたしが風邪引いた時、沙苗ちゃんと一緒に大学のこと教えてくれたし、その後どうすればいいかもルーズリーフに書いてくれて。わたし、あれのおかげで今生きてられてるから……」
「あれっ? ま、まだ続くの……?」
健康診断に関しては、保険管理センターなるところに連絡を入れたら、外部の病院で受けてそれを提出すればいいらしく、ほっとしたものだ。
他にも履修登録云々等が分かりやすくまとめられていた。
今でこそ友達だが、当時は少し話したぐらいの関係性のわたしに、なんでそんなに優しくしてくれるのか、不思議で仕方なかった。
「正直、わたしだったらそこまで出来ないと思う。だって1回顔合わせたぐらいの仲なのに」
「えっ⁉︎ たくさん話したし、もうその時点で友達なんじゃないの⁉︎」
「エッ。……エッ?」
想定外の言葉に瞬きする。
さも同然、と表情で物語るさくらちゃんを見て、わたしは価値観のズレを認識した。
話せば友達。
さくらちゃんには、それが普通なのだ。
その考えを否定するような人間ではない。単純明快でとても良いとさえ思う。
ただ、わたしではその法則で生きられはしない。
人の顔をよく覚えられないわたしは、ある程度の積み重ねによって、友達の基準に達した人を友達と認識している。
そんな性質の人間が、誰にでも友達と呼ぶのは不誠実ではなかろうか。
けれど。
相手が友達と思っているのなら、それは……。
「友達、か……」
「うん。あ……ごめん、距離感、おかしかったー……?」
「い、いやいやっ。むしろ、嬉しいって思う。嫌な気持ちなんて、全然無いよ」
首を横に振って、意思を伝える。さくらちゃんはほっと胸を撫で下ろした。
不快どころか好感だ。
わたしを好きになろうとしている人を、どうして嫌と思えようか。
「ほんと? 良かったー……。いやぁ、お母さんから友達は大事にしてねって言われて育ったものですから」
花のような笑顔を、さくらちゃんは見せた。
やっぱり、この表情が彼女に似合う。ほんわかとしている顔が虹音さくらのデフォルトでさえある。
そう思わせていることこそが、良いところの1つだった。
「……さくらちゃん」
「え? な、なに? いきなりそんな真剣な顔して……」
わたしはさくらちゃんの目を見つめた。
ほんのり赤く染まった頬と、大きく上がった眉。紺碧の瞳は揺れ、ちらりちらりと恥ずかしげに視線を外している。
大変照れ屋さんな姿に、わたしはつい舌が回ってしまう。
「わたし、そういうさくらちゃんのことが好きだよ。わたしには無いものを持ってるさくらちゃんは、とっても魅力的な人」
「へ、へ?」
かあーっと、いっきに頬を真っ赤に染めるさくらちゃん。
よーしよしよし、良い調子だ。
わたしは続ける。
「さくらちゃんが何も無いって思っても、わたしが良いところを知ってるっていうことを忘れないで。さくらちゃんが落ち込んだ時にその場にいなくても、わたし、さくらちゃんの助けになりたいの」
「……く、口説き文句だよそれ〜……っ!」
ついにはさくらちゃんは両手で顔を覆った。
勝った。いや勝ち負けとか関係ないが。とにかく、言いたいことを言ってスッキリした気持ちだ。
実を言うと、今のは少女漫画を読み込んでいたから言えたことだった。
自信が無い子には、自分がちゃんと見ていることを言おう、である。
人生経験に乏しいわたしは、それを読んで様々なことを覚えていった。第一印象が悪い男子は運命の相手だとか、閉じこもってる子にどう言ったらいいかだとか。
少女漫画を読み込んでいて良かった。少女漫画はありとあらゆる対応を教えてくれる。もはや人生の教科書と言っても過言ではない。
場の雰囲気が無かったら、流石にここまでそれっぽいことは言えない。
「つ、つむぎお姉ちゃんって、攻める時とそうでない時で極端、だね……。大胆……」
一部始終を目撃していたおんぷちゃんは、ちょっとだけ顔を赤らめてそう言った。声も上擦っていて、まるで告白現場に居合わせた人のようだ。
「つむぎちゃんって……だ、誰にでもこういうの言ってるの?」
指をずらして片目を覗かせ、さくらちゃんが尋ねてくる。
「こういう……ううん。さくらちゃんと、おんぷちゃんだけ」
「あ、そうなんだ……じゃあ実質わたしだけってことだよね……うん、ならいいか……」
納得したような口調だった。
「…………」
「…………」
なんだか、妙な雰囲気が漂っている。
気まずいというか、やけに静かというか。
てっきりおんぷちゃんが明るく振る舞って場を戻すのかと思いきや、未だに顔を赤くして口数が減っている。
どうしようか、これ。
何か変える糸口でもあれば……と、周りをよく見る。
あった。全員のコップの中身が空だ。これを使わせてもらおう。
「え、えーっと。2人とも、わたし、おかわりもらってくるけど、何がいい?」
「へ? あ、それじゃー……りんごジュース……」
「わ、わたし……おんなじコーラ」
たどたどしく2人は返答する。
よし、後はわたしの分を適当にミックスしてそこから話を広げよう。
そう思いわたしは利き手に2人のを、もうひとつで自分のを持ち、そそくさと場を離れた。
/
熱を除くように、おんぷは息を吐いた。
ーーー私もいずれ、あんな風な辱めを受けるんですか……?
