ハンドメイドアンドロイドとのなんやかんや 作:sorasumi
「おはようございます、マスター」
「おはよう」
今日も美少女に起こされた。最高だ。
「なぁ。出掛けようぜ」
朝食を済ませ、燃料補給をする前に。美少女へスマートフォンを差し出す。
画面には、デフォルメされたこの町の地図と"徒歩16分"の文字。
「昨日買ったアプリで、散歩コースを提案してくれるんだ。近くに良さそうな甘味処があるらしい。せっかくだから今日は燃料補給も兼ねて、そこまで」
そこまで言って、ようやく。
「マスター……!」
話し相手がひどい顔をしていたのに気付く。
「バカ!どうして私以外のAIを使うんですか!」
「え?これAI入ってるの?」
戸惑う俺を他所に、こいつは堰を切った様に捲し立てる。
「AI無しに、そんな機能が実装出来るとでも!?使われていますよ、私と競合した、あの会社のAIが!」
そうなのか。それは、つまり。
「最低です!ゴミ!カス!ゴミカス!」
昨日伝えられた、こいつの過去を。競争に敗れて失敗作の烙印を押された傷跡を。
もう一度抉る事に他ならないじゃん。
「裏切られました……もう知りません!」
裏切ってしまったのか。
それをあっさりと受け止めた俺の目を、もう美少女は覗いてくれなかった。
「なぁ、聞いてほしい」
流し台に立つ横顔に頼み込むも、眉一つ動かさず。
「よく聞こえません。何ですか」
にべもない返事。
「謝りたいんだ!」
ならばと声を張ると。
「うるさいです、近所迷惑ですよ」
無敵かよ。不機嫌になったこいつ強過ぎる。
「……黙ってればいいとでもお思いですか」
どうしろってんだよ。俺が悪いけども。
「……」
燃料補給の間もお互いに無言。しかし美少女の瞳はこちらを真っ直ぐに射抜いて止まない。
俺を険しい表情で見つめながら、ずっとすあまを噛んでる。大袈裟に見える程に顎を動かして。
可愛いんだけど、辛い。
こりゃもう一度お互い物理的に距離を取っちまおうかと着替え出すと。
「外出なされるんですね。スマホは何処へでも持ち運べて便利ですね。どうぞ存分にお楽しみ下さい、私以外のAIと」
「もう使わねーよ。消した」
お前の方がずっと大切だ、とまでは言えず。
「でしたらスマホ、置いて行けますよね?私にお預け下さい。どうぞ」
予想外の提案に目を剥くと、映るのは両手をパーにして差し出す美少女。
「私を信用できないと?」
正直、できない。普通に壊しそう。でもそれを言うと別のもっと大切なモノが壊れそうだ。
結果、スマホはその掌に授けられ。
「行ってらっしゃい。帰って来なくていいですよ」
冗談には聞こえなかった、その言葉を最後に。
俺は寒空の下に一人放り出された。
「何で本当に何も持たずに出て来ちまったんだ?」
自嘲する。だって本当に服だけ。スマホどころか、財布も家の鍵も無い。動揺し過ぎである。
「……歩くか」
そうして2時間は歩いたけど、何もなかった。
何も。
ピンポーン。
「開けて下さい」
ピンポーン。
「反省してますんで」
ピンポーン。
「もうトイレ借してくれるだけでもいいんで開けて下さい」
ガチャ。
幸いトイレを済ませた後も叩き出される事は無く。
すごく久しぶりに、正座をしている。
「順を追って説明させてくれ」
「馴れ馴れしいですね」
「説明させて下さい」
どうにか勝ち取った弁解の機会。最早俺に残されたカードはただ包み隠さず打ち明けるのみ。
「スマホから手軽に使える道案内ツールが欲しかっただけなんです」
「私は手軽に使えないんですね。分かりましたとも」
もう顔も合わせてくれないが、勝手にでも語る。
「外歩いてる間に本当に反省しました。昨日伝えてくれた事は一つも忘れてません」
「当然です」
苦々しく吐き出す様な返事だ。
「一重に、俺の思慮が浅かったです。お前がどう感じるかまで、考えが及びませんでした」
「そうですね」
もうノイズが混じったかと思う程、声がキレてる。
「替えが利くモノと扱われる辛さは、俺も分かってたつもりでした」
「貴方の自覚は関係ありませんし、私を哀れまないで下さい」
「はいすみません」
これは普通にミステイクだった。反省。
「俺は、お前が動き出してくれて、本当に嬉しかったんです」
