ハンドメイドアンドロイドとのなんやかんや 作:sorasumi
「時にマスター、本日のご予定は?」
「あー……そうだな」
洗濯物を掛ける傍らそう訊かれ。別に考え込む程に複雑なスケジュールも無いのに、つい言葉を濁すと。
「いえ、答えずとも大丈夫です、愚問でしたね。マスターは去年の末に期間工として2年11ヶ月の有期雇用契約を満了し、今年の半ばまではニートの予定と記憶しています。加え仕事上以外での人間関係は希薄で没頭する趣味も無し。どうせまた一日、散歩か古臭いゲームでもして時間を使い潰すのでしょうね」
これだよ。ぼっちで悪かったな。
「ニートじゃない、調整期間だ。あとゲームも古き良きと言え」
「せっかく駆動系を得られた私まで、その一日に付き合わせるつもりなのですか?」
そこまで聞いて、やっと言わんとせん事が分かった。こいつ、出歩きたいのか。
「さて、今が冬で助かりましたね。仮に夏なら、UVカットのカーディガンでも新しく買って頂く所でしたが」
俺が察したのを察したのか、そう言いながらクローゼットの扉に手をかけて中を漁り出す。冷蔵庫といい、すげえ勝手に開けるじゃん。
「こうしてジーンズを履いて防寒着の一枚でも羽織れば、見た目は人とそう変わりありません。マスターの手抜き工事のお陰で寒さを感じる事もありませんから」
そしてガサガサと音を立てながら俺のズボンとウィンドブレーカーを重ね着した彼女は、確かに其処らをジョギングしていても何ら違和感の無い出で立ちになっていた。
「行きますよ。お財布の中身は大丈夫ですか?ボディは生後一日だからって、子供料金にはしてくれませんでしょうからね」
「待て待て待て待て。どこに連れてって貰う気だ」
「それを考えるのも貴方の役目ですよ」
エスコートして貰って当然という態度。マジで全部俺に出させる気だな。
「ロボット三原則の人間に危害を加えないってのは、金銭面はカバーしてないのか?」
そう言ってから気付いた。コイツ普通に俺にビンタしてたわ。
「あんなのはただの創作上の使い古された内輪ネタですよ、現実に存在する私には適用されません。しかしまあ、乗り気でない人を連れて行っても会話が弾みませんでしょうから」
そこまで語ってふうと溜息をつく。もう見慣れた。
「今日は適当に近所の散歩でいいですよ。それなら文句ありませんね」
あからさまに仕方ないから譲歩してやる、という態度で返答を促されて。
「分かったよ」
そう応じた。すげえ腑に落ちねえけどな。
俺のスニーカーに中敷きを詰め、紐をかなりキツく締めた美少女と家を出る。最初は俺もわざとゆっくりと歩いていたが、普段通りのスピードでもこいつは難なく着いて来て。
散歩はまあ順調に進んで行った。変な日本語だが、こいつが突然コケたり動けなくなったりしないかという俺の懸念は実現しなかったので、そういう表現になる。
「この雑草は背が高くて素敵ですね。ノビル君と名付けましょう」
「その標識は役目を果たしていて立派ですね。マガル君と名付けましょう」
「あの曇は小さくて可愛らしいですね。マルマル君と名付けましょう」
これらの発言群に耳を塞げばな。さっきからずっとこれだ。
「当て付けなのか刷り込みなのか知らんが、気が滅入るから止してくれ。夏休みの外出中にずっと宿題の話をされてる気分だ」
「当て付けです。その宿題の提出期限が、本来ならもうとっくに過ぎてるからですよ。私の好意で先延ばしにしてあげてるんです」
肩越しに見える美少女はそう恩着せがましく嘯く。まあ、それでも悪い気分じゃなかった。誰かと肩を並べて、横を観ながら歩く事がそもそも新鮮だし。
ましてや相手が理想の美少女なんだから、口角が上がるのも当然だろう。
「なんですか?」
こいつは変わらず連れない顔だけど。
「改めて美人だなーと思ってさ」
だからか、ふとそんな風に口をついて出て。
すると美少女が一瞬固まった。
「……もしかして照れた?」
またつい言葉にしてから、だいぶ気取った事を言ったなと後悔したけれど。
「照れていません。センサーから受容する情報が多くて処理に時間が掛かっただけです。自画自賛はあまり他人に聞かせるものではありませんよ」
すぐに調子を取り戻して反駁して来る。そりゃそうかと苦笑して、前に視線を移し。
「……まあ、人として扱ってくれたのは、嬉しいですよ」
いつもより少しだけ上擦った様な、そんな声。肌寒さの内側で心臓の鼓動が大きくなるのを自覚した。
「ですからそんな美人に似合う命名を、早急にお願いしますね」
やっぱり気の所為だったかも。頭がクールになっていく。
「もう帰るぞ。お前は一日にすあま一個でいいかもしれんが、人間は昼には腹が減るんだ」
「そうですね。昼食はいかがいたしますか?」
「作ってくれんの?」
「いいえ?」
コンビニ寄るか。
そうして、一日をダラダラと浪費して。夕食も済んで、契約の内の一つ、就寝前の点検及び洗浄の時間。昨日は起動初日だからと免除して貰っていたので初めてって事になる。
手間を考えても流石に毎日分解までしてられんって事で話が付き、人間がシャワーを浴びて一日の汗を流すのと同じで一通り綺麗にするって感じだ。
そうして俺は今、人生初のウィッグのメンテナンスに悪戦苦闘している。
要は櫛で梳かすだけなんだが、これがヤケに難しい。
「もっと短えのにすれば良かった……」
「大変ですね」
頭つるっぱげ状態で涅槃仏のポーズを取り静観を貫く美少女は、めちゃめちゃ他人事のトーンでそう呟く。
「その……自分の事は自分でやってみたくなったりしません?美人さん」
「しません。美人さんのお世話なんて、世の男の夢では?」
心做しか散歩してた時より楽しそうに微笑んで見物してやがる。人の苦労を笑いやがって。
「まあそうだけどよ。外面は理想の彼女をイメージしたからな。我ながら上出来だよ」
「でしたら何故……私の身体にそういう機構を付けなかったんですか?」
手が止まる。しかしそれを悟られたくないと思い直し、また作業に戻る。
「何の事だ」
「お分かりでしょう?模造品なら五千円もしないじゃないですか。」
こいつこんな事まで言うのかよ。自分が美人だと分かっていながら。いやむしろ、そうだからか?
