ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

10 / 10
格闘漫画だとプロレスラーって噛ませになりがちデース

 トレセン学園の全生徒は2,000人弱。

 対するトレーナーは400人にも満たない。

 くどいようだがまず真正面から激突してはならない物量差であり、何とか初動を生き延びたトレーナーは《特能枠》が側にいる・ウマ娘に存在を捕捉されているなどの事情がない限りは死んだように息を潜めているのが現状である。

 物量差で遊兵と化してしまったウマ娘達が数に任せてあちこちを探索しているため予断を許さない状況は依然として続いているが、あちこちで興奮状態にある人間やウマ娘達の叫びや強い汗の匂いなどで彼女らの耳や鼻がある程度鈍っているのは僥倖だった。

 

 「見つかった?」

 

 「全然。テイオーさんの言う通りだった、潜伏の技術まで持ってるなんて・・・・・・音も匂いもしないし」

 

 「たぶん制汗剤だよ。夏場にトレーナーさん達に支給されてたやつ」

 

 「本当は()()なった時に私達から隠れるために支給されてたのかも・・・・・・?」

 

 「おっ何だ何だ? ツチノコ漁でもやってんのか?」

 

 あまりにも場にそぐわない陽気な声に、トレーナー達を探していたウマ娘達が一斉にそちらを振り向いた。

 呑気な歩様で歩いてくる、頭にヘッドギアを装着している芦毛のウマ娘。

 身体に恵まれた身体には黄金色の鎖を幾重にも巻きつけており、肩には同じく黄金色をした(アンカー)を担いでいた。

 

 「・・・・・・ゴールドシップさん」

 

 「揃いも揃ってあっちこっちでゾロゾロしやがってよー、何だよお前らサイコロか? そりゃカタツムリが悪いって決まった話じゃねーけどさ、消しゴム100個の浪漫飛行や羅刹ご飯の急速潜航はゴルシちゃんが許さねえってのはンゴロンゴロ自然保護区じゃ義務教育だぜ?」

 

 ・・・・・・()()()()()

 そもそも狂気と正気を反復横跳びしているウマ娘なのは共通認識ではあったが、彼女はふざけていても最低限の意思疎通は放棄しないはず。

 もしや─────掛かっているのか?

 それに加えてあの物々しい武器(アンカー)、彼女は間違いなく何かと戦うためにここにいる。

 彼女がどちらの側に立っているのかは分からないが、少なくとも関わるだけ何かしらの損をすることは明らかだと思われた。

 

 「(行こう。構ってられない)」

 

 「(だ、大丈夫かな? もしかしたらあの錨で攻撃してくるんじゃ・・・・・・)」

 

 「(だとしても。あれで攻撃すればどうしたって取り返しのつかない事になる。ゴールドシップさんがどっち側かは知らないけど、そうなればぜんぶ台無し。だから少なくとも、あれで攻撃なんてできない)」

 

 その考えを根拠として錨を担いだハジケリストをひとまず無視する事に同意した一団は、その場で別々の方向へと三々五々に散開しようとした。

 

 「おい逃げんなよ」

 

 

 太陽光を天で反射する黄金のアンカー。

 重力加速度を得た巨重の鉄塊が、3人纏まって逃げようとしていたウマ娘達の目と鼻の先に隕石のように突き刺さった。

 ゴールドシップが手元で鎖を操るとアンカーが意思を持ったように地面から引っこ抜かれ、地面を破壊する轟音に面食らって動きを止めた別のウマ娘の足元に叩き付けられる。

 今度は慌てて背を向けて逃げようとするウマ娘の斜め上、背後の上空から彼女を追い抜くようにアンカーが飛来。彼女の髪の毛をいくらか吹っ飛ばしつつ彼女の行く先の地面を粉砕した。

 予想に反して攻撃された事に狼狽するウマ娘達の前でゴールドシップは思い切り鎖を引いて振り回す。

 彼女の元に帰還したアンカーが金色の残像がまるで円に見えるような速度で彼女の頭上を旋回し始めた。

 そしてウマ娘達は気付く。

 振り回されるアンカーが描く円の直径がどんどん大きくなっていく事に。

 アンカーを振り回すゴールドシップの口元が、危険な吊り上がり方をしつつある事に。

 

 「みんな伏せてぇぇええええっっ!!!」

 

 

 薙ぎ払われた。

 

 その叫びを待っていたかのようにゴールドシップは手元を緩めて身体をハンマー投げのように振り回し、アンカーに蓄えられた遠心力を解放。

 黄金の錨が咄嗟に身を屈めた彼女らの頭上を通過、鎖とアンカーの軌道上にあった木々やオブジェ、校舎の壁を纏めて軽々と引き裂いた。

 ウマ娘たちの背筋に一瞬遅れて戦慄が走る。

 もし今のに当たっていたら?

