ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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最初の2話で主役みたいな顔してた奴の霊圧が消えた : 下

 サイレンススズカは掴まれた腕を引いて上半身を振る。その力の流れをコントロールして投げようとした沖野だが、掴んだ手が振り払われた。

 力で振り切られた訳ではない。

 それ以前にスズカの動きの速さに自分の反射神経が追いつかなかったのだ。

 

 (やっべぇ・・・・・・!!)

 

 沖野の心臓に戦慄が走る。

 反射が追いつかないという事は動きが見えないという事、動きが見えないという事は防御ができないという事。

 しかし沖野は身体のどこかを掴めば相手をコントロールできる。彼がスズカの動きから次の行動を予測した場所を捕らえようとして、そして彼の読みは正確に彼女の動きを捉えていた。

 それをスズカは回避した。

 動く先に置かれた沖野の手を身体能力のゴリ押しで潜り抜ける。

 両腕を上げて上段のガードをガッチリと固め、上半身を振って攻撃を回避しながら侵攻していく、デトロイトスタイルとは真逆のインファイト─────

 

 「『ピー・カー・ブー』!?」

 

 「これで決めます。トレーナーさん」

 

 人の能力では捉えられぬ速さで人の技術では止まらぬ力が躍動し、輝く栗毛が(むげん)の形の軌跡を描き出す。

 『デンプシーロール』。

 防御も反応も許さない異次元の拳が、空間ごと突き破るような力で沖野を叩きのめした。

 

 

 ナリタブライアンが動いた。

 三冠ウマ娘に並ぶ膂力と瞬発力で殺到するトレーナーの掌打の嵐が唐突に止んだ。

 弾き飛ばされたのだ。

 2つの美しい円を描いた彼女の『回し受け』が力任せな攻撃を綺麗に防ぎ切る。

 完全なシャットアウトを喰らい生まれた隙をナリタブライアンは刺した。

 強烈なローキック。

 正しい型で叩き込まれたウマ娘の脚力に、ナリタブライアンのトレーナーの脚に斧を振り下ろされたような激痛が走る。

 

 「ぐうっっ!?」

 

 立て続けに2発3発。

 脚をへし折る執念で叩き込まれるローキックを嫌って蹴りで突き放そうとしたトレーナーだが、ブライアンはその蹴りを内受けで外に逸らす。

 今までの猪のような攻めから一転、洗練された技術の冴えを見せる彼女。同じ空手でもフルコンタクトとは別種の動きだ。

 

 「あの動き・・・・・・『伝統派』か!?」

 

 外野のトレーナーが驚愕した。

 蹴りを逸らしたブライアンがそのまま脚を後ろに下げて腕を引き絞る。

 特大の一撃を察知した『カズ』が咄嗟に避けようとした時、ローキックを喰らい続けた脚が一瞬機能を停止した。

 身体が沈んで動きが止まり無防備を晒す。

 敵を圧倒する激しさがフルコンタクトにあるならば、敵を沈める理合(りあい)は『型』に宿る。

 

 「破ァあっっっッ!!!!」

 

 深く深く突き刺さった。

 近代兵器のような一撃を腹に喰らったトレーナーの巨躯が、最初の展開を再現するかのように校舎の穴に吹っ飛んだ。

 10秒、20秒、30秒。

 彼が立ち上がってくる気配は、ない。

 

 

 「来て。───私の【お友だち】」

 

 マンハッタンカフェの気配が膨れ上がった。

 カンテラの中に灯る紫色の炎が音を立てて脈動しつつ大きさを増していく。

 ()()。何かが、来る。

 猛烈な悪寒を前に、カフェのトレーナーは学園から課せられた力の制限を忘れた。

 懐から取り出した2枚の特別な呪符に力を流し込む。

 呪符から顕現したのは、雄と雌の2人の鬼。

 

 「《前鬼(ぜんき)》!《後鬼(ごき)》!!」

 

 滾る力を身に纏い突撃する2つの式神。

 《特化戦力》を除けば学園のウマ娘の大半を纏めて薙ぎ払える力を持つそれらを前に、カフェは臨界に達したカンテラを宙に放り投げた。

 

 それだけで終わった。

 宙に浮いたカンテラから出現した黒い装束を纏った巨大な腕が、《前鬼》と《後鬼》を紙屑のように握り潰す。

 そしてカンテラを中心に広がっていく黒炎が、出現した腕に続くように巨大な人型(ひとがた)に変化していった。

 

