ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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Don't think. Feel.(考えるな、感じろ)

 

 『ウマ娘の愛は重い』。

 

 いつの時代からそう言われているのかは分からないが、世間にはそういう認識がある。

 好いた人には猛アタック。

 歳の差なんて何のその。

 酷い場合は最終的には自分から強引に押し倒して強制的に既成事実を作る事も厭わない姿勢に為す術もなく組み敷かれ、轢かれるように結ばれる。それが(おおよ)そ一般的な人間とウマ娘の恋愛模様だ。

 

 それが彼女達がウマ娘の華であるレースで活躍するために通うトレーニングセンター学園、通称トレセン学園では、まあ学園の意義を問われかねないくらいに頻発する。

 

 生徒であるウマ娘にレースの勝ち方を教え、勝てるように鍛え、そして常に寄り添い導く『トレーナー』。

 いつも自分を第一に考えてくれるひと。

 「ある意味においてウマ娘という種族の1番の理解者である為だ」という説については賛否あるが、ともかく彼女らはトレーナーに対して結構な確率で恋に落ちる。

 よって本来は清廉であるべき学園で、先に言った捕獲や狩猟とも呼ぶべき恋模様があちこちで炸裂するのだ。

 教員的立場の男と未成年の生徒との交わり。

 一般的な常識と良識を持っていれば、それがどれだけ禁忌に触れる愚行かは理解できるはずだ。

 だがトレーナーは抵抗しない。

 出来ないのだ。

 

 何故なら、ウマ娘は人間よりも強いから。

 聴覚や嗅覚に優れていて、筋力は人間のギネス記録を軽々と塗り替え───脚に至っては生身で時速60キロ超という埒外の速度を叩き出す。

 

 故に物理的に抵抗は無意味。

 見初められたが最後、天井の染みを数える間に終わる事を祈ることになる。

 

 とはいえ、それで大事に至った例はない。

 訴えを起こして未成年の教え子と交わったという外聞を晒すよりはそのまま結ばれて穏便に済ませる方が賢い選択だというのもある。

 それに下世話な話、例外なく見目麗しいという特徴を持つウマ娘に迫られる事は男としては満更でもない。

 現代の倫理観に照らし合わせると色々と有り得ない話だが・・・・・・色々と大らかだった時代にはそれが『役得である』として、世間の一部ではトレーナーという職が男がなりたい・なるべき職業のトップに推されたりした事もある。

 

 

 『トレセン学園の生徒によるトレーナーの誘拐、及び()()』。

 

 そんな事件が新聞の活字に躍るまでは。

 

 

 彼女たちウマ娘の愛が『深い』はなく『()()』と形容される所以はここにある。

 想い人への愛が叶わなかった時に、「身を引く」という選択肢が浮かばないのだ。絶対に自分のものにしてみせるという執念が、時としてそういう暴挙に繋がってしまう。

 事を荒立てない為であったり役得と言われていた時代があったりしても、トレーナーが担当ウマ娘を受け入れるのは消極的な自衛という側面もあったという訳だ。

 『女性しか存在しないウマ娘という種族が自分の子孫を残すための本能』。

 『レースで発揮される潜在的な闘争心が、勝負所という共通点で発露するため』。

 これについても様々な言説があるが、ここで重要なのは根本的な理由が何かという話ではない。

 問題だったのは、この痛ましい事件を起こしてしまったウマ娘の犯行動機だ。

 

 ────未勝利のレースが続いた事による退学の決定、それによるトレーナーとの別れ。

 

 彼女の日記から明らかになったその内容は、世間以上にトレーナーという業界を震撼させた。

 『レース未勝利のウマ娘』。

 それはトレセン学園の全生徒、その内の実に7割という過半数に当て嵌まる条件だったからだ。

 

 華々しく活躍する者の影で喘いでいる7割。

 それはつまり、それだけの数のウマ娘が彼女と同じ動機を持っているという事。

 身の危険を感じた多くのトレーナーが辞表を提出したのだが、無論その気もないのにいきなり犯人と同一視されて手放された側としてはたまったものではない。

 想いを寄せていた人にあんまりな拒絶を喰らい半狂乱になったウマ娘たちが、自分のトレーナーを手放すまいとまるで彼女に倣うかのように彼らを誘拐するという最悪の二次被害に発展してしまったのだ。

 そんな状況で新たにトレーナーを志願する者など現れようはずもない。

 元々寿退職がしょっちゅうで慢性的に人手不足だったトレセン学園は、事件の影響で一部の活動の規模を縮小せざるを得なくなる程の大打撃を受けた。

 

 このままでは業界そのものが立ち行かなくなる。

 彼女らのレースやウイニングライブ、そしてトレセン学園を運営している団体『URA』は、これに対して速やかに抜本的な対策案を講じなければならなくなった。

 以下に並べるのは、その幹部達の間で行われた議論の中から一部を抜き取ったものである。

 

 

 ・トレーナーに武器の携行を許可しては?