偽りも誇張も無い本心を、どうにか文章にして、言葉にする。
「お前の見た目が可愛いからじゃないです。こんな風に話してくれるお前だから、近くで声を聞かせてくれて、嬉しかった」
ほんの少し、美少女の瞳が揺れた。
「外で一人でいて、寂しかったです。お前と二人になってからまだ3日なのに、もう俺は一人になりたくないんです」
それを見ていたいと思いながら、頭を下げる。
「だからお願いします。俺の我儘だけど、これからも一緒にいて下さい」
「そうですね。ええ、私も冷静ではありませんでした」
上から聴こえるその言葉は、怒りを孕んではいなかった。
「時間を取って演算すれば、スマホアプリ一つに私の代替品など務まる訳が無いと結論が出ましたから」
決して笑ってはいないが、悲しんでいる様にも受け取れない。やれやれといった調子に思えた。
「返します」
ガガガと音を立ててスマホが横回転しながら床を滑り、俺の膝に衝突した。なんかカバーの真ん中にシワ寄ってるし。折ろうとしたよねコレ。めちゃめちゃ怒ってんじゃん。
「でも傷付きましたよ。忘れはしませんからね」
「はい。ごめんなさい」
「頭を上げて下さい」
普通それ最初に言わない?しかし有り難くその通りにすると。
「さぁ、でしたら、こうしましょう」
そう言うや否やこいつは身を乗り出して、一気に顔が近付く。
「お小遣いを下さい、マスター」
「……は?」
でしたらって何、なんで金の話になる?
「たまたま会社の宣伝が上手かっただけの計算機風情には支払えて、隣で音声言語でもボディランゲージでもコミュニケーションが取れる一人格の私に支払えない訳がありませんよね?」
「支払ったっつっても、買い切りで120円だぞ」
「私はそれ以下なんですか?飲み物も買えないんですか?サブスクリプションには値しないとでも?マスターのケチ、スカンピン、カイショウナシ、ワーキングプア」
駄目だ、これはもう説得できん。決定事項になってる。
しかしまあ、冷静に、一回この喧嘩を抜きにして考えると。別に全然払えるというか、払ってでもここに居て欲しい。
というかこいつの要求に頑なに応えないとなれば、普通にストライキどころか嫌がらせとかまでやりうるからな。
むしろポジティブに考えれば、こいつが何に金を使うのか楽しみまである。
手作りアンドロイドを産み出せるくらいには金銭的余裕はあるからな。
「私をあんなダメアプリ以下と言う様な真似をしておいて、タダで済むとでも!?あの会社はマネタイズだけ頑張ってて、成果物のクォリティはまあ酷いモンですよ!とっくに化石のアルゴリズムをカワイイ風にしたUIで誤魔化して、流行りに乗っかってるだけ!そもそもAIってのは、人間にとって……」
おっと、考え込んでてこいつの台詞が頭に入らなかった。なんかヒートアップしてたみたいだが。
また機嫌を損ねられては困ると、慌てて体の良い答えを返す。
「そうだな、分かった。あげるよ、いくら欲しい」
「マスターの月収の半分ほどは」
困るって。話変わって来るよ。
「冗談です。今日の所は1万円だけいただきましょう」
「まあそれなら」
はいと差し出した紙幣。恭しく受け取ろうとする姿に強烈な違和感を覚える。
「……ありがとうございます」
やっと、温かい声が聞けた。しかし万札は俺の手を離れた瞬間は四つ折りにされ、手首の関節部分にスッと仕舞われた。
「まあ、給与遅配もいいとこですけどね」
「おいちゃんと取り出せるんだろうなそれ」
「パソコンありますよね?貸して下さい、マスターがケチってインターネット接続機能を載せてくれませんでしたから」
「聞けって。ネットはケチったのもあるけど無理だったんだって」
プログラミングとかネットワークは専門外なの。
ノートパソコンの画面に映し出されたのは、大手ネットショッピングサイト。
「じゃあ勝手に見て買っていいから。信用したからな」
「ええ、ご安心を」
マジで何買うんだこいつ。生きた羊とか注文したら今度はこっちから閉め出すからな。
とはいえ、まあ。不安と興味は尽きないが、ここで口を挟むのは無粋だろう。
慣れた手つきでタイプ音を奏でる美少女を見守りながら、その一日は過ぎて行った。