ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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あなたの怪物より 敬具

 

 

 

 何度目の前で灯が消えるのを見ただろう。

 何度暗闇に飲み込まれる様を見ただろう。

 みんな力の差に絶望し、走りから熱が消える。結局ここでもそうなのかと幼い頃から繰り返してきた周囲への失望に見切りを付けようとしていた時に、しつこく迫ってきたトレーナーがアイツだった。

 強引に連れてこられた姉のメイクデビュー、鮮烈なそれを上回る熱量のレースに消えかけだった闘志に火を着けられて、その責任を取らせる形で自分はアイツと契約を結んだのがいわゆる馴れ初めというやつだ。

 

 違和感は最初からあった。

 あれだけしつこく迫ってきたアイツの瞳の奥にある、暗く沈んだ何か。

 トレーナーでそれ以上でも以下でもないはずで理解を望んでもいない、他人を踏み込ませようとも思わなかった自分がよもやそれを知ろうとしてしまったのは、その暗い何かを自分は知っているような気がしたからだ。

 

 そして自分はそれを知っていた。

 ───あの目は、諦めだった。

 望んでもいない強者の孤独を受け入れた暗い達観。

 それはきっと自分も進むはずだった道。

 誰かと対等である事を望みながら誰も彼もを遠ざける力を持って産まれてしまった者同士のシンパシーで自分達は引かれ合ったのだろうな、とアイツの話を聞いて思った。

 

 同時に、ひどく悔しかった。

 アイツは火の着いた私が周りの奴らと鎬を削る姿に自分を投影することで孤独を誤魔化していた。

 アイツに火を着けてやりたかった。

 幾度となく吹き消してきた灯を、自分で消すのも御免だと思っていた灯を、アイツの目に燃やしてやりたかった。

 だけど足りない。

 走りだけではアイツの孤独は癒えない。

 差し出した自分の火に応えが返ってこない苦しさを、つくづく自分は思い知らされた。

 

 ───だからトウカイテイオーの誘いに乗った。

 

 心と身体もぶつければ伝わるかもしれない。

 

 アイツに火が着けられるかもしれない。

 

 まあしょうがないと諦めて笑うアイツの胸倉を掴んで、私はアンタと対等なんだと思い知らせる事が出来たなら。

 

 

 

 

 身体と双眸は駆け巡る鮮血の色に染まり、蜘蛛の巣のように浮き出た血管は彼の容貌を人外のそれへと変貌させる。

 恐るべき強さの拍動にパンプアップした筋肉は全身のシルエットを一回りも怒張させた。

 どれほどの膂力がそこに渦巻いているのか、ナリタブライアンの脳裏に過ったイメージは己の質量をひたすらに圧縮し続けた白色矮星だった。

 

 (本当にヒトか・・・・・・?)

 

 周辺の空気が水飴のように歪んでいるとすら感じるプレッシャーに彼女の首筋に汗が伝う。

 余りにも未知数。予測が付かない。

 まずは様子見に決めた彼女は両掌を上段に置く『前羽の構え』で迎え撃つ。

 肘と手首の可動域をフルに使える、空手の中でもトップクラスの防御性能を誇る構えだ。

 まずは相手の力を把握し直さねば危険だ。

 そう考えて神経を研ぎ澄ませるブライアンの身体から重力が消えた。

 

 「ッ ッ!! !  !? ? !?」

 

 正面から飛び込んでブン殴ってきた。

 動きが洗練された訳ではなくただスピードとパワーが跳ね上がっている。それだけで動作が全く見えなかった。

 防御特化の構えにしていなければ首から上を持っていかれただろう。ガードの上から叩き潰すインパクトにブライアンがビリヤードの球のように吹き飛んで、何メートル飛ばされたかも分からない滞空の果てに木に激突してようやく停止する

 体内から物理的に激しく揺さぶられる意識を必死に叩き直した先に彼女が目の当たりにしたのは、既に目の前で拳を振り上げている担当トレーナーだった。

 

 太く湿気を帯びたものが粉砕される音。

 寸での所で回避された拳がブライアンの後ろにあった木を小枝のように破壊したのだ。

 ダメージを抜いている暇はない。軋む身体を押して攻撃を空振ったトレーナーに下段狩り(ローキック)、まずは機動力から削ごうとした。

 その前にトレーナーの腕が振り下ろされた。

 2メートル30を超える身長から叩き込まれる鉄槌打ち。咄嗟に頭を防御したブライアンを未曾有の衝撃が襲う。

 

