ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─ 作:嵐牛
フルスロットル
トレセン学園の体育館。大勢の生徒が不自由なく運動できるだけの空間が確保された広大な室内には、およそ300人程のウマ娘達が身を寄せ合っていた。
学園中のウマ娘が蜂起したこの動乱だが、何も全ての生徒がそれに同調している訳ではない。
トレーナーとちゃんと適切な距離感で信頼を築いている者や結果を出しているため焦る必要がない者、あるいはそこまでする勇気が出なかった者がトレーナーや寮長の誘導でここに避難してきているのだ。
故に不安そうにしている彼女らの中にはレースの天下に名を轟かせるウマ娘達が何人かいる。
2人並んで立っている芦毛の小さい方、《白い稲妻》ことタマモクロスが頭痛を堪えるように呻いた。
「アカン・・・・・・。この手のいざこざはもう慣れた気でおったけど、今回のは洒落になっとらん。トレセン学園はどうなっとんねん・・・・・・婚活会場ってレベルちゃうぞ・・・・・・!」
「・・・・・・皆、恐ろしい目をしていたな」
並んで立っている小さくない方、《芦毛の怪物》ことオグリキャップも表情を曇らせ、逡巡するように周囲を見回す。
「私達はこうしていていいのだろうか。外ではトレーナー達が必死で戦っているのに、ここで待っているだけなのは・・・・・・」
「分かるけどしゃあない。ここに避難させられた以上、ここで自分の身を守るのがウチらの仕事や。『最終想定』なんてけったいなモンも始まったし、ウチらが出張ってもトレーナー達の邪魔になるだけやで」
「それもそうだが・・・・・・─────北原が危ないッッッ!!!」
「ちょっ、待たんかいドアホ!!!」
寸での所でタマモクロスが食い止めた。
胴体に組みついて無理矢理後ろに引き倒して、パニックになったオグリキャップを大声で説得する。
「落ち着けいま言うたばっかやろ! この大喧嘩のど真ん中に素人が割り込んで何が出来んねん!! おっちゃんの荷物が増えるだけやぞ!!」
「分かっている、トレーナーは私達よりもずっと強い!! だけど北原はもう
「いや切れ味エグいな自分」
人の心とかないんか? と素に戻ってしまったタマモクロスらの騒ぎを背中越しに警戒しつつ、出入り口で外の様子を見張っているヒシアマゾンとフジキセキは厳しい顔で話し合う。
「《最終想定》の概要は寮長になった時聞いたけど、フジ。トレ公達は勝てると思うかい?」
「信じるしかないよ。ただ厳しい状況ではあるね。何せ発動されるのが異様に遅かった。この間に少なくない戦力が捕まったはず」
「どうする。
ピシィッッ!! と鞭打つような鋭い音が響く。
ヒシアマゾンが指に力を込め、凄まじい瞬発力で収縮した筋繊維が奏でた音だ。
返答を待たず瞳孔が開き戦闘体勢に入りつつある彼女にフジキセキは首を横に振る。
「いや、駄目だ。今はみんな何をしでかすか分からない。私達がここを離れたら、本当に手段を選ばない子を止められなくなる」
「
「タマモクロスが言った事じゃないけど、今は皆がやるべき事を全うする時だ。だからその気持ちは然るべき時までとっておこう。最悪の事態になった時は─────」
フジキセキの指にはいつの間にかトランプのカードが挟まれていた。
図柄はエースとキング、そしてジョーカー。彼女は何の変哲もない3枚のカードを、狙いを付けた適当な木に肘と手首のスナップで投擲する。
「───トレーナーさんだけでも取り戻さなくちゃならないからね」
それらが命中した木が、切り倒された。
別々の軌道で鋭く飛翔した3つの長方形が三方向から突き刺さり、カードの幅を超える直径を持つ幹がメキメキと音を立ててへし折れる。
緻密に角度を計算されたその芸当と彼女の胸に燃えている黒い炎に対して、ひゅう、とヒシアマゾンは口笛を吹いた。
本当は今すぐに打って出たい。
しかしウマ娘の本能を理性で律して動けるからこそ彼女らは寮長を任されているのである。
守るべき者達を遠くから包み込む一際大きくなった怒号に、フジキセキとヒシアマゾンは静かに眦を尖らせていった。
◆
校舎の隅のどん詰まり、退路のない場所に追い詰められたトレーナーを囲むウマ娘達が戸惑う。
話の内容と息を吹き返したトレーナー達の瞳で何かまずい事が発生したのは分かるが、それがどんなものなのかが全く分からないからだ。
「最終、限定!? なにそれ!?」
「テイオーさんが言ってた何かまずいやつ! とにかく早く捕まえよう!」
予測不能の事態が起きたのなら何かが起きる前に終わらせなければならない。そう判断した彼女達は正しかったし、そこから即行動に移したのも正しかった。
ただ会話というプロセスがいらなかった。
彼女らが飛びかかろうとした瞬間にはもうトレーナー達は懐に踏み込んできている。
彼らが服の下から取り出して彼女らの眼前に突き付けたのは、恐ろしいまでの光量を誇る軍用の懐中電灯だった。
「「っっっッッ!?!?」」
網膜を焼かれたウマ娘らが反射的に身体を丸めた。
狼狽して動けないウマ娘に大きく踏み込み足を払って投げ落とす。背中からの衝撃に咳き込む隙に
