僕が美鈴と出会ったのは、冬の寒い公園でのことだった。
夕暮れごろ、僕は学校から歩きながら帰っていた。道すがら、その日のことをぼんやり思い返す。
その日はようやく卒論提出が終わり、一息つくことができていた。
自分で選んだもののイマイチ興味を持てないテーマ。
けれども、どうにか完成まで持っていくことができた。よくやった気がすると自画自賛をしていた。
いつも通り、帰り道の途中にある公園に寄る。
そこは綺麗に木々や芝生が整えられており、人もそこまで多くなかったため、よく考え事やボーっとするのに使っていた公園だった。
ただ、その日の公園は少し違っていた。
独特の雰囲気を放つ少女が、ベンチに座って夕暮れを眺めていた。
空中に視線を彷徨わせる彼女はどこか悲しげだった。
誘蛾灯のように、目を引かれた。
そして誘われるまま僕は近づいてしまった。
その姿から、目が離せなかった。
少しの間呆けたように彼女を見つめていると、ふと目線が合い、僕のことに気づいたような表情をした。
「ふふ、隣に座りますか?」
返事も返せないまま、少し間を空けて隣に座る。
ベンチは冷たく、こちらの熱を奪ってくる。
彼女はこちらに体を向けて座り直した。
「お兄さんも学校帰りですか?」
「うん……そう。君はあまり見かけないけど、同じく学校帰りかな?」
「ええ……そうですね。普段はあまり来ないのですが、少し気分転換に」
「そっか。この公園は綺麗だからね、ちょうどいいかも」
会話が途切れる。
彼女は変わらず、どこか悲しげだった。
「……そういえば、お兄さんは初星学園を知っていますか?」
「まあ、名前だけは」
「実は私、そこでアイドルをやっているんです」
「へぇ、それは……すごい」
近いこともあり初星学園の名前は知っていたけれど、アイドルについてはあまり詳しくなかった。
知っていたのは有名な数人程度だった。
だから微妙な返事になってしまった。
彼女の瞳は少し揺れている。
「少し……相談に乗って貰ってもいいですか?」
「出来ることなら」
何か力になれるなら、それは……嬉しい。
胸の奥が、少しだけ浮つく。
「そうですね……私、グループで活動してたんです」
「そこに、一人の子が居て……」
「その子は……レッスンやライブなど常に一生懸命で、まるで燃え盛る炎のようでした」
「だから、私は不安になったんです……」
「燃え尽きてしまうじゃないかって」
「それで……止めようとしたんですが、上手くいかず、もう一人の子のこともあって解散してしまいました」
「私は離れたくなかった。でも、潰れて欲しくなかった」
「私は、どうするべきだったのでしょうか……」
彼女の想いを聞く。
熱を抱えたまま、深い暗闇の中に沈んでいるようだった。
どう答えるべきか少し迷う。
それでも、どうにか言葉を探す。
「僕は……物語が好きでね」
「どんな物語でもみんな輝きを放っている。何かを目指している。何かを望んでいる」
「もちろんそういう物語ばかりではないけれど、僕はその輝きに焦がれている」
「酷く美しいと思うし、その輝きを曇らせてはいけないと思う」
「……君はその子の何が好きだったのかな」
「どちらかしか選べないなら、より良い方向に向かうしかないと思う」
「止めても、多分苦しくなるだけなんじゃないかな」
「……君も、その子も」
息を落ち着けつつ、前を見る。
夕日が沈んでいく。空を、木々を地面を、僕たちを照らす。橙色のグラデーションに彩られる。
その景色の中に、自分も溶け込んでいくようだった。
彼女も景色を見つめる。
「綺麗……ですね……」
「うん」
「相談に乗っていただき、ありがとうございます……
まだあの子を止めることは諦められないですが、少し……分かりました」
僕は彼女たちの物語を知らない。
ただ、それでも幸せへと向かって欲しいと願った。
「そういえば……名乗っていませんでしたね」
「秦谷美鈴と言います。また……お話してもいいでしょうか?」
「うん、こちらこそ。僕は河野裕人です。
よろしくお願いします」
それが僕と美鈴の出会いだった。
それから僕らは、時々公園で話すようになった。
僕は授業や研究、趣味のことを。
美鈴は学園での日々を。
中等部でのレッスンのこと。
上手くサボる方法。
かつてのグループの仲間のこと。
4月に入ると、美鈴の話す内容も少しずつ変わっていった。
高等部でのレッスン。
新しい仲間。
そして、一番星《プリマステラ》への挑戦。
そんな時間を、何度も過ごした。
最初はどこか距離があった彼女も、日が経つごとに少し色んな表情を見せてくれるようになった。
ある時、僕の生活の話になった。
「料理とかはあまりしないかな……掃除も時々」
「まぁ……」
美鈴の表情が少し緩んだ。
「裕人さん……私にお世話をさせてもらえませんか?」
「私、親しい人のお世話をするのが好きなんです」
「まりちゃんとりんちゃんから離れてから、そういう欲望があまり満たせていなくて……」
少し不満げな表情をしながら、こちらを見つめてくる。
流石に、年下の少女を簡単に家へ上げるのはどうなんだろうとは思った。
けれど、どこか僕も望んでいたのかもしれない。
何度か断ろうとはしてみたものの、結局了承してしまった。
そうして、美鈴は僕の家に来るようになった。
料理を作ってくれたり。
掃除をしてくれたり。
ただ何もせず、二人でゆっくりしたり。
いつの間にか、美鈴は僕の日常の中に居るようになっていた。