 「ぐあっっ!?!?」

 

 ガードしてなお脳天から爪先に落っこちた隕石の如き破壊力に、踏ん張って力負けした膝が地面にキスをする。

 自分が反撃するより相手の二の矢の方が圧倒的に速かった。

 故に怯んでいる隙など無いと武術家の勘が叫んでいる。這いつくばったまま目の前にあるトレーナーの足を遮二無二殴り飛ばした。

 直後、身体が傾き照準が狂った踏みつけがブライアンのすぐ横に着弾。膝の半ばまで地面にめり込んだ脚が派手に土煙を巻き上げる。

 もしアレが当たっていたら─────

 戦慄に急かされるようにブライアンはトレーナーの腹を蹴り飛ばして体勢を崩し、その隙に立ち上がって容易にマウントを取られるポジションから脱出。

 その辺りが限界だった。

 深く身を屈めたトレーナーが、猛牛すら轢き殺す力で突進してきた。

 

 異様な変貌。林の中に消えた2人。そして現代兵器が使われているのかというような破壊音。

 ナリタブライアンの勝利を確信していたウマ娘達に動揺が広がる。

 全てを知っているトレーナー達は一気に緊迫しており、もはや自分達が彼女らに狙われている事などどうでもよくなっているように見えた。

 

 「い、一体何が起きてるんですか? あの人って何なんですか!?」

 

 「・・・・・・脳のリミッターが外れたんだよ」

 

 乾いた喉で唾を飲み込む。

 

 「アイツは生まれついての筋力のせいで、生まれてからずっと『全力で遊べない』ってフラストレーションを抱えて生きてきたんだ。だから本気を出しても壊れないと思える相手が出てきたらああなる! 今までの鬱屈が大爆発して暴走するんだよ!

 今のアイツはトレーナーじゃない、解放に狂った怪物だ!!!」

 

 バキバキメキ!!!! と凄まじい音と共に敷地内の林からトレーナーが飛び出してきた。

 何とか攻撃は防いだが突進そのものは止められず、ブライアンは巻き込んだ大小いくつもの木々を撒き散らし猛進する彼に()ねられて地面を転がった。

 

 「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」

 

 立ち上がる暇など無い。ブライアンはそのまま踏み潰す勢いで突進してくるトレーナーの足元を薙ぐように払う。

 足払いを喰らい空中に投げ出された彼はそのまま校舎に激突、壁を粉砕して向こう側に消えた。

 ────被害が生物の規模じゃない!!

 思わず舌打ちすると同時に、全身を赤黒く染めたトレーナーが今度は校舎の内側から壁を破壊して突っ込んできた。

 鋼と化した両の拳を上体を反らして大きく振り上げ、咆哮と共に振り下ろす。

 生存本能の絶叫に尻を蹴られたブライアンは防御ではなく回避を選んだ。

 生物の域を優に外れる膂力。鼻先を掠めた拳。そこから感じる風圧。それら全てが直後の未来を事細かに語っていた。

 

 「ウオォ゛オラ゛ァァア゛アア゛!!!!」

 

 バゴンッッッッッッ!!!!と。

 落雷のような音を立てて、トレーナーの拳が振り下ろされた石畳の地面が粉砕された。

 着弾地点とその周辺には蜘蛛の巣のような巨大なヒビが入り、無数の石畳の欠片が宙に跳び上がる。

 

 「きゃああああああ!!?!??」

 

 「やばいやばい止めろ止めろ止めろ!! ナリタブライアンが死ぬぞ!!!」

 

 もう周囲の声も聞こえないらしい。

 直接ガードしてはマズいとブライアンはフットワークで後ろに退がって回避していき、トレーナーもそれを追う。避けられた拳がぶつかった外灯の鉄柱が容易くヘシ折れた。

 埒外の身長と埒外のフィジカルに任せた暴風雨のようなラッシュを紙一重で躱し続ける彼女は、しかしヒリつくようなスリルに口角を曲げていた。

 ───成る程、確かに大した身体能力だ。

 パワーもスピードも自分の遥か上。『受けて』『返す』では到底間に合わないし、そもそも受ける事が不可能な破壊力だ。

 しかし素人。動きが粗雑!

 前兆を読んでのカウンターは容易!!