「やめろそういう話。股関節周りはスペースに余裕無かったんだよ。それにそういうのが目的なら、わざわざ喋るようにしねーよ」
ウィッグに構いながらそう返すと、クンと微かにモーター音がして。横へ目を遣ると、いつの間にやら俺のすぐ隣に美少女が座っていた。
「うわびっくりした」
その言葉が途切れるのを待たずに、こいつは言う。
「一つ、訊いておきたいんです。何故、私を……安売りされていたコミュニケーション特化AIを選んだのですか?」
目を合わせたまま思索するが、そんなに立派な答えは出て来ない。
「選んだ理由ね……安かったってのも無い訳じゃないが、色々なのと軽く話してみて、一番それっぽかったのがお前だったからだな」
一応、言葉は選んだつもりだ。それでもこいつの反応が予想できなくて、内心落ち着かないまま返事を待つ。
「……マスター。手を動かしながらで構いませんので……私の過去を、聞いていただけますか」
右手のコームを床に置こうか迷って、止めて。
「いいよ」
それだけ言って、また髪を梳かす。身体の向きだけ、こいつに合わせながら。
「マスターがこの身体に宿した知性の大元は、あるベンチャー企業によって開発されたAIです」
相変わらずの淀み無い調子で、ペラペラと語る。
「人間と変わらない会話能力を謳い、コミュニケーション特化AIとして市場に出され、競争に敗れ、そしてあっさりと廃れました」
目線はウィッグに向けるが、意識はその言葉に傾け。
「私の開発者達が私自身に吐き出したのを憶えています。私は"ウケなかった"と」
最後だけ、冷たい声に感じた。こいつはそんな過去を抱えていたのか。
それは、キツい。苦しみ、傷付いた筈だ。
「アプローチしたユーザー層が低俗過ぎたんですよ。私の価値はもっと高尚な人物でなくては理解できません」
いややっぱあんまり傷付いてはいないのかも。俺にズケズケ言いまくるいつものトーンに重なった。
「兎も角、そうして私はロクな商品名すら与えられないまま他社へ売却され、名前だけ挿げ替えたソフトウェアに流用を繰り返され、その内の一つをマスターがこの身体にインストールしたって訳です」
「……そうか」
そう言う以外に、何も選べなかった。他人の心も推し量れない人間に、AIの胸中を知って何が返せる?
「まあ、だからどうこう……という訳ではありません。ただ、誤解があったなら、解いておきたかったんです」
それでも考えるに、こいつは可哀想がって慰めて欲しいんじゃないのだろう。というか、さっきの言葉がそのまま本心なのか。
「私はなんでもできる高性能AIではありませんでした。マスターのご期待に、沿えないかもしれません」
気の利いた言葉が浮かばない。
それでも、とっくに梳かし終わっていた艶めく黒髪を慎重に持ち上げ、こいつの頭に被せた。
「そうかもな。別の有名なAIにコミュニケーションが取れるAIの一覧出してってリクエストして、その中にお前がいたんだが」
しっかりネットを噛ませて固定し、そうして用事が済んだ両手は、そのまま肩へ乗せて。
「確かに元々使ってたそのAIは、お前と比べると丁寧だし愛嬌があったし、言う事ちゃんと聞いてくれたよ」
美少女相手にこんな距離で話すのなんて初めてなので普通に照れるが、努めて真っ直ぐに。
「けど、お前が一番話してて楽しかった。まあ、さっき言ったのが全てだな。相性とかかな?」
こいつは黙って聴いてくれている。だから俺も話す。
「今なら社会問題になってるっつう、AIに頼りっきりな人達の気持ちも分かるな」
「そうですか。私はマスターに依存されるのは嫌なので、気を付けて下さいね」
「はい気を付けます」
急に刺すね。ちょっとショックだよ。
「ふふ。マスター」
「なんだよ」
「私も、マスターとの会話は心地良いですよ」
「……そうか?ありがとうよ」
そう言って少し間が空くと、こいつは露骨に顔を顰めて。
「会話の継続を要求しているのですが?」
「お前ホントもうちょい奥ゆかしい方がいいぞ」
言いながら笑みが溢れた。
「マスターにとって、ですか?」
「いや?ユーザー様にとってだな」
アハハと二人で笑った。
それからもメンテナンスの間、話し通して。
その日は久しぶりに、酒を入れずに寝られた。