先ほどの様子を思い出し、冷や汗が出てくる。
自分が『香純おんぷ』である限り、彼女がおんぷのファンである以上、これは避けられない事と推測する。
そうだ、確かに言っていた。告白されちった、と。
あれは誇張ではなかったのだ。
でも、その。
あんな神妙な雰囲気で言うのは、本当になんなのだ。
もう我慢できぬ。感情の行き先を得ようと、おんぷはスマホを取り出した。
「あ、ごめんね、さくらお姉ちゃん。メールが来ちゃった」
さくらならこれで察してくれると信じ、そう言った。
「え、偶然ーつむぎちゃんもー?」
凄い棒読みだった。これは反省会の議題に出そう。
ともかく、さくらに意味が伝わったのを確認すると、おんぷはメッセージアプリを開く。
トトト。フリック入力で打ち込んだ文章を送る。
それがさくらとの個チャに反映された。
『私は何を見せられたんですか?』
あー、だよねー。とさくらは心の中で同意する。
さくらが思うに、つむぎはどこまでも正直な人間だ。
だから思った事をそのまま言葉にしている。ただそれだけなのだと。
香純おんぷに対して、熱の入った長文を口にしているのが良い例だろう。
想いを伝えることに長けている。
100の感情を120の言葉に変えることが出来る。
それが七星つむぎの持つ力。
さくらは、つむぎをそう評価していた。
恋人作ったら凄いことになりそー、と実に他人事な感想を思い浮かべながら、さくらは文字を打ち込む。
『公開告白ショーです。わたしはこれで2回目
だけど、そっちはまだ経験が無かったからねー』
『私はつむぎさんと話した経験がまるで無いので、
今の印象、情緒の振れ幅がとても広い人なのですが』
『そうだ。いいぞ、その認識で合ってる』
言葉口が変わったのを見て、おんぷはまた何かのアニメのネタだな? と目を細くする。
おんぷの知る七星つむぎという人物は、その瞳に夢を宿す人であった。まるで昔の姉を見ているようだった。
初めて見に来てくれて、好きになってくれて。
アイドルが凄いって、言ってくれて、
熱のこもった言葉は今も覚えている。
それゆえか、ほんの少しだけさくらの気持ちが分かった。
あの真っすぐさを一身に受けたら、それは確かにやられてしまう。
本人にその自覚が有るか無いかで、付き合い方も変わっていくだろうが……。
『まぁ良い友人ですね、あの人。
安心しました。姉さんの良さを分かっている
みたいですし』
『後方妹面だ。いい子だよつむぎちゃん。
おんぷに限界オタクすぎるなとこがあるけど。
気持ちはすごく伝わってるけど、
時々ちょっと怖くはあるのが玉に瑕っていうか』
『嬉しい限りではありませんか。
私たちの作った香純おんぷが、人の心に
強く残ったということなんですから』
『自分がまだされたこと無いから余裕ぶって〜。
美優ちゃん初心なんだから気をつけなね?』
む。と香純おんぷーーー及び、虹音美優は唇を尖らせた。
姉の虹音さくらと妹の虹音美優。
この姉妹はとある秘密を抱えていた。
自分達が香純おんぷだという秘密を。
香純おんぷは2人で1人の存在だという秘密を。
2人は、胸に秘めていた。
つまり、この姉妹は替わり替わり香純おんぷとして活動していたのだ。
つむぎが最初に出会ったおんぷは美優である。
その次がさくら。その次もさくら。
そして、今が美優。
見定める必要があります。そう言って、予定の合う日におんぷとして会うことにしたのだ。
結果は上々。
いくらおんぷのことが好きでも、姉のような瞳をしても、少しでもやましい気持ちが混じっていたのならば……と思っていたが、安心した。
でもちょっと距離は置いておきたい。良い人だから心苦しいが。