 本当に自分達に当てる気でいたのか?

 いや、ただの脅しだったのか?

 ()()()()!?

 

 「(・・・・・・もがいてヘコんで、ようやくあいつが掴んだ夢だ。ご破産になんてさせねーよ)」

 

 ゴールドシップが刹那の間だけ素に戻る。

 確たる理知で覚悟を決めた、重く輝く黄金の意志。

 そして次の刹那には元に戻った。

 愉快に楽しく、それこそが至高。

 舌を出してウィンクまでする弾むようなその言葉は、地に伏せたウマ娘たちをまるで対照的に凍り付かせた。

 

 「そんな訳でーぇ、ゴルシちゃんの遊び場を荒らす奴は()ぃぃぃぃいいいんなターフの肥やしにし・ちゃ・う・ゾ☆♪」

 

 『だってゴールドシップだから』。

 その認識で全ての認識が覆る。

 彼女らの恐らくは人生で最初で最後かもしれない生存本能の警鐘は、錨を担いで高らかに笑う黄金の不沈鑑によって与えられた。

 

 ────もし命に関する危機感がこの通り武器で与えられるものならば、彼女もそれを感じていただろうか。

 薙刀の柄に何度となく打ち据えられたエルコンドルパサーが、呻き声を上げて地面に崩れ落ちた。

 

 「うぐぅ・・・・・・っ!」

 

 「その程度の力で、その程度の覚悟で私の前に立ち塞がったというのですか」

 

 対するグラスワンダーには傷1つない。

 しかしエルコンドルパサーを見下ろす碧眼には目に見える程の蔑みがあった。

 それ程までに一方的な過程だったのだ。

 徒手空拳のエルコンドルパサーは薙刀というグラスワンダーの圧倒的な有利を崩せず、触れる事も出来ないままただ打たれ続けた。あるいはよくここまで耐えたと褒めるべきなのかもしれないが、競技者らしく結果で語るなら惨敗でしかないだろう。

 グラスワンダーが率いる一団も戦いとも呼べないその内容に少しだけ引いているようだった。

 

 「うわ、圧勝じゃん・・・・・・大丈夫かな」

 

 「私達が心配してもしょうがないよ。すぐ終わってくれてよかった」

 

 「やっぱりグラスさんに着いていけば間違いないね」

 

 歯を食い縛って起き上がろうとするエルコンドルパサーに、埃すら見えない勝負服を揺らして近付いていくグラスワンダー。

 痛みに歪む顔で見上げる彼女の瞳はどこまでも冷たい。もはや抵抗の余力すらなく睨むしかできない彼女に、グラスワンダーは静かに薙刀の石突を振り上げる。

 

 「隙アリ─────くうっ!?」

 

 「そんなものありません」

 

 足首を掴もうとしたエルコンドルパサーの腕を上から踏みつけて止める。

 最後の足掻きすら対処されてしまった。

 打つ手を無くした彼女に、グラスワンダーは温度のない声で淡々と告げた。

 

 「自らの終わり際すら汚すとは怪鳥の名が泣く。潔く地に伏してバ場の外に散りなさい」

 

 そして振り下ろす。

 後頭部に向けて叩き込まれるそれは彼女の意識を容易に打ち砕いてしまうだろう。

 グラスワンダーはそれを躊躇しない。彼女にとって最早これは戦いですらなく、ただの交通整理という認識でしかなかったからだ。

 迷いなく振り下ろされた薙刀の石突がエルコンドルパサーの後頭部を──────

 

 

 「なんちゃッテ」

 

 

 打ち据えなかった。

 薙刀が激突したのはさっきまで彼女が転がっていたはずの地面。

 グラスワンダーが目を見開くと同時に彼女の身体から重力の感覚が消える。

 地に這ったまま蜘蛛のように俊敏に動いて薙刀を躱したエルコンドルパサーが、横からグラスワンダーの両足を自分の両足で挟んで地面に捻り落としたのだ。

 膝をつき辛うじて完全な転倒は免れたグラスワンダーは真後ろの至近距離から敵の声を聞いた。

 

 「知りませんでしたか? 演技はルチャドーラの得意技デェス」

 

 「くっ!」

 

 もはや薙刀の間合いではない。完全に身体が密着するこの状態は敵のリングだ。

 しかし彼女もさる者、流れるように背後に回って自分の腰を両腕でホールドしようとしたエルコンドルパサーの顔面に猫のような柔軟さで肘打ちを見舞う。

 

 しかしエルコンドルパサーは揺らがない。

 肘打ちという至近距離最強の打撃を額で受け止め、それでも彼女はビクともしない。

 

 「あれで勝ったと思いましたか? エルが何の覚悟もなくグラスの前に立ったとでも? エルの決意とパワーが大切なものを擲つ自分の覚悟に劣るとでも?」

 