 

 ────駄目だ。認可が降りる可能性などゼロに等しいし、用法を自衛に限っても未成年の教え子を預かる学園で武器による圧力を行使するなど非常識極まる。

 加えて『奪われた』際の防犯や治安上のリスクを鑑みれば、その案は1番に却下すべきだろう。

 

 

 ・そういう事態に陥った際の処分を両者共に最大まで厳罰化するのはどうか?

 

 ────駄目だ。厳罰化といっても未成年の少女には退学や出走資格の永久的剥奪などが限界なのに対して、トレーナー側は刑事罰にまで事が及ぶ。

 物理的な抵抗が不可能な相手にここまでの格差があっては、トレーナーを続ける事もままならなくなってしまうだろう。

 

 

 ・トレーナーの条件を女性限定にしては?

 

 ────駄目だ。ただでさえトレーナーが不足している現状でその案を実行すればいよいよ立て直しが効かなくなる。

 それに女性なら安心という訳ではない。『そちらの()』があるウマ娘による女性トレーナーの被害例も事実としていくつか存在するのだ。

 

 

 ・私の性癖には合っていますよ。

 

 ────帰れ。

 

 

 連日連夜の対策会議は終わる気配を見せなかった。

 粛々と議論していたはずの会議は次第に感情的な声が上り始め、終いには怒号が飛び交う動物園と化した。

 (この時寝不足とストレスでヤケクソになったURA会長が書き殴った文章が後にライブ曲『うまぴょい伝説』の歌詞になったという都市伝説がある。)

 

 『人間がウマ娘に敵う訳がない』。

 

 武器の携行、厳罰化、性別の限定etc。

 どんな案を出そうとも、結局はそこがボトルネック。

 桁外れのパワーと暴走するメンタルを併せ持つウマ娘を相手に、人間は余りにも無力だった。

 しかしタイムリミットは訪れる。

 予定していた記者会見の時間がすぐそこに迫っても一向に纏まらない結論に、当時のURA会長は叫んだ。

 

 

 「だったらお前、人間がウマ娘より強くなりゃあいいだろうが」、と。

 

 

 寝不足とストレス。

 その2つに脳味噌をうまだっちされた幹部達は、その叫びをこれ以上無い解決案だと諸手を上げて賛美した。

 そして記者会見で彼らは『トレーナー補完計画』と題したそれを大々的に発表。

 その時の彼らの語気たるや、「もう早く終わらせてお布団でグッスリ眠りたい」という強い意思をこれでもかと感じさせるものであったという。

 会見を終えた彼らはボロボロの心身で自宅に帰り、念願のお布団でたっぷりと熟睡。

 目覚めた彼らが記者にぶち上げた内容を冷静に思い出して頭を抱えるまでにそう長い時間はかからなかった。

 しかし今さら嘘でしたなんて言えない。

 吐いた唾は飲めない。

 「言ったんならやれや」という世間やマスコミの声に尻を蹴り飛ばされ、次の日から彼らは有識者を集め、泣きながら世界中あらゆる場所や研究機関を巡って『トレーナー補完計画』などという名前を口にするのも躊躇われる深夜テンションの権化を実現するべく奔走する事となった。

 

 しかし天の情けで彼らに与えられた幸運は2つある。

 人類が重ねてきた叡智や天与の才能は、自分達が考えていたよりもずっと偉大であった事。

 それでもトレーナーという夢を諦めたくないという者の意志は、自分達が考えていたよりもずっと強く気高いものであった事。

 試行錯誤の末に何故か組み上がった理論に実践と検証を重ね続けて、重ね続けて。

 重ねて。

 重ねて。

 

 

 そして、今。

 

 

 「はっ、はっ、はっ、─────うわっ!?」

 