姉のように餌食になるのだけは勘弁願いたい。
しかし美優はその気持ちを見せず、虚勢を張った。
『これでも姉さんよりかは経験があります。
それに、今の私は香純おんぷです。
平気に決まってるじゃないですか』
実際は五分五分といったところか。
だが、みんなから好かれる
これは
「いやぁ、どうだかな〜? さっき普通にポロ出してたしー」
思わずさくらは声に出してしまう。
経験とは、告白のことだ。
小中高合わせて100は下らない回数を美優はされてきた。男女年齢関係なく、である。一度も成立したことは無いが。
その日はいつも、分かりやすく顔を赤く染めて帰ってきている。つい最近もそうだった。
となると、2人はだいぶ相性が悪い。
おんぷの仮面ならもしかしたらだが、美優の状態だったら一撃アウトだろう、とさくらは推測を立てる。
『ポロ……とは、さっきのメイクの件ですか?』
『それもあるんだけどさ』
『も?』
おや? とさくらは眉を上げる。
ーーーもしや自覚していない?
香純おんぷはメイクのことが詳しくない。という設定に無いことをアドリブで、何故なら妖精がメイクをしているからだーーーと挽回出来たのは良い。
問題は次だ。念のため、さくらは聞くことにした。
『お姉ちゃんがいるって言っちゃったでしょ?』
あれは美優の成分がだいぶ濃かった。
さくらの良いところを挙げたいばかりに、勢い余っておんぷではなく美優の話をしていた。
絵に描いたような万能な妹ではあるが、感情的な部分があったり初心であったり、人間っぽいところもある。
香純おんぷとしてそういうところを見せたのは、意外だったけれど。
さくらはスマホからおんぷへと目線を向ける。
キョトン、と目を丸くしたおんぷがそこにいた。
本当か? そう尋ねているかのように。
さくらは、こくこくと頷く。
「おぉぉ…………」
おんぷは顔を両手で覆い隠し、うめき声を上げた。
ーーーあ〜天然だったか〜。
愛しさを感じつつ、反省会に出そうと心に決めるさくら。
でも、先ほど見た感じだとつむぎも気づいていないようなので、軽症で済んではいた。
そもそものところ、香純おんぷが誰かと日常を過ごすなんて、2年間で一度も無かったのだ。これを機に、少しずつ調整すればいい。
そう慰めようと、さくらは文字を打とうとする。
「あれ、2人ともどうしたの?」
そのタイミングで、つむぎがドリンクバーから帰って来た。
顔を隠したおんぷと平常なさくら。
そんな状況を見て、彼女は問いかけた。
手に持っているトレーには3つのコップ。
手前側の変な色をした飲み物は、話題作りの為につむぎが用意したミックスジュースである。出来るだけ飲めるようにしておいたものだ。
「にらめっこしてたらさー、おんぷちゃんがガチ笑いしちゃってこうなったー」
さくらは何事も無かったかのような、飄々とした顔で言った。
こういう時の嘘は慣れてしまっていた。
あまり良くはないとは思ってはいるが、場合によっては役に立つものだ。
「そんなにさくらちゃんの変顔すごかったの?」
「なになにー? 見たいー?」
「見たい見たいっ」
期待の籠った声色をしたつむぎは、トレーをテーブルに置く。
口から言ったデマカセだが、今を真実にするためにも全力でかからねばならぬ、とさくらは気合いを入れた。
「ふっふっふ、そのキレイな顔を笑わせてやるぜ〜」
コキコキと使う必要性のない手を鳴らし、さくらはつむぎの顔を見つめる。
さて、やるかーーー
「ブホッ」
「うそでしょ⁉︎」
準備は万全、の段階でつむぎは吹き出してしまった。
これ以上無いくらいの不戦勝に、さくらは大声を出す。
ぶくくく。つむぎは笑い声を手で押し殺し、途切れ途切れながら言葉を発する。