 呼び出されたそれは巨大なウマ娘の姿をしていた。

 マンハッタンカフェと同じ顔。

 マンハッタンカフェと同じ青鹿毛。

 マンハッタンカフェに似た勝負服。

 まるで巨大なマンハッタンカフェが出現したかのようだが、彼女ならば月のような金色であるはずのその瞳は紅く、煮え滾るような怨讐に燃えていた。

 

 【◾️◾️◾️。◾️◾️】

 

 その口から言葉ならざる言葉を漏らし、『彼女』の腹が紫に光る。

 その光から現れた生物のように蠢く黒炎が、ふわりとその場に浮かんだ直後に一直線にトレーナーに突っ込んでいった。

 咄嗟に防御の術式を総動員する彼。

 意思を持つ超常のミサイルを辛くも防いだ瞬間には、既に何体もの黒炎の爆弾が眼前に迫っている。

 

 

 「─────この子は【寂寞の日曜日(Sunday Silence)】。私の愛するあの(ひと)に、初めましての挨拶を」

 

 

 マンハッタンカフェが『彼女』の名を呼ぶと同時、ただ1人の人間をターゲットにした空爆のような大爆発が学園のグラウンドに連鎖した。

 その破滅的な音は生徒会室まで届いている。

 動乱にしてもあるまじき空気の振動に青褪めるルドルフとエアグルーヴに、トウカイテイオーは欠片の動揺もなく嘯くように語りかける。

 

 

 「ねえカイチョー。本当に《特能枠》のトレーナーが《特化戦力》に勝てると思ってる?」

 

 

 「大丈夫です、トレーナーさん。目が覚めたら綺麗なベッドの上ですから。少し足枷が不便かもしれないけど、慣れればきっと快適です」

 

 

 「トレーナーも頑張ってるよね。ボクらと同じ場所に立つために。ボクらと並んで歩くために」

 

 

 「後はお前等が勝手にしろ。私はアイツをここで()()。獲物を組み伏せ貪る快楽、事が終わるまで待てそうにない・・・・・・!!」

 

 

 「でもね、越えられない壁はあるんだよ。ボク達はみんな強欲だ。欲しいものがあれば全力で走る。どこまでだって強くなれる。全てを懸けて勝ちにいける」

 

 

 「気は失っていますね。私はトレーナーさんを運ぶので・・・・・・『貴女』はそのまま皆に加勢してください。そうすれば・・・・・・きっとすぐに終わります」

 

 

 「結局さ、『トレーナー』は中途半端なんだ。担当した子の勝利が欲しい、何があっても担当の子を支えたい、なのにボク達のものになろうとしない。そんなあっちこっちに手を伸ばす浮気者はちゃんとこっちで捕まえてなきゃダメなんだ」

 

 

 「くっそーお米の野郎・・・・・・!! わりぃトレーナー・・・・・・アタシここまでだ・・・・・・!!」

 

 

 「だから『トレーナー』に希望を持っちゃダメだよ。────そもそも最初から、ウマ娘に人間が敵うワケないんだからさ」

 

 

 《特能枠》が倒れた。

 ウマ娘達は歓声を上げ、トレーナー達は青褪める。

 地獄の窯の蓋が少しずつ開いていった。

 

 

     ◆

 

 

 「撤回しましょう。貴女の力は本物です。当たれば相手が無力化される事を前提とした武器術を前に、攻撃をタフネスで受けきり攻めるプロレスは確かに脅威たりえる。・・・・・・ですが」

 

 「ケッ!?」

 

 エルコンドルパサーの手から手応えが消えた。

 手や肩の関節を自ら外したグラスが軟体動物のようにジライヤクラッチから逃れたのだ。

 即座に関節を嵌め直したグラスワンダーは意表を突かれ硬直するエルコンドルパサーの背後に回り、膝立ちで両の拳を彼女の脇腹に添える。

 

 「これを受ける事は出来ますか?」

 

 ()()()()()

 両の脇腹から叩き込まれた破壊力がエルコンドルパサーの内部で結び付き、暴力的に内臓を蹂躙する。

 骨格も筋肉も持たぬ内臓の痛み。噴き出る脂汗と吐瀉物の味を歯を食い縛って押さえ込んだ。

 

 「ガァッ!!」

 

 吼えたエルコンドルパサーの肘打ち。

 それをグラスワンダーは立ち上がって回避。即座に追おうとするエルコンドルパサーだが身体が動かない。痛みに無類の強さを誇るプロレスラーが動かない、それだけ深刻なダメージだった。