 両腕が絞られ、脚の力が爆裂する。

 倒れたグラスワンダーの身体が地面から強引に引っこ抜かれた。

 彼女の視界に一瞬(よぎ)ったのは雲ひとつない青空と、上下が反転したトレセン学園だった。

 

 「La victoire est à moi(調子に乗んな)

 

 

 その光景を現実で見る日が来るとは誰も思っていなかっただろう。

 美しいブリッジを描いたエルコンドルパサーのジャーマンスープレックスが、グラスワンダーを鉄槌のような勢いで地面に叩き付けた。

 

 

     ◆

 

 

 『ルチャ・リブレ』。

 スペイン語でプロレスリングの事であり、特に中南米で絶大な人気を誇っているメキシカンスタイルのプロレスをそう呼ぶ。

 日本では空中殺法の印象が強いだろうか? そしてルチャ・リブレはそのイメージ通りにリングを軽快に跳んで機敏に動き回るのが特徴であり、エルコンドルパサーは自らプロレスラー(ルチャドーラ)と名乗るようにその技術の使い手である。

 

 だが、プロレスと武術には決定的な違いがある。

 武術は相手を倒すための技術体系だが、プロレスは相手と共に観客を魅せる『興行』なのだ。

 時に試合中に頸椎の骨折すら発生する世界で戦うプロレスラー達が自らを鍛える厳しさと苛烈さは紛れもなく本物。

 しかし本質が演劇(ショー)であるプロレスの技は相手の協力ありきで成立するものが多く、試合の内容も純粋な戦いではなく如何に場を盛り上げるかに重きを置いたものである。

 

 となると、やはりルチャ・リブレは実戦における実用性に乏しいのだろうか?

 敵を打ち倒すために体系化された技術群を前に、ルチャ・リブレは戦う(すべ)として成立し得ないのだろうか・・・・・・?

 

 

 ─────否!

 成立する! 成立するのだ!!

 その使い手が人間ではなく『ウマ娘』である場合に限っては!!

 

 「がはっ!?」

 

 背中から地面に叩き付けられたグラスワンダーの肺から空気が吐き出された。

 咄嗟に受け身を取ったのは流石の判断力だろう。

 しかし当然そこで終わる訳ではない。腰をホールドしてブリッジした姿勢から蛇のように体勢を変えたエルコンドルパサーが両脚でグラスワンダーの首を挟みヘッドシザースへと移行する。

 

 (三角締め!?)

 

 グラスワンダーの脳が同じ形の締め技を過去の経験から弾き出し、まさに自分の首を挟まんとする両脚の間に自分の両腕を入れる。

 この技は腕が2本入っていればまず極まらない。

 ヘッドシザースを防がれたエルコンドルパサーは即座に別の寝技に派生しようとしたが、技が外された隙にグラスワンダーは防御のために一時的に手放していた薙刀を拾う。

 今度は石突ではなく刃の方で突いた。

 敢えて無理な体勢での刺突を回避させ、回避したところを蹴りで狙い撃つ。

 何とかルチャの間合いからエルコンドルパサーを引き剥がしたグラスワンダーは、不敵に笑う彼女を前に今度は油断なく構えた。

 

 「ブエノ! その光り方、模造刀じゃなくて研いでないだけの真剣デスね?善玉(テクニコ)に負ける悪玉(ルード)のグラスにはピッタリデス」

 

 「見世物の役者が嘯くものではないですよ」

 

 「その通り、私達は役者(アクトリス)

 

 エルコンドルパサーが前傾に構え、呼応してグラスワンダーが薙刀を構え直す。

 次の瞬間にエルコンドルパサーが走り出した。

 地を這うような超低空のタックル。薙刀という長物にとっては最も対処しにくい攻撃だがそれを予見して下段に構えていたグラスワンダーは即座に対応、直線的に突っ込んでくる彼女に対して真正面に刃を据えて動きを牽制した。

 タックルを止めるか、横に回避するか。

 敵が取り得る行動を並列してシミュレート、瞬時にその全てに対して迎撃のプランを完成させた。

 

 そしてエルコンドルパサーが地面から消えた。

 代わりにグラスワンダーの視界を埋めたのは、相手が履いている靴の裏。

 自分がいま相手にしているのは自分の想定を容易に超えてくるライバルであることを、この時彼女はようやく思い出した。

 

 「メラメラの魂をぶつけ合う! 最高のショータイムデェェェェス!!!」

 

 怪鳥が飛ぶ。

 低く地を駆ける自分を払いにきた薙刀を跳び越えたエルコンドルパサーのドロップキック(パターダ・ポラドーラ)が、グラスワンダーの顔面に真正面から突き刺さった。

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