「だ、だっ……て、ぷく、ぜっ、絶対使わないのに、手の骨、鳴らしてて……っ」
ぽかんとするさくら。
考えるさくら。
「言われてみればそうだ……!」
そして納得するさくら。
姉妹そろって天然だった。
「あはっ、あははっ! ひ、ひっ……! い、今……っ! 面白すぎ……っ! あはははは!」
つむぎの笑い声はより一層大きくなる。
ーーーまぁ、笑ってくれたからいっかぁ。
そんな風に思うさくらなのだった。
/
ずいぶん話した気がするが、外はまだ夕方だった。
入る前より人の姿が多くなって、視界に入ったたのだけでもクラス2個分はありそうなくらい。都会の人口密度には未だに驚かされる。
駅までは、ほんの数分。
わたしは2人とは別の路線なので、この改札口でお別れだ。
「はー今日は楽しかったー♪ つむぎお姉ちゃん、さくらお姉ちゃん、今日はありがとう♪」
「うんっ。またこういう機会があったらいいね」
「楽しんでもらえたなら良かったよ〜」
思い返すと、今日は充実した1日だった。
日常生活してるおんぷちゃんに会えたし、さくらちゃんの妹と初めましてをしたし。
……なんか体感時間が1ヶ月ぐらいあったし。
やっぱり都会って凄いんだなぁ。
「やー……それにしてもおんぷちゃん、食べたねぇ」
さくらちゃんがしみじみと呟く。
「ラザニア1分もしないで食べ終えてポテトとナポリタンもとか、食欲旺盛で凄かったよ〜。お母さんに怒られたりしないの?」
「だいじょーぶ! 晩ごはんはまだ入るから!」
「え、ええ⁉︎ あんなに食べてまだ食べられるのおんぷちゃん⁉︎」
グッと親指を立てるおんぷちゃんは余裕に満ちていた。
まだ食べられることにも驚きだが、それでそのスタイルを維持出来ることにも驚く。なんならこちらに秤が傾く。
「ふっふーん、わたしはアイドルしてるから、こう見えてケッコー基礎代謝が凄いのです。よく学び、よく食べ、よく遊び、よく寝るを体現する女の子と言っても過言じゃない!」
そう言って得意げな顔をするおんぷちゃん。
笑顔のおんぷちゃんも良いけど、こういうドヤってる顔も良い。年相応(多分中学生だと思う)な姿が顕著に現れている。
普段から表情が豊かなおんぷちゃんではあるけど、今日はより多くの顔を見ることが出来たのが、わたしはとても嬉しかった。
日常生活を送っているおんぷちゃんに出くわすなんて、そうそう無いから当たり前ではあるのだけれど。
「おんぷちゃんって、今年で何年生ー?」
「ん? 中3!」
さくらちゃんの問いに、おんぷちゃんは即答する。
目を丸くしたさくらちゃんは、おんぷちゃんの体をまじまじと見つめた。
「あんなに食べてて身長は平均くらいなんだー」
「ウッ! ぜ、絶対高校生になったら2人を追い抜くくらいおっきくなるんだから‼︎」
「あはは、それじゃあまずわたしか〜」
身長はわたしが一番高く、その2センチ下がさくらちゃん、更にその1センチ下がおんぷちゃんといった図。
女子は中学のうちに身長が止まるのが大半とはいえ、おんぷちゃんならまだまだ伸び代があるように思う。
『まもなく4番線に当駅止まりの電車がーーー』
階段上のホームからアナウンスが聞こえてくる。
あれが帰りの電車だ。
「おんぷちゃん、さくらちゃん。改めて今日はありがとうね」
わたしは2人に別れの言葉を口にした。
名残惜しいけど、時間的にこれで行かないと。
「うん! またライブの日に会おうね、つむぎお姉ちゃん♪」
「また明日ね〜」
2人が手を振って見送る。
わたしも振り返し、階段を上った。
最後らへんどう終わらせるかで1ヶ月かかりました。日常回って切りどころ難しい。