 息を切らして逃げていた男性が足をもつれさせて転んだ。受け身も取れず地面に身体を強打して呻く彼の胸ポケットには金色に煌めくバッジが付いている。

 それはトレーナーの証。

 この学園で生き延びていけるというお墨付き。

 身体のダメージを押して立ち上がろうとした彼の背後から、靴底が砂を擦る音がした。

 トレーナーはびくりとそちらを振り返る。

 視線の先にいるのは頭頂付近から人間のそれとは違う細長い耳と、腰の辺りから流麗な尾を生やした少女。

 『ウマ娘』。『トレーナー』が導く学園の生徒だ。

 ウマ娘という種族の特徴どおり見目麗しい顔立ちをしているが、その顔は紅潮して瞳孔は開いている。

 極度の緊張状態。

 人間にとっての危険信号。

 短く速い呼吸を口の端から漏らしつつ、学園の制服を着たウマ娘は自分を洗脳するかのようにぶつぶつと呟く。

 

 「大丈夫、だいじょうぶ、やれる、私ならやれる。ここでつかまえる、ぜったいつかまえる」

 

 「お、落ち着け! 落ち着いてくれ!! こんな事をしても君の未来は良くはならないぞ!」

 

 「私にはもう後が無いんです! 頑張っても勝てない今のままじゃ私の居場所がないんです!! どうせ終わるなら可能性がある方に賭けてやる!!」

 

 そう叫んだ彼女の瞳がどろりと濁った。

 吐息には熱が篭り、昂り歪んだ笑顔を浮かべてスルスルと制服のリボンを解く。

 目を剥いたトレーナーの前で、彼女は何の躊躇いもなく制服を脱ぎ捨てようとしているのだ。

 

 「そ、それに私、前からトレーナーさんの事、かわいいなって思ってて。ほら、私尽くすタイプなので! 私を担当してくれたらきっと幸せになれると思うんです!! な、なんならその先のことまでずっと考えてますし!」

 

 まずい────マズい。

 トレーナーの背筋に寒気が走る。

 確かにウマ娘が『トレーナー』を思慕するのは珍しくもない事だが、流石に関係のほぼ無い者に対してこうなる事はない。

 募らせ続けた不安や危機感と『トレーナー』に対する憧れ、その2つが追い込まれた状況に混ぜられて最悪の吊り橋効果を生んでいる。

 じりじりとにじり寄ってくる彼女に対してトレーナーは必死に思考を巡らせる。

 間に合わない。

 自分が逃げ出すよりも彼女が自分を捕まえる方がどうやっても圧倒的に速い。

 自分に打つ手がない事を悟ったのか、───とうとう彼女は行動に移った。

 

 「わ、私頑張りますから! きっと後悔させませんから! だ、だから私を──────!!」

 

 「──────っっ!!」

 

 飛びかかってくる彼女。

 観念したトレーナーはとうとう自分のポケットの中に手を突っ込み、その中にあるものを手の中に握り込む。

 彼女に組み敷かれるのが先か。

 『これ』が間に合うのが先か。

 いや、間に合わせなければならない。

 自分もトレーナーの端くれとして、彼女の目論見を成功させる訳にはいかないのだから─────

 

 結果として、その結末に両者の意思は絡んでいない。

 

 視界の外から飛んできたザイルロープが、一瞬にして彼女の腕を絡め取ったからだ。

 

 「きゃっ・・・・・・・・・!?!?」

 

 絡め取られた腕が引っ張られて重心を崩された彼女が後ろに転ぶ。

 そのロープの先にいるのは、同じく胸に金色のバッジを付けた学園のトレーナーだ。

 人間より優れた感覚器を持つウマ娘を相手にひっそりと背中から近付き、身体の一部を縄で正確に捉える。

 何でもない顔でそんな神業を披露した彼は、呆れたように息を吐いた。

 

 「おいおい、またお前かよ。何でギリギリのラインを超えても抵抗しないんだ」

 

 「・・・・・・ありがとう。けど、あまり抵抗はしたくないんだ。僕のやり方だと、ウマ娘に無用なダメージを与えてしまうから」

 

 「それで襲われたら本末転倒だろ? 気持ちは分かるけど、担当してるウマ娘の為にも線引きはしろよ」

 

 「分かってるさ。頭の中では」

 

 「・・・・・・なんで」

 

 呟く声。

 尻餅をついた彼女の耳はぺたりと後ろに絞られ、足の裏で地面を引っ掻いている。

 声は呟きから叫びへと、地面を掻く力は蹴るような強さへと。ままならぬ全てを糾弾するような慟哭は、とうとう理性の最後を越えた。

 

 「何で、なんでここまで来て!! レースには勝てなくて、頑張ってもダメで、最後の賭けは誰かに止められて!! どうして私は何も叶えられないの!? 何かひとつ、私にだって1つくらいは欲しいものが手に入ったっていいじゃん!!」

 