慌てて背後から襲いかかってきたウマ娘には別のトレーナーが対応、懐中電灯の先端を向ける。慌てて目を防御した隙を突いて背後を取った彼は、彼女が何をされたかを理解する前に迅速に絞め落とした。
明らかにトレーナーの行動原理が変わった。
今までの遅滞戦術や逃走とは真逆の武力行使。
状況や立場などの何もかもを考慮せずに言ってしまえば、それはトレーナーによるウマ娘への裏切りとも言えるかもしれない。
残り2人。
少し離れた場所で構えていた彼女らの心を埋めている混乱が恐怖に変わるより早くその手首にザイルロープが巻きついて引っ張られ─────バランスを崩した彼女らの首にも、スタンバトンが押し当てられた。
ロープだけでは切り抜けられなかった状況が一瞬で終わった。
襲われていたトレーナー達は強い光を浴びて呻いているウマ娘らを改めて捕縛し、負傷の有無を確認して立ち上がる。
・・・・・・トレセン学園の歴史を紐解けばいくつか例があるとはいえ、《最終想定》の発令などそうそう実体験するものではない。
全てのトレーナーがその時に備えた訓練を受けるもほぼ全てのトレーナーがその時を経験せずに終わり、実際の様子は教本や資料、あるいは噂話程度にまで信憑性の落ちた伝聞でしか分からない。
故に彼らは身を以て理解した。
ついさっき抱いた「まともに反撃できる」などという喜びが、余りにも馬鹿らしい勘違いであった事を。
自分達はこれから、導くべき彼女達に対して積極的に武力を行使せねばならなくなった事を。
「行こうか」
「ああ」
短く応答して彼らは動き出す。
一刻も早く終わらせねばならない。
こんな技もう一度だって振るいたくない。
学園に響く叫びの質が、僅かに変化し始めた。
◆
「最終想定・・・・・・?」
突然スピーカーから炸裂した爆音のメッセージに耳鳴りを感じつつ、サイレンススズカは手で塞いでいた耳を解放する。
これを発動させない為にトウカイテイオーは動いていたはずだが、どうやら想定外の事態が発生したらしい。
ならば自分も計画に乗った共犯者として他の場所に援護に行くべきで、その為にもまずは自分のトレーナーを捕獲して決められた場所に運び込まなければならないのだが。
「あー・・・・・・始まったなぁ・・・・・・」
咳き込みながら沖野が起き上がってきた。
そうなる予感はしていた。
余りにもタフな自分のトレーナーに、スズカは困り顔でお願いしてみた。
「あの、トレーナーさん・・・・・・。そろそろ観念してくれてもいいんですよ・・・・・・?」
「そりゃ駄目だ。発令出ちまったからな」
どこか諦めたように服の土埃を払う沖野。
彼は今から何が起きるかを知っている。
警戒を強めるスズカの前で彼がベストの中から取り出したのはいつものキャンディではなく、見た事もない煙草の箱。
「《最終想定》ってのはな、言ってみりゃ学園が本気で戦う体勢に入る合図だ。この発令でトレーナー達はザイルロープ以外の装備と使用と、能動的な武力行使の許可が降りる。
・・・・・・で、その判定を俺たち特能枠にも適用するのが《限定解除》」
箱から取り出した煙草を咥えて火を付ける。
サイレンススズカは弾かれたように走り出した。
駄目だ!止めろ!何もさせるな!!
全体重を乗せて最短距離を最速で貫くライフル弾が如きスズカのストレートを前に、沖野は胸一杯に煙を吸い込んだ。
「スズカ。どうして《
重力が消えた。
大地を走っていたはずの身体が宙を舞い、上下の感覚を束の間忘れる。何が起きたのか理解する前にスズカは地面に尻餅をついた。
運動エネルギーの全てを掌握されたのだ。
左のストレートをキャッチされた瞬間に幹線道路を駆けるようなスピードを軽く逸らされ、尻餅で済む程度まで力を殺された。
スズカの身体に一切のダメージは無い。
一瞬呆けたスズカが我に返った時、真っ先に理解したのはそれらの事実だった。
「────────ッッッ!!!」
即座に手首を掴む沖野の手を振り払う。
立ち上がりつつ鋭く懐に踏み込み、スズカは猛烈なラッシュをボディに見舞った。
ついさっき曲がりなりにも沖野を沈めた、デトロイトスタイルとは真逆のインファイト。
体格で自分を大きく上回る相手からは攻撃の出どころが見えづらくなる、沖野に対して最も効果的な戦法だ。
そのはずだった。
当たらない。1発も。
拳に力が乗る前に軌道を逸らされ、全てのパンチが明後日の方向に流される。
まるで台風の目だ。横殴りの雨のような拳の弾幕が、沖野にだけは寄りつかない。
(どうして・・・・・・っ!?)
発令が出る直前、沖野はウマ娘の身体能力を完全解放したスズカのラッシュに対応できず全弾を胴体に被弾している。
人体のスペックではウマ娘の攻撃に対して防御行動が追いつかなかったからだ。
ならば何故今こうなっている?
人体の限界を乗り越えた要因は何か?
決まっている。
「正解はな。俺達が本気で戦ったら、ウマ娘に過剰なダメージを負わせる恐れがあるからだ」
煙を吐きながらギロチンの如く言葉を落とす。
《特能枠》のトレーナーが持つ武器は懐中電灯などではない。
各々の能力を十全に引き出すために学園があらゆるルートから特注して拵えたものだ。
劇薬の煙草《
その薬効は限定的なドーピング。
目の周囲の皮膚の下から蜘蛛の巣のように神経を浮き上がらせた沖野の人が極めた技術を宿した両の手が、人の域を超えた