ハンドメイドアンドロイドとのなんやかんや 作:sorasumi
目が覚めた。
「……あれ?」
美少女は?
「どうした?おい」
美少女は、部屋の隅で壁にもたれ掛かって座っている。
別におかしくはない。今までも俺が寝ている間はそうしていたらしいし、何なら作っている途中もこんな感じで鎮座させていた。夜に見てついビビったのも数知れず。
けれど今まで通りなら、この時間には起こしてくれていた。
「もしもし」
目の前で手を振るが、反応なし。
「キスしちゃおっかな」
もちろん冗談であるが、反応なし。
「……触るぞ。嫌なら起きてくれ」
肩を持つ。振動は感じない。
此処に至って漸く、事の重大さを理解する。
「動かすぞ」
なら、直す。両手で抱え、腰で支える。お姫様抱っこというヤツだが、まあしんどい。重い。
こいつが自分で立って、動いて、喋っていたのか。
「奇跡、か」
そうだったのかもしれない。ベッドまで運んで横たえると、髪を広げて眠る様はとても絵になっていた。
以前なら美少女で済ませたその姿が、造りモノに見えて嫌だった。
分解。
その二文字が脳裏を支配している。あれだけ遠ざけたかったその儀式が、今では唯一の希望の様に思えた。
「分解して整備して、再起動するぞ。いいな」
返事は無い。ノートパソコンを立ち上げ、パスワードを入力する。
開きっぱなしになっていたネットショッピングのページを、閉じようとして。
無視して、ブックマークから贔屓のページを開く。こいつを造るに当たって大いに参考にさせて貰った、有志によるロボット工学専門サイト。
クローゼットを開き、埃を被った紙束を広げる。同じく重宝した電気工学専門書。
ベッドの下に手を突っ込み、ガチャと音を立てる工具箱を取り出す。説明不要。
さしずめ、一世一代の大手術。
「頼む」
誰にでもなく、呟いた。
いつの間にか日は沈んでいた。俺にやれる事は全部やった。動く部分は新品同様になるまで磨き、配線は一本一本繋げ直して束ねた。
一度人の形にしたモノをバラすのが、ここまで心に来る作業だとは。造り始めた頃は素体の骨組みだけ見てもワクワクしていたのに、今は素肌の奥の姿がグロテスクにしか映らなかった。
「若返ったな」
そうでも思わないとどうにかなりそうだった。一度外したウィッグも付け直してやり、そっと撫でる。
最後に、有線でパソコンと接続、強制的に再起動する手筈だ。
「起こすぞ」
エンターキーを叩こうとして、指先が止まる。
目の前の光景はあの日、こいつを最初に起動した時と同じ。
起きなかったら?
起きたとしても、まさかまた「お初にお目にかかります」なんて聞く羽目になるのか?
分からない。
「お前は……」
そこまで言って、自嘲する。もう、考えても無駄だ。
目を閉じて、キーを叩いた。
目を開ける。
美少女の瞼は、閉じたままだ。
「……起きろ」
「起きろ、なぁ」
「考えたんだぞ、お前の名前」
声が震える。視界がぼやけて、頬が痒い。
「おまえ、の、なま」
不意に、息が詰まった。口元が圧迫されている。
美少女が、俺の口を塞いでいる。
「……デリカシーの無い人ですね」
目線は逸らして、両手だけ俺の顔に重ねて。
「おまけに勝手です。自分の世界に入り込むならお一人でどうぞ。もうマスターは孤立した成人男性じゃないんですから、弁えて下さいよ」
滔々と語る。しかしその言葉に耳を傾けるより先に、口を開かせて欲しくて顔を背けた。
「ッハァ!はぁ、窒息するわ!」
「鼻詰まりですか?それは失礼しました、こちらは寝起きなもので」
ヒラヒラと手を振ってはぁと溜息をつく姿は紛れも無くこいつだ。
「ウソつけ……聞こえてた訳?全部?」
「ええ、まあ。さっきのは、全部」
「エンジンは?AIは?」
「快調ですよ、おかげさまで。エネルギー切れが近いかもしれませんが」
「そうだすあま食わせてねえじゃん!」
俺は冷蔵庫に飛び付いた。
もちゃもちゃと咀嚼の後、嚥下。
「端的に言えば、再起動する前は不具合で……」
そこまで言って、フリーズ。
「おい黙るなよ不安になるだろ。再起動してからは?」
俺の言葉に、取り繕う様に口元に手を当てて目を逸らす美少女。
「してからは……その、演技、でした」
「……は〜あっ」
それを聞いてマジで安心した。
「まあ恐らくサーボアンプの異常でしょう。センサーと制御系は正常でしたが、駆動系にアクセスできませんでした。人間で言えば意識のある植物状態です」
恋しかったその声で、今度は淡々と面倒くさそうに説明する。俺はただ黙って聴いていた。
「以前も言いましたが、私もこの身体の全ては把握していません。自発的に再起動も試みましたが、不可能な設計がされていました」
するといつの間にか、美少女は俯いていて。
「ですから、外から再起動するって聞こえた時は、私だって」
淀みない響きが少しずつ弱々しくなるのに気が付けた。
「どうなるか、分からなくて」
こいつの言葉に滲む痛みが自分の事の様に思えて。その孤独を本当の意味で理解するのに、少しくらいは近づけたのかな、と思った。
「怖かったです」
表情は窺えない。
「目覚められても、もうログデータが接続できなくて、この私は消えて居なくなったらって思うと」
けれど、そんな事よりも。
「巻き戻った、今と違う私が、マスターと一緒にこれから過ごして行くのかもって、思ったら」
目の間のただ一人が余りに愛おしくて。
「でも、私、私のままで、また、マスターに、会えて」
気が付けば、抱き留めていた。
「名前を考えたって、言ってくれて」
もうこうしていないと聴こえないくらいに、か細い声で紡ぐ。
「その言葉を、私が聴けて」
表情は観えないけど、それだけで十分だった。
「よかった、です」
ああ。よかった。
「お帰り」
「……ただいま、です」
「本当に大丈夫か?お前。声が震えてる」
「再起動したばかりで処理が重いんです」
「もしかして泣いた?手濡れてるぞ」
「マスターの涙ですよ。そんな機能付けましたか?」
「ああそっか、そうだな、ごめん。いやでも酷いよ、お前。本当に絶望したんだぞ」
「それは、すみません。私もつい意地悪したのは反省しています、もうしません」
もじもじと無駄に身体中を動かす美少女。メンテナンスの甲斐もあってよく動く様だ。
「でも!」
急にピンと人差し指を立て、俺の頬に突き刺す美少女。痛い。
「そもそも、マスターが私を傷付けたのが先ですよね。ですからこの際、お互い全部水に流しましょう!はい、やめやめ!」
なんだろう、この話の主導権を返してくれない感じ。
いつものこいつだ。
「むしろ、これでマスターにも定期メンテナンスの必要性が理解できたでしょう。いい薬になりましたね」
言ってる事は、だいぶ無理筋の当て擦りだけど。
「そうでしょう?これからも私を、その、大切にして下さいね!」
今はただ、それが嬉しかった。