 立ち上がって睨む。

 双眸の先にあるのはザイルロープを握ったトレーナー。彼の手から伸びて自分の腕に巻きついているロープを、彼女は逆に思い切り引っ張った。

 握っているロープを凄まじい力で引っ張られて大きく前につんのめった彼に、彼女は猛然と突っ込んだ。

 

 「私の! 邪魔を!! しないでよっっ!!!」

 

 叫び、掴みかかる。

 怒りと焦燥に理性を失ったウマ娘は、人間の身体など容易に引き裂いてしまうだろう。

 絶対的な膂力を前に抵抗の術はない。ウマ娘にアタックされた人間が早々に諦めの境地に入るのは、こうなる事を避けるための必然の選択なのだ。

 

 ただし。

 『トレーナー』の肩書きを持つ者を除いて。

 

 自動車に匹敵する速度で突っ込んできたトレーナーは、つんのめった身体をさらに下に沈めて彼女の両腕を回避。さらに彼の両手に操られて踊るザイルロープが、逆に彼女の両手に絡みついた。

 そして両腕を絡め取ったロープを捻りながら引いて、突進の勢いを殺しながら彼女を優しく地面に転がす。

 

 その転がす過程で全てが終わっていた。

 

 トレーナーの両腕が踊り、縦横無尽にロープが舞う。

 頑強に編まれたそれが胴を捉え、足首に巻きつき、別々の場所を捉えた縄がさらに一纏めに束ねられる。

 それで、終わり。

 

 「『武芸百般。縛道だ』・・・・・・なんてな」

 

 ぱんぱん、と埃を払うように手を叩くトレーナー。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 両腕は身体の後ろで片脚は不自然に頭の上へ。

 身体に上手く力を入れられず、無理に動かそうとすれば繋がっている別の部分が絞められて痛みが走るという巧妙で複雑な縛り方を今の一瞬で身に受けた彼女が呆然と地面に転がっている。

 

 「え・・・・・・? 何が? 何をされて・・・・・・?」

 

 思考が追いついていない彼女の肩を、ついさっきまで襲われていたトレーナーが優しく叩く。

 のろのろと見上げた彼女の目に映った彼の表情はどこまでも優しい。

 語りかけてきた彼の言葉には、紛れも無く傷みを知っている者の温もりがあった。

 

 「いいかい、確かに君の選択は誤りだ。欲しいものを倫理や道徳を無視して手っ取り早くものにしようなんて横車は通らない。・・・・・・だけど、君がどれだけ辛い思いをしているかは分かるつもりだよ」

 

 「え・・・・・・」

 

 「諦めなければ報われるなんて無責任な事は言えない。だけど正しく努力を続けていれば、きっとそれを見付けてくれる人がいる。

 だから諦めるな。努力する限りは負けてない。

 僕も本当は─────どうやってもトレーナーにはなれないって断言された身なんだから」

 

 トレーナーの言葉を聞いて、徐々に彼女の思考が状況に追い付き始めた。

 自分の賭けは失敗に終わったこと。

 自分は許されなくても仕方ないくらいにひどいことをしてしまった事。

 そしてそんな自分を、確かに自分が傷付けようとしてしまった人は────それでも許してくれた事。

 

 「・・・・・・う、うう・・・・・・・・・。ひっ、く、ううぅぅう〜〜〜〜っ・・・・・・!!!」

 

 ぼろぼろと涙が溢れ出す。

 嗚咽に震える彼女に理性を失った凶暴さはない。

 声を殺して泣き続ける彼女の頭を、トレーナーは何も言わず優しく撫でていた。

 

 聴覚や嗅覚に優れていて、筋力は人間のギネス記録を軽々と塗り替え、脚に至っては生身で時速60キロ超という埒外の速度を叩き出す。

 そんなウマ娘も1人の少女だ。

 嬉しいと笑って悲しいと泣いて、不安になると誰かに縋りたくなる、ただ人間よりも強いだけの女の子だ。

 決して見過ごしてはならないその事実を改めて胸に刻みつつ、間一髪で助けに入ったMVPであるはずのトレーナーはやれやれと肩を竦めながら、やるべき事は果たしたとばかりに黙ってその場を後にした。

 

 

 人間がウマ娘に敵う訳がない。

 ならば人間がウマ娘より強くなればいい。

 頭が狂ったお偉いさんの妄言は、数多の知識と努力の果てでここに結実した。

 ここはウマ娘たちが己の脚で覇を競うトレセン学園。

 暴走しがちなウマ娘たちと鍛え抜かれたトレーナー達が鎬を削る、レースの為の学園である。

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