 

 「らぁぁああっ!!!」

 

 後退からの滑らかな重心移動。自分の反射神経を超える速度のパンチの軌道を読み切ったブライアンが側面から懐に回り込んで重機関銃の如き連打を叩き込んだ。

 肋骨の側面に脇腹と筋肉の鎧が薄い場所に立て続けに突き刺さった空手家の拳。それはさっきまでの彼ならば骨を痛め内臓を侵すような痛打になっただろう。()()()()()()()()()()

 

 瞬間。

 ナリタブライアンの脳裏に浮かんだイメージは、徹底的に精錬された鋼の塊だった。

 

 振り回された腕がブライアンを薙ぎ払う。

 転がされたら今度こそ終わると確信しているブライアンは意地でも転倒を拒否、地面を線路のように削りながら大きく後方に飛ばされる。

 次の瞬間にはトレーナーはもう目の前にいた。

 助走を付けたミサイルのような蹴りがガードの上に着弾。彼女の両足が今度こそ宙に浮き、更に後方へと吹き飛んで校舎の窓を粉砕した。

 ────何十メートル吹き飛ばされた!?

 内臓が裏返る衝撃に苦しむ隙もない。

 既に目の前に迫ったトレーナーに対してブライアンはとうとう最後の一線を越えた。

 地面ではなく壁を蹴ってより強い推力を生み出し、構えるのは拳ではなく肘。トレーナーの突進に自ら突っ込んで破壊力を上乗せした、特攻のようなカウンター。

 鳩尾を狙った本気の肘打ちという、人間同士の戦いでも相手を絶命させかねない禁じ手がまともにトレーナーに突き刺さった。

 

 そして壁ごと粉砕された。

 

 ブライアンを巻き込んで校舎を横断したトレーナーの爆進が、途中で彼女を取り落とした事に気付いてようやく立ち止まった。

 瓦礫と机や椅子が無惨に散乱する教室に倒れ伏した彼女はただ彼我の力の差に愕然としていた。

 いま自分が使ったのは間違いなく命を奪う一撃。

 選んだ事を直後に後悔する類の選択だった。

 しかし速い。強い。そして、硬い。

 自分の一切が通用しない程に。

 

 「歯が、立たん・・・・・・」

 

 残酷なまでに思い知らされた力の差。叡智の結晶とも言うべき極めた技が単純な力に蹂躙される圧倒的な無力感がブライアンの口から零れ出る。

 地面に着いた手が震えるのはダメージのせいだけではない。

 立たなければ。()()()()()()

 普段の自分にあるまじき思考にも気付かず油の切れた機械のように軋む身体を必死に起こそうとする彼女の視界に影が差す。

 

 見上げればそこに彼がいた。

 赤黒く染まった巨躯を逆光に晒して立つ姿に、ナリタブライアンの喉が掠れた音を鳴らす。

 振り上げられた足に泡を食って立ち上がった直後その足の裏が彼女が寝ていた場所を粉々に踏み砕いた。

 逃走すら叶わなくなった彼女はそれでも構えを取るがそこに応戦の意思は見られない。

 這い寄る暗闇。恐怖の影。

 かつての彼女が覚えた原初の恐怖と重なり合ったトレーナーが、獣の如き咆哮と共に暴威として産まれた己の存在を解き放った。

 

 「ア゛アァ゛ァアァアア゛!!!」

 

 「ぐぅぅゔううゔううッッッ!!!」

 

 硬く(おお)きな塊が肉を打つ、およそ生物の肉体が接触したとは思えない大音響が一続きになって鳴り響く。嵐のように拳を振り回すトレーナーの姿は最早ヒトの暴力ではなく狂乱した(ヒグマ)のようだった。

 対するナリタブライアンの構えは三戦(さんちん)

 呼吸と内旋運動で筋肉を内側に締め上げる事で全身を一塊の鋼と化す、伝統派空手における基礎にして象徴。完成されたその構えはあらゆる攻撃を跳ね返し、加えてウマ娘の中でも珠玉の肉体を持つ彼女が行うそれは不落の要塞のような堅牢を誇る。

 その上で手も足も出なかった。

 ただ亀のように固まって縮こまるしか(すべ)がない。

 

 「あ゛っ・・・・・・がぁ・・・・・・ッッッ!!」

 

 巨大な瓦礫を大量に含んだ濁流に飲み込まれたような衝撃と痛み。

 通常なら最初の一撃で吹き飛ばされている乱打を前にその場に立ち続けているのは流石の防御力という他ないが、あらゆる角度から間断無く攻撃を受けているせいでそれ以外の行動が取れないのだ。

 逃げるしかない。だがどうやって?

