ハンドメイドアンドロイドとのなんやかんや 作:sorasumi
「おはようございます、マスター」
「おはよう」
もう、取り立てて語る事も無い。
「それではマスター、本日の燃料補給を」
と、言いかけられたタイミングで玄関のチャイムが鳴った。
珍しい。久々に聞いた……訳では無いな。一昨日押したわ。覗き穴を確認しようと腰を上げると、それより早く美少女がドアを開けていた。
「なんで?」
「代引き決済ですよ。ご存知ないのですか?」
「知ってるよ。決済手段なにでじゃなくて……ああ、この前の小遣いか」
こいつの両手いっぱいサイズの段ボール箱がドンと置かれ、ビリビリと開封され。
そうして取り出されたのは、黒い女性用のスニーカーだった。
「お、綺麗だな。お前なら白とかも似合いそうだったが」
「土踏んだ事無いんですか?汚れます」
もうこのくらいでは動じない。
他にも、歯ブラシ、ヘアブラシ、板ガム、そして見慣れたピンク色の塊。
「冷蔵庫にまだあるぞ、すあまなら」
「そのくらいは、お小遣いから出します」
あら、初めてこいつに感心したかも。
「変な所律儀なんだな。助かるよ」
「ええ、私の行持ですから」
行持とか言うんだ。仏教徒かよ。
「じゃあ冷蔵庫に余ってるのは俺食べちゃお」
昨日は結局何も食えなかったから栄養が足らん。好物である筈なのに、自分で食べるのは久々だった。
「ええ、どうぞ。それではマスター、その後に改めて私にも、燃料補給をお願いします」
おっとそうだ、忘れていた。
「それなんだが、今日は外で食べてみないか?行ってみたい甘味処があるんだ」
「ああ、私以外のAIがご提案して下さった、あの、ですね」
明らかに態度がツンとするが、だって行きたいんだもん、一緒に。
「まあ、切っ掛けはそうだけどさ。近場だし、人が多い所より良いと思って」
「よほど120円を無駄にしたくないと見えます。それとも、私にお小遣いを取られたのが悔しくて、デートを口実に浪費させるお積もりですか?」
今デートって言ったか?とも思いつつ、その前後のワードが強すぎて反応が引っ張られた。
「俺そんな性格悪いヤツだと思われてるの?悲しいんだけど」
口内に広がるもったりした甘みを堪能しつつ、軽口を叩き合う。
「まあそれでも赦しましょう。私が金銭を要求したのも似た様な動機ですし」
「おいマジかよ」
「冗談ですよ」
その間にこいつはとっくに上着を羽織っていて、フローリングの上で新品のスニーカーを鳴らす。
「一応言っとくが、ロボットなのバレない様にしろよ」
「その時はマスターがラブドールをデートに連れ出す成人男性になるだけですよ」
「ご勘弁過ぎる」
足音を止めないまま、流暢に受け答えする美少女。
内心、まだ家の中で安静にさせておくべきかという迷いもあった。けれど見る限り身体のどこにも異常は無さそうだし。
「さあ、とっとと着替えて下さい」
そう言って笑う姿まで見せられれば、そんな不安は吹き飛んでしまった。
道中もつらつらと、途切れる事なく会話を重ね。体感あっという間に目的地の木造建築に至り。
平日の午前中という事もあってか、店内は程良く空いている。爽やかな抹茶の香りと落ち着いた雰囲気が漂う中、案内されたのは2脚のスツールと2人分のソファが付いたテーブル席。
ソファを譲るつもりでスツールを引くと、美少女は倣って隣に座った。つい戸惑いを含んだ目線を送れば。
「……メニュー。これなら一緒に見れるでしょう?」
ラミネートを指先でパシパシと叩いてそう述べる。
そういう事らしい。
程なくして、机に並ぶすあまが載った小皿と抹茶碗。
「私は、抹茶は飲んでもよろしいのですか?」
「あ、想定して設計してない。後で俺がこっそり飲もう」
予想外の落とし穴に焦って口を挟むと、こいつはフと笑って。
「隠す必要はありませんよ。娘が飲めない抹茶を代わりに貰う父親なんて、よくある光景でしょう?」
一瞬言ってる意味を汲めず、固まりながら絞り出す。
「……娘?」
