ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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此の世の名残り、夜も名残り

 

 グラスワンダーは躊躇わなかった。

 エルコンドルパサーは避けなかった。

 大気を唸らせ振り抜かれた薙刀が、一切の加減無くエルコンドルパサーの胴を薙ぎ払う。

 しかし───、そこに彼女の身体は無かった。

 空振ったのだ。

 斬り伏せる敵を逃した得物の石突を地面に立て、グラスワンダーは相手の姿を見る。

 『彼』はエルコンドルパサーを抱き寄せていた。

 『彼』の左手には得物が握られていた。

 そして誰より見知った顔だった。

 ようやく目の前に現れた恋しい人を前にして、グラスは花のように顔を綻ばせる。

 

 「来ましたね。─────トレーナーさん」

 

 「ああ。・・・・・・来た」

 

 緊迫した状況にも関わらず彼女の声は柔らかで、そしてトレーナーの様子もひどく落ち着き払っている。ただ薙刀の一閃から助けるためにいきなり懐に引っ張り込まれたエルコンドルパサーだけが目を白黒させていた。

 武術に造詣の深いウマ娘は思わず彼が手に持っている得物を見た。

 

 ───日本刀だ。

 鎮圧用の武装という体裁のためか、刀身を封印する為に鞘と鍔が紐で厳重に戒められている。

 しかしそれよりも目を引く特徴が・・・・・・

 

 (あの刀、随分とボロボロ・・・・・・)

 

 「悪い人ですね〜。このタイミングで横入りできたという事は、私とエルの戦いを最初から見ていましたよね?」

 

 「怒りと喧嘩は青春の花だ・・・・・・。野暮な真似はするものじゃない・・・・・・」

 

 「ふふっ。それはそうとトレーナーさん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 エルコンドルパサーに戦慄が走る。

 絞られた耳に顳顬(こめかみ)を押し上げる青筋、握り締められた薙刀が軋む音。愛しい人の腕に自分以外の女が抱かれる事をウマ娘が許すはずがない。まして自分以外に(うつつ)を抜かした者を───

 慌ててトレーナーの腕を振り払ったエルが彼の壁になるように背を向けて立つ。

 

 「ここは私が請け負います! トレーナーさんは逃げ───、ケッ!?」

 

 守ろうとしていたトレーナーに足払いを食らったエルが尻餅をついた。

 普段ならバランスも崩さない程度の力で崩された彼女を尻目に前に出た彼が淡々と事実を口にする。

 

 「・・・・・・その状態で何を請け負うと?」

 

 「だとしてもトレーナーさんよりはマシです!! グラスと戦うのは人間には荷が重い!!」

 

 「問題ない。・・・・・・俺は《特能枠》だ」

 

 「そんなもの関係ありません!! ウマ娘が武器を持つ事の意味を!あなたは分かってないんデェス!!!」

 

 ギュガッッッ!!!と、何かしらの事故でしか起こり得ない破壊が発生した。

 グラスが振り回した薙刀が地面を切り裂いたのだ。

 先程までトレーナー達を吹き飛ばしていた時とは速度も力も跳ね上がっている────加減していたのだ。恐らくはエルコンドルパサーと戦っていた時も。

 あまりの攻撃力に全員が言葉を失う中で、トレーナーは顎に手を当てて頷いた。

 

 「刃長二尺(60cm)、柄は六尺(180cm)の大物・・・・・・。刃は研がれていないようだが、それによって強度が増しているな。そして恐らくは柄の材質も・・・・・・。成程、ウマ娘の膂力だからこそ扱える得物という訳だ・・・・・・」

 

 「はい。銘を《鬼砕(おにくだき)》・・・・・・現代まで研鑽を積んできた刀工達の技術の(すい)です。なのでトレーナーさん、潔く投降して頂けませんか。私としても、不要な力を振いたくはありません」

 

 「・・・・・・そうだな。俺達もそう思っている」

 