 この構えを解いた瞬間、自分は小枝のように圧し折られるというのに────

 

 その葛藤が命取りだった。

 意識が逃亡に向いて脚の力が僅かに緩んだ瞬間、片足が地面から離れ力負けした身体が大きく傾いた。

 

 「ぁ」

 

 三戦(さんちん)が解けた。

 もう抵抗の術がない。

 迫り来る拳がやけにスローに見えた。

 理性を失った超人の巨拳が、まさに彼女の肉体を挽き潰さんと牙を剥き─────

 

 「「「引けぇぇぇえええっっ!!!」」」

 

 ()()()()

 唐突に地面に倒れて空振ったトレーナーの拳が見当違いの場所を砕く。

 追いかけてきたトレーナー達が彼の足にザイルロープを投げて捕らえ、ウマ娘達と共に思い切り引っ張ったのだ。

 軍隊のように一糸乱れず動くトレーナー達が一瞬で転がした彼の四肢にザイルを巻き付け、さらに同時に複数のトレーナーが飛びかかり────、複雑な手順の操作で()()()を起こした懐中電灯を彼の延髄に突き立てた。

 

 「ガァアァア゛ア!!!!!」

 

 「いい加減にしろカズ!! 自分の担当を殺す気かバカ野郎!!!」

 

 「ほっ、本当に引っ張って大丈夫なんですか!? 手とか足とか千切れちゃいますよ!?!?」

 

 「ウマ娘の力じゃないと拘束できない!! 遠慮はいらないから思い切り引くんだ!!!」

 

 「ナリタブライアンを連れて逃げろ!! 手の空いてる奴は沖野さん呼んでこい!!!」

 

 「はい! ブライアンさんこっち!!立てる!? 逃げるよ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()を束で喰らい、四肢をロープで牛裂きのように引っ張られ拘束されている自分のトレーナーを、ブライアンは助け起こされながら呆然と眺めていた。

 助かったのだろうか。

 後は彼らが何とかしてくれるのだろうか。

 へたり込むような安堵の裏で彼女は思う。

 人間に向ける域を逸脱した方法で拘束されてなお暴れる彼が、駄々をこねる幼い子供に見える。

 

 荒れ狂う彼の拳と形相から伝わってきたのは、寂しさと孤独だけ。

 

 

 幼い頃、自分の影が怖かった。どこまで逃げても着いてくるあの暗闇が怖かった。

 その度に姉に泣きついて慰めてもらっていたのを今も覚えている。

 理解した。

 やはり彼は、どうしようもなく自分だ。

 張り付いた影に(もが)いている自分なのだ。

 ならば、彼にとっての『影』とは。

 

 『アイツは生まれついての筋力のせいで、ずっと「全力で遊べない」ってフラストレーションを抱えて生きてきたんだ』

 

 『だから本気を出しても壊れないと思える相手が出てきたらああなる!』

 

 

 「・・・・・・アンタは、私に踏み込んできた」

 

 呟いて脚に力を込める。

 自分を補助して引っ張ろうとする腕を振り解き、彼女はもう一度心を燃やす。

 心が折れたと思っていたが、彼に進みたいと思う想いはそう簡単には消えはしないらしい。

 自分の往生際の悪さを自覚した彼女が、再び戦意を口元に宿す。

 

 「だったら・・・・・・私もアンタに踏み込んだって何の文句も無いだろう?」

 

 「オ゛オオォオォオオ゛オ!!!!」

 

 彼が全てを振り解いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()を押し付けていたトレーナー達を振り落とし、四肢のロープをその先にいたウマ娘達ごと引き摺って再びブライアンに突撃する。

 逃走を促す叫び声をどこか遠くに聞きながらブライアンはゆらりと前に出た。

 流石に攻撃を喰らいすぎた。

 身体に力が入らない。

 この体力ではもう一発、突きを打てるかどうかだが────、だからだろうか。

 

 『力』が理解(わか)る。

 余計な力みが抜けている。

 相手がどう動こうとしているか。

 力の流れがどう動くか。

 身体のどこにどう力を入れれば、最大の一撃を打てるのか。

 

 彼が放ってきたパンチを外から手を添えるようにして内に流す。

 原理と勘所を押さえた受け流しによって彼の身体が不自然につんのめった。

 同時にブライアンが動いた。

 構える動きで彼の脚を払いつつ流したパンチに手を引っ掛けて上半円を描くように回すと、彼の身体はふわりと仰向けに宙を浮いた。

 そしてその時には既に彼女は構え終えている。

 腰を落とし、脚は開いて大地を捉える。右腕は下方向に照準を合わせて(いしゆみ)のように引き絞られた。

 