「少なくとも、周りからはそう見えるのでは?」
そういえば、俺はこいつを"美少女"として造った。
「マスターがご近所付き合いと縁無くて、良かったですね」
今回ばかりは同意する。
「それでは、すあまだけいただきますね」
「おう」
しかし、微動だにしない美少女。嫌な予感がした。
「どうしたんですか?食べさせて下さい」
「いやいやいやいや」
ここ外だぞ。
「カップル同士で『はいあーん』なんて、よくある光景でしょう?」
「さっきと言ってる事違うぞ」
「食べさせてくれなきゃイヤです。固くなっちゃいますよ」
「恥ずかしいからイヤです」
俺にも体裁ってモンがある。
「愛玩人形を連れ歩いてるのに?」
「それ言われるとな」
暫し思索の後、恥を忍んで。
「はいどうぞ」
「いただきます」
こいつが完全に口に含んだのを確認して、俺も自分の分に手を付ける。
スーパーで売ってるのよりも淡く、小さい桜色の塊。
一口に頬張ればきめ細やかな甘みが広がり、抹茶を啜れば素朴な苦みが余韻を洗い流す。
うん、美味い。今日2個目だけど全然気になんない位美味いわ。
一通り味わってふと隣に目を遣ると、美少女は微かに微笑んでいる。
「美味しかった?」
「分かりません」
うんまあ、味覚は実装してないからしゃあねえけど。
「それはごめん。でももうちょっと……リアクションとかねえの?」
「お望みでしたらできますよ。う〜ん、美味しいっ!やっぱりサイコ〜!」
「ごめんやめて。なんだろう、こう、つまんない」
つい言葉を選びもせず口に出してしまったが、こいつはそれを聞いて、むしろ。
「へぇ……そうですか?」
ニヤついた声色でそう言う。嬉しそうだ。分かる様になった。
「安心しました。もっとやれって言われたら殴ってましたよ」
さっきも思ったがここ外だぞ。
「そうか、それを聞いて俺も安心、いやゾッとしたよ」
「まあ、マスターは美味しそうに食べてましたから、私もそれで満足ですよ」
はにかみながら、こいつはそんな事まで口にした。
「そうか。それなら俺も嬉しいよ」
「帰り、案内してくれよ」
内心赤面しつつお会計を済ませ、退店してのふとした思い付きだった。しかしその一言に見合わない程に、大きく笑って応えてくれる。
「もちろんいいですよ。この道を真っ直ぐです」
この先は家とは反対方向だ。
「ずいぶん遠回りだな」
「はい」
「分かったよ」
密集するコンビニ、揚げ物の匂い、とんでもない排気音のバイク、見た事はある花、小春日和の日差し、うっすい曇、着いてくる足音、川のせせらぎ。
「どんどん家から離れてくな」
「真っ直ぐです」
「橋渡っちゃうんだが」
「真っ直ぐです……橋の途中まで」
青空の下、橋の上で。清流を背にして、美少女はわざとらしい位に、また笑う。
「楽しかったですか?」
「ああ」
俺も笑う。
「当然です。私はコミュニケーション特化AIですから」
風が髪を揺らす。家の中では中々ない事だ。こいつはもう、こんな場所まで来てしまった。
「お昼はお家で食べましょうね。マスターが連れにだけ食べさせないDV男になってしまいますから」
こいつが言う通り、まだこいつは人間には遠い。それでもここまで、歩いて来れた。それが嬉しい。
「ああ、それと」
そんな風に俺が感傷に浸るのを見透かしてか、美少女はまた俺に人差し指を向け。
「ちゃんと待ってますからね。もう催促はしませんけど、無期限じゃないですよ?」
そう釘を刺す。もちろん、名前の話だろう。
「ああ」
隣に並んで、なんとなく川の行く末を眺める。
「分かってるさ」
もう考えてある。それは先日の一件でこいつだって知ってる。なんなら先延ばしになってるのはこいつが俺の口を塞いだからだ。
「それじゃ、帰りましょうか。今来た道を、真っ直ぐです」
その意味を汲んで、相応しい時と場で、お望みの儀式は執り行ってやろう。
「ああ、帰るか。名前は、ちょっとだけ待っててくれ」
それを聞いて、美少女は指差した手を解し。
「はい、ちょっとだけ待っててあげます」
俺の手を握った。