 「あなたを侮る訳ではありません。《特能枠》となるだけの剣客である事を承知で言います。勝てない勝負にそれでも乗りますか」

 

 「いいや・・・・・・勝つとも」

 

 グラスワンダーは僅かに目を伏せた。

 人は膂力で敵わぬ獣に武器と智慧で勝るがしかし、武器と智慧を持つ獣にはどうか。

 武芸を修めたウマ娘にとって、たとえ武器を握ったところで人間の脆弱な身体など葉のくっついた小枝に過ぎない。

 しかしそれが彼ら(トレーナー)の覚悟。

 ここまで自分が打ち払ったトレーナー達の中に、自分に臆する者は誰一人としていなかった。

 ────やはりあなたもそう言うのですね。

 故にグラスは薙刀《鬼砕》を構える。

 彼が腹に括った覚悟を正面から打ち砕き、望み焦がれたものを手中にするために。

 

 「ならばこれ以上の問答は不要。後は刃で語りましょう。────グラスワンダー、参ります」

 

 「もう始まってるぞ」

 

 

 至近距離から声がした。

 そこでグラスは、初めて自分の首筋に刀の鞘が添えられている事に気がついた。

 

 「っあああぁぁああ!?!?」

 

 泡を食ったグラスが《鬼砕》を振り回す。

 しかしあるべき手応えはない。最低限だけ後ろに下がったトレーナーが鼻先を掠めるような際どさで回避したからだ。

 いつの間に入り込まれた!?

 とにかく相手を踏み込めない距離まで突き放そうと刺突の束を放つが当たらない。攻撃を決断するよりも早く彼が間合いの境界線のすぐ外に退いていた。

 しかし結果として距離が空けばこっちのものだ。薙刀と刀のリーチの差は歴然、間合いの有利は常にこちらにある。グラスは突いた薙刀を引き戻しそのまま脇に構えてトレーナーの胴を踏み込んで薙ぎにいった。

 

 視界からトレーナーが消えていた。

 気合いを込めた胴打ちが空を切ると同時に内腿をパシンと叩かれる感触。

 這うように身を屈めつつグラスよりも一瞬早く前に出たトレーナーが納刀したままの刀で太い動脈のある部分を軽く打ったのだ。

 全力で後ろに飛び退いたグラスの顔に明確な動揺が浮かぶ。

 ウマ娘の身体能力で人間に遅れをとった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「2回(たお)した」

 

 首と内腿、共に命に至る場所。

 納刀したままとはいえ容易くそこに刀を触れさせた彼はゆったりと構え直す。

 両手で握った刀は下段に置き、姿勢は流れ落ちる水のような自然体。無駄な力みなど存在しない立ち姿から揺らめくのは海のように底の無い圧。

 グラスが《鬼砕》を握る手に力が籠る。

 そして彼の構えを見た武術に造詣の深いウマ娘が耳と尻尾を雷のように屹立させた。

 何か重大な何かに気が付いたらしい彼女に、隣にいたウマ娘が戸惑ったように問いかける。

 

 「ど、どうしたの? 何か知ってるの?」

 

 「知ってる。けど見る日が来るなんて思わなかった。今はもう資料に名を残すだけだと思ってたのに・・・・・・!」

 

 彼女は緊張に乾いた喉で唾を飲み込む。

 

 「数十年前『トレーナー補完計画』が始動して、必要な知識な技術をがむしゃらにかき集めてた頃の話。対ウマ娘のノウハウを創るためにURAが訪ねた場所の1つがあの流派だったの。

 いくら急を要する事態だったとはいえ、かなり踏み切った決断だと思うよ。

 その流派の剣の目的は────、()()()()()()()()()()()()

 

 「・・・・・・ッッッ!?」

 

 「南北朝の戦乱を糧に室町時代に生まれた剣術。だけどその実態は剣から徒手まで網羅した総合技術! 戦場で猛威を振るったウマ娘の兵士に人間が対抗する為に積み上げられた体系はトレーナーが扱う制圧術の完成に大きく貢献した!」