 空手の演武に『石割り』というものがある。

 文字通り地面に置いた石を突きで破壊するパフォーマンスだが、これにはコツがある。

 石を地面から少しだけ浮かすのだ。

 すると拳に比べて遥かに硬いはずの石は突きを受けた際に地面に激突して、表と裏から衝撃を受けいとも容易く壊れてしまう。

 

 破壊衝動に塗り潰されていたトレーナーの顔が空を仰いで一瞬(ほう)ける。

 残った全てを燃やし尽くして産まれた力がブライアンの五体に漲り、爆発となって拳に宿る。

 今後何十年も続く彼女の人生で最高の一撃。

 恋慕も意地も、残った力の全てを込めて。

 

 

 ─────乾坤一擲(Shadow Break Lv.6)

 

 

 大地が轟いた。

 宙に浮いたトレーナーの身体を真下に撃ち抜いたブライアンの全身全霊の拳が彼を地面に叩きつけた。

 パイルバンカーのような一撃だった。

 技術と理合いに裏打ちされた人智を嗤う破壊力。その衝撃を腹と背中の両面から受けて耐えられる生物など皆無。

 目と口を目一杯に開いて硬直し数回痙攣した後、地割れの如き着弾跡にぐたりと沈んだ。

 血流が落ち着いて赤黒い肌が元の色に戻っていくのを見て、精魂尽き果てたブライアンがその場にへたり込む。

 その様を見て数秒後、我に返ったトレーナー達がまた一斉に動き出す。

 

 「大丈夫かナリタブライアン!!」

 

 「悪いが身体に触るぞ! 痛む所があればすぐに言え、骨折してる可能性がある!!」

 

 「保健室に運んだ方がいい。保険医はどこだ? きちんと診ないと駄目だ!」

 

 「・・・・・・いい。自分で立てる・・・・・・」

 

 荒い息を吐きつつも意地を張る。

 勝った実感など湧かなかった。

 ただ終わったという脱力感のみがある。

 私は踏み込めただろうか。

 彼の孤独を癒せただろうか。

 それのみが頭を巡っていた。

 誰とも対等にぶつかれなかった彼の遊び相手に、自分はなる事ができたのだろうか─────

 

 ふと視界が暗くなった。

 同時にピタリと止まった叫び声に事態を察したブライアンが少しだけ笑ってヨロヨロと立ち上がり、光を遮り影を落としてくる巨体を見上げる。

 勝敗を分けたのは技術の差。

 ()()()()()()()()()()()()

 枯れ果てた身体に鞭打って彼女はまた拳を握る。

 魂と魂で殴り合った2人の顔には、どこまでも爽やかな笑顔が浮かんでいた。

 

 「「ありがとう。満たされた」」

 

 

 ブライアンの拳は力無く胸板を叩き、トレーナーの手刀は彼女の首筋を叩く。

 急所に入った攻撃に意識を失ったブライアンだが、その首筋に傷跡はない。

 壊す力は入っていない優しさの一撃だった。

 崩れ落ちた彼女の身体を受け止めた彼は幼い頃の記憶を思い出す。

 

 自分はヒーローごっこには入れなかった。

 力が強すぎて怖いからと、絶対に勝てないからと。やられる側の悪役でいいからと言っても、自分の力は役割を越えて怖がられた。

 ────初めてだった。

 自分の力で一番に本気で勝つ気で立ち向かい、そして打ち勝ってきた者なんて。

 

 「あァ。世界ってのはこんな気軽に生きれるもんだったんだなァ」

 

 全ての荷を下ろした顔でトレーナーは振り向く。

 この力で役に立てるから幸せ。この力を少しでも使えるから幸せ。そんな社会に合わせた幸せではなく、もしかしたら初めてかもしれない自分本位の充実感。

 もはや狩る側と抗う側の垣根すら越えて絶句しているウマ娘達に、彼は穏やかに笑いかけた。

 

 「ここらで降参しちゃくれねえか。俺、いま幸せなんだよ」

 

 これ以上は力を振るわなくていい。

 今日この時が胸に息づいている限り、自分の生涯は満たされている。

 笑顔のまま意識を失っている彼女を腕に抱き、彼は本気でそう思えていた。

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