主人公くん、ちょっと生き様見せてくれない? 作:胡瓜トラッカー
「西米良レイです。一年間、よろしくお願いします」
黒髪の青年は堂々と言い切った。
否定も、疑いも打ち砕く公然とした様子で。
ようやくだ。ようやく出会えた。
はじめまして主人公。
生まれてくれてありがとう、俺。
結論から言うと、俺は漫画の世界に転生した。
俺が生前愛読していた作品の世界に、という枕詞をつけることもできる。作品名は『白銀のスート』。
ジャンルは学園バトルもので、当時流行っていた題材だったらしい。
内容を軽く説明すると、平凡な学生であった主人公が別世界の住人を名乗るヒロインを拾った事を皮切りに、様々な事件やトラブルに巻き込まれていく⋯⋯というあらましになっている。
因みにさっき西米良レイを名乗ったのが主人公ね。
俺の最推しだ。
最推しなのである。
よくやったな俺、ありがとう唐突に突っ込んできたトラック。俺は主人公の勇姿を間近で見届けられるなら何回だって死んでもいい。
起きたら赤ちゃんになっていたときは流石にビックリしたけれど、レイの世界に転生できた今となっては全てが些事だ。性別が変わったことも騒ぐほどのことじゃない。
レイの魅力は幾らでも語れるが、先に目の前のことを片付けよう。今は番号順に自己紹介をする時間だ。
レイの出席番号はぴったり20番で、俺は21番。
西米良レイを生で見た衝撃で、脚の震えが止まらないのだ。小刻みに痙攣する脚を拳で軽く叩き鎮圧を試みる。
流石に生まれたての小鹿みたいな姿で生徒達の前に出るわけには行かないよな。でももう順番は回ってきてんだわ。
一つ息を吸い込んで、ゆっくり吐く。
大丈夫そうだ。髪は跳ねてなさそうだし制服に皺はない。
椅子を引いて、レイと入れ互いになるように教卓へ立つ。
今一瞬目が合った気がするけど、まあただの自信過剰だろう。
俺は、こういう公衆の面前で話をするのは好きじゃない。前世でもそうだったが、俺が話そうとすると皆揃って動きを止めてしまうのだ。
微動だにせず、瞬きも無しに俺を見つめ続ける沢山の目。これは何時になっても慣れないんだよな。
「出席番号21番、日向ラエ。よろしく」
我ながら完璧な自己紹介だ。内心満足しながら一礼をして席に戻る。
また目が合ったな。今のは完全にこっち見てたわ。俺が気づいたのに気づいた主人公くんが一瞬で顔そらしてたし。
いやー俺の自己紹介を聞いて只者じゃないことを見抜いたとか!?
まあそんな訳もなく、普通にクラスメイトの顔と名前を一致させようと頑張ってるっぽい。さっきからメモ帳に色々書いてるし真面目だねレイくんは。
『白銀のスート』、いわゆる銀スーのヒロインも同じクラスにいたりする。前の席のレイに気を取られてそれどころじゃなかったから自己紹介聞き飛ばしちゃったけども。
俺の後にネームドキャラがいた覚えはないし、暫くゆっくりできるだろう。というか俺もネームドキャラじゃないんだけどね。
原作では、レイの後ろの席に白髪ロング少女はいなかった。黒髪のモブキャラが俺の席を埋めていたはずだ。
いたいた。右の列の一番前の席に。席順動かしちゃってごめんな、黒髪。レイの後ろの席は俺が大切にするよ。
俺は最推しを近くで眺める為に生まれてきたし努力してきた。
レイくんは別世界系ヒロインを拾う前から能力値が高く、三大名門と呼ばれるレベルの学園に入学する力を持っていたのだ。
前世とは違い、この世界は学力だけで名門校へ入学することはできない。学園バトルものというジャンルに違わず戦闘力がないとレイくんの入学する学園に行けないのだ。
教師になることも考えたけど、レイと同じ年なのに学生にならないのは勿体ない!