 

 ぞわっ!!!と生徒達の背筋に戦慄が走る。

 最後の一線が踏み越えられた気がしたのだ。

 勝手な話ではある。先に平和を破ったのは生徒達の方なのだから。

 しかしそれでも一瞬本能が拒んだ。

 自分達を支えてくれる人が自分達の脈を断つ技術を以て立ち塞がっている事実。

 そして考えてみれば自分達も同じように武器と技術という相手を終わらせる力に頼っている事実─────

 

 

 「この目で見る日が来るなんて思わなかった。あの構えと動き────、『(うま)(だち)』の去原(いぬはら)流!!!」

 

 

 「現代技術の粋も良いが・・・・・・」

 

 ゆらりゆらりと姿が揺れる。

 前に出ているのか後ろに下がっているのか、それともその場に留まっているのか。果たしてあれも技術なのか、立っているだけなのにその判断すら迷わせてくる彼にグラスの心臓が嫌な鼓動を刻む。

 手に構えた刀の銘を呼ぶ彼の口元は、静かなれど確かに笑っていた。

 

 「今まで継がれてきた技もそう悪くないぞ。・・・・・・ようやくの出番だ、《明月(あかりづき)》」

 

 

     ◆

 

 

 叩き、突いて、払う。踏み込んで踏み込んで叩き薙いで打つ。それを何度も繰り返している。

 スピードは自分が上。

 パワーもリーチも自分が上。

 必然、手数も自分が遥かに上。

 なのにこれはどういう事だ?

 どうして自分の薙刀は掠りもしない!?

 

 「くうううっ!!」

 

 《鬼砕》が唸りを上げて空を切り、トレーナーは常にその(きっさき)が描く境界線の(きわ)にいる。

 間合いを完全に見切られているのだ。喰らえば即行動不能に至る薙刀の乱舞を鼻先の薄皮を削るような極限の距離感で躱し続けている。

 そして一向に捕えられない事に焦れ、踏み込みと太刀筋に僅かでも精細を欠けば───

 

 「っっ!!」

 

 とん、と胸の中央を突かれた。

 またもや『負けた』グラスは歯噛みしてバックステップで距離を取り、トレーナーはそれを追わない。何度目かの仕切り直しに入った戦局に周囲のウマ娘達もざわめき始めた。

 

 「え、あのトレーナーさんどうやって動いてるの・・・・・・? 速いっていうか気付けば視点から外れてるんだけど・・・・・・」

 

 「脱力で脚による支えを消しながら重心を移動させる事で前に出てる。だからあれは動いてるというか『前に倒れてる』と言った方が正しいかな。力が入ってないから動きの予兆が全く無い、だから動き始めを目で追えないんだ。

 ・・・・・・そもそも力じゃウマ娘に敵わないから『脱力』で勝負する。文献によればそれが去原流なの」

 

  闇雲に攻めても無駄だ。とにかく相手を知らなければならない。

 グラスワンダーは遠間でじりじりと(にじ)り足でトレーナーの周囲を回り、トレーナーはそれにピタリと正面を合わせてくる。

 ───向こうから攻めてくる気配はない。

 身体能力で大きく負けている相手に下手な先手を打てば後出しで制圧される。つまりウマ娘を相手取るために生まれた去原流とは、徹底的な『後の先』の剣。

 

 (ならば対策としては刀の間合いの外でこちらも待ちに徹して先手を誘うのが・・・・・・)

 

 

 気付けば目の前。

 グラスの集中がブレる一瞬の意識の間隙を突いてトレーナーが大きく踏み込んだ。

 彼女にしてみれば彼が瞬間移動してきたとしか思えなかっただろう。対応しようとするが動揺による硬直は初動を鈍らせ、そして彼はそこを逃さない。

 

 「ぜあッッッ!!!」

 