 しかし彼女は屈しない。

 折れそうになる脚を叱咤して立ち上がり再びタックルを仕掛けんとする彼女に、グラスワンダーはもう拾い上げた薙刀を構えていた。

 

 「─────これで終わりです」

 

 石突がエルコンドルパサーの額を撃ち抜く。

 脳にまで衝撃が届いた彼女の眼球が裏返り、魂に等しいマスクが解けて地面に落ちる。

 平伏すように倒れた彼女に背を向け、極められた肩の調子を確かめるように回しつつ、グラスワンダーは固まるウマ娘達に普段の調子で指示を出す。

 

 「お待たせしました〜。少し手間取りましたが、厄介な敵は倒しました。時間も少ない事ですし、ブライアン先輩の元へ急ぎましょう〜」

 

 「う、うん。その、平気?」

 

 「平気ですよ〜、彼女は絶妙に効くポイントを外して攻撃していたので〜。情けかどうかは知りませんが、それで倒れるほど(やわ)ではありませんから〜」

 

 「あの、エルコンドルパサーさんは大丈夫なの? まずそうな倒れ方したけど・・・・・・」

 

 「気にする必要が?」

 

 「あ、いや、何でもない! ごめん!」

 

 明らかに気が立っている。

 慌てて謝罪したウマ娘から視線を切り当初の目的地に向かおうとしたその時、グラスワンダーの耳が微かな音を捉えた。

 少しだけ考えて、振り向く。

 

 エルコンドルパサーが立っていた。

 マスクは落ちて素顔を晒し、両足は震えて覚束なくとも、確かに彼女は2本の足で立ちグラスワンダーを睨んでいる。

 

 「しぶといですね」

 

 「・・・・・・グラァス。本当にそのまま自分のトレーナーさんをハントするんデスね?」

 

 「勿論。今日であの(ひと)の心も身体も私のものにするんです」

 

 「それ本気で叶うと思ってるんデスか?」

 

 空気が凍った。

 グラスワンダーの雰囲気が危険な尖り方をしたのを察知したウマ娘達が小さな悲鳴を上げる。

 明らかに殺意を抱いている彼女を前に、エルコンドルパサーはさらに舌鋒を振りかざした。

 

 「力で相手を言いなりにして、そこにグラスの欲しいものがありますか? その力でトレーナーさんを守った方がよっぽど可能性があると思いマスけど、なんで好きな人を屈服させようとするんデス? グラスのそれって本当にラブなんデスか?」

 

 「エ〜ル〜?」

 

 「それにグラス、自分は全てを捨てたってさっき言ってましたよね? そんな自分を誇るものが無くなった空っぽのウマ娘にどこのトレーナーがラブを感じるんデス?」

 

 「エル」

 

 「言ってる事がわかりますか? 1つを手に入れようとしてそれ以外の全てを間違えた成れの果てが今のグラスデス。輝いていた姿なんて見る影もない、尊敬できるところなんてどこにもない。そんなのに執着されるトレーナーさんが気の毒でしょうがないデス」

 

 マスクは彼女の強さの象徴。心の支え。

 それが無いと自意識すら萎む拠り所を地に落として尚エルコンドルパサーは素顔で悪辣に笑う。

 大切な支柱を無くしてなお笑って立つ彼女の姿は、グラスワンダーには何よりも排除すべき敵に映った。

 

 「走りも誇りも捨てたグラスなんて!! ケツがデカいだけのただの豚デェェェェス!!!」

 

 「だまれ」

 

 制止を振り切り全速力で駆け出した。

 温度の消えた瞳で振りかぶられた薙刀を受ける体力はもう残っていない。

 それでもエルコンドルパサーは不敵に笑った。

 胸を張って腕を組み、正面からグラスワンダーを見据える。まるで最後の瞬間まで彼女に在るべき姿を教えるように。

 排除せねばならない。

 自分の醜いところを余す所なく写してくるこの鏡を一刻も早く壊さねばならない。

 生理的嫌悪に酷似した殺意を乗せた薙刀で、グラスは全力でエルコンドルパサーを薙ぎ払いにいった。

 

 

 

 

 

 

 少しだけ時間は巻き戻る。

 校舎の中、『制汗剤』を使用して物陰に隠れる男とウマ娘がいた。

 外から聞こえてくる動乱の声に包まれ恐る恐る周囲を窺う白衣の男は、ギリギリまで声量を落として隣のウマ娘と会話する。

 

 「(トレーナー君、どうするんだい? 直にここも見つかるぞ)」

 

 「(とにかく逃げるばかりじゃいられない。突破口を探さないと)」

 

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