俺は頑張った。それはもう頑張った。
前世の貯金で学力はある程度ブーストできたが、戦闘は全く未知の分野。
武術を身に着けなきゃいけないし、前の世界にはなかった魔力とかいう謎エネルギーも扱わないといけないしでほんと大変だった。
最推しを近くで眺めるチャンスを掴めるって思ったら努力は苦痛じゃなかったけどね。
レイくん? 彼なら今も自己紹介を聞きながらメモしてるよ。
漫画の、それも最推しがカラーで動いてるのみると感動するよね。生きてるって感じがするし、声と匂いもついている。
俺の前にいるのは創作のキャラではなく、一人の人間なんだなって実感しちゃう。
「はいは〜い、皆さん仲良く学園生活を送ってくださいねぇ」
フワフワとした話し方の小柄な教師が教卓に立って話始めた。見た目は普通に少女だけど、実際は何歳なんだろう?
作中でも度々話題に上がっていた先生だ。主人公くんの担任だったし、何かと話題の尽きない人物であったことは覚えている。
というか教師が前に出てきたってことは生徒の自己紹介は全員終わったっぽいな。
レイの背中を眺めてたから一人も名前覚えてないけど大丈夫かな⋯⋯。
まあ、クラスメイトと仲良しこよしする予定はないし、なるようになるはず。
そんなくだらないことを考えていると再び彼女が口を開けた。
「ちなみに私は西臼杵ネネって言うんですね。苗字はすこーし呼びにくいと思うので、ぜひネネ先生って呼んでくださいね」
背伸びをして黒板に西臼杵ネネと書き、こちらを向く。結構書きづらそうだし教壇をもう少し高くしてもらったほうがいいんじゃないか?
「まだ分からないこととか沢山あると思うので、沢山頼ってくださいねぇ。私は大歓迎です!」
ネネ先生は仁王立ちしながらそう言った。
むふーという擬音がここまで聞こえてきそうだ。身長も動作も子供みたいな先生である。
『実力は本物だから侮れないんだけどね』と原作キャラが言っていた記憶がある。
作中でその実力が明らかになることはなかった。
けれども、今の俺には分かる。
ネネ先生、なかなかの強者だな?
俺は学園に入学するにあたって魔力というものの性質、それから機能について出来るだけ詳しく把握しようと努めた。
なんか強そうな仙人に弟子入りしてみたり、ネットの論文を漁ってみたりした。特に何かを得られたわけじゃないけど。
この世界、魔力に対する理解が曖昧なんだよね。個々の才能と感覚に依存しすぎて研究が滞ってるっぽい。それが常識みたいな風潮もあるし。
だから自分で魔力を探究した。先行研究が殆どない未開拓地だったから苦戦したけど、最後は俺も感覚で何とかした。
転生したからこそ知覚できた感覚みたいなものだから、この世界の人間には真似できないと思うけど。
魔力ってのはグツグツに煮られてる飴みたいなものだ。
鍋から出せば、冷えて固まる。
固まったものが事象として残る。固まる前に形を変えれば結果も変わる。
圧力をかけると凝縮して、粘度が上がるのも特徴だろう。
体内に収められる魔力量のキャパは人によって違うことも確認した。だから才能ある人間は沢山魔力を使えるし、才能のない人間はからっきし。
こんなことを話したのには理由がある。先生は魔力のキャパが馬鹿デカい上に、教卓に立ってからずっと意識して魔力を操作している。
魔力は体内にある状態でも、少しずつ固まって形を変えにくくなる。
混ぜれば固まらないが、ほとんどの人間はそもそも体内で魔力を動かす力を持っていないようで、出力機能しか使えない不良品ばかり。
そんな人間が多いなかでもネネ先生は魔力を意識下に置き、撹拌しているというのだ。
魔力というものの性質を、そしてどう扱うべきものかを理解しているやり手だよこの先生。伊達に学園の教師をやっている訳ではない。
「それじゃあ、取り敢えず今日の授業はおしまいです。この後は帰宅するのも、学校の施設を見て回るのも自由ですよぉ」
ネネ先生は、ぱちんと手を叩き授業の終わりを告げる。同時にチャイムも鳴り始めて、教室は活気づいていく。
ネネ先生の今のセリフは原作にもあった気がするな。
確か入学してクラスと顔合わせをした帰り道で別世界系ヒロイン拾うんだよね。つまり今日原作シーンがある⋯⋯ってコト!?
レイを追っかけないヤツいる? いねぇよなあ!?
肩に鞄を引っ掛けて、俺はレイを追いかけた。