 下から上、逆袈裟に振り抜かれた《明月》がグラスの薙刀を握っていた両腕ごとカチ上げる。

 ガードをこじ開けられ無防備になった胴体に身体ごとぶつかるようにタックル。体重で劣るグラスが後ろに大きく踏鞴を踏み、トレーナーは不安定になったその足を刈り取って転ばせようとした。しかし───

 

 「はああっ!!」

 

 「!」

 

 よろめいた体勢から蹴り上げた。

 揺れる重心を地面に接地している方の脚に移動、強引に身体を安定させて浮いている側の脚でトレーナーの顎を狙ったのだ。

 咄嗟に身体を逸らして回避したトレーナーが今度は自分から距離を取る。

 靴の踵に皮膚を削られた顎を撫でつつ賞賛するように薄く笑う彼に、グラスは同じように笑みを返す。

 

 「そう簡単には倒れません。あなたが鍛えた身体ですので」

 

 「それはそうだ・・・・・・。にしても、そうか。蹴るか。お前は・・・・・・本気で俺を倒して、力づくでも()()にしようというんだな」

 

 「今さら確認する事ではないでしょう?」

 

 「それもそうか。しかしそのつもりなら相応の覚悟を決めろ・・・・・・俺が薬指に立てた誓いは、転ぶほど軽くはないからな」

 

 え、と誰からともなく声が漏れた。

 思わず言葉が示す場所を注視した時、胡乱は衝撃に、そして実感に変わる。

 全員が息を呑んだ。後退(あとずさ)る者すら何人かいた。

 自分より感情を昂らせる者を前にすると(かえ)って冷静になるように、彼女らは犯された境界線を奇妙に現実的になった思考で認識していた。

 エルコンドルパサーが呆然と指を指す。

 彼の左手薬指に嵌る、銀色に輝く誓いの輪を───

 

 

 「・・・・・・グ、グラス? ()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 グラスワンダーは答えない。

 彼女はただ穏やかに笑っている。

 崖下に身を投げる者が灯す覚悟と同じ光を、その瞳に宿したまま。

 

 

 

 

 最初はそこに恋慕の情など無かった。

 

 表情は柔らかに、態度は穏やかに。

 いかなる時も動じず、粛々と。

 自分のトレーナーはこうあるべしと定めた自分の理想を体現する彼以外にないと感じた。

 この人の背中に追いつきたい。

 そんな純粋な憧れだった。

 秘めた炎を見抜く眼と、剣を極めた一徹の精神。

 薬指の指輪を撫でながら奥様への想いを気恥ずかしそうに話す姿も、年頃の少女である自分にとっては───無論態度には出すまいと努力したが───心がうきうきと弾むようなたまらない刺激で。

 いつか自分も、これ程まで自分を愛してくださる殿方と。

 そう夢想するくらいに、彼の歩んだ道程は私の理想だった。

 

 

 いつからだろう。

 夢想する未来の自分の隣に、彼の幻を立たせるようになったのは。

 

 いつからだろう。

 彼の薬指に煌めいていた銀色の輝きが、ひどく下品で目障りに感じるようになったのは。

 

 いつからだろう。

 遠くにあって輝いていた憧れという感情が、この手で掬い上げた狂熱のような泥に塗れてしまったのは。

 

 

 言い訳はしない。全ては自分の未熟さが故。

 大和撫子を掲げていながら、自分は本能に屈したのだ。

 自分の全ては穢れてしまった。

 信頼を裏切り憧れを汚し、もはや自分に残ったものは愛と呼ぶのも躊躇われる泥濘のような狂熱だけ。

 

 ならばそれだけは貫こう。

 掴み取りたいものの為に、一切の妥協なく只管(ひたすら)に。

 進むと決めたこの道を、脇目も振らず真っ直ぐに。

 絶対に勝利は譲らない。

 掴みたいものを他にする時まで、私は足を止めずに走り続ける。

 

 

 

 ああ、何より愛する貴方(トレーナー)

 

 私は貴方のようになれたでしょうか。

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